心満たされて
白蓮達が出産し、愛紗が妊娠した。
まだ確定してはいないが、次いで冥琳と月が妊娠の兆候を見せている。
春蘭と秋蘭は少し遅れるかもしれないが…出来れば秋蘭には春蘭より最低一ヶ月は早く出来て欲しい。
──とは言え、意図的に春蘭に対して避妊したりはしようとは思わないが。
ただ、そうなって欲しいという願望は有る。
「ぁ~ぃ、きゃぁーぅ~っ」
「そうだな、父さんも母さん達も、御前達が大人に成った時に笑顔で居られる様に頑張ってるからな~
御前達も一杯食べ、一杯寝て、元気に育つんだぞ」
「………いや、師匠…幾ら何でも赤ん坊やから…
まだ、そないな事は判らへんと思うで?」
「ぅー…」
「ならば、真桜よ、その目に御前の言葉に不服だと言わんばかりに拗ねた誠の表情はどう映る?」
「………おしめが濡れてんやないの?」
「残念だな、先程交換したばかりだ」
「なら、御腹空いたんやないの?」
「またまた残念だな、一刻前に飲んだばかりだ」
「…………師匠の扱い方が下手くそなんやない?」
「……ホゥ…この俺の扱い方が下手くそだと…
クククッ…いいだろう、良い度胸だ、真桜よ
ならば、貴様自身の身を以て知るが良い」
「────へ?………え?、ちょっ、し、師匠?、え?、じょ、冗談やろ?、な?、冗談やんな?」
抱き上げていた誠を俺特製ベビーベットへ下ろし、真桜へと振り向く。
誠が「父様、頑張って!」と親指を立てて激励してくれた様な気がした俺は士気も十分だ。
さあ、李慢成よ、その身で篤と味わうがいいっ!!。
秘技・華寵幾慈穹果拳んーっ!!。
「──で、あやされていた、と…馬鹿なの?」
「酷っ!?、せめて慰めてぇやっ!」
「どう考えてみても貴女の落ち度じゃないの」
「何でやねんっ!」
「御兄様が言っている以上、御兄様には誠達の声が意思として伝わっているのよ
私達には「ぁー」「ぅー」としか聴こえなくても、御兄様の深い愛情を以てすれば、判るのよ
──そうですね、御兄様?」
「いや、それは流石に無理だな、無理
アレは単なる親馬鹿だよ、親馬鹿」
「御兄様っ!?」
「師匠っ!?」
散々、言って置いてからの否定。
華琳と真桜が抗議したくなるのも当然である。
──とまあ、それは子供達が産まれたから遣ってる新しいコミュニケーションです。
特に深い意味は有りません。
ただ、ノリの良い息子達は楽しんでくれています。
なので、無問題。
「…いや、寧ろ、将来に悪影響が有る様な…」
「まあ、御主に似て余裕が無くなるよりは、多少は巫山戯られる方が良いのではないか?」
「ぅぐっ…それを言われると言い返せないなぁ…」
「巫山戯過ぎも困りますけどね」
白蓮の不安そうな顔を見て、祭がチクッと一言。
真面目過ぎるし、気負い・抱え込み勝ちな白蓮には心当たりの多い事だろう。
そして、我が子達に一番受け継いで欲しくない所。
それを自覚しているからこそ、白蓮は項垂れる。
その白蓮に言った祭も紫苑から「貴女だって多少は心当たりが有るでしょう?、それなのに他人の事を言えるのかしら?」と。
言外に含めた視線を向けられて外方を向いた。
自覚しているからこそ、同類が居れば揶揄う。
ある意味、いじめっ子気質の典型だったりする。
華琳と真桜も一ネタ終えて、一服。
うん、誰かを楽しませて笑顔にした後の一杯は実に美味いな~、あ、御酒じゃないですよ?。
祭が我慢している手前、俺達も配慮はします。
何度言っても禁酒出来無い様なら、縛り付けた上で皆で目の前で美味そうに飲み尽くして遣りますが。
少なくとも、宅の祭は大丈夫です。
“原作”の黄蓋みたいな手遅れでは有りません。
アル中に成る前に飲酒量の制御の必要は、きっちり自らの身体を以てして学ばさせましたので。
ええ、理解するまで、徹底的に教え込みましたよ。
「それはそうと──御兄様?
明日は穏との初夜ですよね?」
「…っっ!?……………な、何故、それを…」
華琳の一言に思わず吹き出し掛けた。
だが、そんな下品な仕草を見て「面白い」と感じ、息子達が真似てはいけないので父は堪える。
俺自身は「作法?、何それ、美味しいの?」という唯我独尊張りに好き勝手遣っているが、息子達には生まれながらの立場が存在している。
勿論、俺も言う程不作法では有りませんよ。
母さんから、人前に出しても恥ずかしくはない程に教育されていますからね。
──とは言え、俺と息子達とでは立場が違う。
こう言っては何だが、特典持ちの俺は例外。
息子達にも指導・教育はするが、俺には並べない。
それが特典の有無なのだから。
それを説明する訳にもいきませんからね。
そういった事も含めて、教えなくてはいけません。
──とまあ、それはそれとして。
今の問題は華琳の発言の方です。
「昨夜、穏に夜通し相談されていましたので」
「…いや、華琳?…それを忍に言うのか?」
「其処は相手次第・状況次第よ、白蓮
その事を言わない方が御兄様を楽しませられるなら言わないし、言った方が良いなら言うだけよ
穏の場合、詳しい内容までは言わないわ
ただ、一応“私達も知っている”事だけは御兄様に伝えて置いた方が良いと思っただけよ」
「………それを本人の前で言える御前が凄いよ」
全く動じずに言い切る華琳。
それを見て、感心するしかない白蓮の反応に俺達も胸中で揃って頷いてしまう。
やはり、何だかんだで宅の妻達の中心は華琳だと。
そう改めて認識させられるな。
「治療の予定期間は過ぎておるし、最近の穏からは昔の病弱さは見る影も無いから大丈夫じゃろうが…
まあ、あまり無理はさせぬ方が良いじゃろうな」
「いや、意味深な言い方をしても意味無いけどな」
「此処に居るんは子供等以外は知っとるしなぁ…
──ちゅうか、穏を一番気遣っとるんが師匠やから気遣い過ぎんかの方が心配やろなぁ…」
「あー……それは俺も否定出来無いかもな…」
したり顔の祭の言葉に先程の仕返しとばかりに一言刺し返す負けず嫌いな白蓮。
祭も遣られて悔しいが、反論出来ずに黙る。
補足する様に言った真桜の言葉には俺も納得。
何だかんだで、他の皆とは初夜から激しくしたし、皆の方も遠慮せずに求めて来ていた。
それを穏と、となると……うん、アレだな。
真桜の言った様に、俺が気遣い過ぎる気がする。
「今日で終わりじゃないんだ、焦らなくてもいい」なんて言って、一回で止めそうな気がする。
──と言うか、多分、言われなかったら、高確率でそうしている自分を否定出来無いな。
勿論、それは穏の事を考えての事だし。
実際に初夜だけの関係という訳ではない。
そういう意味では、決して間違いだとは言えない。
ただ、穏の立場で考えると………うん、不満だな。
他の皆と比べる必要は無い事だとは言っても、自分一人だけが違うというのは嫌な気持ちがする。
しかも、それが一度しかない初夜なんだからな。
「気にするな」って言うのが無理な話だよな。
他の皆が思う存分に求め、応えて貰ったのに。
自分の為、とは言え…それは納得出来無いよな。
だからと言って、華琳達みたいに積極的に強請れる性格でもないし、抑として初夜だからな。
経験の無い穏が、上手く強請れるとは思えない。
…成る程な、華琳の言う通りだ。
今回に限って言えば、言われた方が良かったな。
「御兄様、二人きりで出掛けたいです」
「…ああ、ちゃんと考えて置くよ」
「はい、楽しみにしています」
「何か御褒美を…」と俺が口にするより早く察し、迷う事無くデートを強請ってくる華琳。
勿論、単なる御出掛けではない。
要は「一日、御兄様を独占したいです」と。
そういう意味での御強請りだったりする訳です。
流石と言うか、何と言うか。
妹として、御強請り上手と言うべきなのか。
…まあ、こうして素直に甘えてくるのは良い事だし俺としても否は無いんですけどね。
…他の皆の視線が痛い訳です。
息子達よ、覚えて置くといい。
一夫多妻は男の浪漫だろう。
だが、決して男にとって都合の良い事ではない。
御互いの努力無くしては実現も維持も出来無いと。
御前達も孰れ、知る時が来るだろうからな。
その時は先達として健闘を祈るとしよう。
「…あの忍様…どう、ですか?」
「普段とは違って動き易そうだし、落ち着いた色に然り気無い差し色も上手いな
髪も合わせて結い上げたんだな
うん、よく似合ってるよ」
「有難う御座います!」
俺の言葉に不安そうな表情が一転、笑顔が咲く。
こういう時、男は言葉に気を付けてなくては駄目。
先ず、女性側が普段とは印象が違うなら、その事は素直に口にした方がいい。
何故なら、少なからず女性は意図しているから。
勿論、悪い感想を言うのは話にならないが。
次に、蘊蓄を言う様に細かい評価は避けるべき。
あと、ブランド物だという点にも無闇に触れたり、知ったか振る事もしない方がいいでしょう。
現生でもブランド物には疎い俺は特にね。
それから髪型をチェックするのは大事。
衣装や小物とは違い、一番判り易い頑張り所です。
其処に目が行くか行かないかで評価が変わります。
──なんて、偉そうに言えれば良いんですけどね。
そんなに経験値は多くないんですよ、俺は。
抑、華琳達の変化には日常的に気付きますから。
そういう意味では、所謂、普通の男女のデートとは違ってしまうのは当然ですからね。
まあ、取り敢えずは穏が喜んでくれたので良し。
その穏ですが、少し前、十五歳に成りました。
原作の陸遜に比べると、まだまだ小柄ですが以前の事を思えば立派に育ったと言えるでしょう。
身長は155㎝程でも、まだ伸びていますしね。
何より──あの男心を撃ち抜く双主砲は脅威です。
天威たる咲夜を筆頭にし、祭・紫苑・愛紗・冥琳の四天王が居り、皆も素晴らしい発育振り。
普通普通と自他共に認めていた白蓮でさえ、今では原作の馬超並になっている。
勿論、今は妊娠の影響も有るのだけれども。
その面子を一気に牛蒡抜きして四天王に迫るのが、何を隠そう、急成長している穏だったりします。
…いや、まだ梨芹と真桜が居るんですけどね。
ええ、兎に角、陸伯言…恐ろしい娘…なんです。
そんな原作の陸遜との最大の違いは話し方だろう。
…まあ、実際には素の穏からは窺えるんだけどね。
今は若い事と立場な理由で頑張って“らしく”振る舞っているから、というのも有るからだろうな。
もう少し自分に自身が持てて、心に余裕が出来れば──近い感じに為りそうな気はする。
別に為らなくても構わないんだけどね。
素顔としては、其方だからって事。
一緒に暮らしてはいるが、こういった時には別々に家を出て待ち合わせるのが、気付けば定番に。
初夜の時に限らず、二人きりのデートでは、ね。
まあ、基本的に俺が先に出るんですけど。
しかし、何でしょうかね……あの待ってる時間と、来た時に感じる不思議なドキドキ感は。
華琳達とも偶に遣ってますけど…毎回多少なりともドキッとしますからね~…。
夫婦に、家族になると家から一緒に出掛ける状況が当たり前に為るんでしょうけど。
そういう事をするだけで、気分が違いますよ?。
「何か、面倒臭そうだな…」とか思っても、実際に遣ってみてたら少しは変化が有ると思います。
…まあ、その結果が良いか悪いかは人各々ですが。
他愛無い会話をしながら、特別な一日を始める。
──とは言っても、其処まで劇的には変わらない。
日常の延長上、その中の、細やかな特別。
それが、俺達にとっての“幸せ”だからな。
「最近開店したばかりの甘味処が有るんですよ」
「へぇ~…最近は街の変化も早いからなぁ…
それじゃあ、其処には穏とか初めてになるな」
「──っ、はいっ」
何気無い、そんな小さな幸せを。
積み重ねた者こそが幸福な人生を送れる。
そう俺は思うから。
繋ぐ掌を、心を、縁絲を大事にする。
陸遜side──
曾て、私は夜に眠る事が何よりも恐ろしかった。
目蓋を閉じてしまえば、意識を手放してしまえば。
もう二度と目蓋を開く事は出来ずに、私が私として目覚める事は出来無いかもしれない。
その恐怖が常に私の胸中に、脳裏に在り続けた。
だから、朝、目が覚めた事に安堵し、歓喜する。
自分の掌、自分の身体を抱き締め、温もりを感じ、鼓動を感じ、呼吸している事に涙する。
枯れ果ててしまっても可笑しくない程に。
流した涙は数え切れなくて。
…ですが、そんな日々は唐突に終わりを迎えます。
勿論、私が亡くなった訳では有りません。
複雑な事情が有りましたが、一つの問題を切っ掛けとして私の、私達の運命は変わりました。
“不治”とされていた病から私は解放されて。
自らの非力を嘆くしかなかった私は術を学び。
何よりも──最愛の伴侶を得る事が出来ました。
ずっと、一日の終わりに怯えていた日々が去って、ゆっくりと眠り、夢を見られる当たり前の日常。
それが、どんなに素晴らしい事なのか。
きっと、普通の人々には解らないでしょう。
けれど、理解して欲しいとは言いません。
だって──その日々が有ったから、今が在るから。
今、私の掌に在る幸せを、譲る気は有りません。
これは私の、私達だけの、幸せなのですから。
…ただ、その幸せな日々にも不満は有ります。
仕方の無い事ですが、私は病により弱っていた身を時間を掛けて治してゆく為、結婚してからも私だけ忍様との初夜を迎えられないままでした。
それから白蓮さん達が妊娠し、出産されました。
その間にも次々と忍様には奥様が増えて…。
勿論、皆様、良い方達ばかりなのですが。
………正直、何も思わないという訳ではなくて。
自分自身が嫌になりそうな位に。
泥々とした醜い感情が胸の奥に溜まっています。
そんな私に気付いて声を掛けてくれた華琳ちゃん。
彼女は私の話を聞いて、少し怒った様に「嫉妬?、するわよ、独占?、有るに決まってるわ、それが、誰かを愛するという事だもの」と。
私が醜いと思っていた感情を肯定していて。
それが、忍様の考えなのだと教えてくれた。
「綺麗なだけの愛なんて物は上辺だけの紛い物よ、他者は愚か、自分自身でさえも嫌悪する程の情欲に塗れていても尚、抑えられず、絶ち切れない程に、傲慢で我が儘で身勝手…それこそが愛よ」と。
迷わすに言い切った姿は思わず見惚れた程に。
勿論、それは極論なのだけれど。
だけど──不思議と、胸の奥に綺麗に填まった。
そして漸く、私は忍様との初夜を迎えられた。
忍様の唇が、指先が、肌が、吐息が、匂いが、熱が私の全てを貪る様に染み込んで来る気がして。
身体の深奥に刻み付けられる猛熱が意識を融かし、極上の幸福感を与えてくれる。
「──続けるぞ、穏」
「──っ!!、はいっ、もっとして下さい忍様っ!」
一度で終わりだと思っていた。
その先を望まれて、歓喜に視界が滲む。
より深く、より強く、より多く、と。
私は忍様を貪欲に求め、求められ、夜に融ける。
其処に恐怖など無く、幸せが満ちているから。
──side out