舞う唄
周瑜からの書状に対し、承諾する返事を出す。
その使者として秋蘭を出し、亞莎を付ける。
実際に直に外交の場の雰囲気を経験しておいた方が後々抜擢したりしても動揺が小さくて済む…筈。
まあ、俺以外となら普通に会話も出来てるしね。
…うん、泣いてないもん、尿漏れだもん。
──という戯れ言は置いといて。
将来に向けた下地造りは勿論だが、彼女の現時点の観察力を実戦で確かめてみる為だ。
表向きには秋蘭が主体だから、周瑜達の目や意識も秋蘭に向くだろうから、丁度良いしな。
それに、その状況で亞莎を意識するのなら、それは文句無しで将来の重臣候補という事だからね。
まあ、つまりは此方に損する所は無い訳ですよ。
そんな感じで最初の遣り取りし、調整は終了。
会談は二ヶ月後、広陽郡は昌平県の旧・官吏屋敷を改装した特設会場にて行う事に。
董家の屋敷だと“俺を見せる”訳じゃないないから意味が無いんで仕方が有りません。
──とは言え、漁陽郡・啄郡にまで入らせる状況は相手を舐め過ぎている様なもの。
此方等の領地だが、いざという時に素早く対処可能という点でも唯一隣接している広陽郡が最適だ。
…ただ、これで楽浪郡まで獲るとなると、領地的に幽州を中央で東西に分断する格好になる。
それはつまり、周囲の郡と敵対関係に為った場合、彼方等此方等から攻め込まれる危険性が有る訳で。
俺が楽が出来る日は遠そうだと言う事です。
周瑜からの書状が届き、準備等で時は経ち。
現在、白蓮達は妊娠七ヶ月程。
その為、今回の会談には不参加というのは当然。
周瑜が白蓮達に手を出すとは思いませんが。
まあ、念の為です、念の為。
「此処で周瑜と対面するって事、どう思う訳?」
「能力、という意味では“原作”より下回っているという印象は現時点は感じないな
寧ろ、潜在能力を感じるからな
そういう意味では即戦力には拘らない
──が、周瑜だけは別だな
だから、獲ったら直ぐに一人目を考える」
「…早い方が彼女も動き易くなる、という事ね」
同じ知識を共有している咲夜とだからこその会話。
勿論、きっちりと周瑜の事は調べ上げさせている。
所詮、原作は参考資料でしかないですから。
鵜呑みにしたり、信用したりはしていません。
ええ、華琳に逢った瞬間から、超御都合主義展開は捨て去っていますから。
それは兎も角として。
周瑜は現在十八歳。
俺より二つ歳上なんですが、未婚です。
女性の地位が低いとは言え、周家は名家です。
当然ながら、その影響力というのは小さくはなく、その女性当主に実力で就いたのが周瑜。
極端な話をすれば、月や穏とは似て非なる立場。
白蓮に近いとも言えますが、邪魔者を排除した上で周瑜は当主の座を勝ち取っている訳でして。
はっきり言って、その辺りが段違いな訳です。
「そう言えば、こういう形で嫁候補者と逢うのって今回が初めてになるんじゃないかしら?」
「あー……まあ、そう言えば、そうだな」
何気無く咲夜が言った一言に記憶の糸を手繰る。
華琳達は言わずもがな、始まりが家族としてだ。
白蓮は俺の方からだし、月とは過去に縁絲が立ち、それが未来を確定したと言えるだろう。
穏・春蘭・秋蘭の時は白蓮が中心に居た騒動だし、璃々・紫苑・祭にしても似た様なもの。
雛里の時には俺が中心に成ってはいたが、内容的に分類するなら“巻き込まれ型”だと言える。
だから、今回の様に盤を挟んで座り、大局する様に静かに遣り合う、というのは初めての事。
それだけに俺自身、少し高揚しているのも確か。
何しろ、その相手は原作キャラの軍師の中で言えば個人的には最強と評価する“美周嬢”周公瑾だから仕方が無いだろう。
雛里や諸葛亮、他の面子も確かに凄いのだが。
やはり、実戦で遣り合うと考えたなら、一番怖くて厄介だと思うのは周瑜だと思う。
他の面子とは違い、彼女には穴が見えない。
呉ルートでは病に倒れながらも策を成し切った。
その印象が強過ぎるのも一因なのかもしれないが。
決して下に見て油断していい相手ではない。
「だけど、孫家とは無関係な彼女は未知数よね…
はっきり言って、握る手綱が無い分、彼女は本来の能力を思う存分、振るえるのだから」
「一ファンとしては、キャラ的には寂しいけど…
見てみたいと思った可能性の一つでは有るな」
「ふ~ん…それじゃあ、“軍師・曹操”は?」
「主君という御輿の扱い方が巧過ぎて笑えないな
──と言うか、大人しく御輿を担ぎ続けられる程、冷徹には為れないだろうけどな、彼女は」
「………貴男って本当に白蓮押しな訳?」
「…は?、急に何なんだよ、今更…」
「だって、他の面子に関しても深く見てるもの
普通、そういうのって押しの娘だけでしょ?」
「あー…成る程な、そういう意味でか…」
「他にどういう意味が有るのよ」
「まあ、単純に皆好きなんだよ、キャラとしては」
そう、“キャラクターとしては”好きだ。
ただ、彼女達が現実の人間になると話は違う。
勿論、実際の皆は原作の個性を持った別人だが。
華琳と曹操は似て非なる存在だ。
あんなブラコンな曹操は二次創作にしか居ない。
……いやまあ、確かに現実に居るんですけどね。
いやいや、それはそれとして。
俺は華琳を“原作の曹操”とは思ってはいない。
勿論、才能や性格に通じる所が有るのは否めない。
しかし、それだけの話でしかない。
だから、決して同じだとは考えてはいない。
「…ただ、色々と考える時間だけは有ったからな
彼女達が何を考え、望み、歩んだのか…
それを自分なりに解釈しようとしただけだ
その中で、色んな見方・捉え方をした…
そんな妄想の産物でしかないんだけどな」
「……っ……だから、惹かれるのよ、ばかっ……」
照れながらも嫉妬する様に呟いた咲夜。
聞こえていますが、反応は致しません。
此処で反応しようものなら、会談に障ります。
だからまあ、抱き寄せて頭を撫でるに留めます。
それ以上は危険です。
ええ、妻達の中で№1の双主砲が火を噴きます。
だからね、咲夜さんや、押し付けるのは反則です。
…え?、「一回する位の時間は有るでしょ?」?、いやまあ、確かに有りますけど──って、あっ!?、ちょっ、待っ、わ、判ったから!。
──という事が有りましたが、間に合いました。
後始末等も有るんだから二回戦は駄目なのに。
…強請られると弱いんですよね、俺って。
「御兄様、襟が曲がっています」
「ん?、何処だ?」
「此方等です……はい、直りました」
「有難うな、華琳」
「いえ、妹として、妻として当然の事ですから」
「……妹って関係有るの?」
「「──え?」」
服装の乱れを直してくれた華琳に御礼を言ったら、華琳の発言を聞いた咲夜が何気無く訊く。
その一言に俺も華琳も首を傾げ、御互いを見合う。
……うむ、今日も可愛いな、我が愛妹よ。
「今日も素敵です、御兄様」と華琳が微笑む。
はっはっはっ、そうかそうか、可愛い奴め。
──いやいや、待て待て、ちょっと待て、俺。
冷静になれ、そう冷静になるんだ。
華琳は「妹として、妻として」と言った訳だけど、確かに咲夜の言う様に“妹として”は関係無い。
“妻として”、というのは可笑しくはない。
………いや、自兄に身嗜みを整えて貰いたいという気持ちは妹ではなくても、少なからず有るよね?。
だったら、可笑しくはないな。
「まあ、言いたい事は貴男の顔を見てれば判るわ
でもね?、以前だったら兎も角、華琳は妻よね?」
「ああ、俺の愛する妻だな」
「も、もぉ…御兄様っ…」
「はいはい、一々照れないの
妻に成っている今、妹としては必要無いでしょ?」
「それは……………いや、それは違う、違うぞ
兄にとって、妹は何時までも妹だ
確かに俺と華琳は血縁関係は無い義理の兄妹だ
だからこそ恋人に、夫婦に成れた訳だ
しかし!、それはそれ、これはこれだ!
兄と妹の絆は決して失われる訳ではない!」
「そうです、永遠に不滅です!」
「………で、その本音は?」
「…………妻としてだけって恥ずかしいじゃない」
「兄と妹、夫と妻、一人で二度美味しい」
「……はぁ~…」
華琳と俺の返答に咲夜が深い溜め息を吐く。
華琳に関しては嘘は言ってはいない。
それが真実であると誰よりも知っているからな!。
ただまあ、俺の方は誤魔化していますが。
いや、誤魔化すにしても最低な発言ですけどね。
それで「最っ低ー…」ってならないのは人望。
──ではなく、夫婦としての絆、理解の差です。
勿論、そういう部分が無い訳では有りませんしね。
それも含めて、御理解を頂けている訳です。
夫として、妻に恵まれていますよね、本当に。
………え?、「それで本音は?」ですか?。
言う訳無いでしょ、妻にも言わないんですから。
墓場まで持って逝く覚悟──は有りませんが。
「──にしても、“着られてる”感が半端無いな…
もう少し着慣れた服装の方が自然じゃないか?」
「何言ってるんですか…駄目に決まってます、忍
──と言うか、普段から正装し慣れていないから、こういう時に困るんです
全く…ほら、先程の遣り取りで髪が乱れてますよ」
呆れて説教する様に言いながらも乱れたらしい髪を右腕を伸ばして直してくれる愛紗。
こういう時の正統派幼馴染み力は凄まじいね。
そして然り気無く正面から抱き付く様な格好にして自慢の武器を押し合てていますから。
ええ、口には出していませんがバレバレですか。
そうですか…会談が終わったら頑張ります。
「期待していますからね?」
「御兄様、勿論、私もですよね?」
「…わ、私も…良いわよね?」
「………フッ…愚問だな、俺に任せておけ」
そう言うと三人が嬉しそうに照れ笑いを見せる。
ああもう、可愛いなっ、宅の嫁さん達はっ!。
──と言うかね、此処で逃げる選択肢は無いです。
そう、男にはね、例え敗ける可能性が有るにしても決して退けぬ闘いが有るんです。
まあ、敗けはしませんけどね。
それは兎も角、時間と明日以降の予定、精神力的な疲労感の都合上、三人までにしないとね。
これ以上増えたら明日以降に響きますからね。
まあ、その辺りを三人も理解してはいますからね。
自分達から増やして潰す真似はしないでしょう。
だから特に心配はしていません。
思考を切り替える様に着ている服を触る。
此処で愛紗を抱き締めたりしようものなら、会談を正面に迎える事は困難になるだろう。
そう、欲望とは人を容易く狂わせるのだから。
「この類いの正装が正装ではなくなる日が来る様に俺は幽州を獲り、新しい時代を拓く!」
「それよりは普段から着て慣れなさいよ
その方が建設的でしょ?」
「咲夜の言う通りです、忍は適当過ぎます」
「いやまあ、それはそうなんだけどね?
仕事の効率を考えると俺の身体に馴染んでる格好で仕事を遣ってる方が捗る訳でして…
華琳は判るよな?」
「はい、勿論です」
「ほらほら、だから俺は可笑しくないんです」
「…華琳、貴女の捗る格好は?」
「御兄様の膝の上で御兄様の愛を頂きながらです」
「スミマセンデシタ、私が間違っておりました…」
「むぅ……それなら遣る気一億倍なのに…」
華琳の一言で直ぐに自らの発言を訂正した俺。
それを残念そうな顔をして頬を膨らます華琳。
…嗚呼、本当に宅の愛妹は可愛くて癒しだな。
ただね、愛妹よ。
君の言う遣る気は何を指しているのかな?。
「勿論、御兄様の血を継ぐ子を成す事です」なんて言い出しそうだから訊きはしませんけど。
それ、仕事って言っちゃ駄目だからね?。
確かに必要な義務であり、責任なんだけど。
仕事っていう認識は止めようね?。
子供は夫婦の愛の結晶、実りなんだから。
──とか考えていたら扉がノックされました。
「──失礼致します、子瓏様
周瑜様達が御着きになられました」