波紋と為らん
誰にでも予想外の結末というのは起こり得る事。
それは規模の大小や回数の問題ではない。
ただ、予想を超える事が起きてしまった。
それだけの事でしかないのだが。
人は、それを大変な事だと捉え勝ちである。
実際には、そうでもなかったりするものだ。
…………済みません、大きな問題ですよね、はい。
咲夜に「華琳を動かすわよ?」と一睨みされたので即行で白旗を犬の尾の様に振って降伏します。
ええ、それだけはっ…後生ですからっ!。
──とまあ、そうなるのも仕方が有りません。
本の1~2時間の予定でしたが。
気付けば、朝チュンでした、と…てへっ。
──痛っ!?、ちょっ!?、石は駄目だからっ!。
ちゃんとポップコーンにしてっ!。
無いなら売店行って買ってから出直せやーっ!!。
…え?、「事件は映画館で起きてるんじゃない!、現場で起きてるんだっ!」ですと?。
それハァッ!?、ァ、ハイ、巫山戯るのは止めます。
うん、真面目に言いますとね。
仕方が無いとしか言えません。
だって、想いって、そういうものですから。
誰が悪いとか、何が駄目だったのかとか。
犯人探しや粗探しをする必要は有りません。
ただ、本の少しばかり、想いが猛っただけです。
それを悪だと言う者は宅には居りません。
ですが、「時と場合を選びなさい」と。
少々、御叱りを頂いているだけで御座います。
はい、反省はしています。
後悔はしていませんが。
それは誰かを愛するという覚悟が有るからです。
決して、ネタでは有りませんので。
「こほん…さて、桂花、話の続きをしよう」
「──っ…は、はいっ、忍様っ…」
咳払いして声を掛ければ身体を小さく跳ねさせて、顔を真っ赤にし、声を上擦らせて答える桂花。
いやいや、桂花さんや、そんなに照れないで?。
此方まで恥ずかしくなるから。
ええまあ…何と言いますか。
昨日の謁見とは違い、視線が全く合いません。
顔は此方を向いてはいますが、絶妙に視線を外して俺を直視しない様にしてらっしゃいます。
貴女ね、亞莎じゃないんですから。
──と言うか、個性を取ったら駄目です。
こんな桂花も可愛いけどね!。
──じゃなくて。
うん、本当に真面目に話を進めないとね。
イチャつくのは後でも十分に出来ますから。
小さく深呼吸する桂花を茶化さずに見守り。
彼女が話し始めるのを大人しく待つ。
……滅茶苦茶揶揄いたいけどねっ!。
「昨日申し上げました通り、私達が忍様の所有物と成る事で大義名分は出来ます
その上で、遼西の南半分を御獲り下さい」
「遼西の全てではなく、南側の半分を、か…」
「はい、全てを獲れば袁家──袁紹との戦いは先ず避ける事が出来無くなります
勿論、将来的には獲る訳ですが…
現状での袁紹との衝突は被害が大きくなります
遼西と遼東の民の被害が、です」
「…成る程な、まあ、そうなるだろうな」
そう話す桂花の姿に口元が緩み掛け、堪える。
だが、そうなるのも仕方が無い事だと言いたい。
まだ桂花に宅の戦力を見せてはいない。
それは俺達自身の個人の能力も含めてだ。
だが、それでも彼我の戦力差を感じ取る事の出来る才器は確かな成長を見せ始めている。
一晩の経験が──と言うよりかは、既存の価値観が覆った事によって生じた劇的な変化。
それが桂花の場合には良い方に出ている。
…まあ、俺の妻で悪い方に出た者は居ないけどね。
──と、それは兎も角として。
宅・遼西・袁紹。
この三勢力が真っ向から打付かり合えば、戦災的な被害というのは宅以外に出る。
──と言うか、多分、遼西が一番大きくなるな。
俺が動く理由は飽く迄も桂花達の存在だ。
決して、遼西全体を守る事が理由では無い。
だから、遼西の官吏達からの嘆願でも来ない限りは遼西の全てを獲りに行く事は侵略と変わらない。
それを俺が好まず、望まず、遣らない事を。
しっかりと桂花は理解している。
その上で、南半分の獲得を提案してきた訳だ。
思わず口角が上がりそうになるのも仕方が無い。
「それで?、具体的には、どう動く?」
「現状、此方等の細かい戦力は判りませんが…
先ず、忍様には劉備様に御会いして頂きます
二人と合流してからでなければ、悪形に為ります」
「劉備の居場所は?」
「海陽県の北部…臨渝県との県境に近い邑です
何分、辺鄙な山奥ですので要所では有りません
仮に、袁紹軍の斥候が出ていても見向きもされない場所ですので、身の安全だけは確かです」
「態々落としに行く理由は無し、か…
まあ、余程慎重な者でもなければ、そんな場所まで兵を向かわせて攻略はしないだろうしな
ただ、袁紹が直に指揮をしているなら、そういった小さな邑も無視はしない筈だ
寧ろ、敗残兵や逃走兵が賊に身を落とし、襲う事を憂慮すればこそ、積極的に抑えに行く…
少なくとも、そういう部分を持っているが?」
「そうだったとしても、間に合いません
忍様には私と共に劉備様の元へ
そして他の方々に陽動をしつつ後事の本隊を率い、進軍して頂き、後から合流致します」
「────へぇ…」
「────っ!?、っっ!!??」
桂花が自分の策を説明した、その直後だった。
予期せぬ殺気と怒気を向けられた桂花が硬直。
直ぐに我に返るが──理解が出来無くて混乱。
ただただ、意味不明な威圧を一身に受け、怯える。
そうなってしまうのも無理は無い。
モシャァァァッ…と負のオーラが溢れ出す、なんて生温い感じではなく。
こう…ィピギィグシャアァアァァッ!!、と、空間が軋み、割れ、歪曲し、狂うかの様に。
華琳が静かに前へと歩み出た。
それにより、桂花も発生源が誰かは判っただろう。
だが、未だに自分の何が障ったのか。
思い当たる事が無いのが本音だろう。
………いやまあ、それはね。
一晩跨いだ事は問題でしたけど。
それにしてはタイミングが可笑しいですからね。
普通に考えると、思い当たらなくても当然です。
まあ、あれですよね。
桂花自身は兎も角、この流れだと、劉備達の場合も先ずは頂いてから、でしょうしね。
それだと流石に華琳でも癇に障りもするか。
「そう…貴女は私に「御兄様の傍から離れろ」と…
そう言うのね?」
──其方っ!?。
──って言うか、貴女っ!。
此処で兄愛魂を炸裂させますかっ?!。
ほらっ、しっかりと正面を見なさいっ!。
桂花、予想外過ぎて「………ぇ?」って思いっ切り面食らってるの判るよなっ?!。
どう考えても流れが可笑しいでしょうがっ!。
──という俺の内なる叫びは置いといて。
一方、宅の家族は「…またですか…」と嘆息。
ある意味、慣れてらっしゃいますからね。
──って言うか、一番慣れてる筈の俺が勘違い…。
……うん、言わないで、本当は判ってるんだ。
俺自身、判ってて現実逃避してたんだってね…。
でもさ…仕方が無いじゃん?。
全然治んないから諦めたんだもんっ!!。
「………ぁ、ぃ、ぃえ、わ、私は…その…っ!?…」
「ねぇ、少し、想像してみなさい?
いきなり現れた女に「貴女は向こうに行ってて」と言われたら…貴女は何の感情も懐かない?
その言葉に、素直に従えるかしら?
そして──そんな真似を赦せるのかしら?」
「──────っっっ!!!!!!」
桂花に近付き、右手で頬を撫でながら目を見詰めて問う様に言った華琳の言葉に。
桂花の背後に暗闇と迸る巨雷が見えました。
いや、出来れば、俺の気のせいで有って欲しい。
しかし、現実は非情な様です。
桂花は顎を打ち抜かれ、ダウンするボクサーの様に膝から崩れ落ち、両手を着いて項垂れる。
その姿が如実に「私は何て愚かなっ…」と。
小さく震える身体も相俟って。
物語っている様に見えてしまうのは…ええ。
どうやら、嫌な予感がした通りみたいです。
ゆっくりと顔を上げた桂花が華琳を見詰める。
「私が間違って居りましたっ…
どうか御赦し下さいっ、御姉様っ…」
「解ればいいのよ
間違いは誰にでも有る事よ、特に最初はね
だから、仕方が無いわ
けれど、御兄様を御支えするなら、同じ過ちをする様な体たらくは赦されないわ
それだけは、しっかりと肝に命じて置きなさい」
「はいっ!」
──と、微笑みながら桂花の肩を叩く華琳。
うん、何これ?、どんな茶番劇なの?。
どう考えても、自作自演の自画自賛でしょ?。
ねぇ?、「これで大丈夫です、御兄様」と。
屈託無いドヤ顔を向けてる華琳さんや?。
ただただ、貴女が信者を増やしただけじゃない?。
ねぇ?、いやマジで本当に。
チラッ…と視線を向けた先では咲夜が首を横に振り言外に「諦めなさい、貴男の愛の所為よ」と。
華琳の擁護をしてくるでは有りませんか。
おのれ、ブルータス、裏切ったなっ!。
…いや、今なら光秀か?。
言って置くが、俺は土下座では済まさんからな!。
今宵は我が飢えた刃が肉を貪る事になろうてっ!。
カァアァーッ、カッカッカッカァアッ!!。
──って、現実逃避したくなります…グッスン…。
どうしたら、この愛妹の野望は止まりますか?。
やはり、本能寺的な遣り方しか有りませんか?。
そんな真似は……っ…俺には出来ませんっ…。
まあ、光秀は男同士でしたしね。
邪魔に為ったら排除もするでしょう。
俺が光秀なら、遣りませんけど。
下らない名誉や配慮より、民と国の未来です。
その為には誰が必要なのか。
要は、其処が全てですからね。
勿論、それを判断する価値観は人各々、千差万別。
俺は俺、光秀は光秀ですから。
選ぶ道、導く答えが違うのは可笑しな事ではなく。
寧ろ、当然だと言えますからね。
「──で?、どうするの?」
気付けば、傍に来た咲夜に訊ねられます。
優しく叩かれている筈の背中が痛いとです。
…いや、痛いのは、きっと胸の奥なんだね。
──ア、ハイ、真面目に遣ります、ゴメンナサイ。
「俺と華琳と桂花で劉備達の所に行く
本隊は白蓮と祭に任せる、見せ付ける様にな」
「応っ、しっかりと釣って遣るわ」
「頼むから、その勢いで先走らないでくれよ?」
「それは相手次第じゃな」
「遼東側への睨みは紫苑に任せる
予備戦力として翠達を連れてってくれ
まあ、先ず出番は無いだろうから、移動訓練として遠慮せずに扱いて遣ってくれ」
「ぅげっ…」
「ぅぅ~っ…急に御腹がっ…」
「ふふっ…肩慣らしに良さそうですね」
「凪は恋と一緒に遊軍として待機だ
宅の内部で問題が起きる可能性は低いだろうが…
何事にも絶対は無いからな、頼んだ」
「はっ、任されました」
「…ん、頑張る」
「それから真桜は流琉と季衣を連れて本隊後方にな
行軍は遅れても構わないから材料を揃えてくれ
現地調達は最終手段だからな
可能な限り、遣らない方向で頼む」
「師匠、県境沿いで良ぇん?」
「ああ、南北を隔てるだけで十分だ
遼東側は気にしなくてもいい
場合に因っては、直ぐに落とす事になるからな」
「ん、了解や」
「咲夜、留守中の指揮は任せる
秋蘭達も居るから大丈夫だとは思うが…」
「春蘭さえ大人しくしてれば問題無いわよ」
「さ、咲夜っ!?」
「姉者、大人しくしていろよ?」
「ぅう~っ…秋蘭までぇ~…」
そうして笑い声が溢れる様に落ちを着けて終了。
解散し、進軍に向けて準備へと移る。
自分達の身一つで済む俺と華琳は桂花の案内により皆より一足先に出立し、劉備達の所を目指す。
ただ、不用意に目立ちたくはないから、氣の使用は控え目にして、出来る限り静かに。
一応、今回の件に絡んでいる可能性としては現状は無いに等しい位にまで低くなってはいるが。
それでも完全に無くなったという訳ではない。
だから、最悪を想定した動きをしておく。
後悔してからでは遣り直せないからな。
劉備side──
桂花ちゃんが発ってから十日目。
どんなに直ぐに話が纏まっても、実際に動いてから此処に戻ってくるまでには二十日は掛かる。
──そう思っていたのだけど…。
「へぇ…此処を三人で耕したのか…
………うん、土の状態も思ってた程、悪くないな
ただ、少し栄養不足だな」
そう言って屈み込み、土を触っている男の子。
──あっ、“男の子”って言うのは失礼だよね。
でも、私よりは年下って話だから…難しいよね。
だけど、確かに男の子って感じじゃない。
こう…“男の人”──男性なんだって感じる。
上手く言えないけど………い、色っぽい?。
そんな感じって言うか……うん、格好良い人。
ちょっと変わってる気もしないでもないけど。
信頼出来る人なのは間違い無いと思う。
あの桂花ちゃんが手を繋ぐ位の人だから。
この人──徐子瓏様は。
ただ、私達の予想を軽く超えて遣って来て。
挨拶もそこそこに私達の開墾した土地を見たいと。
案内してみたら、土を口に入れたりして。
色々吃驚するしかないんだけど…言えません。
だって、御機嫌を損ねたりは出来ませんから。
取り敢えず、相槌を打って、会話を弾ませよう。
「えぇっと……そう…なんですか?」
「ああ、まあ、そうは言っても俺の基準での話で、普通なら十分に作物は育つ
特に問題も無いだろうな
ただ、土地の気候等を考慮すると…この辺りでなら一般的な作物を育てるよりは特化した方が良いな
少し手を入れれば良い果樹園に成る」
果樹園?……果樹……桃?…桃園の事かな?。
ちょっと聞き慣れない言葉だから解らないよ~。
そう思って桂花ちゃんを頼りにして視線を向けたら──子瓏様を見て、うっとりしてた。
それはもう、見た事が無い位に可愛くて。
だけど、確かに“女の顔”をしてる。
………えっと…そ、そういう事、なのかな?。
流石に今は訊き辛いから、訊けないけど。
そんな二人と一緒に来た可愛い女の子。
私達が子瓏様を案内している一方で、焔耶ちゃんを連れて邑の周辺を確認する様に一回り。
薄い木板を手に、竹簡に何かを書き込んでいる。
気にはなるけど此方も訊き辛いです。
悪い事とは思いませんが。
「御兄様、“農道”の整備は如何致しますか?」
「此処は雨や雪が多いと泥濘易い地質だしな
補強は砂利と“枕木”で遣ろう
水捌けを妨げると水害に繋がるからな」
「果樹園の規模は何れ程になさいますか?
伐採をすれば、かなり拡げられそうですが…」
「それも周辺環境を含めて、だからな
整備として少しは必要だが、大規模には無しだ
下手をすると“地滑り”や土砂崩れに繋がる
ああ、貝殻を二十俵程、頼む」
「はい、判りました」
──side out