11話 秋も妹も深し
淡い、青春という時代。
それは過ぎ去っては二度と戻らない儚い季。
刻まれて逝く幾多の詩は、甘くもあり、辛くもあり、幾重にも重なり合う。
伸びゆく影に振り向けば、過去と未来の交わる狭間で君は微笑み、手を振る。
軈て、消え去る宿命でも。
激しく燃え盛り、遺す。
この胸に焼き付いた想いは失われる事は無い。
けれど、何時かは薄れゆき忘却の海に沈むだろう。
だが、それでも構わない。
枯れ果てる事で繋がる事も有るのだから。
何故なら、一つの終わりは一つの始まりだから。
始まりが終わりへと向かう旅路で有る様に。
環は決して途切れない。
決して断ち絶えない。
嗚呼、永久に懐き眠ろう。
色褪せぬ、花の様に。
──うん、訳が解らない。
自分で自分の思考に対し、冷めた目を向けるだなんて器用な事だと思う。
ただ、目の前に自作の詩をドヤ顔で披露する己が姿を幻視してしまうと、それも不可能ではない。
……何してるんだろうな。
いや、自分の事だけどさ。
「……はぁぁ〜〜〜……」
溢れる深い溜め息。
それも仕方が無い事だ。
遣ってしまった。
いや、行動自体は後悔する事ではないんだけど。
遣ってしまったんだ。
操の前で、俺は隠し続けた正体を見せてしまった。
……いや、変態だったとか特殊な性癖持ちだったとか一人遊び(※意味深)してる所を見られたとか。
そういう事ではない。
操が普通の五歳児だったら特に悩みはしない。
誤魔化す自信が有る。
だが、宅の操は賢い。
何れ位かと言えば、兄的に世界一だと言える位に。
宅の操は賢いのである。
そんな操に、バレた。
勿論、母さんには内緒だとしっかりバッチリはっきり約束しているんだが。
操の俺への、尊敬の眼差し(キラキラビーム)がぁ!。
兄としては物凄い嬉しい。
世界の中心が何処かなんて関係無く歓喜を叫びたい。
いや、操が居る場所こそが世界の中心だろう。
何しろ、俺の妹だからな。
……ああいや、そういう事ではないんですよ。
いや、それはそれで正しい事なんですけどね。
要するに、操の尊敬してる俺って“チート有り”って事だからね。
それが無い俺は無能な訳。
………ね?、何か罪悪感が半端無いでしょ?。
それはまあ?、チート自体自分で考えて得たんだから自分自身の能力だって言う事も出来るんだけどね?。
それを操に問われた場合、何て説明しますよ?。
説明出来る?、言える?、言えねぇーってばよっ!。
俺は吹き出し台詞が全ての正直者じゃない。
寧ろ、それ以外の裏の方が圧倒的に多い人間だ。
だから、頭を抱える。
正直者は基本的に苦悩する事なんて無いんだよ。
だって、その苦悩でさえも有りの儘に口に出来るから正直者なんだから。
正直者の反対が“嘘吐き”だとは思わない。
だって、嘘(創作)が悪なら世は悪だらけだ。
世は創られるのだから。
行き付けの店に行く気分で森に入り、戻ってくる。
そんな当たり前の日常だが今は少しだけ、その状況が変わっていたりする。
先日の一件も有り、暫くは操は出入り禁止となった為現在は一緒ではない。
寂しさを感じないという訳ではないが、操の安全には代えられない。
母さんからも「もう少し、大きくなるまでは駄目」と言われている。
操からすれば今まで普通に行けていた場所に、たった一度の出来事で出入り禁止にされた訳だからな。
かなり、不満な様だ。
しかし、操は聡い娘だ。
その理由は判っている。
だから素直に従い、守る。
操、偉い娘、元気な娘。
「御兄様!」
そんな操は、森から戻って来た俺の姿を見付けると、真っ直ぐに駆けて来る。
その小さな身体の後ろに、振り切れんばかりに揺れる尻尾を幻視する俺。
踏み切って跳び、俺に抱き付いてくる操を受け止め、転けない様に力を往なす。
何気に役立つ手押し相撲。
勿論、我は未だ無敗よ。
「ただいま、操」
「お帰りなさい、御兄様」
「今日は良い鹿が狩れたし鍋にして貰おうな」
「はい、楽しみです」
挨拶を交わし、操の右手を取って並んで歩き出す。
そのまま今日の収穫の事を操に簡単に話してゆく。
何気無い兄妹の会話だ。
ただ、これが七歳と五歳の子供の会話だと考えると、かなり異質に思える。
「いや、君達、何処の何て戦闘狩猟民族なの?」とか言いたくなる程度には。
可笑しい筈なんだが。
…慣れって怖いよね〜。
「お帰りなさい、恕」
「ただいま、母さん
はいこれ、今日の獲物」
「あらあら、良い鹿ね〜
となると、今夜はやっぱり御鍋かしらね〜」
家に着くと白菜を笊に乗せ畑から戻って来た母さんに今日の成果を見せる。
何気に材料を見ただけで、同じ料理を連想する母子。
ツーカーですね。
此方も何気無い会話だが、母さんも母さんで七歳児の俺が狩りをする事に対して何も言わない。
それもそうだろうな。
不意打ち的な形だったって話だけどさ、あの主の様な巨大な猪を単独で仕留める七歳児だもん。
普通の鹿程度なら危険には感じないだろうね。
俺が同じ立場でも、止める理由が無いと思うし。
だから可笑しくはない。
可笑しな七歳児だけど。
そんな俺はと言うと。
勿論、俺は慢心し油断して自滅するつもりはないから集中して遣っている。
野生動物を嘗めるだなんて自殺行為だって事を過去の経験から学んでるしな。
そう、奴は俺の糧と成り、俺は生き残った。
それだけの話だけど。
それこそが真理だろう。
…因みに、糧は経験と共に食糧的な意味も実は掛けて有ったりしたりして。
いや、美味しかったよ?。
大半は干し肉にしてるから冬場にも役立つしね。
操を怯えさせ泣かせた事は万死に値する事なんだけど自然の恵み的には感謝。
有難く、頂いてます。
さて、お気付きだろうか。
我が家に起きた大革命に。
そう、俺が堂々と森に入り狩猟を行う事が出来る為、我が家の食糧事情を大きく向上させる事が出来た。
これは大きな変化だ。
決して豊富だとは言えない時代的に世に貧困や飢餓が蔓延している状況。
少しでも栄養を多く摂り、健康な身体を作る事。
それが長生きの秘訣。
生活の根幹は食に有り。
──ではなくて。
「御兄様、御兄様っ♪」
ぼーっ…としていた俺に、操が弾ける様な笑顔で話し掛けてくる。
その笑顔を一目見た瞬間、今、操が俺に何を望むのか瞬時に理解出来る。
見よ!、これぞ我が宝具、“愛する妹へ贈る兄の福音”だっ!。
──いや、嘘ですよ。
そんな宝具は有りません。
ただ、察したのは事実。
俺は操が後ろ手に何か隠し持っている事に気付くが、敢えて気付かない振り。
但し、操に気取られる様な愚かな真似はしない。
何も知らぬ振りをしながら操が差し出した柿。
時期的に見て、最後か。
よく見付けたと思う。
その柿を俺にくれると言う操に笑顔で御礼を言って、受け取ったら二つに割って「ほら、一緒に食べよう」と操に差し出す。
一瞬驚きを見せた操だが、直ぐに嬉しそうに笑う。
先程よりも三割増しに。
それだけで兄は御腹一杯に慣れます。
「すみません、御兄様…」
時に失敗して落ち込む操。
その頭を撫で、慰める。
しかし、操の性格上、単に「仕方が無い」は駄目。
励ましつつも、何が失敗の原因だったかを一緒に為り考えて遣る事が重要。
……ただね、凹んでる時の操の可愛い事可愛い事。
半泣きの上目遣いとか。
鼻血(幸せ)が出るよ。
「……ぅみゅ…ぉ…にぃ…ちゃ…まぁ……んゅ……」
「母さん、俺、死ぬかも」
「あらあら♪」
そして極め付けが、コレ。
俺の膝を枕にして眠る操の頭を優しく撫でながら顔をゆるゆるに緩めている俺は感無量(心の叫び)を自然と吐露してしまう。
寝言自体は珍しくはない。
だが、普段の「御兄様」が砕けて、ふにゃけている。
これを可愛いと言わずして何と言うのかっ!。
──とまあ、あれです。
あの一件以降、操の俺への懐き具合が昇る竜の拳。
上がり続けて落ちないから一種の無敵技かもです。
…いや、本当に凄くてね。
可愛いんですけどね。
……可愛いから良いか。
うん、「可愛いは正義!」だもんね。
気にしない、気にしない。
──って、無理だから!。
「気にするなよ」って言う方のが無理だから?!。
──と言うか、母さん?。
七歳児を掴まえて「あら、合意の上なら良いのよ?、だから、我慢しないの♪」的な意味深な微笑みで俺を見るのは如何な物で?!。
母親公認の上で手を出せる状況って…何という神展開──じゃないからっ!。
操(妹)に手を出した時点で俺は愛妹紳士(兄)としては失格だからっ!。
イエス・シスター!。
ノー・タッチ!。
イエス・ラブリー!。
ノー・ラブ!。
──あ、最後のラブは妹を恋愛対象・性的対象として見ちゃ駄目って意味だから御間違え無い様に。
愛妹紳士同盟(我々)は常に妹の幸せを願う兄。
それを忘れては為らない。
「……むぅ〜…おんぶ…」
「──ん、おいで」
日課と為った手押し相撲、ではなくて。
森に入れない操の為に少し気分転換に為ればと思って川沿いに遠出をしてみた。
まあ、俺自身は一人で偶にランニング感覚で走ってる場所だったりするから特に珍しいという事は無い。
ただ、あれだ、如何に操が潜在能力が高くても現状は五歳児の中では優れているという程度な訳で。
久し振りに一緒に出掛ける事が出来て楽しそうだったという点は良かったが。
「そろそろ帰るか」という状況で、気付く訳です。
操が結構疲れてる事に。
しかし、操は頑張り屋で、かなりの負けず嫌いだ。
俺が「おんぶするか?」と訊いたら「大丈夫です」と答えて、意地で歩く。
──が、当然ながら限界を迎えた身体は悲鳴を上げ、足が止まってしまう。
そんな操を手頃な岩の上に座らせて、足を揉み解す。
……他意は無いからね?。
それで、痛みは和らぐが、当然ながら歩けない。
其処で少し意地悪する様に「どうする?、歩くか?」と訊いて──先程の会話に至ったという訳だ。
頬を膨らませて上目遣いに睨んでくる操だが、まるで恐さは感じない。
可愛いだけである。
葛藤の末、これ以上帰りが遅くなると母さんから更に禁止事項が追加される事を察して、操は折れた。
ぎゅっ…と首に回した腕で抱き着いてくる辺りが操の無言の我が儘だろうな。
未明鍛練は欠かさない。
操は朝が弱いので此方等はバレてはいない。
尤も、バレても起きる事が厳しい為、参加したくても出来無いだろうが。
それはそれで安堵する。
正直な話、俺としては操に将来的に普通の女の子──女性として、幸せに為って貰いたいと思っている。
血で血を洗う戦や、策謀が渦巻く政治になど関わらず平凡な家庭を持って幸せに暮らして欲しい。
しかし、操が身に宿す縁が許さない可能性は高い。
腹立たしい事では有るが、それが一種の“強制力”に因る物なら、恐らくは簡単には抗えないだろう。
だが、決して不可能という事ではない筈だ。
其れ等が可能性であるなら此れ等も可能性である。
高い低い・大きい小さいの確率の話ではない。
遣るか遣らないか。
可能性とは、それが全て。
だからこそ、俺は誓う。
可能な限り、操を政戦から遠ざける事を。
……ただ、操が自ら決めて歩むと言うのなら…なら……ならあぁ………くっ…。
応援して遣りたいのだが、その先の事を考えると俺は素直に容認出来無い。
だって、ほら、天の御遣いなんて言う種馬に宅の操が穢されると思うと…ネェ。
本当、ドウシテ殺ロウカ。
……ああ、いやいや、まだ何処に現れるか決まってはいないんだからな。
それに必ずしも魏・呉・蜀の原作の3ルート以外かもしれないし。
…うん、宅の操にさえ手を出さなけりゃ、生きてても構わない……かな?。
真面目に考えるとアレって必要な存在なのか?。
原作──ゲーム上でなら、必要なんだけど。
現実的に考えると…なぁ。
まあ、操や俺にとって害に為らないなら十分か。
兎に角、どういう未来へと至ろうとも自らの進む道を切り開く事が出来る様に。
強く成らないと。