問題は生ず
普通なら、郡から郡へと移動すれば何日も掛かる。
いや、県から県でも数日を要する道程であり、道も整備されているという訳ではない。
──となれば、移動に要する日数は軽く十日以上。
加えて、その度に護衛やら何やらで人手が嵩めば、必要な物資等も増え、経費は馬鹿に為らない。
だが、俺達に関しては違う。
俺や華琳達は単身でなら一日有れば統治する領地の西端から東端、北端から南端へ移動する事は容易。
つまり、気合いと根性さえ有れば、日帰り通勤さえ決して不可能な訳ではない。
…いや、流石に毎日は厳しいのでしてませんよ。
今は西側に三日、中央と啄郡に二日ずつ。
これが俺の一週間のスケジュールです。
因みに、俺の移動に同行するのは華琳・咲夜。
凪は状況次第ですが、今は週四日は冥琳達の側に。
何か起きた時の為に備えて、です。
本当は華琳が残ってくれていたら一番なんですが。
まあ、色々事情が有るので仕方が有りません。
「悪くない手だ──が、脇が甘い」
「──キャアッ!?」
「ばっ!?──ちょっゥベヴッ!?」
こっそりと、背後から忍び寄って来た蒲公英の槍を躱し、掴んで、一本背負いの様に投げる。
その先には、蒲公英が近寄る為の隙を俺に作る為に頑張っていた翠が居て──打付かる。
うむ、見事な二枚抜きだな。
…え?、「それは二枚じゃない」?。
標的を標的で倒せば、二枚抜きも同じでしょ?。
だから、それでいぃ~んです。
それは兎も角として。
縺れ合った二人の所に、休憩兼見学中だった沙和が近寄り、声を掛ける。
…その前に俺を見て、「有り得ないのー…」とでも言いた気な、ドン引きしている表情は何かな?。
ん?、きちんと話しをする必要が有るかな?。
──と、白蓮達なら「──っ!?」と身震いしている場面なのだが、沙和は無反応。
原作では危機感や直感力は低い印象だったけど…。
目の前の沙和は単純に未熟過ぎるだけだな。
後、二人とは立場が違い過ぎるが故に、楽観的。
現時点では流琉達よりも責任感は低いと言える。
だから先ずは其処から鍛えなくてはならない。
……やはり、あの遣り方にはなるのか。
個人的には面倒臭いので遣りたくは有りませんが。
必要と有らば、致し方無しでしょうね。
「ぅわー………二人共、大丈夫なのー?」
「ぅぅ~…これが大丈夫に見えてるんなら、沙和は眼か頭が可笑しいと思うよ…」
「蒲公英ちゃん、それは酷いのー…」
「──っ……っ、っのおっ、いいから退けよっ!」
「ヒャあっ!?、変な所触んないでよ、御姉様っ!?」
「へ、変な声出すなっ、馬鹿っ!」
「馬鹿馬鹿言う御姉様の方が馬鹿だからねっ?!」
「何だとーっ?!」
自分に乗っかったまま沙和と話す蒲公英を力強くで押し退けて身を起こした怒れる翠。
ただ、その際に翠の右手が蒲公英の股間に接触。
別に他意は無く、ただ動けず見えない翠が限られた可能な範疇での行動だったのだが。
蒲公英からすれば、そんな事は関係無かった。
世に溢れる痴漢の冤罪は、こうして生まれる。
何故なら、接触の事実は事実であるから。
其処に性的な意図が有ろうが無かろうが関係無い。
法律に“人心”は求められない。
ただただ事実を以て裁かれるのだから。
しかし、果たして、その在り方は正しいのか。
法律の有る意味は判るが、裁判の有る意味は?。
冤罪を犯罪とする裁判は正しいと言えるのか。
勿論、被害者の気持ちは汲まれるべきなのだが。
被害者の主張が必ずしも正しいとは限らない。
被害者自身、冷静では居られないのだから。
それ故に生じる感情的な思い込みは否定出来無い。
だからこそ、痴漢の多くは現行犯逮捕。
それでも無くならない痴漢冤罪。
難しい社会問題であると共に、他者を疑う事でしか生きられない世の中の虚しい現実だとも言える。
……うん、何を考えてるんだろうな、俺は。
決して、百合百合しい展開を期待した訳ではない。
──と言うか、一夫多妻な身では、夫婦性活の上で珍しくはない光景ですからね。
今更その程度で狼狽はしません。
幼い蒲公英の反応に興奮した、という事もです。
俺はロリコンでは有りません。
可愛い子は好きですが、それは仕方が無い事。
女性だって、可愛い子は好きでしょう。
性的な対象としてではなく、単純に可愛いだけ。
言い訳ではなく、それが事実です。
ただ、それを信じて貰えなければ冤罪な訳です。
そう、冤罪とは人一人の思い込みから始まる過失。
事実と真実がイコールであるとは限らないのです。
──なんて事を考えながら、従姉妹喧嘩を傍観。
…ん?、「いや、止めないのかよっ?!」って?。
ただの口喧嘩ですからね、手が出れば止めますが。
手を出すなら言い負ける翠の方ですから。
そうなったら、教育的指導をするだけです。
口喧嘩が決着したら、蒲公英と沙和は勉強会へ。
まだまだ二人共に知識量は少ないですからね
重臣を担えるだけの基礎知識は身に付けないと。
……え?、「馬岱より馬超の方が問題だろ」?。
ええまあ、それはそうなんですけどね。
極端な事を言えば翠は俺との子供を産みさえすれば他の事は大分免除される立場なんですよ。
要は、馬一族と騎馬民族の象徴となる次代が必要な訳で有って、翠自身の才器は二の次です。
勿論、出来るなら有った方が良いですけどね。
絶対に必要不可欠、という訳では無いんですよ。
──とは言え、翠自身、自分の未熟さや無力さには思う所が多分に有った様で、自分から彼方此方へと出向いて教えを請うている様ですからね。
良い傾向だと言えます。
「ったく、蒲公英の奴、好き放題言いやがって…」
「そう言って遣るな、アレは蒲公英の甘えなんだ」
「甘えてるって…だったら、尚更悪くないか?」
「翠、御前は勿論、俺達の大半は十代だ
年長者でも二十一歳と政治的な立場を担う身では、圧倒的に若いのは言うまでもない事だろ?
当主や官位を引き継いだにしても、本来なら、まだ先代や先達の助力や指導を受けている所だ
しかし、実際には俺達は自分で考え、決断する事を迫られる身で有り、背負わなくてはならい」
「…っ…ああ、判ってるさ…
けど、だからこそ、じゃないのか?」
「確かに蒲公英は馬一族では有るが、御前とは違い一族を背負う立場にはない
予備──という言い方は不謹慎だが、馬一族の血を別口で確保し、残す為の存在…
政治的には、そういう位置付けになる」
「──っ…それは……いや、でも………~~っ…」
俺が言いたい事を理解し、渋い顔をする翠。
そういった反応になるのも無理も無い。
従妹であり、実妹にも等しい存在である蒲公英。
その存在価値を「馬一族の血を残す為の孕み腹」と言われたも同じなんだからな。
だが、それは可笑しな話ではない。
血を残す為に、男が“種馬”扱いされるなら。
その逆も有って然り。
特に、男尊女卑の傾向が強い時代──社会でなら、蔓延している常識だったりするからな。
寧ろ、俺達の価値観の方が異端視される位だ。
だから、翠も何も言えなくなる。
俺達の在り方は、まだまだ普通ではない。
ただ、“血を残す”という考え方自体を間違いとは俺も思わないし、否定はしない。
実際問題、永きに渡り初代の意志を繋ぎ続ける事は限り無く不可能に近いと言える。
初代となる人物の存命中は勿論、その間に直接会い意志を理解し、受け継いだ者は大丈夫だろう。
しかし、一旦間接的な継承になると。
どうしても、その使命感や責任感は薄れる。
だが、仕方の無い事でも有る。
その語り手は初代自身ではないのだから。
所謂、カリスマ・圧倒的な存在感の有無も有れば、言葉の重みも違ってくる。
仕方の無い事だが──それが決定的な違い。
後は衰退と劣化により、喪失して行くだけ。
そうなるのだと。
前世を見て、俺は知っている。
だから血脈・血統・血族という“楔”を打ち込み、家や一族という形を保つ事で意志を伝える。
そういう遣り方の方が意外と効率的なんだと。
永き時を経た、結果を以て知っている。
そういう意味でも、現実的な判断が出来る。
綺麗事や理想論だけでは意志は繋げないのだから。
「蒲公英は感受性が豊かだし、聡い
自分の置かれた立場や求められる役割を理解して、期待や希望に応えられる様に頑張っている
ただ、それでもまだ若い──子供なのは変わらない
だから、寄り掛かりたい時も有る」
「…………それなら、忍様の方が適任なんじゃ?」
「御前が相手なら、そうしてやるけどな」
「──ぅなアァッ!?」
何を考えたのか手に取る様に判る。
だから、意趣返しの意味も含めて、壁ドン・顎クイからの耳許での囁き。
不意打ちに加え、初な翠ですからね。
効果は抜群です。
タイプ相性まで加味すれば威力は通常の三倍かな。
愛妻達が雌獅子化しているので、初なタイプに対し悪戯心が踊り出すのは仕方無いですよね~。
あ、勿論、婚約者ですし、ちゃんと最後まで全ての責任を背負いますからね?。
決して自分の欲求を満たす為だけじゃ有りません。
…一回でも隙を見せれば教祖が動きますからね。
──とか考えてる間に茹だった翠が壁に凭れながら擦り落ち掛けるので、抱き止める。
その際、役得が有るのは御約束。
「まあ、華琳の台詞じゃないけどな…
蒲公英も将来的には加わる事になる
ただ、それは現時点では最有力な可能性であって、確定している訳じゃない
それは蒲公英の意思次第だからな
ただ、蒲公英は自分で切り開かないと為らない
御前とは違って、そういう立場だからな」
「──っ!………そう、だよな…」
「だから、蒲公英は御前に甘えてるんだよ
今、俺に縋ったり甘えるのは簡単だ
ただ、それと同時に正当な評価を受け難くなる
御前の従妹で、妹分という近い立場を利用し、俺に近付いて寵愛を得て優遇されている、と…」
「そんな訳っ──っ!?」
「ああ、蒲公英がする訳が無い
ただ、妬む輩は居るし、陰口を叩くものだ
それを黙らせたいから、蒲公英は頑張ってる
それでも苦しい時、辛い時、愚痴りたい時は有る
だから、御前を頼り、御前に甘えてるんだよ
有りの侭で居られる、御前の前でだけな」
「…………」
そう言って遣れば、翠も理解は出来た様で。
先程膨らんだ憤怒が容易く萎んでいった。
腹立たしくは有るだろう。
だが、それで蒲公英の努力を台無しには出来無い。
今、懸命に蒲公英は戦っている。
しかし、その戦いに俺達は手を貸せない。
手を差し伸べる事は容易いが、それでは無意味。
その戦いは蒲公英自身の戦いであり、孤独な戦い。
ただ、それでも支えてやる事は出来る。
その事を、翠に教えてやるのが俺の役目だろう。
“信じて見守って遣る事”も大事だ。
そうする事でしか、至れない“高み”は有る。
「だから、変に意識しなくていい
御前自身も有りの侭で居て遣るだけでいいんだ」
「……………言われたら逆に出来無い気がする…」
「ははっ、まあ、そうだろうな」
「いや、笑い事じゃないだろ?」
「それが御前が挑む戦いだって事だよ」
「──っ!!」
「蒲公英は判り易い方だ
けどな、四~五歳位の我が子が同じ状況に有れば、見逃さずに気付いて遣れると思うか?」
「……………………………正直、自信が無い…」
「そうでなくても我が子の事になれば親というのは理性よりも感情が先行し易くなるものだ
子供の成長や将来の為には必要な事だとしても…
そうと気付かずに「守らないと!」という使命感で貴重な機会を潰す事は珍しくない
そうしない為にも、そういう経験も必要になる」
そう言って翠の頭を撫で──額にキスする。
「……へ?……………──なぁっ!?」と。
時間差で反応する翠を愛でながら。
その先の成長を楽しみに思う。
まだまだ芽吹いたばかりの未来を。
周泰side──
姉様が忍様との御子を御懐妊されてから暫く。
悪阻に悩まされていた時期が過ぎ、落ち着いて。
少しだけ膨らんだ御腹が……羨ましく思います。
いえ、体型が、という訳ではなくて。
忍様の御子を授かっている、という事がです。
勿論、姉様の御懐妊は私としても嬉しい事です。
忍様の御子の年長組である誠様達も可愛らしくて。
姉様の産む子供も今から楽しみです。
──とは言え、私も忍様の御寵愛を頂きたいです。
…それはまあ…忍様と一緒に寝る事は有りますし、御風呂に入る事も有ります。
勿論、偶にですけどね。
………忍様に口付けはして頂いていますけど。
私としては………もう、何時でも大丈夫です。
ただ、私達の歳から下は誰も出ていませんから…。
多分、一年後辺りまでは無いのでしょうね。
ちょっと残念ですが…仕方が有りません。
御強請りして忍様に嫌われたくは有りませんから。
「その程度で御兄様が明命を嫌う事はないわよ」
「……………………えっと…口に出てましたか?」
「口には出ていないわよ
ただ、冥琳の御腹を見ている視線には…ね?」
「~~~~~っ……ぁぅぁぅ…」
華琳様の指摘に姉様を見れば苦笑し──首肯。
その事実に物凄く恥ずかしくなってしまいます。
顔から火が出ているのではないのかと思ってしまう程に熱くなっている気がします。
…これが忍様の前だったら、もっと、でしょうね。
そんな事になったら…生きていられません!。
「あら、それは違うわよ、明命
そういう状況は絶好機、逃す理由は無いわ
それこそ、素直になって強請れば良いのよ」
「そんなに出てますかっ?!」
華琳様の言葉に思わず叫んだ私は可笑しくない。
可笑しくない筈です!。
だって、こんなにも心の中を見透かされるなんて。
普通では考えられませんよーっ!。
「貴女は素直だから判り易いのよ
それに私達は今よりも感情表現の乏しい頃から恋と接しているから、自然と鍛えられているもの
そんな私達からしたら、貴女の胸中はバレバレよ」
「確かにな…初対面で恋と意志疎通をするのは中々簡単な事ではないだろうからな…」
………そうですね、はい、確かに、そうです。
何と無く、「こうですか?」という感じで訊ねれば正否を答えてはくれますけど…はい。
ただ、私は然程苦労した記憶が有りません。
尤も、忍様には「明命は素直だからな、恋にすれば普通よりも判り易いんだよ」と。
そう仰有って頂きましたしね………………あれ?。
「……………ぁ、あの…それでは…っ…忍様は…」
「御兄様は特に敏感だし、鋭いわよ
だから、貴女の気持ちなんてバレバレね
それを理解しているから、御兄様も適度に貴女との関係を進展させているのよ
御兄様は遊びでそういう事はしないもの」
「ぁぅぅ~~~っ…」
その言葉に一旦引いていた熱が再燃。
先程以上に熱くなるのは仕方有りません。
だって、嬉し恥ずかし過ぎますよぉーーーっ!!。
──side out