心根の
周瑜を案内し会談の為に用意した庭園の東屋へ。
同行者全員ではなく、周瑜だけなのは当然の事。
尚、周泰に関しては侍女──“李啓”という偽名で同行している以上、そういう風に扱う。
字に関しては被る事は珍しくはないので無視。
態々、下手に突っ突く理由も無いですから。
此処で周泰の件を問うより、潜在的な“貸し”だと周瑜達に認識させて置いた方が特ですしね。
まあ、それを理解出来るからですけど。
「…とても見事な庭園ですね
何もせずとも、ただ静かに座って眺めているだけで心が洗われ、癒される様です」
「そう言って頂けると頑張った甲斐が有ります」
「………まさか、貴男が御自分の手で?」
「ええ、元々は私は自給自足の平民でしたからね
農作業や狩猟・漁業は当たり前でしたし、こういう草木の剪定や管理も遣っていましたから
勿論、遣り過ぎて仕事を奪う真似はしませんよ
ただ、今回は急ぎの仕事でしたからね
この屋敷は以前は県令の住居でしたが、私が太守に就いた事で出た影響の一つで、空いていたので…
会談の場であり貴女方の滞在用には適していた為、改装を含めて庭園にも手を入れた訳です
以前の庭園は私の趣味では有りませんでしたしね」
「……とても御器用なのですね」
「いえいえ、単に慣れているだけですよ」
そう言いながらも、御世辞でも嬉しくなります。
まあ、周瑜が下手な御世辞を言うとは思わないので今のは素直な感想でしょうけどね。
だからテンションが上がりそうになるのを自制。
あーだこーだと蘊蓄を言いたく為りますからね。
でもね、別に自慢したい訳じゃないんですよ?。
ただただ嬉しくて語りたいだけなんで。
でも、聞かされる側からしたら一緒ですからね。
それはそうと、然り気無く“原作”の曹操の影響が言葉に混じって出てしまいましたね。
別に悪い事でも、不味い失言でもないですが。
何だかんだで、彼女の影響力は良いと思います。
周瑜に席に座る様に促しながら、対面に座る。
円卓を挟み、俺から見て右90度の位置に月が座り左90度の位置に華琳が座る。
愛紗と咲夜には周泰達の案内と監視を任せた。
その為、俺達四人以外は給仕を務めている宅の侍女二人以外は誰も居ない。
勿論、警備兵は屋敷の外には居ますが。
銃の無い社会ですから狙撃の可能性は低いですし、もし仮に、弓矢で狙撃が出来る腕前が有る様なら、捕まえてから教育しますよ。
だって、有望株ですからね。
まあ、そう都合良く人材は湧いて出て来ませんが。
「それでは改めて、徐子瓏です
此方等の二人は私の妻で──」
「初めまして、董仲潁です」
「御初に御目に掛かります、曹孟徳と申します」
「初めまして、周公瑾です、宜しく御願いします」
──と、言葉だけを拾えば、丁寧なんですが。
月も華琳も周瑜に対する気配が剣呑です。
…確かに俺が紹介する様に挨拶を促した訳ですが。
…え?、え?、何?、どうして周瑜を笑顔を浮かべながら威嚇してるんですか、御二人さん?。
其処は愛想良く、柔らかく接する所では?。
そう思いながらも二人に声を掛けられない俺。
…「ペッ!、このチキン野郎がっ!」ですと?。
はんっ!、草生えてまぅわっ!。
放置されてジャングル化した地方の土のグラウンドみたいな感じでボーボーじゃあっ!。
女の戦いに男が首を突っ込む?。
自殺行為を超えて、自滅行為っすわっ!。
触るな危険!、寄るな野郎!、其処は女の園っ!。
…え?、「それは不法侵入した不審者だろ」と?。
ええ、そうです、その通りです。
だから関わらないのが一番安全なんですよ。
痴漢冤罪だってね、そういう事を遣る輩を処刑して排除しない社会性が原因の一つなんですよ。
犯罪に軽度重度は無いんですからね。
犯罪者を社会に戻すから駄目なんです。
人権の尊重?、それは真っ当な市民の安全が有って初めて尊重されるべき事です。
犯罪者は人権を訴える前に罪を償うのが先です。
だから、良い子は悪い事するなよ?。
お兄さんとの、熱い約束だからね?。
「………成る程、奥様方に愛されていますね」
「あははは…ええ、有難い事です」
周瑜の一言で現実逃避していた過激思考が正常値に戻った事で取り敢えず、落ち着く。
空腹時の飢えた胃袋に染み渡る糖質の如く!。
…いや、うん、冷静になろうな、俺。
まあ、俺は兎も角、周瑜は意外と冷静な様です。
この二人の威嚇を受けて動じないのは素晴らしい。
ある意味、女同士だからこそ察したのでしょう。
周瑜が気合いで表情を保ちながら、そう言った。
それを見ながら己を恥じる事しか出来ません。
手が届く距離──いや、立ち話の場だったならば、二人の頭を撫でて誤魔化しながら止めさせるが。
残念ながら…今の拙者は無力に御座る。
出来る事は、苦笑するのみで御座る。
「…コホンッ…先ずは今回の予定の確認から…
此方等への滞在期間は一週間でしたね?」
「ええ、御互いの立場上、それが最長でしょう
勿論、それより短縮する事は出来ますが…」
「まあ、折角の機会ですからね
次が何時になるのか、或いは実現するのか…
その辺りの確証が持てない以上は当然でしょう
私が貴女の立場でも同様に考える筈です」
「そう言って頂けると助かります」
ピリついている場の雰囲気を薄めに掛かる俺。
周瑜も察して乗ってくれた事で二人も矛を収める。
静かに用意されていた茶杯を取り、口を潤す。
「いや、口が渇いたのは寧ろ俺と周瑜ですから」と思いはしても、決して口にはしない。
──と言うか、そういう視線を向けもしない。
女性は視線に敏感ですからね。
視線に鈍い男が遣り勝ちな失敗は、無意識に女性を見ながら感情を処理しようとする事。
視線を外し、意識的に消し去る。
それが女性から睨まれない賢い生き方の一つです。
…ええ、そうですよ、男は弱い生き物ですからね。
女性の尻に敷かれている位で丁度良いんです。
肝心な時にだけ、男らしく存在感を示せれば。
それだけで十分にアイデンティティーは保たれて、夫婦円満な家庭を築けるんですよ。
尤も、「俺の場合は」が前提の話ですけどね。
結局、夫婦関係は人各々、夫婦各々、千差万別。
人真似よりも、真摯に向き合っていくしかないのが現実だったりしますからね。
他人を羨むより、自分達の幸せを見付ける事こそが本当の意味での“幸せな家庭”に繋がる。
そう思うんですよね。
何故、今なのかは訊かないで下さい。
「公瑾様、書状の中で“滞在中に街の視察を”、と御希望されていたと思いますが…
場所は、この街を含む近隣に限定されます」
「勿論、そうなる事は当然でしょう
逆の立場なら、私も同じ様にする筈ですから」
「御理解して頂けて助かります
ただ理由は秘匿云々ではなく、移動時間等の問題が解消出来無いという事です
子瓏様の御思想が政策に最も色濃く反映されている場所というのは啄郡になりますので…」
「確かに…啄郡まで、となると行って帰るだけでも軽く一週間は掛かりますからね」
「私自身、此処、広陽郡の太守を永きに渡って担う董家の娘として政務に携わっています
ですから、出来る事なら貴女にも子瓏様の御思想を直に見て頂き、肌で感じて頂きたいのですが…
時間という問題は、どうしようも出来ませんので」
「もう一年もすれば、広陽郡も漁陽郡も啄郡同様に政務が浸透しているとは思いますが…
まだ新体制に移行して間が有りませんので…」
「そうですね…残念ですが、仕方の無い事です
ですから、今は知る事が出来るだけでも十分です」
先程までの威嚇が一切無かった事の様に然り気無く会話に入って来た月。
そのまま周瑜、華琳と三人で話を進める。
…うん、言葉だけを拾えば、正しいんだけどね。
俺の脳裏には、無い筈の画が浮かんでいます。
ええ、そういうつもりはないんでしょうね。
でも、三人の睨み合い、鍔迫り合いが!。
……いや、疲れてるんですね、きっと。
今夜は華琳達に癒して貰いましょう。
…“今夜も”じゃないですからね?。
だって普段は大体、俺が受け止める側ですから。
「そう言えば…その啄郡の公孫賛殿は?
話に聞いた限りでは、かなり親い様でしたが…」
「ああ、伯珪ですか…彼女は今、身重なので…」
「──っ、そうでしたか…御目出度う御座います
知っていれば、御祝いの品を持参したのですが…」
「いえいえ、その御気持ちだけで十分です
それに私の子を身籠っているのは伯珪だけでなく、他の妻達数名もですから…
一々「祝いの品を」となると大変ですからね
伯珪達は勿論、私自身にとっても初めてなので…
あまり意識しないで生活出来る様に、という理由で親族以外の来客等は断っていますから」
「…っ…奥様方を大切に為されているのですね」
白蓮が不参加な事を然り気無く訊ねてきた周瑜だが俺が隠さずに答えると軽く頬を染めた。
別に周瑜が恥ずかしがる事ではないのだが。
まあ、それは仕方が無いんだろうけどね。
咲夜の言葉を借りるなら、少なからず、周瑜は俺を男として意識しているみたいですからね。
だから、反射的に想像したんでしょう。
その精度や具体性は定かでは有りませんが。
その話の流れで、白蓮以外にも妊娠をした妻が居る事実を無警戒な体で然り気無く教える。
妻が複数居る事は珍しくはないし、華琳達が実際に目の前に居るのだから隠す理由は無い。
勿論、全てを教える気は有りませんけど。
「妊娠しているから」と説明しながら、捕捉。
それは釣りで言う所の“誘い”な訳で。
周瑜は見事に食らい付いてくれました。
…まあ、孫策という問題児が傍に居ない分、周瑜の苦労具合は原作よりは低いのでしょうが。
その弊害──と言うか、反対に経験値も少ない訳で駆け引きや度胸という部分では未熟。
尤も、そういう部分が可愛らしい訳ですが。
「やはり、珍しいですか?、女性への尊重は」
「──っ!?………正直に言えば、そうですね…
少なくとも、私の父でさえ、そういう人でした」
「まあ、大体が、そうみたいですからね
ただ、私の場合は母の影響が大きいでしょうね」
「…母君の、ですか?」
「ええ、そうです
実は私は孤児で、この孟徳の母親に命を救われて、義母子、義兄妹として生きる事に為りました
まだ幼かったとは言え、母娘二人の暮らしに自分が一人増えるだけでも大変だと判っていましたが…
母は、そういう苦労や弱音は一切見せる事は無く、私を実子同然に愛し、育ててくれました
その母が居たからこそ、今の自分が在ります
確かに政治等、どうしても男の方が継続し易い為、女性の地位が低く見られてしまいますが…
それが能力に直結する訳では有りません
寧ろ、「女性だから…」という理由で埋もれている人材は少なくないでしょう
それは社会的な損であり、埋蔵された金脈です
彼女達を登用し、働いて貰えるなら、無能な男より確実に世の中に利益還元を期待出来ます
ただ、それが出来無いというのが問題な訳です
それなら、有能な女性達が実力を活かせる環境等を整えて働ける様にすれば済む訳ですからね
私が遣っている事は、つまりは下地造りな訳です」
「下地造り…ですか」
「ええ、私の代で築き広めたとしても、次代以降が確実に引き継ぎ、活かせるとは限りません
ですから、先ずは社会的な女性の地位の向上…
それが第一であり、その為には妻達が不可欠です
…まあ、私も男ですから可愛い、美しい妻達に目が眩んだと思われても仕方が有りませんし、それ自体否定出来無いのも事実ですからね
ただ、妻達は日々の努力を怠ってはいません
私の妻だから、という立場に甘える様な者ならば、私は妻に迎える事は勿論、魅力も感じませんよ」
そう言い切って、茶杯を取って口に運ぶ。
つい勢いで言ったが、半分惚気だった為、恥ずい。
必要な話では有ったんだが…まだまだ青いな。
いや、まだ十六歳なんだから青くて良いんだけど。
背負う立場ですから、必要な訳ですよ。
周瑜side──
徐子瓏、その名を初めて耳にしたのは啄郡の中での騒乱が起きていた時の事だった。
情報が漏洩しない様に厳しく網が敷かれていたが、潜り込んでいたのが運良く本当に行商人をしている一団だった為、情報を得られた。
尤も、今ならば見逃されたのだと判るが。
当時は、まだ其処まで考えが至らなかった。
「御疲れ様です、冥琳様」
「済まないが茶を一杯貰えるか?、温めで頼む」
「はい、畏まりました」
会談を終え、滞在中使う屋敷の中を案内された後、同行した者達が待つ部屋へ。
恐らく、元々は応接室だったのだろう。
改装され、寛ぎ易くなってはいるが、知るからこそ解る間取りや配置から見えてくる事が有る。
まあ、だからと言って何も罠は無いだろうがな。
侍女が出してくれた茶を飲み干し、一息吐く。
喉が渇いた、というよりも落ち着く為のもの。
“水に流す”ではないが、切り替える切っ掛けだ。
その状態を見計らって傍に来て、頭を下げる者が。
侍女に扮し、私の護衛役を務める妹の明命だ。
「申し訳有りませんでしたっ、姉様…
私が迂闊だったばっかりに…」
「気にするな、アレは明命の責任ではない
寧ろ、彼を甘く見ていた私の責任だ
その所為で御前を危険に晒した、済まない」
「そんな!、私が──んむっ!?」
「御前の気持ちは判っている
だが、今回の件は私の責任だ」
私の言葉に反射的に頭を上げて、反論しようとする愛妹の唇を右手の人差し指を当て、黙らせる。
言外に「それ以上は何も言うな」と示す。
真面目で真っ直ぐなのは明命の美点だ。
その在り方に、彼女の存在に私は幾度も救われた。
だが、それ故に気にし過ぎてしまう傾向が有る。
だから、こういう時は少々強引に遣らなくては。
──とは言え、それで納得するなら私も困らない。
だから、本人が納得出来る落とし処へと導く。
「明命、御前から見て子瓏殿はどうだった?」
「……率直に言えば、とても不思議な方です
まるで、闇の深淵を覗き込んでいるかの様に何一つ理解する事が出来無いのに…日溜まりの様な優しく暖かで穏やかな温もりに包まれる様な感じがして…
警戒しなければならない筈なのに警戒したくない…
そんな感じがする方です」
「…成る程な…」
私の様に理屈で考える者でさえ、惹かれる男だ。
直感的に本質を感じ取り易い明命ならば、その様な感想を懐くのは当然と言えば当然だろう。
ただ、やはり女だからなのだろうな。
彼に対しては好意が勝っている様だ。
(………女だから、か…フッ…言い訳だな…)
思い浮かんだ一言に、自然と口元には苦笑が滲む。
明命から間接的な評価を得て、正当化しようとする自分の無意識の意図に気付いたからだ。
それはつまり、裏を返せば、盗られてしまったと。
そう言う事も出来るだろう。
頑なに閉ざし、誰にも触らせなかった心を。
呆れる程見事に、笑える程あっさりとな。
──side out