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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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   笑みぞ咲く


周瑜一行が遣って来ている事で俺の仕事が変わり、彼女達の接待係みたいなポジションに居る。

細々した事務仕事から解放されて、ラッキー!。

──なんて、甘い事には為りません。

接待をしていない時に溜まった書類との格闘。

…うん、物理的に解決出来る賊退治の類いが心から恋しい日々だったりします。

まあ、自分で選び、決めた道ですからね。

愚痴りたい事は愚痴りますが、投げ出しません。

少なくとも、俺は背負うという覚悟を持って歩み、未来へと繋ぐ為に足掻いている訳なんで。

その全てを無意味・無駄にする気は有りません。


そんな事を考えている俺の顔に陰が落ちる。

正直に言って、視線を向けたくはない。

しかし、向けなければ終わる事も無いのが現実。

それを宿命と言うのなら、人は哀しき戦士。



「──っと、これで今日の分は最後よ」



そう言って無慈悲に俺の仕事机の上に咲夜によって置かれるのは竹管大山脈(チョモランマ)さん。

富士山の様に単山型ではなく山の字の様に連山型に積み重ねられている無駄に見事な竹管達。

それは宛ら、芸術的な組体操を見ている様で。

崩してしまうのが惜しくなってしまう。

………崩して片付けないと終わらないんだけどね。


ただ、それを見る度に胸に去来する思いが有る。

一度も口にする事は無かったが、今、告げよう。



「…なあ、咲夜、何故書類仕事は減らないんだ?

俺の政策で少なからず治安や経済は改善されたし、農林水産業も安定してきている筈…

それなのに──何故、書類だけは減らないんだ?」


「必要だからよ」


「御尤もで御座います…」



うん、そうなんだけどね、うん。

それはね、俺も理解していますよ?。

報告・陳情の類いは当然として、許可申請の類いが実際には半分近い割合を占めています。

許可申請を無くし、「何でも自由に遣っていい」と定めようものなら、それは文字通りの無法地帯。

だって、犯罪ですら許容される訳ですからね。

当然ながら、そんな事は許される訳が有りません。

ですから、許可の有無を判断する為に申請は必要。

しかし、それを下に任せてしまうのは危険。

そういう決定権を与えると、所謂“悪代官”が生じ私腹を肥やしたり、癒着したりする訳で。

その他にも弊害として、正しい経済の循環や成長、新しい人材の発掘や登用の機会の減少等々。

規模が大きくなる程に生じ易くなる訳です。

だから、トップの自分が責任を持って担う。

…まあ、華琳達が遣ってもいいんだけどね。

それはそれで面倒な場合も有るから難しい。

ほら、よく“将を射んとせば、先ず馬を射よ”って言うじゃないですか?。

アレと同じで、妻達の影響力が順位付けに繋がって不和や疑心暗鬼の種に為る可能性も有るので。

勿論、俺達夫婦には無用な心配なんですが。

周囲の臣兵や民の印象は違いますからね。

そういう事への配慮は常日頃から大事なんです。


ただ、少しは話を膨らませる努力はしようよ?。

お笑い芸人さんみたいな事は求めはしませんが。

会話というキャッチボールはコミュニケーションの王道で正道で人類の偉大な進化の財産ですよ?。

喋れない人達だって、創意工夫をして意思を伝える努力を絶やさず、理解しようと頑張る人達も居る。

そんな中で、普通に会話出来るんですよ?。

ちゃんと話をしませんか?。



「手を止めないなら、雑談位は付き合うわよ?」


「ハイ、頑張リマス」



ナチュラルに思考を読まれ、窘められる。

「嗚呼、あの頃の君は何処に…」なんていう嘆きは身勝手な発言だと言えるでしょう。

人は変わるもの。

“あの時のまま”なんて事は有り得ません。

だからこそ、俺は言うんです。

「有りの侭の君で居て」と。

昔の君も、今の君も、先の君も、全てを愛す。

君が君で在る限り、俺は君を愛し続ける。



「………え~と…咲夜さん?」


「…口から出てるわよ、ばかっ………んっ…」



再び顔に陰が落ちたと思ったら咲夜の顔が。

そして、睨みながら一言言って唇を奪われる。

触れるだけ、塞ぐだけではない。

ガッツリと貪る様に、喰らい付く感じで。

………え?、仕事?、そんなのは後回しです。

──と言うか、妻の求めに応じるのが夫の務め。

他の事なんて二の次ですよ、ヒィャッハアーッ!!。






「────で、仕事が遅れたと?」


「…はい、つい出来心で…

お、御願いします!、見逃して下さいっ!

反省は──していませんがっ!!」


「反省してから言うべき事ですっ!!」


「御尤もで御座いますっ!」



事後、余韻に浸る暇も無いタイミングで部屋に来た愛紗に発見され、御説教タイム。

…咲夜?、色々と後始末の為に退室しています。

言い換えるなら、都合良く逃げた、でしょうか。

まあ、家族な以上、逃げても無駄なんですけどね。


──という事を頭の片隅では考えながらも項垂れて反省ポーズ。

片手を伸ばしての、あの有名なポーズはしません。

いやまあ、愛紗には判りませんけど。

巫山戯ていれば、雰囲気は悟られますからね。

真面目に反省した振りをします。

…可笑しな話ですけどね。

「だったら、反省しろよっ!」と思うでしょう。

ええ、ええ、私も客観的に言えば同意見です。

でもね?、これって浮気じゃないんですよ?。

夫婦──まだ咲夜とは婚礼を済ませていませんから恋人と言うのが正確なんですが、そういう訳で。

批難される理由も、反省する理由も有りません。

俺の立場上、子作りは最重要な義務ですからね。

そういう意味では、ちゃんとした仕事なんです。

だから、反省する理由は無いんですよ!。



「それはそれ、これはこれです!

全く……仕方が有りません、仕事に集中出来る様に余計な物を排除してしまいましょう」



そう言って自ら衣装を緩め始める愛紗。

…え?、「今、説教してなかったか?」って?。

ハッハッハッ、“女心と秋の空”って事ですよ。

俺が、咲夜が、悪いという訳じゃないんです。

偶々、間が悪かった、というだけの話。

言ったでしょ?、「夫婦・恋人なんだから」って。

つまり、仕方が無いとは言え、白蓮達が妊娠して、愛紗達は順番待ち(・・・・)の状態な訳です。

頭では理解していても、欲求は有る訳で。

それを受け止め、応えるのが夫の務めなんです。

──って訳で、ラァウンド、ツゥー…ファイッ!!。






「これは………魚の内臓ですか?」



そう言いながら、先程箸で口へと運んだ小皿に乗る物を見詰めて訊ねてくる周瑜。

滞在四日目の今日は、宅が実質的にオーナーである水産物を販売している店に案内している。

まだ広陽郡内には三店舗しか存在してはいないが、将来的には販売店ではなく、卸業者化する予定。

要は、生産元の商品管理所的な位置付けだ。


尚、周瑜達の滞在一日目の夜には歓迎の宴を。

無礼講でも良かったのだが、一応、体裁は守る。

親しき中にも礼儀有り、そういう一線は大事。

二日目は治安関係の組織体制・施設を案内。

実際に行っている巡回に参加しての実地体験。

ええ、“原作”の魏ルート方式のパクりです。

でも、判り易い方法ですからね。

三日目──昨日は農業関係の実施政策。

既存の遣り方は民に開墾させ年貢を納めさせるが、俺は農業自体を政策──公共事業としている。

その為、事業従事者は給金が保証されている。

生活が農作物の出来に左右される事が無い安心感は仕事を続ける上で非常に重要になる。

勿論、仕事振りが悪ければ切り捨てますよ。

寄生虫(・・・)は要りませんから。

大事にするのは堅実な働き者です。

不器用だろうと、一生懸命で誠実な人物は雇い主の観点から言えば、有能な野心家よりも欲しい。

何故なら、組織というのは平等な横並びでよりも、ピラミッド型の方が強固だから。

勿論、それは頂点や上層部が下に対して思い遣りや気配りが出来る事が大前提。

支配したり、使役している様では駄目です。

そういうピラミッドは中から腐って行きますので。


そんなこんなで、無事に四日目を迎えて居ります。



「惜しいですね、それは“烏賊の塩辛”です

魚の内臓を使うのは…此方等の“うるか”ですね

鮎の腸や卵を塩漬けにしたものです」


「塩漬けに……それは随分と贅沢な品ですね」


「ええ、今まだ塩自体が貴重な為、高価ですが…

三年後には領内では最低でも五分の一に…

理想的には十分の一の価格帯で流通させられる様に塩の生産技術の研究と確立にも力を入れています

宜しければ、各々一瓶ずつ試してみて下さい」


「…宜しいのですか?」


「勿論、「無料で」とは言いません

その代わり、御感想等を御聞かせ下さい

客観的な意見というのは貴重ですからね」


「判りました、それでは御言葉に甘えて」



そう言って周瑜は水産物店の店主から二つの小瓶を受け取り、笑みを浮かべる。

小瓶自体も陶芸品としての出来が良い物だ。

その理由は単純で、会話でも出た様に高価な為。

要するに“桐箱入り”的な感覚の仕様という事。

だから周瑜も好奇心を刺激されている訳です。


その笑顔が少女の様に無邪気で可愛らしい。

ただ、俺の視線に気付いた様で、照れ隠しする様に咳払いをして、その二つの小瓶を大事そうに手渡し同行する李啓──周泰に預ける。


その周泰は高価で貴重な事に緊張している。

「ぁぅぁぅ…」という声が聞こえてきそうな様子が微笑ましく悪戯したくなるが…我慢、我慢。

流石に此処で仕掛けるのは可哀想だからね。

………でも、周泰を泣かせてみたくもなる。

勿論、鳴かせる(・・・・)方向でも、だけどね。


それは兎も角、やはり塩や砂糖は貴重だ。

宅で使う塩・砂糖は、俺が氣の技能をフル活用して精製している物なので質が段違いです。

もし、市場に出せば、豪邸が一軒建ちますよ。

つまり、それだけ質に差が有る訳です。

特に俺と咲夜は前世(・・)の影響が有りますからね。

どうしても、粗悪品の塩・砂糖に高額を支払うのが気持ち的に嫌だったりします。

その為、俺が基本的には精製しているんですよ。

勿論、宴や軍事等で大量に使用する場合は、商家を通して仕入れた物を使います。

それも経済を回す為の大事な歯車ですからね。


そんな事を考えている内に周瑜が復活。

まだ耳が赤いが意識を切り替えて話し掛けてくる。



「…しかし、塩の生産技術の研究は大変では?」


「ええ、まだまだ試行錯誤は必要ですからね

ただ、啄郡の太守となった時から始めていますから現在は大分成果が出てはいますよ

それに生産の為の施設の建造や土地の整備、人員の確保や育成も一括して行えるのが大きいですね

仮に同じ事を複数の有力者が協力して行うとしても利権争いや負担や責任の擦り付け合いで進まずに、最終的には頓挫してしまうでしょう」


「成る程…確かに、そういった点でも貴男が三郡を統治しているという事が活きる訳ですね」


「啄郡で生産し、漁陽郡・広陽郡で流通網に乗せる事で広く普及させられますから」


「…漁陽郡では生産をされないので?」


「ええ…漁陽郡の沿岸部は港街は造れるのですが、塩の生産地には向かない地形ですから…

ですが、それとは別に適した水産業も有りますので今は其方等の為の準備をしている段階です」


「………私は貴男から学ぶ事ばかりです

自分が小賢しく思えて、恥ずかしくなります」


「私とて最初から今の様に出来ていた訳ではなく、様々な経験を積み、知識や技術を知り、その果てに活かし方を見出だしたに過ぎませんよ

だから貴女が私から何かを学び、得たのであれば、それは貴女の成長の糧と成り得る…

花開かせるか、枯らすかは貴女次第ですよ」


「……………っ……御上手ですね

そう遣って奥様方を口説かれたのですか?」


「あー………大きな声では言えませんけど、私から口説いたのは伯珪だけですよ

他の皆は気付いたら…という感じですね」



皮肉っている訳ではないのだろうが。

ある意味、言われ慣れているんで。

だから苦笑しながら、落ち着いて答えられます。

…と言うか、やっぱり、そう思われるのか。

……華琳の俺創作物って、俺の実黒歴史なのか。





 周瑜side──


滞在四日目の夜を迎え、私は自室の椅子に深く凭れ置かれた御茶を一口飲み、溜め息を吐く。

彼が──子瓏殿が公的な言動を心掛けていようとも全ては偽りの無い、確かなもの。

それを傍に居て実感すればする程に心は惹かれる。




飲み過ぎた様に視界が霞み、意識が朦朧とする。

だが、それだけではなく身体が弛緩してゆく。

見れば、明命も、他の侍女達も同様に倒れ伏す。

「…まさか、子瓏殿が?」と一瞬だけ思い浮かぶが即座に可能性を否定した。

確証など何一つ無いが、そう思った。


そんな中、視界に落ちる。

無理矢理に身体を捻り横向きになれば、部屋の中に一人だけ立っている者が居る事に気付く。

俯き、顔を伏せているが──誰なのかは判る。

明命の次に付き合いの長い者なのだから。



「……り、“李沙(りさ)”?……何故…ぉ、前が…」


「──っ……っ…申し訳有りません、冥琳様っ…

…この様な形で御恩と御信頼を裏切る事になって、言い訳も出来ません…」



そう静かに言う安侑──李沙。

感情を押し殺し、冷淡な体を保とうとする。

それが手に取る様に判る程、よく知っている。

何の理由も無く、こういう真似はしない娘だと。

主従として、幼馴染みとして──朋友(とも)として。

幾つもの季を共に過ごして来たのだから。



「……何が…ぁ、った?…」


「…っ………私は六歳で安防(義父)の養女になりました

それ以後の事は御存知の通りです…

ですが、三年前…実の両親が流行り病で亡くなった事を知り、残された幼い妹弟の面倒を見る様に…

出来れば、引き取りたかったのですが…

私の立場では冥琳様に御迷惑が掛かると思い信頼の出来る老夫婦に妹達を託しました

…っ……けれど、程昭に妹達を人質に捕られ…

徐恕様の仕業に見せ掛けて貴女方を殺せと…」



そう言って李沙は両の拳を強く握り締める。

一体何れ程の葛藤を独りで抱えていたのだろう。

私が何も知らずに子瓏殿に心惹かれている中。

李沙は独りで苦悩し続けていた。


自害をすれば私達は助かるが、妹達は死ぬ。

私であれば、「民の為に…」という言い訳を楯にし切り捨てる事を決断するかもしれない。

それが私の責任でもあるからだ。

だが、李沙は違う。

違うからこそ、選び切れなかったのだろう。

今も尚、私達の息が有る事が、その証拠。

──だとすれば、私に出来る事は一つだろう。



「…李沙……私、だけにしろ……皆…口を噤め…」


「冥琳様っ!?」


「…私だけで、十分だ…

…だから…妹達を、守れ…」


「──っ!?……冥琳、様っ…」



明命達まで巻き込む訳にはいかない。

しかし、李沙の妹達も見捨てる事は出来無い。

だから私の選ぶ答えは単純。

「その甘さが貴様の欠点だ」と程昭()は嗤うだろう。

だが、判っていても選べない。

愚かだったとしても。



「──出来れば、こういう事は自分達の所で勝手に遣ってて欲しいけどな」




──side out



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