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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   その先を紡ぐ


アポ無し訪問して来た遼陽県の県令・李度。

その口から出たのは俺達が追う郭栄の行方の情報。

それに驚く厳顔達だが──俺は驚きません。

──あ、勿論、表面上は驚いた振りをしますが。



「それは本当ですか?」


「はい、確かな情報です」


「それで、郭栄は今、何処に?」


「それは──」



勿体振る様に間を開け、厳顔を見る。

怪訝な顔をする厳顔だが、当然だろう。

厳顔からすれば李度の態度は可笑しいのだから。



「──此処、厳顔殿の居城たる高句麗城です」


「「なっ!?」」



李度の言葉に厳顔だけではなく、張勲も驚く。

それも当然だろう。

本人達には一切心当たりが無いんだからな。



「…李度殿、それは確かなのですね?」


「はい、信頼の置ける確かな情報で御座います」


「ふむ………厳顔殿、御心当たりは?」


「有る筈も無い!、──っ、失礼、つい…」


「その程度の事、構いませんよ

それよりも、厳顔殿に御心当たりが無い…しかし、李度殿の情報が確かならば、此処に、と…

そうなると確かめるのが手っ取り早い訳ですが…

城内を改めさせて頂いても構いませんか?」


「無論です、郭栄の捜索に御協力すると申し上げた我が言葉に嘘偽りは御座いません」


「判りました、それでは此方等の官吏・兵・侍女に一時退去する様に伝えて下さい

貴女方が潔白であるなら、それを証明する為に

それから──李度殿」


「何で御座いましょう?」


「貴男も多少は護衛等で手勢を連れて来られている事だとは思いますが、余計な疑いを生まない為にも貴男以外の者は退去させて頂けますね?」


「判りました、それが宜しいでしょうから」


「城内の探索は宅の兵のみで行います

勿論、破壊や略奪行為は致しませんので御安心を」


「判りました、速やかに退去させます、伯約」


「畏まりました」



厳顔達にだけ「手出しをするな」と言えば不公平。

だから、李度の私兵も同じ様に排除する。

──とは言え、其処に動揺は一切見られない。

こう(・・)なる事も想定済みだからだろうな。


ただ、李度が了承した事で、城内探索のどさくさに紛れて小細工する事は出来無くなった。

それを理解し、厳顔達も素直に俺の提案を飲む。




準備をしている間に情報収集という名目の賊討伐に出掛けていた華琳達が戻って来た。

率いていた三百の兵達は休息をしながら、待機。

城内には待機中だった百名のみを入れる。

他は俺に華琳達、厳顔・張勲・李度のみ。

余計な者の立ち入りを禁止し、探索を開始。


当然だが、直ぐに郭栄が見付かりはしない。

寝台や家具を破壊しながら探す様な真似をすれば、手っ取り早いのかもしれないが。

そんな事をする必要は無いので、仕事は丁寧に。


俺達は中庭にて、のんびりと報告待ちです。

東屋にて御茶を飲みながら世間話をしましょう。




それから、探索開始から二時間程経った所で。

状況に初めて動き(・・)が有りました。

駆け足で中庭に遣って来た兵が一人。

その報告をしました。



「失礼致します、米蔵を調べた所、中から異臭(・・)が」


「異臭、ですか…具体的には?」


「はっ、血肉(・・)の腐敗臭と思われます」


「ふむ…では、行って確認してみましょうか」



そう言って俺が席を立つと華琳達が続き、厳顔達も従わざるを得なくなる。

集団行動って、互いに監視し合う訳ですからね。


探索開始前、敢えて後回しになる様に意図していた米蔵へと兵に案内されて向かいます。

米蔵の前には宅の兵が十人、集まっていました。

米蔵の扉は僅かに開いているだけ。

しかし、それでも漏れ出す臭いは十分に判る。

右手の袖口で口と鼻を覆いながら、はっきりと頷き扉を開く様に促す。

しっかりと手入れがされている扉は錆び付いている事も無く、スムーズに開いていった。


瞬間的に中へと吸い込まれる外気。

しかし、直ぐに一杯になった肺の様に吐き出され、一気に閉じ込められていた悪臭が広がる。


俺達は兎も角、稟に斗詩、厳顔達は顔を顰める。

まあ、その反応は当然だと言えば当然だろう。

俺達みたいな現場主義は施政者には珍しいからな。



「外で待っていて下さい」



そう言って兵達から四人を連れて米蔵の中へ。

俺よりも先に入った一人が換気と明かり取りの為の小窓を開け、暗かった内部が見易くなる。

まあ、視界が利かない状況でも構わないけどね。

だって、俺達には氣が有りますから。

使えて良かった、素敵な氣っ!。

さあ、貴方も身に付けてみませんか?。

詳しくは明日の朝刊の折り込みチラシでっ!。


──なんて、小ボケは置いといて。

薄暗い米蔵の中に積み重ねられている米俵の山。

入り口を下に見れば、丁度“川”の字に近い格好で左右の壁際と中央に積まれている。

中央だけは背中合わせで二列になっているが。

玄菟郡の平気からすれば、かなりの量だと言える。


それらは全て昨年の年貢ではない。

幽州の中でも一・二を争う気候の低さが特徴である玄菟郡は稲作の行程は標準よりも一ヶ月以上早い。

その為、既に年貢としての新米が納められている。


そんな民の血税が収められた米蔵を、その努力を。

踏み躙る様に汚染する悪臭に軽く苛立つ。

「米に謝れっ!──いや、民に詫びろっ!」と。

思わず怒鳴り付けたくなるが──我慢する。


臭いの元を探すかの様な体で、ゆっくりと進み。

一つ一つの米俵を確かめるかの様に観察する。

こういう細かい演技が大事だったりしますから。

──で、右奥の壁際に積まれた六つの米俵。

数え易い様に積まれている為、それは言わば余り。

だが、見方を変えれば、見付け易い様に(・・・・・・・)置かれたと言う事も出来無くもない。

下段に並ぶ四つの米俵。

その上に積まれた二つが蓋をする様に、左右を挟み込む様に置かれた一つを指差し、外に運ばせる。


陽光の元に晒せば、米俵が変色しているのが判る。

その原因が血で、外側に付着しているのではなく、内側から滲み出ているという事もだ。

その米俵を切り開かせると──屍が転がった。

同時に、漂う悪臭が一気に強まる。



「奉孝、子義、この者に見覚えは?」


「……っ…郭栄で間違い有りません…」


「そうですか…」


「成る程…これはつまり、郭栄は厳顔殿と協力関係にあり、頼って逃げて来た

しかし、徐恕殿の追撃を考えれば、郭栄との関係は厳顔殿にとっては邪魔な事実…

それを隠す為に殺害し、誤魔化そうとした、と」


「そんなのは貴男の勝手な憶測です!

徐恕様っ、これは何かの間違いですっ!」



稟の言葉に溜め息を吐く。

それに続く様に李度が自分の推理を口にし、張勲が珍しく感情的になって反論する。

この状況に追い詰められているからだろう。



「ですが、こうして郭栄の死体が出て来た事自体は誤魔化しようも無い現実です

それに厳顔殿には理由も有りますしね」


「私に郭栄と繋がる理由が有るだと?」


「ええ、貴女は()で、郭栄は()です

徐恕殿の前例に倣い、両太守の婚姻を以て玄菟郡と上谷郡を併合、或いは同時統治が出来ます

御二人共に(・・・・・)未婚な訳ですから」


「「──っ!!」」



その李度の言葉に厳顔と張勲の表情が強張った。

そう、客観的に見た場合、郭栄と手を組むのならば最も利が大きいのは厳顔だったりする。

それも俺達という前例が有るからこそ、婚姻により二つの郡を統一・併合出来ると臣民に示せる為だ。


加えて、厳顔は李度との縁談を断っている。

両家の関係、玄菟郡の歴史を考えれば、一番無難な政略結婚を断ったのは、その為(・・・)だと。

そう李度が指摘すれば、言い逃れは難しい。

この状況が、郭栄の死体が此処に有る事実が。

厳顔達の逃げ道を塞いでいる。


まあ、これで少しは学べた(・・・)だろうしな。

そろそろ、この茶番劇に幕を下ろそうか。



「死体の状態から見て、死後三日程ですね

つまり、私達が玄菟郡に入った時には生きていた

それから、邪魔になり殺された、と…

そう考えるのが無難でしょうね」


「ええ、私も同じ様に思います」


「…っ……」


「ただ、厳顔殿達は手を下してはいませんね」


「「──っ!!??」」


「…っ…何故、そう思われるのでしょうか?

貴男方が来た事で、郭栄を始末したと考えるのが、可能性としては最も無難なのでは?」


「考えとしては、無難でしょうね

ただ、厳顔殿達には不可能です

勿論、此方等の兵にも、或いは人を雇ってもです」


「では、貴男は誰が郭栄を始末したと?」


「それは──貴男ですよ、李文俊」


『──っっ!!!!!?????』



俺の言葉に稟・斗詩、厳顔達に──李度が驚く。

当然と言えば当然だが、この時点では厳顔と李度の政敵としての関係から疑わしいという程度。

明確な証拠は提示されてはいない。

──にも関わらず、俺は断言した訳で。


しかし、バレない自信の有る李度は揺るがない。

一つ息を吐き、返り討ちにしようと訊ねてくる。



「御戯れを…厳顔殿に色香で惑わされましたか?」


「──っ!?、きさ──」


「男なら、喜んで惑わされる所ですね」


「──みゃアッ!?」



皮肉る様な李度の物言いを笑顔で受け流す。

激昂し掛けた厳顔は、一転して可愛く鳴いた。

“顔を赤くした”という結果は一緒だが。

その意味する所は大きく事なる。

勿論、今は放置だが。



「…私が犯人という根拠は御有りなのですか?」


「“暮芒花”という植物を御存知で?」


「ええ、稲刈りも終わった丁度今頃に小さな白花を咲かせる珍しくもない芒の一種でしょう?」


「そうですね…ただ、一つだけ訂正が有ります」


「訂正?、自らの失言を、でしょうか?」


「暮芒花は稀少な固有種(・・・)です

玄菟郡は遼陽県南部の一部にしか存在しません」


『──っっっ!!!!!!!!!!』


「郭栄の死体には暮芒花が付着しています

其処まで郭栄が行って、高句麗城に戻ってくるには最短でも五日は掛かります

三日前に此処で殺害された可能性は有りません

また三日前に殺し、運び込むのも難しいでしょう

私達が居る以上、目立つ行動は出来ませんからね」


「ですが、それは私にも言えるのでは?」


「殺害された場所が自生地ならば、ね

実際には郭栄が向かう途中で殺害し、息の掛かった内通者を使い、紛れ込ませた…

それなら日数的にも合います

暮芒花は固まった血に混じってはいますが、葉等は付着していませんから、移った(・・・)のでしょう

見慣れ(・・・)過ぎて気にもしないのは、暮芒花を珍しいと思わない人達だけですからね

関係者は限られます」


「…っ……しかし、それならば、それを利用して、厳顔殿が私に罪を擦り付けようとしていると考える事も出来ると言えますが?」


「それは有り得ませんよ」


「何故、そう言い切れるのです?」


「おや?、もう御忘れですか?

やれやれ…──御前自身が言っていただろ?

“厳顔は御前の来訪を知らなかった”と、な」


「──っ!!」


「事前に使者が来ていたなら、厳顔が御前に郭栄を殺害した罪を擦り付ける可能性は有る

だが、知らなければ擦り付け様も無い

暮芒花だけでは李度の仕業とは断定出来無いからな

寧ろ、逆に怪しまれる理由になる

だから、厳顔達の可能性は無い

それを御前は自分で証明した訳だ

郭栄の死を利用して邪魔な厳顔達を排除し、序でに俺に取り入ろうというのが丸見えだしな

“策士策に溺れる”、郭栄を切り捨てて行方不明で片付けた方が良かったかもな」


「くっ……ちっ、違います!、私は──」


「連れて行け、安心しろ、直ぐに郭栄に会える

ゆっくりと話をすればいい、あの世で(・・・・)な」


「私はっ!、私はあぁアアァーーーッッ──」



叫ぶ李度に一撃入れて気絶させ、連行する兵。

その様子を見ながら思うのは「頼もしくなった」と短期間での彼等の成長である。

郭栄を逃がしたのは意図的だったが。

それに見合う成果だ。

今夜は旨い酒が飲めそうだ。

法規制の無い時代、最高っ!。

でも、法律は大事ですよ。





 張勲side──


遼陽県の県令・李度の予期せぬ来訪。

以前、桔梗様へ縁談を持ち掛けて来たが、断られ、それを含めて桔梗様の目下の政敵である存在です。

もう、嫌な予感しかしません。


その予感通り、此方等も独自に探している行方不明だった郭栄の情報を口にしました。

それが、まさかの此処──高句麗城に居るとか。

耳を疑うしか有りません。

ですが、口で否定しても疑惑を生むだけです。


其処に徐恕様が提案され、桔梗様が了承。

その上で李度が手出し出来無い様にも。

然り気無い事ですが、私としては何も出来無いので本当に有難い事でしたね。


その後、城内の探索が行われ──事態が動きます。

米蔵から異臭がしているという事で、確認に。

正直、今朝の時点では異常が有ったといった報告は上がって来ていませんでした。

ただ、毎日中を確認する訳でも有りませんし、蔵の鍵は桔梗様が管理されています。

簡単には入れませんが……そう言えば、一昨日。

三ヶ所から年貢となる新米の米俵が納められたので運び込んだ筈ですが………遣られましたか…。


嫌な予想というのは何故か的中し易くて。

米蔵から運び出された米俵の中には郭栄の屍が。

そして、此処ぞとばかりに李度は桔梗様を犯人へと仕立て上げる様に推測を口にしました。

…悔しいですが、私が李度の立場であれば同じ様に桔梗様との縁談の件の意趣返しをする様に。

追い詰め、逃げ道を断つでしょうから。

自分の備えの甘さを悔やまずには居られません。


けれど、事態は意外な方向へ。

徐恕様は桔梗様や私達の関与の可能性は低いとし、淡々と話をされていきます。

それは聞いている私達でさえ、聞き入る程で。

李度の桔梗様への皮肉には然り気無い好感触。

どうやら、厳家の未来は安泰な様ですね。


──という事を流す様に話され、事態は進み。

李度は自分の言動で墓穴を掘った訳です。

本当に見事で──大変スッキリしました。



「徐恕殿、何と御礼を言えば良いのか…」


「伯道、今回の件、何が根幹か判るか?」


「それは…………私と奴との縁談の件、ですか?」


「一端としてはな…根幹は四家の関係の変化だ

結果的に伯約が張家と楊家の末裔で関係が有るが、李度に付いていたら──どう為っていたと思う?」



そう言われて桔梗様と私は顔を見合せます。

“たられば”では有りますが……成る程、確かに。

その場合には私は李度と同じ様に桔梗様を排除する意思を強く持っていた事でしょうね。

現実的には有り得ませんが。



「普通なら李家は潰す事になるが、今回は駄目だ

だが、今のままでは問題は解決しないからな

厳顔、家の為、民の為、捧げる(・・・)覚悟は有るか?」


「──っ………此度の件は私の甘さが原因であれば否は御座いません

全て、徐恕殿に御任せ致します」



そう言って膝を付く桔梗様に私も倣います。

これからも、私は桔梗様と一緒ですから。



──side out



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