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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   死へと歩む道


そんな在り方を変える為に、抗う為に。

馬騰達は、その命を賭した。


見方によれば愚かにも見える選択だろう。

事実、娘の翠でさえ「父さんの馬鹿野郎っ…」と。

涙を流しながら、その選択に対して愚痴を溢した。

それは親子として、夫婦として、兄弟姉妹として、師弟として、友として、仲間として。

各々の繋がりの数だけ、同じ様に生じた想い。

頭では理解出来ても、心では納得出来無い。

そういう選択であり、その結果だと言える。


だが、少なくとも俺は、馬騰達の覚悟を汲む。

不器用な彼等なりの生き様であり、死に様に。

憎まれ役(・・・・)程度で応えられるなら。

自らを偽る表情(仮面)を付ける事など容易い。



「変化というのは口にするよりも、想像するよりも実際には違和感や抵抗感を伴う事は否めない

だが、変化する事を拒絶し、その命を終わらせる

皆、「それで本当にいいのか?」と、他者ではなく自分自身へと問い掛けてみて欲しい

変わらない(・・・・・)という事は本当に誇りなのか?

意思を貫く(・・・・・)という事は死ぬ事なのか?

未来を閉ざし途絶えさせる事が正しいのか?

彼等が皆の前で命を賭して示した事は何か…

今一度、改めて考えてみて欲しい」



そう言って少しだけ、俺は話すのを止める。

壇上には立ったまま、彼等の様子を静かに見守る。


──生きて、活きる。

──生かされ、活かされる。


それは同じ漢字を使っていても、意味が異なる。

前者は自らの意思で、後者は他者の意思で。

自分自身の生存を決定するという事。


社会という組織性の枠組みの中では本来は何方等も必要な事であり、尊重されるべき事なのだが。

何故か、死に関しては他者の意思ばかりが優先され当事者の意思は蔑ろにされ勝ちだと言える。

勿論、責任有る立場の者なら“死んで逃げる”事は決して許されはしないのだが。

そうではないのなら、選択する権利は有る筈だ。


──とは言え、やはり自殺というのは悲劇。

選択するべき、選択させるべき事ではない。


ただ、死という選択が正解ではないとしても。

その死が、時には人々を、社会を、時代を動かす。

歴史を繙けば、一人の死が大きな影響を与える事が有るのだという事は古今東西問わず存在する。

大事なのは、残された者達の選択。

ただ悲観し、嘆くだけなのか。

ただ批難し、否定するだけなのか。

それでは、その死が無駄で無意味なものに為る。

──であればこそ、動かなくては為らない。

それが例え苦痛や忍耐を強いられる事で有ろうとも変わる事をしなければ、何の意味も無い。

どんなに美辞麗句を並べ、共感や支持を得ても。

動く覚悟の無い者(他人事)ではしかないのだから。


だから、もしも、本気で自殺という選択を世の中の人々から無くしたいので有れば。

覚悟を以て、行動を以て、示さなくては為らない。


そうしなければ、決して変わりはしないのだから。

その事を、馬騰達は理解していた。

だからこそ、その死を以て、在り方を正した。

──いや、正す為の一石を投じて見せた。


前世で有った自爆テロの様な他者を巻き込む行為は自殺よりも愚かで有り、救い様の無い犯罪。

どんな主義・主張を掲げ、口にしようとも。

他者に危害を加える遣り方は間違いでしかない。

それなら、生中継で自殺でもすれば良い。

自らの主張を世に示し、自殺すれば良い。

その方が、人々に対し、社会に対し、自分の主張や社会問題を強く提議し、投げ掛けられるのだから。


けれど、そんな事をする者は居ない。

何故なのか?、と訊く事自体が愚問だろう。

他者を巻き込む者は自分の責任を負っていない。

煽動者(・・・)により唆されているか。

身勝手な思い込みで行動しているからだ。

其処に他者を思い遣る気持ちは欠片も無い。


「多くの人々を救う為には必要な犠牲だ」と。

そう口にする者も少なからず居るだろう。

個人的な意見を言えば、時には俺も必要だと思う。

今回の騎馬民族の意識改革。

それを馬騰が拒絶を選択した時点で。

その死が必要不可欠に為った様にだ。


だが、決して助けられなかった訳ではない。

西雲・邪々渡・太侖が動いた時。

戦闘に為る直前に割り込み、不殺で完全制圧する。

それは俺達の実力であれば不可能な事ではない。

ただ、その先を考えた時、燻る火種を抱え込む。

それも消える可能性の高い一つ二つの火種ではなく今回の様に燃え上がり、燃え広がる可能性が有る。

そういう危うい火種をだ。


それは民の未来を背負う身として許容出来無い。

俺は単なる人間であり、全知全能ではない。

どんなに常人離れしていようとも。

軈て、死を迎える一つの生命でしかないのだから。

民を、国を、世界を、永遠に背負う事は出来無い。


その為に、紡ぎ継がれ繋がれる意志が必要だ。

その為に、馬騰達は自らの過ちを自ら正せない故に自らの死という一石を以て、俺に、翠達に託した。


子は親を見て育つ。

それは成長し、大人になっても変わらない。

「こうは成りたくない」と。

そう子供自身が思える自立心が有れば良いのだが、大体は親の様に成ってしまうのが現実。

或いは、親よりも酷くなる事も少なくはない。


多くの親が、自分が苦労したり、大変だった場合。

「子供には同じ思いをさせたくない」と。

そう思い、考え、行動してしまう。

「危ないから駄目」「一生懸命頑張りなさい」等。

親が子供から自主性を奪い、押し付けている事に。

親自身が全く気付かないから怖い。


ただ、苦労や大変だったから自分が有るのだと。

その経験が有るから自分は人として恥ずかしくない人間として成長出来ているのだと。

何故なのか、そういう風には考えられない。

不思議な物で、人は自分を否定したがる。

比較ばかりし、自分を自分では良く思わない。


“七つの大罪”の一つである“嫉妬”。

それは、男女や親子関係等の愛情に伴う独占欲から来る事ではなく、自分と他者との比較に伴う物で。

人間が根源的に抱える不平等(優劣)意識を示し。

「決して、人間には平等な世界は築けない」という教えであり、訓示なのかもしれない。


人間は比較しなければ自己肯定の出来無い生き物。

比較する事で己の存在価値を見出だす生き物。

比較でしか存在意義を得られない生き物。

つまり社会という群れに属さなくては生きられない完全には自立出来無い生物なのが人間だという事。

食物連鎖の頂点を謳う人間だが。

実際には、他の存在に頼らなくては存在する事すら儘為らない程に脆弱なのだという事。


そんな風に考えて、自分自身を省みれたなら。

少しは今の自分が「悪くない」と思える。

そんな瞬間が、一瞬だったとしても。

有るのかもしれない。


まあ、そんな人間だが。

他の動植物に人間の評価を訊いたなら。

「人間は楽を好み、怠惰を愛する愚かな生き物」。

そう、言われるのかもしれないが。

事実、そういう側面が有るので否めないだろう。


ただ、だからこそ、俺達は考え、学び、動く。

過ちを過去に流して忘れてしまわない為に。

未だに続く問題を未来に残し背負わせない為に。

現実を見て在り方を省み、現在を変えていく。

それが俺達、生きている者の務めで有り。

亡くなった者の死を活かす事が責任だと思う。


──なんて事を柄にも無く考えてしまう。

「いいえ!、その在り方が御兄様です!」と。

熱烈な電波を受信してしまう愛妹紳士()

向けたくはないが、怖いもの見たさに一瞬だけ。

常人には判らない程の速さで一瞬だけ。

チラ見したら──此方を見詰める潤んだ双眸が。

シリアスだった俺の中の空気が一瞬でシリアルに。

きっと、そのシリアルはコーンフレークだな。



「…人は誰しも、時に間違いを犯す

間違わない事は素晴らしいが、正しい訳でもない

何故なら、間違いからしか学べない事が有るからだ

間違いを犯した者にしか判らない、見えない事…

そういう物が必ず存在する

勿論、何一つ間違わずに生きられるのなら、それは素晴らしい人生なのかもしれないが…

では、その人生に間違いが無いと誰が証明する?

何を以て、間違いが無いと断言出来る?

その者が「自分の人生には何一つ間違いは無い」と言ったとしても、それは自分勝手な意見…

自己満足でしかないだろう

だが、本来なら、それで良いとは思わないか?

誰かの人生ではなく、自分自身の人生だ

そう自分が思えるのなら、それで良い筈だ

しかし、実際には誰もが他者と比べてしまう

「本当に今のままで良いのか?」と自問自答し…

時には、その苦悩に呑み込まれ、囚われてしまう

それは何故なのか?

…人は、独りでは生きられないからだ

誰かと関わり、繋がり、認め合い、競い合い…

そう遣って、自らを磨き、成長(変化)させる

そうする事で、より自分を活かす事が出来る

その為には、自分自身を知らなければ為らない

己を知る為に、他者と比較している

それが我々、人間の持つ比較意識(本能)だろう」



何も自他を比較し、優劣を付ける為ではない。

まあ、マウンティングの様に群れを成す動物達には本能的にピラミッド型の社会性質が存在する以上、人間が遣っても可笑しな事ではない。

ただ、他の動物達の場合は群れや種の繁栄・存続の為に必要な事であり、基本的には他意は無い。

しかし、人間は優劣を付け、優越感を味わいたい。

そういう比較欲求が本能的に備わっている。

それは本来は自立進化の為に獲得した能力だが。

何時からか、人間は本来の性質を見失った。

そう、進化(変化)よりも快楽(維持)を好む様になった。

その時から人間は何一つとして成長して(変わって)いない。


それが当たり前に為ってしまっているから。

今回の一件の様な事態が起きてしまう。

その事を理解し、踏み出さなくては為らない。

同じ過ちを繰り返さない為に。



「今、長きに渡り別々だった皆が此処に揃って居るという事が何を意味するのか

今、この状況に至る迄に何が有り、どう為ったのか

起きてしまった事は変えられはしない

だが、それが起きては為らない事ならば…

それにより失われた命に報い、繰り返さない為に

その死から学び、その遺志を知り、後悔を糧に

我々は前へと進まなければ為らない

それこそが、生きている者の務め

死んで逝った者達への弔いであり、手向けだ

簡単には拭い切れぬ流血の痕も…

容易には埋められぬ隔意の溝も…

気楽には越えられぬ風習の壁も…

これから先は、過去の物にしなければ為らない

捨てるのでも、忘れるのでも無く

御互いに理解し合い、尊重し合い、受け入れ合い、新たな在り方を築き上げて未来へと繋げて行く

その意志を、絶やさず次代へ、遥か先へ!

伝え、継がれる様に共に導いて行こうっ!」



そう言い、締め括る様に両手を広げる。

すると会場の皆から応える様に腕が突き上げられ、拍手が打ち鳴らされ。

地鳴りを思わせる決意の咆哮が上がる。



「流れた血が、散った命が、確かな礎と成る様に!

我等の築き上げる未来を以て誓いとしようっ!

我等皆っ、その命を今より徐子瓏様と共にっ!」



そして、事前に翠に頼んでいた先導(・・)の一言。

それに共鳴し、今、遣るべき事は終了する。


内容は翠自身に任せているので俺は知らない。

ただ、彼是考えずに、その場で感じたままに。

素直に自分の言葉を言って欲しかったので。

そんな感じに伝えていただけ。

だから、俺の言葉に引っ張られって、なんだろう。

…まあ、翠なら、そうなる可能性が高いだろうと。

そう思っていたからこそ、翠に頼んでもいる。

勿論、将来的には全ての騎馬民族を馬一族が束ねる形へと纏め上げる為にも必要な刷り込み(・・・・)で。

翠に全体の旗手(・・)と成って貰う為にも。

此処で翠自身の価値を示して置かなくて為らない。


──とは言え、壇上を後にし、背中に彼等の熱気を感じながら、冷めた自分が自分を見詰め、呟く。

「全く…また詭弁を言ってるな…」と。

咎める様に、嘲笑う様に、貶す様に、呆れる様に。

「ああ、俺は偽善者だ」と胸中で苦笑で返す。





 馬岱side──


馬一族を始め、全ての騎馬民族が一堂に会する。

少し前では想像する事でさえ、難しかった光景。

それが目の前に、現実として実在している。

それだけでも十分に驚きなんだけど…。

子瓏様が皆の前で話された事。

それは愚直と言える程に真っ直ぐで。

御自分が正しいとは一言も言ってはいない。

普通の施政者なら──ううん、伯父様だって、今の状況で話をするなら、少しは自分を正当化する筈。

それが……これだから凄いとしか言えないよね~。


子瓏様の後、壇上で一言を言った御姉様。

盛り上がりに盛り上がった熱量が。

全く冷めないまま、解散して、子瓏様達の所へ。

一緒に聞いていた沙和の興奮具合も凄い。

「沙和も一生懸命頑張るのーっ!」と。

長い付き合いの中でも、見た事が無い位で。

それだけ子瓏様の話術──人心掌握術が凄いって。

嫌でも理解させられたんだけど…。



「アタシさ、思わず泣きそうになったんだよ!

話の途中でさ、もう「…ヤバい、これ無理っぽい、でも、此処で泣いちゃ駄目だし…」って為ってさ…

それでも何とか堪えて────」



──って感じで、私と沙和に熱弁してるんだよね。

素直って言うか、単純って言うか。

本当に…もう少し色々考えて欲しいんだけど?。


そんな事を思っていたら、子瓏様が遣って来た。



「…翠、これだけは絶対に忘れるな

どんなに感動的な話をしようとも、政治というのは綺麗事だけでは絶対に成り立たない

必ず、矛盾や歪み、穢れや過ちを孕み、伴う

勿論、それが私利私欲に傾いたなら論外だけどな

国の、民の未来の為に、時には必要になる

十全な誰の文句も生じない様な政治は存在しない

現に、俺は馬騰達を切り捨てている

御前達が何と言おうと、その事実は覆らない

一つの問題に対し、十の内の六を改善出来れば、政治としては十分に最善策だと言える

そして、其処から時間を掛けて残る四を改善する

六を改善して終わるのではなく続けなくてはならい

そうしなければ、その場凌ぎでしかない

そんな政策は絶対に最善策ではないからだ

…ただ、全てを改善し終えるまでに、四の内で必ず犠牲や負担が生じる事は否めない

それに伴う憎悪・反意・批判は避けられない

民の全てが政策の意図を理解していたとしてもだ

理解と納得、思考と感情は別物だからな

だから、耳を塞がず、目を逸らさず、投げ出さず、絶対に逃げない事が

政治を担い、背負う者には必要不可欠な覚悟だ

故に、施政者は清廉潔白では有り得無い

──いや、清廉潔白な施政者など、信用出来無い

国の為、民の為、自らが悪を背負う者…

それが施政者だと、俺は思っている

だからな、翠、御前達も覚悟を忘れるな

自分に我欲(甘え)を許した時、施政者は犯罪者に堕ちる

その罪は民よりも遥かに重く、赦されはしないと」



そう言って、浮わついた御姉様の心を窘める。

そして、更に心を奪われてく訳ですよ。

…うん、私も御姉様の事は言えないけどね。

この(ひと)、人誑しで、女誑しで──狡い。

卑怯な位に格好良いんだもん。



──side out



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