一条の希望
ポポイッと、スナック菓子を口に放り込む様に。
我が軍の快進撃は天井知らずに昇龍が舞うが如く。
…いやまあ、龍が成層圏突破して宇宙空間に出ても生きていられるのかは判りませんけどね。
要するに、向かう所敵無しって事です、はい。
「うん、客観的に見るとエグいな、宅の強さって」
「師匠、それ今更言う事なん?
──ちゅうか、そんな風にしたん、誰やねん?」
「俺だよ俺、徐子瓏師匠だよ!」
「……………それ、何が面白いん?」
真桜に言われながら「俺もな、そう思ってた」と。
前世を振り返りながら「さあ?」と肩を竦める。
いや本当にね、絶叫系の一発ギャグって分類的には一発ギャグなんだけどね、しっかりとした前振りが有って初めて面白くなる訳でして。
それだけを遣っても面白くないんです。
寧ろ、今の真桜みたいに「………はあ?」な感じで呆れられてしまう場合の方が多いでしょう。
御酒が入って酔っていれば何だって構わないから、乗りでウケて盛り上がるかもしれませんが。
本当、一発ギャグって難しいですよね。
まあ、そんな事は空の彼方に飛ばして。
何事も段階や事前準備というのが大事な訳です。
郭栄の動きに反応し、先手を打ったのは郭嘉。
俺達が見逃した張貘を含む黒鬼党が残党である事を調べ上げ、自らが率いた手勢で強襲、討ち取った。
その事実を隠したまま郭栄達と張貘が合流する為に示し合わせた場所へ向かい、急襲。
黒鬼党を当てにしていた連中に張貘の首級を晒し、動揺した所へ見計らった様に郭佑と宅の軍が登場。
三方からの逃げ場の無い襲撃により一網打尽。
水を抜いた池を地引き網で浚う様なものです。
ただまあ、それ故に網目を抜ける小物は居ます。
そればっかりは仕方が無い事でしょう。
うんうん、仕方無いよね、仕方無いんです。
「御初に御目に掛かります、徐子瓏様
私は郭奉孝、此の度の御願いを御聞き入れ下さり、感謝しか御座いません」
「顔良の母、郭嘉の姉の郭佑に御座います
愚弟の不始末、並びに我々の甘さが故の内乱…
その全てを押し付ける形となってしまいました事、誠に申し訳御座いません」
「頭を上げろ、郭嘉・郭佑
顔良から書状を受け取り、既に了承した事だ
顔良を始め、署名・血印を捺して有った者は全員が処遇を俺に委ね、それに従う以上、利は有る
それを踏まえての俺の判断・決定だ
必要以上に卑屈に為る事は無い」
「勿体無い御言葉で御座います」
戦いが終わり、戦場の後片付けの指示を出した後、郭嘉達と迎え、会談の場を設けている。
斗詩も二人に倣う形で傅いているのだが。
「いや、御前は遣らなくてもいいからな?」と。
思わず言い掛けるが、それは飲み込む。
無関係ではないが、既に役目は終えているしな。
──とは言え、場の空気を乱しはしない。
俺は空気を読める男なんだからな!。
さて、それは兎も角として。
事後処理は戦場の後片付けだけではない。
この上谷郡の官吏達の選別作業を始めなければ。
ただ、それは俺の判断・指示だとしても、郭嘉達に遣って貰わなければならない。
「さて、既に斗詩には話している事だが…
郭嘉、御前には上谷郡の政務からは離れ、俺の妻に成り、郭家の跡継ぎを産んで貰う事になる」
「──っ!?………その、御言葉ですが、今回の件は郭家による問題ですので…」
「だから、御家断絶が相応の罰、か?」
「はい、それが民に対する郭家の責任かと…」
「成る程な…まあ、その考え方を否定はしない
ただな、責任というのは背負い続けるべきものだと俺としては考えているんだがな
罪人を死罪にするのは再犯や更なる被害を出さない為に必要な事では有るが、今回の様な場合、責任を取るなら御家断絶は責任逃れと同義だ
確かに御前達は郭栄の暴政を止められなかったが、だからこそ、同じ過ちを繰り返さない為に改善し、次代へ、その先へと受け継がなければ為らない
でなければ、結局は繰り返されるだけだ
過ちを犯した、その経験が有るからこそ
自制心の大切さ、背負う身の責任の大きさが判る
人の心は水の様に綺麗でも無ければ澄みもしない
単純に入れ替えるだけでは濁り、淀み、腐るだけだ
そうしない為に、俺は必要な事だと考える」
「………………先程の浅慮、どうか御赦し下さい」
「赦すも赦さないも無い
己が未熟だと理解出来るなら、それを糧に成長する
「未熟だから…」と言い訳にして逃げる様な者を、俺は自分の妻に迎えはしない」
「────っ!!……過分な御言葉です…」
「…はぅぅ~~~っ…」
俺の言葉に郭嘉は顔を赤くして答えながら俯く。
その傍らで流れ弾に当たった斗詩も赤面している。
………ああいや、訂正。
俺の両脇に控える咲夜と紫苑も赤面していました。
華琳だったら、「当然です」とドヤ顔で…ドヤ顔………あれ?、華琳でも赤面してる気が………。
──と言うか、「もぉ…御兄様は…その様な嬉しい事を仰有られては困ります……ほら、もう…御兄様我慢出来ません、責任を取って下さいね?」と。
迫られて押し倒されそうな気がします。
…うん、考えるのは止めましょう。
精神衛生上、喰われるのは好ましくないので。
そう、俺は狩人であり捕食者で在りたいんです。
男らしく豪快にかぶり付き、引き千切り貪る様に。
肉汁の滴る骨付き肉の丸焼きを喰らいたい。
そういう、ちっぽけな自尊心が叫ぶんです。
だって、漢なんだもん!。
──という現実逃避は強制終了。
意識を現実へと戻すと、郭佑の「あらあら♪」と。
頬に手を当てながら物凄い意味深な笑顔で俺を見る視線に思わず視線を逸らしたくなる。
勿論、逸らしたら駄目なんで逸らしませんよ。
熊や虎に遭遇したら視線を逸らさずに、ゆっくりと後退りしていくのが生き残る術なのですから。
「こほんっ…まあ、そういう事な訳だ
一応言って置くが、相手に関しては恋人や想い人が居る様なら無理強いはしない
その相手と子を成してくれればいい」
「その様な相手は居りませんので…否は有りません
私の様な無愛想な女でも良ければ…」
「そうか?、無愛想という事は無いだろ?
要は生真面目だから堅物と受け取られ易いだけだ
俺から見れば御前は知的さと可愛いらしさを持った十分に魅力的な女だからな」
「~~~っ!?、そ、そうなのですか…
…っ……何卒、宜しく御願い致します」
「私からも娘と妹を宜しく御願い致します」
「ああ、任された」
郭嘉に事実上の婚約の合意を得て、二人の保護者の郭佑からも認められた。
これで郭家・顔家の跡継ぎ問題は起きないな。
子供が出来無い心配は俺には有りませんから。
ええ、不妊治療も御手の物ですからね。
「…ただ、一つ御報告しなければ為らない事が…」
「郭栄の身柄を確保出来無かった事か?」
「──っ!、御気付きでしたか…」
「まあな、ただ正確に言えば奴は最初から此処には来て居なかったんだがな」
「なっ!?、っ、しっ、失礼致しました」
「御前達と俺とは夫婦、家族になるんだ
其処まで畏まる必要は無い
どの道、この場に居るのは俺達だけだしな
もっと肩の力を抜け、まだまだ人生は長いんだ
その調子だと気疲れして早死にするぞ?」
「そう、なのですか?」
「“病は気から”と謂うだろ?
心や精神が健全な方が身体の調子も良くなる
──って、今、「それは単なる気のせいでは?」と思っただろ?」
「「──っ!?」」
郭嘉だけではなく、斗詩まで反応するのは御愛嬌。
──と言うか、郭嘉も意外と弄り易いな。
これはアレか?、斗詩という天然の影響か?。
それとも郭佑の教育方針が純粋培養だからか?。
…………っ!?……「如何です?」と言わんばかりの笑顔を浮かべている郭佑、恐るべし。
将来、娘と妹が男受けし易い様にか。
その手腕………御見事で御座います。
まあ、郭嘉達には気付かれない様にしますが。
いやもう、本当にね。
この世の名家の女性達の強い事、強かな事。
惚れ惚れしますよ。
「まあ、勿論、俺も全てが全てと言う訳じゃない
ただな、心や精神が弱り、乱れれば不眠や食欲減退という事に繋がり易いのは判るだろ?」
「それは……まあ、確かに、そうですね…」
「その逆に調子に乗り過ぎて羽目を外しても体調を崩す原因にも繋がる事も珍しくはない
つまり、健康には日々の生活習慣が大事な訳だ
そして、生活習慣を正しく保つには心や精神の安定というのは格段に大きな意味を持つ
それを昔の人々が言葉として残している訳だ
逆に健康である事が心や精神の安定にも繋がる
健康な時、調子の良い時には「気の持ち様だ」等と他人事の様に言えても、いざ我が身の事と為ったら急に神経質になる者も居るからな
それだけ影響は出易いという訳だ」
そう、心身は互いに影響し合うものだ。
だから、決して馬鹿には出来無い。
それから、少々話は脱線してしまうが。
自分の事と他人の事でも人の意識は違うもの。
例えば、虫歯に為って痛がる子供に対しては「早く歯医者に行きなさい」と言う親が。
自分が虫歯に為ると行こうとはせず、薬局で市販の痛み止めを買って飲み、凌ごうとする。
その虫歯が抜ければ別だが。
どう遣っても歯医者に行かないと治らないのにだ。
それは歯医者が嫌い、歯の治療が怖いから、と。
子供には平気で言っていた癖に。
実は子供よりもヘタレだったりする。
長引かせるだけ余計に自分が苦しむのにだ。
尚、俺は勿論、華琳達も虫歯とは無縁です。
氣万歳っ!──ではなくて。
俺達は毎日、寝起きと風呂上がり、毎食後には必ず歯磨きをしてますからね。
──あ、乳歯の生え変わりは普通に有ります。
アレで痛むのだけは仕方が有りません。
成長する上で必要なプロセスでも有りますしね。
前歯が生え変わった時、華琳達が俺の前では絶対に口を開けない様にしていたのは懐かしい話です。
「──で、話は戻るが、郭栄の件は仕方が無い
──と言うか、態と見逃したんだしな」
「………それはつまり…………っ!?、まさかっ…」
「今、御前が考えた通りだ、郭嘉
其処まで知っているからこそ、その先まで見据えて、郭栄に逃げ道を与えていただけだ
宅が本気で終わらせるなら余裕で出来ている
御前は上谷郡の民を餌にした俺を軽蔑するか?」
「………いいえ、私が貴男の立場であれば、先まで見据えた上での判断をし、決定した事でしょう
ですから、可笑しいとは思いません」
「だが、納得出来るか否かは話は別だろ?
御前が言ったのは理屈の上での話で…
俺が言ったのは感情の上での話だからな」
「……そうですね、無いと言えば嘘になりますね
ただ、それは責任転嫁に過ぎません
元はと言えば、私達自身の未熟さ非力さが原因で、この様な事態を招いてしまった訳ですから
その責任から逃れる気は有りません」
「そうか、その覚悟が有れば大丈夫だな」
不意打ちの試しを仕掛けてみたが。
郭嘉は動揺する事無く、俺を見据えて答えた。
先程まで顔を赤くしていた少女の様な一面が一転。
施政者としての才器を俺に示して見せる。
今直ぐにでも子供を成しても大丈夫だろう。
原作では周瑜と比較して勝る精神面の強さを持った軍師というのは居なかったのだが。
目の前に居る郭嘉は冥琳と比較しても遜色無い。
まあ、初さでは冥琳以上だが、斗詩程ではない。
今夜、閨を共にしても問題無いと言える。
……斗詩?、気絶するでしょうね。
気絶している女性を襲う趣味は御座いません。
「それでだ、この後の事だが…郭佑
上谷郡の内務処理は御前に任せる
漢升を代官に、公覆と曼成を賊討伐に残す
各人の処遇等に関しては既に俺が決めているから、それに沿って通達し、処理して行ってくれ」
「…畏まりました」
そう言って恭しく頭を下げる郭佑。
それは嫌われ役・憎まれ役なのだが。
俺の甘さも理解されたらしいく。
子供を見守る母親の眼差しをされてはね。
それ以上は何も言えませんて。
触らぬ母に怒り無し。
other side──
黙々と動かしていた右手を止め、使っていた布巾を置き、左手で支えていた壺を両手で持ち上げる。
窓から射し込む陽光が壺の肌を照らす。
美しく輝く姿に、思わず口元が緩んでしまう。
何時まででも眺めていられるが、何かの拍子に床に落としたりして割れては元も子も無い。
名残惜しくはあるが、椅子から立ち上がる。
その御気に入りの壺を飾っている部屋の棚の上へと戻してから、再び椅子に座る。
………こうして眺めても、やはり良い物だ。
「──失礼致します」
「早かったな、郭栄殿が上手く遣ったか」
「……いいえ、残念ながら、失敗された模様です」
「………何?」
部屋に入って来た側近は言い淀み、だが、言わない訳にはいかない為、一つ溜め息を吐いて答えた。
その様子から冗談ではない事だけは理解した。
正直、失敗するとは思っていなかった。
それだけに意外と言うしかない。
「…どういう事だ?、一体何が有った?」
「はい、それがですね…
郭佑・郭嘉と、その支持派が動いたまでは予想した通りの展開の様でしたが…
手の内に入れた筈の黒鬼党と張貘に誤算が…」
「裏切られ、寝返られたか?」
「…それが、何者かに襲われ、壊滅的な被害を受け郭嘉により討ち獲られてしまったようです」
「………何者かに、か…
それは確かな情報か?」
「いいえ、飽く迄も流れて来た話です
単純に他の情報が有りませんでしたので」
まあ、そうだろうな。
それだけの事が出来る勢力が有るとすれば、簡単に幽州を制覇出来ているだろう。
何しろ、襲撃された当事者達でさえ正体を把握する事が出来ていない程なのだからな。
無難なのは疫病か内紛──は無いか。
…いや、他の賊徒を吸収しているからな。
主導権争いが起こる可能性は有るだろう。
「その後、李洪・韓淳が率いる本隊が郭嘉・郭佑に郭嘉の願いを受けて加勢した徐恕軍に包囲され…
抵抗らしい抵抗も出来ずに駆逐されたそうです」
「…郭栄は?」
「臆病者の郭栄らしく何かしら感じたのでしょう
本隊に合流する予定を変え、兵だけを向かわせて、自身は少数精鋭で此方等へ向かっているそうです
始末致しますか?」
郭嘉が噂の徐恕を頼ったか。
自分は女だからな、男の徐恕には取り入り易い。
恐らくは郭佑の娘の顔良も同じだろうな。
まあ、それは珍しい事でもない。
そう遣って血を、家を、力を保つのだからな。
ただ、徐恕という男は本質が掴み難い。
──と言うより、此方等が掴まされる情報が余りに此方等に都合の良い内容が多いのが臭う。
…恐らくは情報操作が上手いのだろう。
そういう意味では、似た様な相手では有るか。
「…いや、郭栄は丁重に出迎えて遣れ
但し、状況が状況だ
「感付かれては不味い」とでも言って軟禁しろ
それでも余りに煩い様なら黙らせろ
最悪、屍さえ有れば、どうとでもなる」
「畏まりました」
──side out