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14話 眠れる城のファット姫(一)

 眠れる森の美女 = 超技術によってコールドスリープした姫。都合よく通りかかった

           王子に助けられる。


  白雪姫    = 何度も騙された挙句に毒リンゴを食べて仮死状態に陥った姫。都

           合よく通りかかった王子に助けられる。


   王子    = 色々と便利な人(物語的な意味で)。

 俺は扉の前でしばらく時間を潰してから一人で部屋に戻る。

 姫はジエリの行方を尋ねた。


「大きい方かもしれませんね。余計な詮索は止めときましょうか」


 姫は俺の直接的な表現に絶句した。それから咳払いを一つして、気を取り直す。


「お前たちは仲が良いのだな」

「それほど良くはありません。あいつと一緒にいると頭がおかしくなるか悪くなるか、よくても頭にくるだけなので、なるべく深く付き合わないようにしていますので」

「賑やかそうな御仁であるからな。扉の前で何やら喚いていたようだし」


 まさか内容まで聞かれていないだろうな。


「確かに賑やかですが、そういう意味ではありません。彼女はちょっと、私たちとはズレた存在なので。その辺を深く考えるのは面倒ですからね」

「訳ありなのじゃな」


 俺は肩をすくめた。


「良くも悪くも素直な奴ですよ。それに相談屋をやっていくには彼女は必要不可欠です。余計な口出しはせずに、空気みたいにしていれば最高なんですけど」

「空気とはつまり、そばにいるのが当たり前なのだろう。そういう相手とめぐり合えるとは羨ましいな」


 姫は脂肪に埋もれて糸のように細くなった目元を緩め、憧憬と憐憫が入り混じった複雑な表情を浮かべた。


「姫にだっていますよ、ちゃんとね」

「気休めはよせ」


 途端に姫は不機嫌になって、体をタプンと揺らして横を向いた。

 気休めではなかった。

 俺は姫の背後にある小さな窓の向こうにコソコソ隠れ、空気を装ってこちらをチラチラと窺っている人影を認めていた。


「じゃあ、試してみましょうか」


 多少、意地の悪い提案だとは思いつつも俺は切り出した。姫に近づいて小声で、その方法を教える。

 それを聞くなり姫は怪訝そうに眉をひそめた。


「そんなことをすれば、城の者たちが殺到するぞ」


 姫は声を潜めて言った。


「適度な声量でお願いします」

「難しい注文じゃな」


 俺と姫は向かい合い、俺は彼女の肩に両手を乗せて頷く。

 姫も頷き返し、静かに息を吸う。


「何をする、この()れ者め!」


 姫は要求したとおり、部屋の外には漏れない程度で、しかし窓のそばにいる相手には届く大きさで叫んだ。

 反応はすぐにあった。

 競泳選手顔負けの、両手を前にしてプールにでも飛び込むような綺麗なフォームで、男が窓から部屋に入ってきた。

 彼は床で軽やかに一回転して着地すると同時に剣を引き抜いた。


「今すぐ姫様から離れろ」


 男は俺の眼前に剣先を突き付けて凄んだ。

 俺は素直に姫から手を離して引き下がる。


「冗談ですよ、顧問官殿」


 俺はにこやかに応じたが、このまま切り伏せられかねないと思わせるほど、鬼気迫るものが顧問官にはあった。

 一瞬で体中のありったけの水分が、冷や汗となって毛穴から噴出する。


 その時、勢いよく扉が開いた。そして、ジエリが顧問官に勝るとも劣らない迫力で走り込んで来た。

 助かった。

 ジエリが助けに来たのだ。


 そう思ったのも束の間、彼女は俺の襟首を掴んで持ち上げた。物凄い力で、だ。

 足が床から離れ、体が浮き上がる。ついでに首も絞まる。


「このデブ専のエロガキが! 死んでしまえ!」


 ジエリが唾を飛ばしながら怒鳴った。

 俺の顔は彼女の唾まみれになる。

 もっとも、それを気にしている余裕もなかった。

 息ができない。もがきながらも、襟首を掴むジエリの手を外そうと試みたがビクともしない。鋼鉄でできているのか、この女の腕は。


 空気が欲しい。

 新鮮な空気が。


 俺の意識が遠退き始めた。

 何やら言い争いの声が薄れゆく意識に響く。

 こことは違う、もっと別な世界に旅立つ寸前に誤解は解けた。姫が必死になって説得してくれたのだ。

 俺はようやく解放されて地面に倒れ込んだ。


「どうして早く言ってくれないんですか」


 ジエリが悪びれなく、むしろ俺を非難するように言いながら手を差し出してきた。

 言う暇がなかっただろ、と思いながら彼女の手を取って立ち上がる。


「姫様の意中の相手はあの人ですよ」


 俺を介抱しつつ、ジエリがささやく。

 彼女の視線は、いまだに納得していない様子で剣を携えたままの顧問官に向けられる。


「よくやった。それで頼んだ物は?」

「ありゃ」


 キョロキョロとジエリが挙動不審に辺りを探る。「あった、あった」と扉の前に落ちている杖と黒いローブを見つけて拾い上げ、俺に渡した。


「食い物は」

「ローブの中ですよ」


 俺はローブをまさぐってリンゴを探り当てる。真っ赤で艶やかなリンゴだ。

 結構。

 これで準備は整った。


 湿っぽい上にカビ臭いローブに袖を通してフードを目深にかぶり、右手にリンゴ、左手には杖を持つ。

 姫に向き直って、可能な限り真剣に、そして芝居がかった口調で語りかける。


「わたくしは本当は魔法使いなのです。これから殿下に魔法をかけます」

「正体を現したな」


 再び顧問官が剣を突きつけてきた。

 俺はもう驚きも肝を冷やしもしなかった。ただ、少しばかりウンザリしただけである。


「黙れ!」俺は鋭く言い放ち、杖を顧問官に向ける。「さもなくば姫をこの場で呪い殺してしまうぞ」


 顧問官は動かなかった。動けなかったのかもしれない。

 俺は、ゆっくりとリンゴを持ち上げて姫に手渡す。


「貴方がこのリンゴを食べれば、すべて解決します。心配はありません。さあ、お食べなさい」






「帝国の刺客だ!」


 顧問官の悲鳴にも似た怒号が城中に響き渡った。


「姫に毒を盛って逃げたぞ。黒いローブの男だ。捕らえろ」


 帝国の刺客とは、つまりは俺のことである。ついでにジエリだ。

 俺は黒いローブを翻しながら素早く城を抜け出す。そして城門を目指して走った。

 城の兵士たちの動きは、この突然の騒ぎでも迅速だった。城門を封鎖し、槍を片手に城と城門を繋ぐ道の半ばで、俺たちを包囲した。


 訓練中だったのだろうか、鍛え抜かれた上半身裸の男たち。彼らに囲まれては絶体絶命。逃げ出す余地はない。

 ジエリがいなかればだが。

 兵士たちが水平に構えた槍の穂先の中心で、俺は杖を高々と掲げる。


「愚かな蛆虫どもよ」と俺は大声で言った。「わが帝国に歯向かう愚かな蛆虫どもよ。姫はわが秘術により、永久に覚めぬ眠りに落ちた。歳もとらず、死ぬこともできずに眠り続けるだろう。姫に近づく者には死が、決して逃れることのできぬ死が訪れるであろう。死と眠りの権化に成り果てた姫君を観望し、おのれの愚行を思い出すがいい。そして、わが帝国の力の前に膝を折り、貴様らの卑小な魂の救済を願うがいい」


 言い終えると同時に、俺の背後の空間が裂けて穴が開く。この異世界と俺の世界を繋ぐ穴だ。

 ジエリに穴の向こう側から開かせたのだ。

 そして俺はそこに飛び込んで、この世界から文字通り姿を消した。

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