揺らるは心姿の
通常、身分の差が明確であれば、会談等の場合には特に対応は悩む必要は無い。
そういう意味では同格である方が面倒臭い。
その一度で客観的に見た力関係を印象付けてしまう可能性が高いからだ。
だから、今回の様な場合には謁見の間の様な場所で迎える側が待っているのが妥当だったりする。
此処で来訪側を待たせるのは「見下しています」と言っているのも同然なので挑発したいのでないなら遣らないのが常識だったりします。
そんな歓迎の対応なんですが。
俺は華琳達を連れて、自ら出迎えに行きます。
別に下手に出るつもりは有りませんよ?。
ええ、周瑜達に対する軽い揺さ振りです。
──とは言え、流石に一般家庭での玄関で出迎える様な真似はしませんよ。
到着した周瑜達一行は装備品──武具等を預かり、先ず簡単なボディチェックを女性の武官と侍女達が行ってから、会談の場に移動する訳です。
尚、宅では女性の登用は普通ですが、女性の地位が低い世間一般では、こういう場合には侍女達のみでボディチェックが行われるのが一般的です。
そういう意味では、周瑜達の印象は悪くない筈。
まあ、「書状の内容に合わせたか」と穿った見方も出来無い訳では有りませんけど。
その辺りは手際等を見れば判りますからね。
勿論、実力者やベテランを配していますとも。
──で、ボディチェック等が終わり、移動するのを見計らって俺達は登場する訳です。
ええ、唐突な故に周瑜達の素の表情を窺えました。
「初めまして、私が啄郡・漁陽郡・広陽郡を治める太守を務めます徐子瓏です、どうぞ宜しく」
「──っ…まさか、御自ら御出迎え頂くとは…
その御厚意に感謝致します
私が楽浪郡の太守を務めます周公瑾です」
先制攻撃、ではないんだけど。
取り敢えず、周瑜達に軽い動揺は与えられたな。
周瑜の見た目は“原作”の彼女を若く──幼くした様な感じだと言えば判り易いだろうか。
まだまだ風格という点では青臭い感じだ。
しかし、その才器の片鱗は既に眼光に宿る。
動揺を自覚し、油断に気付き、警戒心を高める。
それを即座に出来るのだから、やはり怖い女性だ。
──とは言え、その容姿は既に原作に近い。
まだ匂い立つ程の色香は無いし、原作とは違い服は露出度が格段に低いから刺激的でもない。
しかし、体型を隠そうとする服装の上からでも判る十分過ぎる実り具合は決して青い果実ではない。
勿論、まだまだ熟れてもいないのだが。
美味しそうな事だけは俺が保証致します!。
「後の話は腰を下ろしてからにしましょう
その前に──其方等の女性、ええ、貴女です」
周瑜に同行して来ている侍女の一人に視線を向け、彼女が軽く身震いをしてから、自分を指差したので肯定する様に笑顔を浮かべる。
本人も、周瑜も、他の面々も、緊張を高める。
その辺りの経験値の足りなさが未熟な証拠。
尤も、それは逆に言えば成長の余地が有る訳で。
つまりは伸び代な訳なんですよね。
いや~、本当に将来が楽しみです。
──で、指名された侍女は息を飲み、一歩前に。
その場で受け答えをする、という真似はしない。
その辺りは緊張しながらも徹底出来ている様です。
「な、何で御座いましょうか?」
「いえ、大した事では有りませんよ
貴女の髪の中の物を渡して頂けますか?」
『────っ!!!???』
心底驚いたのだろう、周瑜達は目を見開いた。
当然と言えば当然だが、女性が髪を長く伸ばす事は世間一般では贅沢な事だとされている。
その理由は単純で、長髪は手入れ等が大変な為。
それ故に市井の女性は長くても肩に掛かる程度。
所謂、ロングヘアーな女性は極一部に限られる。
その中でも例外的な存在が主君に近い侍女。
男社会だからこその、ある種のステータス。
要するに「宅の侍女の髪は美しいだろ?」と他者に見せびらかす事で財力を示す訳だ。
勿論、単に長髪なだけでなく、選ばれた女性で。
それは言わば、男達の公然の愛妾とも言える。
その為、女性からすれば玉の輿な訳だ。
だから、嫌がる女性というのは少ない。
因みに、宅の場合は基本的に自由です。
華琳達は殆んどが伸ばしていますけどね。
侍女達の本音は「長い髪?、仕事の邪魔です」だ。
まあ、御洒落で髪を伸ばして維持する手間と費用を考えれば当然の意見なんですけどね。
宅の場合、俺が妻達以外に手を出さないというのが知れ渡っているというのも一因だったりします。
──で、女性当主の周瑜の侍女に一人だけ髪の長い侍女が混じっていたら、それは怪しみますって。
原作の曹操じゃないですが、百合の可能性を。
いや、それは冗談ですよ、曹操ジョークです。
宅は女所帯ですからね、結構当たり前なんですよ。
伸ばした髪を束ねたり結ったりした中に隠すのは。
万が一の場合に備えての最低限の装備です。
勿論、閨では有りませんけどね。
日常的に、街を歩く時などでも忍ばせています。
髪型の維持に使う“形代”を兼ねますので。
ただまあ、一般的では有りませんけど。
普通の侍女の女性が小刀等を忍ばせている事なんて先ず有り得ませんからね。
基本的に彼女達には必要の無い事ですから。
だからこそ、周瑜達は驚いている訳ですけど。
「初めての、それも新興勢力の懐に飛び込む以上、万が一に備える事は当然でしょう
しかし、だからこそ自らが示す事が必要では?
それでも「信用が出来無い」と仰有るのであれば、どうぞ、御引き取り下さい
此方等としては御帰り頂いても構いませんので」
「…っ……失礼致しました、幼平」
「…っ…は、はい…畏まりました」
周瑜に言われた侍女──に扮している周幼平が己の纏めた髪の中に仕込んだ小刀を取り出し、側に居る宅の侍女へと手渡した。
流石に剥き身ではなく、髪を傷付けない様に布地で包んでから仕込んで有った。
ただ、それは美的な意味ではない。
刃で髪が切れて、落ちてしまえば疑われる為。
尤も、バッサリと行けば、だろうけどね。
普通なら、数本抜けても気付かないし、世話をする侍女達だって「抜け毛が多いですね」と思う程度。
そういう意味でも有効な手段なんですよ。
…ん?、「周瑜と周泰の関係は?」って?。
ああ、彼女達は異母姉妹なんですよ。
周瑜は正室の娘、周泰は側室──ではなく、父親が手を出して孕ませた一般人の女性が産んだ娘。
その為、周家内の身分で言えば物凄く低い。
その母親が周泰が五歳の時、病で亡くなるのだが、亡くなる前に父親に関して聞かされて、頼る。
当初は門前払いされ掛けたが、周瑜の母親が助け、夫を叱責した後、娘として引き取らせた。
その後は周瑜と姉妹同然に育てられ、成長。
武才が有った事から自ら敬愛する姉を守護する道を選んで裏方に回る様になったらしい。
本当、美しき姉妹愛ですよね。
…え?、「何で其処まで詳しいんだ?」と?。
“人の口に戸は建てられぬ”ですよ。
情報収集の方法は一つだけとは限りません。
そして、周家が一枚岩という訳でもないので。
切り口は意外と有るものです。
そんな周泰は周瑜と似ているので身内だろう事は、一目見れば大抵の者なら気付きます。
まあ、表立って名を出してはいませんけどね。
因みに、周泰は三つ下で現在十三歳。
亞莎と同い年なのが偶然か因果かは判りませんが、仲良く慣れるのは確かでしょうね。
周泰の髪を宅の侍女が整え終えた所で、周瑜が一歩前に出てから深々と頭を下げる。
自身の不手際への謝罪の意味も有る。
だが、本心を言えば「潰す訳にはいかない」だな。
この会談は宅よりも周瑜達にこそ重要な事。
だから、何としてでも成功させたい訳だ。
「御慧眼、恐れいたしました…
そして、此方等から望んだ会談で有りながら貴男を疑う様な真似をしてしまい、申し訳御座いません」
「気にしてはいませんよ
先程も言った通り、理解は出来ますからね
不安や懸念というのは己の内から生じる物ですが、そうさせる要因は常に己の外に有るもの…
故に完全に無くす事は不可能に近いのですから」
「そう言って頂ける事は有難いのですが…
やはり、此方等の無礼である事には変わりません」
「まあ、そう言われては否定は出来ませんが…
しかし、そういう意味で言えば、私達の間の信頼を確かな物とする術は一つしか有りませんね」
「…その術とは?」
「まあ、単純な話ですよ
私と貴女、二人だけで、産まれたままの姿で、深く理解し合う、というだけの事です」
「────なっ!?、っ!、し、失礼致しました…」
「いえいえ、今のも当然の反応ですからね
そう気にされる事では有りませんよ」
そう言って苦笑して見せる。
別に周瑜達を揶揄っている訳ではない。
本当に、それが一番確実で、手っ取り早いだけ。
別に華琳に毒されている訳ではない。
俺は伝染し増殖する腐女子ではないのだから。
尚、俺は「趣味・嗜好は個人の自由」派です。
少なくとも、他人に理解を求めたりしないで自分で楽しんでるだけなら、何ら無害な訳ですから。
腐教しなければ、気にしません。
勿論、俺自身がネタにされたら全力で潰しますが。
いや、そんな事は兎も角として。
訊かれたから答えたが、世が世ならセクハラだし、パワハラだし、モラハラだと言えるでしょう。
そういう概念が薄い──無いに等しい社会だから、問題に為らないというだけなんで。
「…成る程、確かに他には思い付きませんね」
「“時間を掛ければ”等の条件が前提に有るなら、他に無いという訳では有りませんけどね
“手っ取り早く”となると難しいですから」
「………もしも…飽く迄も仮の話ですが──」
「貴女が心から望むのなら、俺に否は無い」
「────っ!?」
その思考を見透かす様に先に返答をする。
序でに、公的な顔ではなく、素顔を垣間見せる。
全てを聞かずとも周瑜の言いたい事の察しは付く。
男社会である以上、周瑜も結婚する必要は有る。
仮に養子に継がす場合、余程の才器の者でなければ付け入れられ、崩されてしまうだろう。
周泰に結婚し子供を産ませ、養子にすれば無縁より増しではあるが、それでも穴が無い訳ではない。
それだけ“直系の血筋”というのは重視される。
特に周瑜の様に自己の才器で女性当主になったなら次代への継承は自分が当主に就く以上の至難。
だから、俺という夫を得て、子を成す。
それは打算的ではあるが、周瑜自身の道を歩む上で大きな利であるからこその話。
仮に楽浪郡の太守の座を俺に渡しても次代は周瑜が産む子供が引き継ぎ、周家に委ねられる。
それは白蓮達との関係を知らずとも判る事。
何しろ、あの董家から縁談を持ち掛け、太守の座を引き渡した相手が俺なんだからな。
女性政治家である者からすれば、青天の霹靂。
だが、同時に件の人物の価値は一気に上がる。
それを自ら確かめる為の会談であり。
そして、今の遣り取りだ。
周瑜から見れば、俺は優良物件だろう。
“垂涎の的”とまでは言わないが。
伴侶という観点で評価すれば、悪くはない筈だ。
勿論、飽く迄も客観的に見ての意見だからね。
周瑜の好みではないかもしれない。
その辺りを考慮しての俺の発言だったりする。
「さてと、何時までも此処で立ち話をしているのも変ですからね、行きましょうか」
「…っ…え、ええ…そうですね」
想像を超えた、意表を突いた答えだったからか。
周瑜は茫然としていたが、我に返った様で顔を赤く染めながら応じ、小さく咳払いをしていた。
背を向け、会談の為に用意した部屋へ。
その際に、咲夜からは「また…サラッと…」という実感の籠った批難…ではないが、視線を頂いた。
言いたい事は判るが、気にはしません。
今から集中しないといけないんですからね。
此処でテンションを自分から下げる様な愚かな真似なんて致しませんよ、ハッハッハッ。
…しかし、照れた周瑜さん、半端無ぇっす。
純愛補正がヤバいね、マジで。