65話 揺れ動く風
世の中には多種多様な言葉が存在している。
それは言語・文字という意味だけではない。
“サボる”という言葉は純粋な日本語ではないが、日本人の誰もが理解出来る言葉だと言える。
元々はフランス語の“サボタージュ”に由来するが現在では日常的に用いられている言葉だ。
この様な言葉は多様化した社会・文化の中から生じ世の中に波及・普及し、定着していった結果。
つまり、人々の生活の中から言葉は生まれる訳で。
学術的な専門用語や新種等の名称は別にしても。
生活に無関係な言葉というのは少ないと言える。
特に意味の擬音語でさえ、生活の中の一部。
人間社会には言葉は必要不可欠だという事。
そんな言葉の中に“反社会的”という物が有る。
主に新聞やテレビの報道番組で用いられている。
その用途としては特定の人々を対象としている。
テロリストは勿論、暴力団・マフィア・ギャング。
そういった対象を思い浮かべる人が多い事だろう。
ただ、果たして、それだけなのだろうか?。
“社会に反している”或いは“社会に反しそう”な人々に対して用いられるので有るならば。
その対象は人々が思うよりも多いと思うのだが。
其処に疑問を懐く人々は何れ程居るのだろうか。
私的な見解では、反社会的な人々は単純に社会的な脅威となる犯罪者だけに限る事は間違い。
国民の信頼を裏切る罪を犯した政治家や公務員等も社会に対し信頼を貶め、不安を生んでいる。
それは反社会的ではないのだろうか?。
政治家や公務員だからこそ。
社会的な影響力は小さくない訳で。
彼等の犯罪こそ、追及に追及を重ねられるべき事。
有耶無耶にしてしまえば、繰り返される訳で。
その可能性を根刮ぎ根絶しなくてはない。
その為にも政治家・公務員の犯罪に対する厳罰化、執行猶予無しの完全実刑化は必要不可欠。
そういった制度から始め、意識改革を進める。
そうしなければ、彼等の犯罪は無くなりはしない。
報道番組等も有名人の不倫等に熱心に為るよりも、社会犯罪の徹底追及を遣るべきなのだが。
残念ながら彼等にはジャーナリズムは無い。
数字を取る為に、ゴシップを重視する。
既に報道記者の在り方は失われてしまっており。
それは、とても悲しく、嘆かわしい事実。
視聴者に対し、真実と議論すべき課題の提示。
それが報道番組の本来為すべき役割なのだが。
エンターテイメント化した今の報道番組に対して、視聴者も疑問を懐く事は少ないだろう。
出演者の言動に対する批判や指摘は有るだろうが。
その内容自体が歪んでいるとは思いもしない。
何故なら視聴者もまた、報道の正しい在り方自体が如何様な物であるのかを知らなくなっているから。
時代と共に言葉の流行り廃りは有るだろう。
けれど、受け継がれるべき精神が失われる世の中。
その在り方の恐怖を、危険性を。
我々は今一度、真剣に考えるべきなのではないか。
「──おおっ、久、凄いぞ~」
「だぁ~っ、きゃぁあ~ぅ」
誉めながら抱き上げれば嬉しそうに笑顔で喜ぶ。
その笑顔だけで父は幽州制覇が出来るぞ!。
──という親馬鹿は一旦横に置いといて。
息子達が産まれてから、早三ヶ月。
一番最初に“這い這い”が出来る様に成ったのが、祭との息子の黄久なんですよ。
まあ、華琳達から「御兄様、久の胸好きは将来的な影響を考えると大丈夫でしょうか?」と。
そんな風に心配されていましたが。
俺は“胸が好き”だとは思っていませんでした。
…あー、いやまあ、ある意味では胸好きですけど。
久は単純に胸の感触が面白いんでしょう。
ほら、子供って大人とは面白いと思う部分が違って何に興味を示すか判りませんからね。
勿論、久が大きく成った時、侍女達の胸を断り無く揉んだりするのは大問題ですから遣らせませんが。
現時点では大して気にする必要は有りません。
──と言うか、既に興味は違う物に移ってますし。
最近の久のマイブームは、俺と華琳と咲夜が縫って息子達に与えた“ぬいぐるみ”です。
当然、口に入れても大丈夫な素材を使っていますし毎晩・毎朝、氣による殺菌処置は欠かしません。
そんな猫のぬいぐるみが久の御気に入りです。
……裏で明命に御強請りされたのは内緒ですが。
ぬいぐるみの肌触りが気に入ったらしく、久は毎日寝る時には抱き締めています。
ええ、エグい位に可愛いですよ、宅の息子達は。
──で、そんな感触面で好奇心旺盛な久は手や足を動かす事が他の三人より多かったからでしょう。
こうして真っ先に這い這いが出来る様に。
まあ、まだまだヨチヨチなんですけどね。
それでも可愛い事には変わり有りませんから。
「平均が何れ位かは知らないけど…早いわよね?」
「ああ、生後半年を過ぎた位で出来ていれば十分に早い方だからな
そういう意味では久は大分早い」
「所謂、天才って事?」
「んー…才能の有無の否定は難しい所だな
ただ、これは単純に成長の過程の差だ
四人の中で久が一番身体を動かしてるからな
そういう意味で発育が早かっただけだ
それに誠達が遅いって訳でもないしな
その辺りは深く考え過ぎなくて大丈夫だ」
そう維を抱いている咲夜に言いながら久を見る。
「父様、何?」と言う様に円らな瞳で俺を見上げて小首を傾げる久。
その一撃は急所打ちだと言える。
流石は祭の息子、仕留め方を心得ておるな!。
──とまあ、親馬鹿は再び横に置いといて。
俺の言葉に安堵する咲夜。
誠を抱く華琳と、義を抱く愛紗も安堵している。
口には出さないが、咲夜だけではなく二人も流石に気にしないのは難しい話題だったからな。
そうなるのは仕方が無いだろう。
向き不向き・長所短所は誰にだって有る事だ。
しかし、俺の子供達の中でも最年長組となる四人。
その優劣が目に見えて判ると色々と問題に為る。
久は必要以上に期待を持たれるだろうし。
誠達は久と比較され、兄弟関係を悪くする可能性も決して否めないだろう。
それは母親同士、その関係者にも波及する。
勿論、俺達の場合には先ず有り得無い話だが。
他人事で済ます事も出来無い問題では有る。
だから、華琳達の懸念は理解が出来る。
加えて、祭と紫苑は黄家の分家という立場だ。
本家である璃々が居る為、別々に家を興すにしても二人との子供は俺の──徐家の跡取りの筆頭格。
そういう風に見られても可笑しくはない。
そして、俺達も四六時中子供達の側には居ない。
それはつまり、第三者からの影響を受けてしまい、子供達が変に意識したりしてしまう可能性が高いと言わざるを得ない訳で。
そうは為らない様に気を配る必要が有る。
だから、そういう事態を招く情報の管理は大事だ。
「しかし、頭では判っていても、赤子の時点で既に一人一人に違いが有るものですね…」
「そうだな…まあ、愛紗の言いたい事も判る
まだ生まれたばかりなんだから、生活の環境的には差が無いのに、って事だろ?」
「ええ、三~四歳位に成れば個人差が出る、という事も納得出来る訳ですが…
正直、こんなにも早く出るとは…」
「そう思うのも仕方が無い事だろうな
俺だって老師の手伝いで色々と経験をしてるから、こうして落ち着いても居られる訳だが…
そうじゃなかったら愛紗と同じ様に思うだろうな
──と言うか、さっきの咲夜じゃないが、天才って表現をしてても可笑しくないだろうからな
そういう意味じゃ、老師には感謝してるよ
……まあ、当時は不満や文句も有ったけどな」
「それは当然じゃない?
まだ何も判っていないのだから」
「ああ、本当にな…誰もが通る事なんだけど…
自分が成長して教える立場になると…どうしてか、「何で出来無いんだ?」とか言い勝ちだしな…
ただ、その意味を教えると駄目だから難しい…
その辺りの真意を、違和感や疑問として感じ取って自分で考えさせるっていうのが…なぁ…
……って、何だ、その顔は?」
「いいえ、何でも有りません」
「ええ、貴男は気にしなくていいわよ」
「御兄様は御兄様のままでいいんです、ね?」
愛紗・咲夜に続き、華琳まで誤魔化す様に言い。
華琳が誠に問えば他の三人も同調し、肯定する様に声を揃えて「ぁあ~ぃ」と笑う。
………まあ、息子達まで言うんだからな。
気にしないで置くか。
──と、一息吐いた所で、視界の端に移る人影。
顔を向ければ、此方等に歩いて来ている冥琳。
但し、眉間に皺を寄せている事から嫌な予感が。
「聞きたくない話な気がするけど?」
「…はぁ~……ああ、出来れば無視したい話だな」
そう言った冥琳の溜め息を見て、俺達は顔を見合せ直ぐに咲夜と愛紗に子供達を預けて移動させる。
話の内容自体は理解出来無いだろうが、子供が故に俺達や場の雰囲気を感じ取り易いだろうからな。
そういった形で影響が出ない様に、という配慮。
ただ、俺達から離れる事が判ると寂しそうにする。
その瞬間の父親としての葛藤は凄まじい。
思わず、「いや!、そんな事は後回しだなっ!」と手を伸ばして息子達を抱き締めたくなる。
勿論、実際には堪え、息子達の額にキスをしてから見送ったんだけどね。
息子達の「良い子にしてるから…」という眼差しに無敵モードを発動しそうです。
「御兄様、速攻で片付けてしまいましょう」
「ああ、勿論だ、持てる全ての力を費やそう」
「煽るな華琳、忍ならば本気で遣り兼ねん」
冥琳、遣り兼ねないのではない。
俺は本気だ。
息子達の為ならば、幽州も三日で獲ろうぞっ!。
──とか考えていたら、冥琳に右耳を引っ張られ、大人しくテンションを下げます。
ええ、美周嬢を怒らせると搾り取られますので。
妊娠していても遣りようは有りますからね。
調子に乗って痛い目を見たくは有りません。
「──で?、何が有った?」
「…先程、隠密から連絡が有った
遼東郡の“袁硅”に動きが有りそうだ」
「──っ…選りに選って今か、面倒な…」
俺達は今、西部の三郡を攻略する為に動いている。
先日の黒鬼党襲撃も、その一端だ。
勿論、幽州全てを獲る事が目標ではある。
その意味では東部の攻略も視野には入っているが。
正直な話、現時点では後回しだと言える。
…まあ、遣ろうと思えば東西同時進行・同時攻略も決して不可能ではない。
ただ、その場合は宅から仕掛ける必要が有る。
現時点では宅からの仕掛けは極力避けている。
先日の一件の様に裏で遣る分には構わないけど。
表向きには、宅は侵略行為は遣らない。
これは後々に余計な禍根を残さない為には必要で。
同時に未来には不要な連中を爪弾きにする為だ。
その為に色々と裏で仕掛けて下拵えをしている。
だから、現時点では調理を始めるには時期尚早。
「…袁硅の動向だが、具体的には?」
「まだ詳しい事は判ってはいないらしいが…
袁家の主だった面子と家臣団が近々集まる様だ」
「…無難な所で主導権争いの表面化でしょうか?」
「それだけなら構わないんだけどな…」
「御兄様には何か気になる事が?」
「…冥琳、袁家の事は調べているよな?」
「ああ、勿論だ、無視出来無い勢力だからな」
そう、袁家は幽州でも董家に並ぶ大名家だ。
そして、袁姓を名乗る事を許されている一族の数は董家を遥かに上回る。
…いやまあ、董家が逆に分家を殆んど持たない為、両者を比較する事自体が可笑しいんだけどな。
兎に角、一族の数は幽州随一だと言ってもいい。
それは遼東郡の領内に限った話ではない。
近隣にも嫁いだり、独立したりしている縁者が多数存在している為、袁家の繋がりは広い。
「袁硅が話し合いで主導権を取りに行くつもりなら正直に言って放置しても構わない
だが──政略結婚を画策するなら…
少しばかり災厄を蒔く必要が有るな」
そう言うと冥琳の表情が強張った。
正直、あまり気持ちの良い話ではない。
だからこそ、遣りたくはないが…時には必要。
それを理解しているからこそ冥琳も頷いた。
other side──
思い通りに事が進む。
そんな経験を一度でもしてしまうと、人は傲る。
たった一度の、偶然に偶然が重なっただけの。
本当に奇跡の様な、出来過ぎな結果に。
人は勘違いをし。
自らが全知全能の支配者にでも成ったかの様に。
根拠など微塵も有りもしない自信を持つ。
それが、破滅への第一歩だとも判らずに。
──と、その様に。
とある物語の冒頭に綴られている。
それは“亡国の残影”という作品なのだが。
最近、少量では有るが、読書家の間に流行している新人作家らしい人物の作品だ。
ただ、正直な話、若い作家ではないだろう。
少なくとも、齢四十は越えている筈だ。
そうでなければ書けない深みが其処には有る。
勿論、作品が面白ければ、作家の事は気にしない。
どんな人物か、興味が無い訳ではないが。
会えるものなら、会ってみたい。
話が出来るのなら、話してみたい。
そう思うのは仕方の無い事だと言える。
読書家の多くは知的好奇心・刺激を求めている。
だからこそ、様々な書に興味を懐き、手に取る。
それ故に、作家に関心を持つ事も少なくはない。
ただ、作家を知って失望したくもない。
作品を読み、自らの中で膨れ上がり、出来上がった勝手な偶像が少なからず存在している。
その偶像と実像の差に、不条理な失望をする。
当然、身勝手極まりない事なのだが。
想いが行き過ぎると、そうなる。
だから、自分は一歩引いて考える様にしている。
「………“屍羽 酔狂”、どんな人でしょうか…」
手元に有る読み終えた新作“雪峰の山彦”の表紙を見ながら、その名を右手の人差し指で撫でる。
幾多の書を読み、作家を想像して来ましたが…。
正直、この人程、現代作家で会いたいと思った人は他には居ません。
──と言うか、この人は他の作家とは格が違う。
その文章や価値観等からは学ぶ事ばかりです。
古の偉大な文人達から学ぶ事と同等に──いいえ、それ以上に様々な事を考えさせられます。
だから──会ってみたい。
そう、素直に思います。
──と、至福の一時を終わらせる足音が聞こえる。
その予感は外れず、部屋の扉が強めに開けられた。
「──稟っ!、居ますかっ?!」
「居ますけど…もう少し静かにして下さい」
「あっ──ご、御免なさいっ…」
「…はぁ~……それで?、何か有りましたか?」
「──っ!、そうですっ!、大変ですよ、稟!
叔父様が動きました!」
「──っ!!」
ゆっくりしていた時間は唐突に終わり。
激動と言うべき事態に身を投じる事になる。
現実と為っては欲しく無かった可能性。
それが親友の一言で始まるのだと確信する。
幸か不幸か、その答えは結末次第でしょうね。
──side out