69話 馬鹿と書くが
何事にも、“始まり”と“終わり”が有る。
その中でも、最も身近な事は、自分の命の始終。
この世に生を受け、死に逝く時まで。
誰しもが、その人生を紡ぎ、綴って行く。
内容は千差万別であれ、その形自体は皆同じ。
命は等しく、生まれて──死ぬ。
それが摂理であり、秩序であり、逃れられぬ結末。
だから人生とは“誰もが死に方を求める旅路”と。
そう形容する事も、間違いだとは言えないだろう。
──とは言え、誰もが、その様には考えはしない。
自分の人生の意味を、存在理由を、命の価値を。
深く、真剣に、広く、探求し、穿ち、模索する。
そんな事──有る訳が無い。
大多数の人々は適当に生きている。
ただ、その適当な生き方は社会の中では楽で。
重く考え過ぎてしまう生き方よりは、生き易い。
自らの人生に見返りや意味を求めないなら。
そういう適当な生き方は、一つの解答だと言える。
真面目に働き、社会に尽くしても、報われない。
そんな現実は世の中に掃いて捨てる程に溢れ。
不満を懐く人々は、決して少なくはないだろう。
しかし、社会とは、そういった物だ。
理不尽や矛盾、不平等や不公平が当然のもの。
それらが一切存在しない世界には、人間は居ない。
何故なら、そういう社会を築くのが人間だからだ。
自他を比べ、優劣・強弱を定め、格付けをする。
確かに自然界でも存在する事だが。
人間は、それを遵守する事を良しとしない。
少しでも自分が良い思いをしたいから。
だから、狡賢くなり、他者を出し抜こうとする。
或いは、弱味や弱点を突き、引き摺り下ろす。
真っ向から争えば負けるから。
だから、別の遣り方で相手に勝とうとする。
それを、「知恵だ」と呼ぶのなら。
人間が進化の果てに得たのは──狡賢さ。
如何にして、自分が少しでも上位に上がるのか。
その術を考える事に長けた動物だと言える。
故に、人類が存在する世界は争いが絶えない。
それは生存競争でも、純然たる弱肉強食でもない。
ただただ、如何にして彼我の優劣を付けるのか。
如何にして、自分の、自分達の優位を得るのか。
その為の、暗愚で、傲慢で、醜悪で、無意な行い。
しかし、その事に気付いたとしても。
それを人類が完全に捨て去る事は出来無い。
人間の中に有る、支配欲や自己承認欲。
それらが無くならない限りは。
人間の社会は本当の意味では変わりはしない。
ただただ、見える上辺だけが変わっているだけで。
本質的には何一つ変わってなどいないのだから。
「──遼西郡に向けて出兵?」
「はい、届いたばかりの隠密衆からの一報です」
「はぁ…馬鹿は思い切りが早くて困るよなぁ…」
──って、自分で言っててダブる記憶が……あ。
確か、魏ルートの曹操の台詞だったかな?。
袁紹の動きに対して、そんな風にボヤいてたよな。
うん、袁家って、本当に面倒臭いね。
──と言うか、曹家との因縁が時空や次元を超えて尚も有るっていうのが凄いわ、いや本当にマジで。
「しかし、馬鹿は馬鹿だが、もう少し袁硅は物事を慎重に運ぶ質だと思ってたんだけどな…
予想外に多様性を求めて軍師でも抱え込んだか?」
「…いいえ、御兄様、袁硅では有りません」
「………え?」
「動いたのは袁紹です」
「……………………………………………マジで?」
「はい、大マジです」
「はあぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~…」
華琳の返事に、俺は盛大な溜め息を吐いた。
──と言うか、吐かずには居られませんって。
あの馬鹿、人が色々苦労して根回ししてるのに…。
全部ぶち壊しやがるかっ!?、普通っ?!。
………いや、それはまあ、普通じゃないけどさ。
普通じゃないから遣ってくれたんだろうけどっ!。
愚痴りたくもなるってのっ!。
…………うん、よし、取り敢えず、落ち着いたな。
スポーツ選手が試合中に吼えてるシーンとか、偶に見たりする事が有ったけど。
アレって、頭に血が上って熱く為り過ぎてる自分の炎を鎮火する為の手段の一つ。
勿論、ただ興奮したり激昂してるだけの選手だって居るんだろうけどね。
一流のスポーツ選手は、自分を制御するもの。
特に“プロ”のスポーツ選手なら尚更にね。
何しろ、プロはビジネスだからね。
アマチュアとは違って、絡む金銭の額が違います。
なら、感情に振り回されてる様な子供っぽい選手を抱えたいとは思わないでしょうからね。
少なくとも自分がクラブや企業なら要りません。
能力が有っても、どんな問題を起こすのか判らない様な不安定な選手より、平凡でも真面目な選手。
長い目で見れば、愛され模範となる選手である方が御互いにとっても、ファンにとっても好ましい。
──といった、関係無い話は放り投げて。
認めたくはなくても、現実を受け入れましょう。
「咲夜、袁紹と袁術の縁談は潰したよな?」
「ええ、それは間違い無いわ」
袁紹と袁術の縁談──あ、“二人が結婚する”って意味じゃなくて、各々に出てた縁談ね。
ちょっと紛らわしいけど、此処、ポイントね。
──で、その縁談っていうのが、政略結婚な訳で。
要は、二人は袁家の──主に袁硅のだが──為の、生け贄として使用されるという事で。
それを、潰したって話です。
まあ、俺達が生きている世の中じゃあ、そんな事、珍しくも何でもない事なんですけどね。
見方を変えれば、宅の奥様方も政略結婚な訳です。
勿論、当事者達は、ガッツリ恋愛結婚ですけど。
上辺だけを客観的に見れば、同じ様なものです。
一々、其処を深堀りしようとは思いませんから。
──と言うか、“ゴシップ記者”でも有るまいし、そんな事を追及する者は居ませんからね。
だから、その程度なんですよ。
この世界の、女性に対する扱い方っていうのは。
まあ、前世でも歴史的に見れば有った事ですから。
そういう意味では、異世界だろうが一緒な訳で。
政治に置ける男尊女卑の傾向は人類共通の問題。
社会的な余裕が無いと無視される問題。
そういう事なんでしょうけどね。
「…白蓮達の活躍が裏目に出たか?」
「それは………あー…ええ、そうかもしれないわね
「彼女達に倣い私も力を示しますわ!」とか…
聞いた袁紹の印象だったら考えそうだものね…」
ああ、全く以て、その通りだよ、本当にな。
余計な所だけは無駄に再現してくれてると言うか、きっちり採用されてると言うか。
うん、まあ…要するに袁紹は袁紹だって話です。
それでも、俺と咲夜は助け様とした訳で。
それは、“原作”という価値観が有るが故で。
言い換えてしまえば──依怙贔屓だ。
これは、決して袁紹達に限った話ではない。
社会的に不遇な女性というのは多々存在する。
咲夜でも、原作という意味では存在しない訳で。
本来なら、其方等側に入っていた存在だろう。
ただ、咲夜は俺とは深い関係が有り。
しっかりと、縁絲が繋がっている。
だから、此方等側に居る。
その違いが、現実的に言えば、全てな訳で。
それは俺の独善、俺達の取捨選択でしかない。
勿論、そういった社会性を改善したいとは思う。
今の社会では女性の立場が低く扱われ過ぎるしな。
其処は俺も真面目に取り組んではいる。
ただ、一方で女性にも理解して貰う事が必要だ。
人口過多になった社会でなら、子供の需要は低く、必ずしも子供を産む必要性は無いのだろうが。
生憎と、この世の中では子供の存在は貴重だ。
言い方は悪いが、国を支える上では必要な駒。
戦力として、労働力として、使用する為にも。
女性には子供を産んで貰わなければ困る。
だから、俺は医療や経済支援に力を入れている。
国民の数は国の土台だ。
土台が揺らげば、国という建物は脆くなる。
だが、その土台を築く為には整地が大事。
強固な土台は、精緻な整地から始まる。
…いや、駄洒落じゃないですよ?、マジな話ね?。
世が世なら女性の権力団体が猛抗議・猛批判する事間違い無しな考えかもしれませんけどね。
男は、子供を産めませんからね。
女性が子供を産む事を拒絶するのならば。
クローン技術か人工生命技術が必要不可欠。
飛躍ではなく、事実、そういう話な訳です。
ただ、そうなったら、人類も国も不要でしょう。
世界に唯一人、オリジナルが存在すればいい。
他の全ての人間を殲滅し、個が全となる新世界。
ある意味では、本当の完全な平等の実現です。
そうなれば、それが正しくないとは誰も言わない。
誰も考えもせず、誰も拒否もしない。
一つの理想世界の完成な訳ですからね。
まあ、俺にとっては無意味で無価値な妄想ですが。
人の想い、人の意志が在ってこそ、血に心が通い、交わり、繋がり、継がれてゆくのだと。
そう思っていますから。
望まない子供を産む必要は有りません。
誰も幸せには成れませんからね。
ただ、子供を持たないなら社会貢献義務を別の形で成して貰う必要は有りますが。
嫌なら出てって貰うだけです。
独裁?、人権無視?。
それは義務を果たしてから初めて言える事。
国に尽くさぬ民は要りません。
国は民により支えられている、と。
少なくとも、俺は。
そう思っていますし、そう有るべきだと思います。
国王や大統領等により、左右される国は脆弱です。
しかし、国の土台が、民が揺るがなければ。
御輿が多少、愚かだろうと。
そう簡単には、国は崩れはしないものです。
──と言うか、そういう国主を民が許容しません。
“強い国”とは、そういう国だと俺は思います。
──なんて自分の国家論は口にはしませんが。
そんな事言って見なさい。
眼を光らせている教祖が口角を上げて嗤いますよ。
「御兄様の御寵愛を頂き、子を産みなさい!」等と言って動き出しますから。
ええ、それも一切の躊躇無く神速でね。
我が最大の政敵は直ぐ傍に居ますから。
そういう意味では、他は可愛いものです。
どうとでも出来る、その程度ですからね。
「…で?、袁紹の動かした兵数は?」
「報告では、凡そ三万、だそうです」
「…………待て待て、三万?
袁硅──いや、袁家の総意で、じゃないよな?
飽く迄も、袁紹個人で、だよな?」
「はい、その様に報告が来ています」
「………ねぇ、忍?、私の記憶違いかしら?」
「………言うな、頼むから、その先を言うな…」
華琳の返答に咲夜が顔を引き吊らせるが、気持ちは嫌と言う程に解るから困る。
だから、思わず右手で顔を覆い、俯いた。
袁紹が領地としている“新昌県”の領民は約七万。
数だけを見れば、まあまあだろう。
だが、領地の規模と照らし合わせれば多い。
それだけ栄えている、という証拠だったりする。
その内の三万を動員している。
はっきり言って、全く後先考えていない遣り方だ。
当然だが、徴兵対象は男が圧倒的に多くなる。
華琳達の様な女性は稀有だし、一般的に見たなら、身体能力の平均は男の方が確実に上回る。
…個人の質では華琳達や一部には及ばなくてもな。
だから、それは当然の事で。
彼等は殆んどが、領内の主要な働き手でも有る。
それを動員すれば、領内の機能は麻痺する。
宅みたいに独立した戦力だけではなく、徴兵すれば仕方の無い事では有るんだけどさ。
…本当、考えてないよな。
「勝てば良いのですわ!、勝てば!」と。
まるで、目の前に居るのではないか、と。
そう幻視しそうな程に、はっきりと思い浮かぶ姿。
これが、恋焦がれる想い人を思い浮かべてだったら実に様になる美談なんだけどなぁ…。
ああぁー………本当にもう……頭が痛い…。
正直、出来る事なら今からでも袁紹を押し倒して、無理矢理だろうが、孕ませて、黙らせたい。
遣らないし、遣りたくもないが。
そう思ってしまう。