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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
109/238

59話 交じりて人の


“視線”というのは必ずしも注視や眼差しによって感じる事ではない。

視界には入って居らずとも、意識が向いていれば、見られている様に感じてしまう。

それはつまり、視野とは殺気の類いと同じであると言える訳だったりする。

ただ、視界内に対象が有るのと無いのとでは単純に意識する度合いが大きく事なる。

それは“意識の集中力”とも言えるだろう。


視界の中に獲物が有る方が獣も殺る気を出す。

集中しているのと、していないのとでは違う様に。

視線というのも、その意識の度合い次第。

逆に言えばだ、特別に意識しなければ、見ていても視線を送っているとは感じ取られ難くなる。

勿論、簡単な事ではないが。

視線というのは、制御可能な事でもある訳だ。



「────っ!?、なっ!?、ど、どうして貴男が…」



周瑜との遣り取りに意識が傾き過ぎていたのだろう安侑は俺の声に吃驚、振り向いて更に驚愕。

まあ、会話の内容も内容だからな。

渦巻く葛藤に呑み込まれている安侑に周囲の変化を感じ取るだけの余裕は無かっただろう。

余裕が有っても、俺が相手だから無理だしね。



「ん?、此処は宅の所有する屋敷なんだ

別に俺が居たって可笑しくはないだろ?」


「そ、そういう事では──っくっ…」



動揺から問答に入り掛けるが、状況を理解した様で慌てて懐に忍ばせていた短剣を取り出すと、俺から距離を取って抜き構える安侑。

その動きからして護身用としての触り(・・)を習った程度でしかない事が見て取れる。

少なくとも、李啓──周泰の様な実力者ではない。

だから、鼻で嗤うかの様な、あからさまな態度で、警戒心の無い挑発的な言動をする。

そうする事で「既に逃げ場は無い…」と思わす。

実際には包囲もしていなければ、同行者も居ない。

完全な俺の単独行動なんだけどね。

そうは思わないのが、こういう状況での普通。

そういう先入観を利用しているだけだからな。



「程昭か、小汚なく臭いだけの(ゴミ)だな

そんな奴に踊らされる自分達を、どう思う?」


「…っ……貴男には判らない事でしょうね…

誰もが貴男の様な強者では有りませんっ…」


「強者ねぇ…御前の言う強者っていうのは何だ?

強権を行使出来る支配者か?、広大な土地を統べる大領主か?、圧倒的な武力を持つ破壊者か?」


「そ、それは……」


「御前は周瑜の侍女として此処に居るんだろ?

だったら、俺が平民上がり、元は孤児だった事実も話に聞いていたりはするんだろ?

だったら──判るよな?

俺が何もしないで(・・・・・・)此処に立つのか

それとも、結果として、今の俺が有るのかが」


「…っ…………」



そう言いながら、卓上に置かれている茶杯を取り、渇いた喉を潤す様に一気に呷る。

その様子を見た周瑜が唸り、安侑は眼を見開く。

しかし、安侑は安堵したかの様に嘲笑を浮かべる。

「馬鹿な人ね、何も知らないで」と言う様に。

その優位だという幻想を先ずは殺そうか。



「もしかして盛ってある薬が効くと思ったか?

残念だが、この程度なら全く効きはしない

社会の中で生きる上で一番怖いのは薬や毒だからな

その為の準備や対処方法はしてある

だから俺を殺りたければ自力以外に術は無いぞ?

尤も、最低でも郡一つを一日で殺し尽くせるだけの自力が無いと掠り傷すら付けられないがな」



そう言って御代わりまでして見せる。

安侑の表情は一転し、恐怖を越え、理解不能という未知の領域に迷い込む。

その様子に愉悦を覚える──なんて事は無い。

だって、単なる事実を言っただけだし。

実際、氣を使わずとも毒や薬の類いは利き難い。

特典(チート)は免疫力や耐性にも効くんです。


そして、茶杯を置くと倒れ伏している侍女達を抱き上げて周瑜の寝台へ寝かせながら治癒を行う。

完治させてもいいが、折角なので免疫を作る意味で緩和する程度に抑えてね。

ただ、皆、流石に周瑜の側近を務めるだけ有って、意識はしっかりとしている様だ。

まあ、毒ではなく、単なる弛緩薬だしな。



「さてと、面倒事(火種)を持ち込んでくれた訳だが…

どう遣って後始末をするつもりだ、周瑜?

勿論、宅としては売られた喧嘩だし、無視する気は無いんで高値で(・・・)買わせて貰うつもりだ

──が、それは飽く迄も宅の理由でだ

だから、俺としても只働き(・・・)する気は無い

動くなら(・・・・)相応の対価が無いとな

ああ、太守の座や領地というのは無意味だ

実質的に宅の物になるのも同然だからな」


「…っ……………それ、ならば…私を…捧げよう…

…身も、心も…全てを…貴男に…捧げると誓う…」


「ふむ…御前を、か……それは非常に魅力的だな

だが、もう一声(・・・・)、というのが本音だ」


「────っ!!」



俺の言葉を正しく汲み取った周瑜は睨んでくる。

それは同時に理解した事を意味する。

だから、憤怒・憎悪・侮蔑という感情を塗り潰し、周瑜は恐怖を表情に浮かべている。


まあ、当然と言えば当然だけどな。

隠していた筈の周泰の事を「俺達は知っている」と言ってるのも同じ訳だからな。



「…っ………わ、私も…周家の、娘です…

…私も…貴男に…す、全てを…捧げ、ます…」


「成る程、それなら対価としては十分だな

さて、そういう事なんだが──どうする?」


「…わ、私は………私はっ…………っ──あっ!?」



交渉が纏まったので安侑に話を振れば、我に返り、自分の置かれた状況から自害しようとする安侑。

さらっと音も無く近付いて、短剣を取り上げる。

他に武器や自害に使える道具も無い事は確認済み。

だから安侑は膝から崩れ落ち、座り込む。

まあ、同情して遣りたい気持ちは有るがな。

それはそれ、これはこれ、だからな。



「今更死んだ所で何も解決はしないぞ?

寧ろ、死んだら此方に情報が入らなくなるからな

解決出来る可能性が低くなるだけだ」



そう言いながら周瑜と周泰達を治療する。

本来なら、二人も侍女達と同じ様にしたいんだが。

しっかりと治療して置かないと駄目だからな。

勿体無いが、仕方が無いから諦める。


──と、状態が回復した周瑜が自分の身体を見て、動かして確認し、俺を見上げてくる。

驚嘆、畏怖、そして、尊敬を浮かべる。



「…まさか…氣まで扱えるのですか?」


「まあな、その情報は握ってないだろ?」


「………それ所か、貴男には驚くしか有りません」


「情報というのは上手く使えば楯にも矛にもなる

晒すのか、隠すのか、それも含めてな」



そう言うと、苦笑を浮かべる周瑜。

そして、立ち上がると踞る安侑に近付いて行く。

近付く足音に顔を上げる安侑を周瑜が見下ろす。

静寂と呼ぶべき束の間の制止と緊迫。

止まった時が動く様に周瑜が右手を振り抜いた。

──が、当たる事無く安侑の横顔に寸止めされる。



「…李沙、「何故、言ってくれなかった…」という気持ちが無い訳ではない

「私が信じられなかったのか?」ともだ…

…だが、今、私が言いたい事は違う

御前の苦悩に、その変化に気付いて遣れなかった…

程昭に突け込まれたのも私の油断が有った為…

済まない、全ては不甲斐無い私の責任だ…」


「冥琳様っ!?、違います!、冥琳様の責任ではっ…私の方こそっ…御信頼を裏切ってしまって…

…っ…本当にっ…本当に申し訳有りませんっ…」


「李沙っ…」



安侑の前に膝を着き、土下座して謝罪する周瑜。

その姿に安侑は慌てて周瑜の両手を握るが、言葉に詰まり、感情と共に涙が溢れ、抱き合う。


嗚咽だけが響く部屋。

貰い泣きしている周泰の頭を撫でる。

侍女達も涙を流すが、其方等には手は出しません。

だって、周泰は俺の嫁さん確定ですから。

だから撫でまくってもいいんです。

可愛いからいいんです。




一同が落ち着いた所で見計らった様に部屋のドアがノックされ、返事をすると華琳が入って来た。

顔を合わせた事が有るが故に周瑜は緊張する。

一方の華琳は堂々とし、普段通りにしている。

そのメンタルの強さ……流石で御座います。



「御兄様、楽進隊からの連絡が届きました

「無事、目標(・・)を確保、帰還に移ります」と」


「…っ……その目標というのは、まさか…」


「ああ、御前の考えている通りだ

彼女──安侑の妹弟三人(・・)の事だ」


「──なっ!?、で、ですが、どう遣って…」



周瑜にすらも話していない明確な人数を口にされ、安侑は今日一の驚きを見せてくれた。

その反応は最近の宅の者から失われた素朴さ。

懐かしく、心に沁みるねぇ…。

──って、感動してる場合じゃなかったな。



「妹達の存在は程昭ですら掴める程度の情報だろ?

だったら、宅にとっては児戯にも等しい

その程度なら一日と掛からずに探り出せる

そして、程昭からすれば監禁している場所を周瑜に知られない為にも目立たない様にするからな

当然、人手も割けない

百も居ないだろうから制圧・奪還は楽勝だ」


「…ぅ…な…ぁ…」


「それとな、安侑、御前の遣り方は中途半端だ」


「…っ…中途半端、ですか?」


「言ったろ?、情報は使い様だって

本当に大事な情報っていうのは秘匿するものだ

九十九を捨てて、本当に重要な一を秘す

九十九が事実なら、残る一の存在が有る可能性すら思い浮かべなくなるのが人の思い込み…

つまり、自己満足させる事で誤認させる訳だ

まあ、そういう隠し方も有るって事だな」



そう当たり前の様に言えば、安侑は呆然。

しかし、周瑜は意図を理解したのだろう。

苦笑を浮かべながら、安侑の肩を抱き、顔を見合せ小さく頷いて見せる。

「もう妹達と離れている必要は無くなる」と。


ああ、そういう事だ。

周瑜が、周泰が俺の妻となり、楽浪郡も俺が治める以上は安侑達も宅の民という事になる。

そして、程昭等(害虫)は悉く駆除するからな。

もう、安侑や妹達を脅かす存在は居なくなる。

安心して、一緒に暮らせる様になる、と。


それを理解した安侑は再び涙を流す。

けれど、それは後悔や悲哀ではなく、歓喜と感謝、未来への希望に満ちた涙。


そんな安侑の姿を見ながら「流石です、御兄様」と一切振れない我が愛妹。

突っ込むと確実に脱線するからしませんが。

「布教はするなよ?」と視線で牽制。

すると、「嫌です」と満面の笑みを浮かべる華琳。

「新しい信者が其処に居るのに導かないのは罪」と言わんばかりの強情さを示す愛妹(教祖)

どうやら、俺の最大の政敵は此処に居る様だ。


──とまあ、それは置いておくとして。

いや、出来れば真っ先に片付けたい問題だけどね。

もう、半ば諦めてますから。

だから、目の前の問題解決に移ります。



「安侑、御前は此処で妹達を迎えてやれ

気丈に振る舞っていても、まだ子供なんだ

その辺りを汲んで、しっかりと抱き締めてやれ」


「…っ…はい、有難う御座います」


「さてと、それじゃあ行くぞ、周瑜、周泰」


「…私達もですか?」



恐らくは安侑と共に此処で大人しくしているつもりだったのだろう周瑜は目を丸くして訊き返す。

──と言うか、普通は、そう考えるんだろうな。

如何に嫁入りを約束したからとは言え、今回の件は周瑜自身が招いたも同然だと言える事だ。

自分も関わりたい気持ちは有っても自重をする。

華琳達の手前、今後、妻として良い関係を築く為、此処での悪目立ち(・・・・)は控えるべきだからな。


ただ、それは飽く迄も普通ならば、の話。

宅の場合、使えるものは何でも使うのが基本。

寧ろ、こういう状況だからこそ、経験を積ませる。

滅多に出来無い経験なんだからな。



「当然だ、今回の件の決着(ケリ)を着けるんだからな

御前にとっては太守としての最後の務めでもあり、そして──俺の妻としての最初の務めだ」


「────っ!!」



俺の言葉に周瑜は驚き──目を輝かせる。

黄昏行く空が一転して青く為って行くかの様に。

消え掛かっていた筈の双眸に宿る意志が燃える。

真っ直ぐに俺を見詰める眼差しは力強く。

その才器が更なる成長を始める鼓動を鳴らす。

まだ小さな芽が育つ様に。




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