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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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       赫き死に花


──今、貴方に問う。

平和・平穏という日常は、如何にして保たれるのか。


普段、それが当たり前だと享受しているだけの状況で人は態々、深い意味を求め思考・追及はしない。

何故なら、そんな事は単に面倒臭いだけであり、特に役に立つとは思わない為。

だから、唐突に問われても明確な回答は出せない。

脳裏に浮かび出て来るのは飽く迄も一般的な回答。

決して自らが「これだ」と自信を持って答えられる事ではないだろう。


さて、今一度、問おう。

貴方が思う、平和・平穏に必要不可欠な事は何か?。


治安を守る警備部隊か?。

犯罪を抑止する法律か?。

博愛を説く理想主義か?。

支配に因る社会構造か?。

純然たる弱肉強食論か?。


俺は、こう思っている。

平和・平穏に必要な物とは“健全な日常生活だ”と。


少し考えてみよう。

犯罪者の大半は日常生活に何かしらの問題を抱える為犯罪へ至る傾向が強い。

貧困・差別・虐待・不仲・強要・暴力・不倫・飢餓…時代・国・世界が違っても人間が日常生活にて抱える問題は大差無い。

違いは有れど、大別すれば似たり寄ったりだ。

勿論、世の犯罪者の中には人の社会的な倫理観からも逸脱した凶人(本物)も居る事は忘れては為らない。

人の理屈の通用しない別の価値観・世界観の中に有る我々とは似て非なる存在に我々の理解は及ばない。

ただ“そういう存在だと”受け入れるしかない。


…話が逸れてしまったが、日常生活が健全であるなら人は犯罪には走らない。

しかしだ、この“健全”が意外な程に難しい。

それは何故なのか。

単純な話、健全な日常生活というのは、労働・食事・睡眠が十分で有りながら、それ以外の“余計な物”は排除された状態を言う。

つまり、農家や漁師の人々みたいな生活サイクルこそ人間の理想的な日常生活と言ってもいい。

余計な事を考える余裕。

それが人の欲を掻き立て、次第に日常を侵食する。


文化・技術の発展・進歩は素晴らしい物だ。

しかし、その結果として、多種多様な犯罪が生じる。

その事実は覆えせない。

人から機械へ労働が移行し失業者は増加する。

新しい職業など、簡単には生まれはしない。

生まれたとしても、結局は一握りの者にしか出来無い資格・技術・才能を要し、篩に掛けられるだけ。

問題解決には至らない。


また物も溢れ過ぎるが故に社会問題に繋がる。

環境の汚染・破壊を始め、ゴミ処理問題・国内外での貧困格差の拡大・増加。


日々、夜明けと共に起き、日暮れと共に家に帰る。

家族と、同郷の人々と。

助け合いながら、笑い合い他愛無い日々を繰り返す。

其処に刺激は必要か?。

そう、必要ではない。

それこそが、健全な日常。

それさえ満たされていれば人は犯罪には走らない。


田舎より都会の方が犯罪が多い理由は単純。

健全な日常生活が社会的に不可能だからである。




──何故、そんな重い事を考えているのか。

その答えは、唯一つ。

あの賊イベント・フラグが折れなかったからだ!。

嗚呼っ、こん畜生めっ!。


あの日から六日目。

俺は見回りを兼ねて日課の狩りに山中を歩いていた。

そうしたら、薄汚れた姿の無精髭を生やした連中が、屯してるじゃないですか。

「もう嫌だー…」と泣いて現実逃避したい衝動から、先の様な変な思考をするに至った訳です、はい。

卓袱台返しがしたいです。



(──って、馬鹿遣ってる場合じゃないよな…

戻って皆に報せないと!)



──と考え、動こうとした瞬間だった。

「いや、ちょっと待てよ、報せてどうなるんだ?」と酷く冷静な“裡なる俺”が訊ねてきた。

報せて、どうするのか。

村人全員で避難?。

行き場の無い流浪の身で、生きて行けるか?。

──無理だ、少人数なら、可能性は有るだろうけど。

村人全員となると…新しい賊徒に堕ちるだけだ。

だからと言って母さん達が自分達だけで逃げようとは言わないだろう。


なら、村の男性陣が総出で連中を撃退するか?。

皆に応戦出来るのか?。

──いいや、無理だ。

熊一匹が相手でも追い払う程度が精々なんだ。

正面な戦闘は出来無い。

無駄に場数を踏み、相手を殺す事を躊躇わない連中に大きく分が有る。

村の皆に“殺人”が出来るとは思えない。

だから、どうなるのか。

容易く脳裏に浮かぶ光景。

それは悲劇でしかない。


だったら、どうする?。

どうすれば、母さん達を、村の皆を守れる?。

──答えは、最初から一つしかなかった。

俺は、何だ?。

“チート持ち”だろ!。

だったら、俺が今、此処で遣るべき事なんて一つだ。

他の選択肢なんて無い。

必要無かった。



(想像して以上に覚悟する時が早く来ただけ、か…)



そう、ただそれだけ。

遅かれ早かれ、その覚悟は避けられなかった事。

そういう時代だ。

生きる為には、守る為には綺麗事は役に立たない。

必要なのは己を穢す覚悟。

運命を他人に委ねない事。

未来(道)を切り開く為に、悲劇(敵)を斬り裂く。


武道なんて崇高な精神も、高尚な志も含まない。

無骨な獣技(狩り方)だ。




意識を獲物(賊徒)へと向け数や状態を確認する。

その数は…凡そ三十。

周囲に偵察に出ている奴が居る可能性も有るが…先ず増えても四十は居ない。

武装は…どう評価するのが正しいかは判らない。

抑、この世界・この時代の武装の基準を知らない。

ただ、防具に関して言えば鎧の類いは着ていない。

毛皮のジャケットみたいな物を羽織っている程度。

防御力は、気にしなくても問題無いだろう。


それさえ判れば、十分だ。

相手の武器は関係無い。

何故なら、これは狩りだ。

一騎打ちではない。

正々堂々の闘いでもない。

喰うか、喰われるか。

ただそれだけなんだ。


足元に普通に転がっている掌サイズの小石。

それを無造作に掴み上げ、連中を僅かに見下ろす事が出来る位置へと移動。

そして小石を一つ、右手に握って──投擲。

放物線を描く弓矢よりも、直線的に飛んで行く小石は狙い通りに──獲物の頭に命中し、埋没する。

宙に飛散する血飛沫。

それを周囲の者が視認し、血と認識するよりも速く、俺は第二、第三投を放つ。

まるで銃撃されたかの様に頭を踊らせて、倒れてゆく獲物達を見据えながら俺は淡々と狙撃を繰り返す。


その一方で、彼方等は漸く自分達が狙われている事を認識し、混乱する。

瞬間的に統率は乱れるが、その僅かな時間が好機。

しかし、同じ場所からでは方向を見破られる可能性が低くはない。

だが、飛び回る様な移動は敵の警戒心を煽る事に為り防がれたり躱される恐れが高く為ってしまう。

故に、静かに移動する。

相手が見えない・感じないという状況は精神的に辛く追い込まれていく。

恐怖心を与え続ける事で、判断力を削いでゆく。


普通ならば小石を投げても致命傷に至る確率は低い。

だが、“チート”によって培われた俺の膂力でなら、単なる小石が殺戮兵器へとエボリューションする。

此処で重要なのは狙うのが頭部だという事。

通常なら少しでも致命傷に至る確率を上げる為に胴を狙う所だが、小石の場合は贅肉や筋肉に阻害されて、効果が低くなってしまう。

勿論、鋭利な小石だったら問題無いが、必ずしも有る小石が全部鋭利な物だとは限らない訳だ。

それに対し、頭部は兜等を着けていないなら、小石が当たれば確実にダメージを与えられる。

頭蓋骨を貫通出来なくても破砕する程の威力なら十分衝撃で内部破壊が可能。

致命傷確率が高い訳だ。




さて、態々、自らの危険を冒してまで中近距離戦闘を遣る必要が有るのか?。

答えは当然、「無い」だ。

そして、それこそが、俺が導き出した答えでもある。


この投擲術とは謂わば乱定手裏剣だとも言える。

“投げる得物”を選ばない事が最大の強みだ。

特に、大抵の場所には有る小石等を武器化出来るのは非常に大きな利点だ。

八歳児でも、体格差で劣り危険性が高い相手と十分に戦える戦闘技術と言える。

俺の膂力と小柄な身体。

これを活かして戦うなら、これ程に相性の良い方法は思い付かなかった。

身の安全性も高いしね。


攻撃開始から1分と経たず敵の数は半減している。

スタート&ラッシュで数を一気に削りたかったけど、別動隊の有無が判らない為敢えて半分程に抑える。

その後は、小石を投げ上げ落下地点とは真逆の位置へ別の小石を投げ、態と音を立てて意識と注意を引き、直後に真後ろへと落下した先に投げた小石が音を立て意識と注意を引く。

これを数度、繰り返す。

その合間に投擲して確実に仕留めてゆく。


じわじわと追い詰められ、精神的に限界が来た獲物は恐怖心に負けて、逃亡。

逃げ始めれば、後に続いて我先にと走り出す。

その様子を息を潜めながら草木の葉の中に身を隠し、じっくりと窺う。

そして別動隊が居ない事を確認した瞬間──無防備な背中を見せている獲物達に躊躇無く襲い掛かる。


逃げる(動く)相手に投擲は効果的ではない。

勿論、可能不可能の話なら出来無い事は無い。

ただ、銃を撃つのとは違い精度の低下や此方等の姿を目撃されてしまう可能性が上がる事になる。

既に残りは、一桁。

しかも、逃走中である為に必然的に一対一の状況へと持ち込む事が出来る。

一対一なら、一撃で確実に仕留める自信が有る。

己が膂力と、殺技なら。


俺は疾駆し、距離を詰め、追い抜き様に反転し右手に持っている鉈で、一閃。

声を発する暇も与えずに、頸を刎ね飛ばす。

鉈と交錯し、頭は宙を滑り重力に引かれて落下。

身体は血を吹き上げながら暫し勢いのまま前に進み、軈て力尽きて崩れ落ちた。




戦闘の開始から終了までは──凡そ15分。

“初陣”とすれば上出来と言っても良い筈だ。

戦功としては、だが。



「────ぅうぅっっ!?」



辺りに漂う濃厚な血臭。

狩りで慣れている筈の血の臭いに噎せかえるのを越え嘔吐してしまう。

本能的に「この場に居てはいけない」と感じ取って、一番近い水場へと向かう。

そして、到着すると同時に躊躇無く水へ飛び込んだ。

全身と衣服に付いた鮮血の色と臭いを洗い流す様に。

身体の裡から染め上げ猛り狂う熱を冷ます様に。

心奥から凍てつかせる様に這い寄る恐怖心(闇)を深く押し込める様に。

暗く、冷たい、濁りの無い水底へと自分を沈める。






……何れ位経ったのか。

もしかしたら、1分にすら満たないかもしれない。

息苦しさに意識は覚醒し、死なない(生きる)為に俺は酸素を求め、浮上する。

流れが無い訳ではないが、湖と言える程の広さ深さを兼ね備えた川の淵。

其処の水面に仰向けに浮きながら、ゆっくりと流れに身を委ねて漂う。

空を見上げて。


右手を掲げ、残った感触を拒絶せずに思い出す。

それだけで吐き気がする。

嫌悪感・不快感・罪悪感…どんなに覚悟をしていても薄れるという訳ではない。

それに対し“慣れる”事が正しいとは思わないけど、是として受け入れるという事は近い事でも有る。

だから、此処から先は俺の意志次第なんだろう。

「嫌なら止めてしまえ」と嘲笑する俺が言う。

現実を知らない、昔の俺。

過去、なんだろうな。

特に憤慨する事も無い。


ただ、そんな俺のお陰で、再認識する事が出来た。

昔は昔、今は今、俺は俺。

大切な事は、もう俺の中ではっきりしている。

だから、迷う事は無い。

簡単ではないけど。

俺は進む事を選ぶ。

歩みは止めない。





 曹嵩side──


夕飯の準備の為に畑に行き野菜を採って戻ってくると直ぐに扉が開かれた。



「お帰りなさい、御兄様」


「お帰りなさい」


「ただいま、操、母さん

今日は良い鱒が捕れたよ」


「塩焼きが良いですね」


「岩塩まだ有ったかな?」


「はい、大丈夫です」


「なら、今日の焼き係りは操に任せようかな」


「はい!、頑張ります!」



いつもの微笑ましい風景に口元が緩む──事は無く、操と一緒に台所へと向かう恕と擦れ違った瞬間。

それを嗅ぎ取った。

その背中を見送りながら、驚愕を隠せない事に気付き私は視線を即座に外す。

恕は操以上に勘が良い。

私が気付いた事に気付けば私達と距離を置く可能性が高いでしょう。

あの子は優しい子です。

私達に少しでも害に為ると考えれば、自分自身でさえ躊躇無く遠ざけます。

だから、恕に気付かれてはいけません、絶対に。


私は野菜を台所に運ぶと、笑顔で二人に料理を任せる旨を伝え、乾いた洗濯物を片付けると言って離れる。

勿論、嘘ではなく、本当に洗濯物を片付けますが。



(……先程の…あの子から臭ったのは…血の臭い…)



かなり薄くなっているので普通では気付かない程。

恐らく洗ったのでしょう。

ただ、単に血の臭いがするというだけなら、普段から狩りをしている恕ですから何も可笑しく有りません。

ですが、今日は違います。

その血は──人の血。

それも怪我という程度では有りません。

明らかに致命傷になる量の血を“浴びている”事を、私は察しました。

そして、それが何を意味し恕が何を行ったのか。



(…私はっ…何て無力なのでしょうかっ…)



自身の非力さに腹が立つ。

恐らく、恕の相手は数日前噂程度に聞いた賊徒。

正確な数は判りませんが、三十前後でしょう。

偶然、森で遭遇したという可能性は十分に有ります。

しかし、恕は単独で討伐を決意し、実行した。

間違い無いでしょう。

村の皆──男性陣の腕では勝利は不可能でしょう。

ですが、あの子一人ならば十分な勝機が有ります。

恕の実力、普段から狩りを行っている地の利、相手が油断している状況。

そういった様々な条件から恕は勝てると確信し、単独討伐を実行した。

怪我をしている様子が無い事からも無事でしょうが。

……本当に不甲斐無い。


私達が村を出れば恕は手を汚させずに済むでしょう。

けれど、他の村人は犠牲に為ってしまう。

恕が血で手を染めたなら、村人も守られる。

何方等も守る術は唯一つ。

恕以外の誰かが賊徒を退治するしか有りません。

ですが、それが出来る者は村には居ません。

だからこそ、その場で恕は決断したのでしょうね。

戻っている猶予は無いと。


起きた事は変わりません。

ですが、あの子にだけ罪を背負わせはしません。

共に、背負いましょう。

あの子の、母として。



──side out。



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