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交換千文字企画2『泥棒と蝶』―雪野真白様と

*縛り*【起・転】トネリコ 【承・結】雪野真白 様

・各話に妖怪最低一匹

・千文字以内(空白抜き)

・三つ互いに送った鍵言葉を入れる

【起】川・蝶・泥棒【承】キノコ・手・甘

【転】黄金こがね・涙・道 【結】白・終・宝

 

 

 

 昔々ある所に、一人の泥棒がおりました。

 泥棒が貰った名前はありません。物心ついた時から盗みをしておりましたので、いつも呼ばれる初めて覚えた言葉が泥棒にとっての名前だと、泥棒は思いました。

 どろぼうだ はいつも一人でした。

 ですがそれが普通でしたので何も思いませんでした。

 どろぼうだにとって大事なのは、今日のごはんのことだけでした。


 ある日、今日は失敗したと腹を空かせたどろぼうだは一人川辺におりました。

 運がよければ魚やごはんに繋がるものが流れるからです。

 動かずその場でずっと待っておりますと、茂みから弱った1匹の蝶といたずら好きの子鬼たちが現れました。

 蝶は見たこともない程美しい蝶でした。ですがどろぼうだは、ごはんにならなそうだとまた川を見つめました。

 蝶はそれを見て静かに羽を揺らすだけでしたが、いたずら好きの子鬼たちは無視されるのが大嫌いでしたので、どろぼうだにもいたずらを始めました。

 どろぼうだはとてもお腹が空いていました。腹の虫がかっかとなるので、すぐに頭も火がのぼり、あっという間に子鬼たちをやっつけてしまいました。

 どろぼうだはとっても強かったのです。

 腹の足しにもなりませんが、折角やっつけたのでと、どろぼうだが子鬼からごはんになるものを取ろうとすると、今まで静かにしていた蝶が急に声を発しました。

「もし、何をしているのです」

「今日の飯を取っているのだ」

「それはどうにもいけません。子鬼たちはどうなってしまうのです」

「それは知ったことじゃない」

 どろぼうだは腹が立ちました。蝶は口だけでふらふらり、例え子鬼たちからごはんを取ったとしても、どろぼうだのお腹の空きの方が大きかったからです。

 それに、いたずらされぼろぼろ羽の筈の蝶の言葉が全く理解できず、不気味であったからです。

 どろぼうだは今日は散々な日だと、その場を去ることにしました。

「もし、どうか森を超えた都まで、手紙を運ぶのを手伝ってくだされ」

「何を馬鹿げたことを言う」

 どろぼうだは一考もせずに言いましたが、蝶はそっとその鱗粉を差し出しました。

「これで9日の飯となりましょう。都では99日となりましょう。私を連れて行ったなら、その道中にて999日と」

 どろぼうだは騙された心地となりましたが、お礼として蝶のごはんを貰ったので一先ず手伝うことにしました。ここに居る理由もなかったためです。

 がく とやらを熱心に教える蝶を連れ、どろぼうだはその場を後にしました。



 どろぼうだは森を歩きます。

 前だけを見て歩きます。

「もし」

 肩に乗った蝶の声で、どろぼうだは立ち止まりました。

「なんだ」

「あなたの足元をご覧なさい」

 どろぼうだが目を落とすと、鮮やかな緑のキノコが生えていました。

「これは毒キノコだ。なんの足しにもならない」

「いえいえ。このキノコは灰をまぶして煮ると、傷をふさぐ薬になるのですよ。私が作り方を教えますから採っていきましょう」

 あんまりにも蝶が勧めるので、どろぼうだは渋々キノコを採りました。

 その夜、キノコを煮ながらどろぼうだは蝶の鱗粉を一舐めしました。

 甘い、甘いそれを口に含むと、蝶は美しい羽を震わせました。


 どろぼうだは森を歩きます。

 時折足元を見ながら歩きます。

「もし」

 肩に乗った蝶の声で、どろぼうだは立ち止まりました。

「なんだ」

「そこの草むらを探ってください」

 どろぼうだが草を分けてみると、二本の尾を持つ猫が丸くなっていました。よく見ると怪我をしているようです。

「助けておやりなさい」

「そんなこと、俺にはなんの得にもなりはしない」

「いえいえ。親切とは廻るものです。手をさしのべれば、いつかあなたにも返ってくるはずですよ」

 仕方なくどろぼうだは猫にキノコの薬を塗ってやりました。

 ゆったりと尾を揺らしながら草むらに戻る猫を見送った後、どろぼうだは鱗粉を一舐めしました。

 甘いそれを口に含むと、蝶は羽を震わせました。


 どろぼうだは森を歩きます。

 周りを見回しながら歩きます。

「おい」

 どろぼうだは立て札の前で立ち止まりました。

「なんでしょう」

「文字が読めない。都はどっちだ」

 道案内の立て札を睨みます。

「私が文字を教えます」

「文字が読めればいいことがあるのか」

「ええ。あなたが生き抜く力になります」

 早速蝶は立て札を使って文字を教え始めました。

 その合間にどろぼうだは鱗粉を一舐めしました。

 それを口に含むと、蝶は色褪せた羽を震わせました。


 どろぼうだは焚火の炎を見つめます。

 夜の森は昼にもまして静かでした。

「なあ」

 徐にどろぼうだは口を開きます。

「なんでしょう」

「おまえは誰に手紙を届けているんだ」

 蝶は静かに笑いました。

「とても大切な者へ届けているのです」

 蝶は笑っているのに、何故かどろぼうだには泣いているように聞こえました。

 何も言わずどろぼうだはまた炎に目を向けます。

 揺れる赤を見ながら、どろぼうだは鱗粉を一舐めしました。

 少し苦いそれを口に含むと、蝶は灰がかった羽を震わせました。



 都まで後少し。

 歩いておりますと、どろぼうだの前から太った鴨が来ました。

 どろぼうだが鴨を眺めますと、蝶が羽を震わせます。

「もし、泥棒をするつもりですか」

「いや今は腹が減ってない」

 蝶はいいえと羽を振ります。

「貴方は泥棒をしてはいけなくなったのです」

「何故だ。俺は何処も変わってない」

「貴方は泥棒以外の道を知り、取られた側を知りました」

 どろぼうだは意味が分かりませんでした。ですが蝶にただ従うものかと、腹いせに鴨を食べようと決めました。

 どろぼうだが近付きますと、鴨は逃げ惑います。

 辺りに鴨の羽が散らばり、鴨はみすぼらしくなりました。

 その様がどうにも蝶に見え、不味そうだったのでどろぼうだは鴨を見逃してしまいました。

 どろぼうだはまた腹立ちます。

「知らぬ方がよかった」

「いいえ知らねば恩と同じ、廻った業にて命を取られましょう」

 蝶はそう言うだけでした。


 ある夜、遂にどろぼうだ達は都に着きました。

 焚火を囲んでおりますと、身の丈程の女郎蜘蛛が1匹現れました。

 黄金の八目が光ります。

「女郎蜘蛛よ、来て下さり感謝します。どうか村をお守り下さい」

 手紙を読んだ女郎蜘蛛は蝶に言いました。

「よかろう、ただしどうにも贄が足りん。だが其方は美しい。お前の命で村は救われよう」

「あい分かりました」

 蝶は静かに頷きます。

 ひらりと肩から飛び立つ蝶へ、気付けばどろぼうだは声を掛けていました。

「蝶よ、お前は可笑しな奴だ。お前は俺より物を知る。それに美しく汚れも知らん。対して俺はたった一つしか持たぬ、命を守るだけに生きてきた。我儘な蝶よ、何故お前はその生を簡単に諦める。物を知れば永く生きるのではなかったか」

「どろぼうだよ、貴方には我儘を押し付けました。確かに物を知れば生きれましょう。ですがその分生き辛くなるのです。貴方の行く末を見たかった。永く生きなさい。お元気で」

 そうして自ら蜘蛛の脚へと近付くので、どろぼうだは咄嗟に蝶を捕まえ、その場を駆け出してしまいました。

 蝶も待てと追い掛ける蜘蛛も何のその。どろぼうだも何故走るのか分からぬままに駆け続けました。

 そして日が昇り、とうとうどろぼうだは倒れます。

「何故」

「分からぬがどうにも欲しかった。蝶よ、俺はまだ知りたいことがある。お前が傍に居るのなら、俺は泥棒せぬと誓おう」

 蝶が一粒涙を落とすのを見て、どろぼうだは微睡みました。

 しかし、目を覚ますと蝶の姿はどこにもありませんでした。



 辺りを見渡しますが、蝶どころか生き物も一匹としていません。

 どろぼうだは目から大粒の雫を落としながら口を開きます。

「なあ、蝶よ」

 応えるものもなく。

「何故胸が苦しいんだ」

 聞くものもなく。

「何故俺は泣いているんだ」

 他に求めるものもなく。

「どうすれば涙は止まるんだ」

 堪えきれる術もなく。

「教えてくれ、蝶!」

 ただ叫んだ。



 それからどろぼうだはたった一人で旅に出ました。人に学を教え、教わり、時に助け、泥棒する事もなくなりました。

 ある日、どろぼうだは山の木々に覆い隠された天狗の里を見つけました。

 どろぼうだは大きな屋敷から現れた白い髭の長の前に平伏します。

「俺を弟子にしてくれ。俺にはわからぬ。蝶が何故俺に学を教えてくれたのか。蝶が何故犠牲にならなければならなかったのか。蝶が、蝶がくれたあの温かさは何だったのか。だから俺はもっとものを知りたい。知って、あいつを知りたい。その為だけに長に教えを乞いたいのだ」

 長はじっとどろぼうだを眺め、やがて目元を和らげました。

「儂を踏み台扱いとは愉快じゃのう。よかろう、儂の元へ来い」

 それからというもの、どろぼうだは生き物、植物、土、水。多くの事を長から学びました。修行に何年も明け暮れました。


 そして全てを教わったどろぼうだは再び旅に出ます。次は蝶の生まれた村へ行きました。

 そこは田畑が荒廃し、毎日命が消えていく村でした。

 蝶のおかげで一時はましになったものの、またすぐに逆戻りした。

 そう聞いて堪らなくなったどろぼうだは鍬を取り、懸命に土を耕しました。肥しを混ぜ、水路を作りました。何年も、何十年も。


 やがて飢えが去った頃、どろぼうだも材をふらりと去りました。

 旅の終わりは門の前。そこから黒いものが出てきます。

どろぼうだはそれが何なのかわかりました。

「ひさしぶりだな、蝶よ」

 驚いた蝶ははらはらといつかのように涙を落とします。

「黒く汚れて老いた私は女郎蜘蛛に追い出されてしまいました。こんな姿を貴方にだけは見られたくなどなかった。会いたく、なかった」

 蝶の涙を拭いながらどろぼうだは微笑みます。

「お前のおかげで俺は命以外の宝を得た。お前が居たからだ。俺はお前に会いたかったのだよ」

 その言葉に蝶はさらに涙を落とします。

「見てくれの美しさなど関係ない。ただお前といるだけで心地よい。だから俺の傍にいてくれ、蝶。今度は俺がお前に教える番だ」

 蝶は暫く黙り込み、涙と共に静かに笑いました。

「あい」





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