13話 ファットガールはお年頃
「ちょっと来てくれないか」
相談屋に顔を出した顧問官は開口一番で言った。
牢にでも放り込むつもりかな、と俺はとっさに思ったが、お供も連れていないし、顧問官が直々に罪人を引っ立てはしないだろうと考え直す。
「どうしてですか?」
「客だ。お前に客を紹介してやる」
ずいぶんと不遜な言い方だな。お客様は神様だとでも思っているのだろうか。
「それなら、その客とやらに、ここに来るように言って下さいよ。出張はしていませんから」
「来たくとも来られない客だっているだろう。そう遠いところではない」
「どこです?」
「城だ」
これは、どう考えるべきだろうか。俺は判断に迷った。城に召喚されるということは、それなりに信頼を得ていると喜ぶべきか。
それとも何かの罠か。顧問官の秘密を知っている俺を、後ろからナイフでグッサリ、なんて事態が起きない保証はない。
「私が守っているから大丈夫ですよ」
心の中を読んだように、ジエリが俺の耳元でささやいた。
お前まで村岡の真似をするのはやめてくれ。あんな奴は一人で十分、間に合っている。
しかし、ジエリがそう言うなら、多分、大丈夫だろう。
「その客って誰なんです?」
「来れば分かる」
顧問官は俺とジエリを連れて、丘の上に立つ城へと向かう。
門には二人の兵士が立っている。
彼が片手を上げるだけで、その兵士は恭しく脇へとずれて道を譲る。
本当に、こいつは偉いんだな。
こじんまりとした城の中は、想像以上に狭苦しかった。下手をすると、俺の家と大して変わらないくらいに。きっと壁が厚すぎるんだ。
廊下なんてものはない。部屋から部屋へと繋がる構造で、豪奢なシャンデリアも装飾もなく、梁の木造部分が所々覗いている。
アカデミー賞俳優の気分を少しは味わえるかと赤絨毯を期待したが、そんなものは当然、どこにも見当たらない。代わりに床に敷かれていたのは藁。
黄金色の藁だった。
連れて行かれた場所は城の奥の部屋で、顧問官がノックすると向こうから声がした。
「どうぞぉ」
その声を聞いて、俺が真っ先にイメージしたのは、声変わりもしていない新弟子の力士だ。ごっつぁんです、とでも言ってくれたら完璧である。
「失礼します、姫」
何だって?
俺は耳を疑った。
力士が姫だと。
もしかすると声が力士なだけかもしれない。麗しい姫がいるとは、最初に城を見た時から期待してはいなかったが、いくらなんでも姫が力士なはずはない。
でもやっぱり、部屋にいたのは力士だった。
寝台に横になっていた姫は「よいしょ」と声に出して起き上がる。さすがにフンドシはしていなかったが、染められてもいない原色のままの麻の長衣を着ていた。
金髪を左右でまとめた、いわゆるツインテールの彼女は顔がパンパンで血色がよく、頬はほんのりと赤く色づいている。
「私が先日、お話しした者たちです」
顧問官が俺の背中を押した。
「分かっていると思うが、解決できなければ牢屋行きだからな」
彼は俺に、そう言って釘を刺した。それから急に神妙になって「頼んだぞ」と付け加え、部屋を出て行った。
「顧問官から相談屋というものが開業したと聞いてのぉ。渡りに船とは、まさにこのこと。私は城から出るのは難儀であり、ご足労願った次第である」
異世界で渡りに船という言葉を聞くとは。ジエリの翻訳は、どこまで信用できるのか。てきとうな翻訳なのかもしれない
さて、ここは恭しく振舞って、片膝でもついてひざまずくべきだろうか。しかし、どうもそんな気分になれない。
ここはフランクにいこう。それで不敬を問われるなら、それまでのことだ。
すでに用意されていた椅子に俺とジエリは座る。
「それでは、さっそくですが、お悩みを拝聴させていただきましょうか」
姫はコクコクと頷く。二重ならぬ三重のアゴが揺れる。
「この度、わらわは結婚が決まったのだ。隣国の王子との」
「それはおめでとうございます」
「めでたいものか」
姫は吐き捨てた。
「理由をお伺いしましょう」
「わらわは、その王子と一度も会ったこともない。親同士が勝手に決めたのだ」
「つまりは結婚したくないと、姫はおっしゃるのですね」
そうじゃ、と姫が即座に応じた。
「姫のお歳は?」
「十五じゃ」
お年頃である。もっとも、その意味も、この世界では俺の世界と趣が異なるだろう。
思春期を迎えてすぐに結婚。しかも面識もない相手。恋愛の何たるかも知らずに嫁ぐのは嫌だろう。
悩むのも無理はない。
だがしかし、その悩みの相談相手に俺を選ぶとは、顧問官も存外に見る目がない。沢木相手ならどうでもいいが、姫の恋愛事情の相談相手として俺が相応しいとは思わない。
いつものように嘘話をでっち上げて煙に巻くには、おそらく、この問題はデリケートすぎる。
場合によっては国の存亡に関わる。
王族の結婚は政治の一種である。下手を打てば、無用な混乱を招きかねない。
「その王子様、もしかすると、すごい格好いいかも知れませんよ」
ジエリは明らかな気休めを言った。あるいは本気なのかもしれないが。
姫は納得しない。本人だって、それぐらいのことは考えただろう。
「嫌なのだ。とにかく嫌なのだ。見るといい、わらわの体を。ヤケ食いしたら、このざまだ。ドレスを着ることもできぬ」
ストレスからの暴飲暴食。それで太ってしまったのか。
哀れといえば哀れだが、誰だって好き放題に生きられるわけではない。
どうするべきか俺は悩んだ。姫を説得する方向で行くべきか、望みを叶える方向で行くべきか。相談屋の悩みを聞いてくれる相談屋が、どこかにいないだろうか。
「姫は分かっているんですね。本当は自分がどうするべきか」
姫は急に体が萎んだように小さくなって視線を落とした。
「分かっておる。わらわが嫁がねば、隣国との和平は進まぬ。帝国の野蛮人たちから、この国を守るには必要なことだと」
「帝国とやらは、そんなに野蛮なのですか」
俺はこの世界の情勢については、まったくの無知だった。知る気もなかったが、この相談内容に関わるようなら聞く必要がある。
「そんなことも知らぬのか」
姫は驚いて言った。
「ええ、何しろ遠方より来たばかりなので」
「帝国は征服した国の民を奴隷として使役し、その扱いは牛にも豚にも劣るほど。もし奴らに国を奪われれば、民の多くは五年と持たずに死ぬであろう」
怖い。
ブラック企業なんぞは相手にならない。
ということは、なおさら姫には結婚していただくしかない。
そう、姫自身が言ったように結婚するしかないのだ。
じゃあ、どうして俺に相談を持ちかけた?
「姫、貴方には意中の人がいるんですね」
俺は断言した。
姫は黙ったまま答えなかった。それは肯定したも同然だった。
「ちょっと小用を」
俺が立ち上がって姫にトイレの場所を聞くと、彼女は無言のまま俺の親指よりも太い人差し指で場所を示した。
「外に出て左ですね。では、ちょっと失礼します。お前も来い」
俺はジエリの首を後ろから掴んで、引きずるようにして部屋を出た。
ジエリが乱暴に俺の手を振り払う。
「あなたと連れションなんて嫌ですよ。そりゃもう絶対」
「俺だってそうだ。つか、トイレはどうでもいい。相談がある」
「えっ、私に相談ですか。わあ、初めてですね、それ。何でも言ってください」
ジエリは俺に頼られて、やけに嬉しそうだった。
「姫の好きな相手を探し出してくれ。五分以内にだ」
「はあ? なに馬鹿なことを言ってるんですか。無理ですよ、そんな短時間で。無理無理無理の絶対無理です」
物凄い勢いでかぶりを振るジエリ。ポニーテールがビタンビタンと彼女の顔を叩く。
「やって見せろ。じゃなきゃ、この世界は奴隷を使うようなヤバイ国に支配されて、とんでもなくロクデモない世界になっちまうんだぞ」
「脅迫ですか、それ。もう、分かりましたよ。やります、やればいいんでしょ。本当にもう」
「ついでにリンゴでもナシでもミカンでも、何でもいいから手ごろな食い物を持ってきてくれ。それから杖とローブだ」
「はいはい、分かりました。私は使い走りじゃないってのに」
拗ねた様子でジエリは言い、壁に円を描き、作り出したワームホールとも言うべき穴に体を滑り込ませて消えた。
一人になった俺は、ため息を吐く。
今回は上手く行く自信がないな。
実を言えば、ジエリに姫が好きな相手を探し出せると期待してはいなかった。もう、その相手は想像がついていた。
ただ確証が欲しい。
姫が抱えるアンビバレンスをどうにかするには、そいつに頼るしかないのだ。