青いトマト
昔々ある畑で、おじいさんとおばあさんがトマトを育てていました。そのおじいさんとおばあさんのトマト畑の中に一つ、それはそれは真っ青なトマトがありました。
「どうしてぼくは、みんなみたいに真っ赤になれないんだろう?」
畑の囲いの中で、青いトマトはとても悩んでいました。ちょうど季節は夏の暑い日で、畑いっぱいに実った周りの兄弟トマトたちは、みんな立派な赤に染まっていたのです。真っ赤な畑の中で、青いトマトはいつも一人だけ恥ずかしそうに身をちぢこまらせていました。
「やあやあ、これは美味しそうなトマトたちだ」
お兄さんトマトやお姉さんトマトたちは、今日もおじいさんとおばあさんに嬉しそうに収穫されていきます。みんなの誇らしげな姿を見て、青いトマトはいっそう恥ずかしくなって緑の葉っぱにその身を隠しました。みんながみんな真っ赤に染まっているのに、自分だけ、まるで食べられないもののように青いままでいることが、嫌で嫌で仕方がなかったのです。
「これでトマトは全部かな」
真っ赤なトマトを一通り収穫していくと、おじいさんとおばあさんはカゴを抱えて家に帰って行ってしまいました。今日も畑に取り残されてしまった青いトマトは、寂しくなってひとりで泣きました。
「ぼくがいけないんだ。おじいさんとおばあさんがぼくを食べてくれないのは、きっとぼくが青いままだからなんだ」
もっと赤くなりたい。赤くなって、誰かに食べてもらいたい。そう言って、青いトマトは畑で毎晩泣きはらしました。
ある日のこと、青い空のかなたから、赤いカラスがトマトの泣き声を聞きつけてやってきました。青いトマトは赤いカラスにお願いしてみることにしました。
「カラスさんカラスさん。お願いです、あなたの赤をぼくに分けてくれませんか?」
「あら、おかしいわね。ここから美味しそうなトマトの泣き声が聞こえたのだけど……」
「カラスさん、ぼくはここです」
はじめ、青いトマトはその身が真っ青だったので、緑の葉っぱに隠れてカラスに気付かれませんでした。葉っぱの影からそうっと顔をのぞかせると、赤いカラスは驚いたように鳴き声をあげました。
「あらまあ、こんなところにトマトが隠れていたのね」
「カラスさん。あなたはきっと頭がいいから、ぼくを真っ赤にする方法も知っているんじゃありませんか?」
期待をこめて、青いトマトはじっと赤いカラスを見つめました。赤いカラスはちっちゃなトマトを目にすると、やがて笑い始めました。
「何かと思えば、そんなことは私は知らないわ」
「でも……他のカラスは黒いのに、あなたは真っ赤じゃないですか。一体どうやって赤くなったんですか?」
「分からないわ。私は生まれつき赤色なのよ。それにしても、あなたよく私がカラスだって分かったわね?」
「だって、お空から飛んできたから……。それにその顔、その体つき……どこからどう見ても、あなたはカラスじゃありませんか」
「ふぅん……。私、何だか気分が変わっちゃったわ。あなたを食べるのは、また今度にしてあげる」
そう言って、赤いカラスは飛んで行ってしまいました。トマトはがっかりしてしまいました。きっと僕が青いままだから、カラスでも僕を食べてくれないんだ……そう思って、やっぱりトマトは泣きました。
次の日、泣き声を聞きつけた赤い青虫が、茎を伝って青いトマトのそばにやってきました。
「変じゃな、どこからか泣き声が聞こえるのう」
「青虫さん青虫さん、ぼくはここです」
葉っぱから顔を覗かせて、トマトは青虫にお願いしました。
「青虫さん、あなたのその赤色を、ぼくに分けてくれませんか」
「これはこれは、小さなトマトさん。あなたこそ、立派な青色をしていらっしゃる」
青虫はトマトの姿を見つけると、うらやましそうに声をあげました。
「ワシの方こそ、色を交換してほしいものですな。見てくださいよ、この体! 青虫なのに赤色だなんて!でも残念ながら、そんな話は聞いたこともない」
「やっぱりダメですか」
トマトはがっくりうなだれました。
「まあまあ、落ち込みなさんな。ワシだって昔は自分の赤色が嫌で嫌でしょうがなかったのだけれど」
赤い青虫は笑って言いました。
「最近じゃ、この色のおかげでカラスに食べられずに済んどるんじゃと思うようにしておりますよ」
「でも……ぼくは畑のトマトです。赤くなって、みんなに食べてもらうためになっているんです」
顔を上げない青いトマトに、赤い青虫は優しく声をかけました。
「ところでお若いトマトさん。どうして私が青虫だと分かったのですかな?」
「え?」
トマトはキョトンとしてしまいました。
「だってその顔、その体つき……どこからどう見ても、あなたは青虫じゃありませんか」
「これはこれは嬉しいことを言ってくれる。ワシはこの通り赤色じゃから、たまにミミズか何かとよく間違えられるのじゃが……」
色じゃないんじゃなあ、と嬉しそうに、赤い青虫は去って行きました。トマトはがっかりしてしまいました。青虫でもぼくを食べてくれないんだ……そう思って、やっぱりトマトは泣きました。
その晩、トマトの泣き声は、お日さまが顔を覗かせるまで続きました。
いろいろ考えてみたけれど、どうしても、ぼくは赤くなれそうもない。
赤くないトマトなんて、誰も食べちゃくれない。僕はきっとトマト失格なんだ。
いったんそう思うと、もうどうしようもなくそう思えてきて、青いトマトの涙は止まりませんでした。
次の日、青いトマトが目を覚ますと、畑に小さな女の子がやってきていました。おじいさんとおばあさんのおまごさんが、お休みになって遊びに来ていたのです。赤いおさげの女の子は、しばらく赤い青虫を突いたり、赤いカラスを追い回したりして遊んでいました。
やがて女の子はトマトの植わったところまでやってきました。青いトマトは慌てて葉っぱの裏に隠れました。もしこんな真っ青な姿を見られたら、きっと笑われるに違いない。そう思っていたのです。
「まあ、見ておばあちゃん!」
そしてやっぱり、女の子は青いトマトを見つけると、目をまん丸にして大きな声をあげました。
「こんなに小さな、青いトマトがあるわ!」
「あらまあ、本当だねえ」
呼ばれたおばあさんは女の子の指差す方を見つめると、めずらしそうに目を細めました。2人に見つめられ、青いトマトは今にも泣き出しそうなくらい、ガタガタ震え出してしまいました。
「こんなところになっていたのかい。全然気がつかなかったよ」
「おばあちゃん、トマトって赤いんじゃないの? 昨日の晩ご飯のトマトは赤かったよ?」
「恥ずかしがり屋のトマトは、青くもなるんだよ」
「へえ……私と同じだね!」
女の子はその青い瞳でじっとトマトを見つめました。
「とってもキレイな青色なのね、トマトさん」
そう言って、女の子はトマトの青い体を優しくなでてくれました。思っていた以上に優しくされて、青いトマトはびっくりしてしまいました。今の今まで、トマトはみんなと違う自分の青が嫌で嫌でたまらなかったのです。それなのに、その青色がキレイだなんて……。そんなことは、今まで一度も考えたことがありませんでした。
それに、女の子は自分のことを「トマト」と呼んでくれました。トマトと言えばみんな赤色なのに、こんな小ぶりの、青いままの自分を「トマト」だと言って見つけてくれました。青いトマトは嬉しいやら恥ずかしいやら、そのほおを紅く染めました。
「まあ、かわいい!」
おさげの女の子は嬉しそうにほほえみました。青いトマトはなんだか照れくさくって、そのうち顔中を紅くしてしまいました。
「また来るからね!」
まぶしいくらいの笑顔でそう声をかけられ、青いトマトはしばらくぼーっと、その後ろ姿をながめていました。
「お前さん、何紅くなっとるんじゃ」
それを見ていた赤い青虫が、ニヤニヤしながら紅くなったトマトに声をかけました。
「ち、違うよ! ぼく、紅くなんかなってない! 赤くなんか、ならなくたっていい!」
慌てて首をふる小さなトマトの姿に、畑のみんなは大きな声で笑いました。
それから青いトマトが青いままだったのか、それとも赤くなることができたのか、それは分かりません。ただ、畑から夜な夜な泣き声が聞こえることは、なかったということです。おしまい。