交換千文字企画1―小田虹里様と
この度は小田虹里様と、「千文字以内」・「互いに2つキーワードを出し合う」という縛りのみで一緒に遊びました(*´ω`*) 小田様が「起転」トネリコが「承結」担当です。 「起」:GW・桜 「承」:雨・信号 「転」:足音・水 「結」:棘・煙 と、目に付いたお題を出し合ったのでかなりバラバラに(笑) 絡めば何でもありにしたので、単語探しも宜しければ楽しんでみてくださいませ(*´ω`*)
「あぁー! もう、うっとうしい!」
苛立つ声が、虚しく風の中へと散っていく。明らかに不機嫌な少年の後ろを、少し身体が小さい、にこにこした少年が続いて歩いていた。
「そんなにイライラするものじゃないよ。ほら、見て? 緑が綺麗だね」
手には、ぺろぺろキャンディーが持たれている。うずまき型で、青い色。見るからに毒々しいその飴を、少年「空」は気にすることなく食していた。
「桜。何をそんなにカリカリしているの? 頭はげるよ?」
「はげてたまるか。まだ、十五だぞ!」
桜と呼ばれた少年は、短髪でぼさぼさとした黒い頭をかき乱して、街中を進んでいた。彼がイライラしているのは、GWがはじまったこともあり、ひとがたくさん居るからだろう。桜は人間嫌いの気があった。昔から、ひとを嫌っている桜は、幼馴染である空以外、寄せ付けないようにしていた。眼光も鋭く、桜の周りにひとが集まってくることもなかった。ただし、空だけは違った。いつでもにこにこしている彼は、唯一の桜のはけ口となっていることは、誰の目から見ても、明らかだった。空が居るからこそ、桜の怒りはここまでで治まっているとも言えた。
「お茶でも飲みに行こうよ」
「こんなにもひとが密集している中、行けるかよ」
「人間嫌い、治せるチャンスかもしれないじゃない?」
へらっと笑みを浮かべると、栗色のやわらかな髪を風に揺らして、ストックしていた飴をポケットから取り出すと、それを桜へと手渡そうとした。
「甘いもの食べると、脳が動くんだって。桜もひとつ、どう?」
「お前はどうして、いつもそんなにへらへらしていられるんだよ」
「えぇ? 別に、へらへらなんか、していないよ?」
とんでもないと、細い目を開く空は、その視線の先に人だかりが出来ているものを確認した。ひとがざわめている。GWでひとは、確かにいつもより多く集まっている街中だけど、この様子はそれだけでは説明がつきそうにはない。
「なんだろう。事件でもあったのかな?」
「知らないよ。俺たちには関係ない。さっさと家に帰るぞ」
「家に帰るにも、あそこは通らないと無理でしょう?」
「……」
ムスっとした表情を浮かべ、桜は嫌そうな顔をしてみせた。
桜がどうして、人間嫌いになったのか。
それを紐解くには、三年前までさかのぼる必要がある。
◇
空から見て、桜は贔屓なく魅力的な少年と言えた。顔形や医者の母と看護師の父故か勉学に長ける点、同級生よりも大人びて見える所。腕っ節も強いため、敵わない者達が僻み根性から名前を揶揄い若干ひねくれて人間不信気味だったが、人間嫌いまでもいかなかった。
新しいキャンディーを取り出す。桜に勧めるが、何故か変な顔だ。
「やれやれ、食わず嫌いはお子様だよ?」
「もう毒味だろ!」
ブルーベリーだよ?ときょとんとしつつ信号で立ち止まる。もう直ぐ人混みなので、桜は今にも踵を返しそう。
それを見て、こっそり苦笑しぺろりと舐めた。
桜は、最初から人間嫌いなのではない。そんな異端でなく、優れた点が少し目に付き易いだけの、ただの普通の少年である。
三年前のあの日、まるで泣き出す様に雨が降っていた。
傘の下、僕は引越しの餞別に一番のキャンディを「大地」に渡した。
「…、空は相変わらずだね、ありがと」
大地も相変わらずガリ勉っぽい眼鏡越しに目を細める。そうして、僕の隣の桜に向いた。
僕はそっと桜が手を突っ込んだままのポケットを見た。そうしていい加減仲直りしなよと、じとっと桜を見る。
すると照れ隠し替わりに理不尽に僕へと怒りつつ、桜は意を決して左手をポケットから抜こうとした。
「桜は、何かくれるの?」
「っ! ばっか、んな訳ねぇだろ!」
条件反射の後からしまったと顔を顰める桜。呆れる僕。反抗期と思春期と天邪鬼に突入してるのは分かるけど、今発揮してどうするのと。
仕方なく間に入ろうとした瞬間、大地が口を開いた。
「…君はいつもそうだよね」
「あ?」
「雛ちゃん、君にふられたって泣いてた」
「知るかよ」
「っ! 僕の欲しいもの全部持ってる癖に!」
「何が言いてぇんだてめぇは!」
「ちょ、ちょっと落ち着」
「僕は、僕は君なんて大っ嫌いなんだよ!!」
「っつ!」
雨が間を遮る様に痛い程叩き付ける。
「…は、俺もお前なんか知らねぇわ」
「ま、や、やめよ? 桜だってそのポケッ」
「うっせぇ!」
猛然と走り去る桜。通り過ぎる瞬間、あの桜が唇を噛み締め目をカッと見開いていた。そうして僕は不安から、大地は何か疲れた様な、諦めた様な顔で――
雨が皆の代わりに泣いていた
「どうした? さっさと帰ろうぜ」
あれ以来、人間不信と思春期達が絡んで拗らせ人間嫌いになった桜。
行くぞと言いつつ振り向く意外と面倒見いい桜を見て、もったいないなぁと思うのだ。
そうして人混みの中が見え、僕達二人は一瞬足を止めた。
◇
「桜……あれって」
空は、人だかりが出来ている中心部に居る顔を見て、思わずそちらを指さした。固まる空を前に、隣に居た桜はそれよりも酷い心境に陥っていることが、見て取れるほどだった。空は、こんなにもひとが傷ついている姿を、見たことが無かった。
「……」
「桜……大丈夫?」
空の声は、今。桜には届いていなかった。手を伸ばせば腕を掴めるほど、傍に居るはずなのに、桜が妙に遠くへ行ってしまったかのような錯覚に陥った。キャンディーを舐めることも忘れて、空は棒立ちしてしまう。
「雛」
桜の唇が動いた。風で消えてしまうほど、小さく弱々しく紡がれたその名前は、桜にとっては特別なものであった。
三年前。
桜が、自ら断ち切ってしまったもの。
そのあとに残るものは、罪悪感だった。
「すみません、サインください!」
「こっち見てー!」
「ホンモノって、綺麗ねぇ」
「テレビよりべっぴんさんじゃないかい」
取材だ。見ると、大手のテレビ局のスタッフがずらりと中心に居る女性を取り囲んでいた。その女性はすらっと長い脚をミニスカートから覗かせて、春らしいピンク色のジャケットを身にまとっていた。髪は金髪だけど、それは染めているものだということを知っている。
年は、二十歳。彼女は三年前、桜と大地の家庭教師をしていた、近所に住む女子高生だった。それが、容姿がよくて声も透き通る女性らしいものだったことを買われ、芸能界にスカウトされたのだ。ただ、芸能界入りを喜ぶひとばかりではなく、反対するひとも居た。
賛成していたのは、大地。
反対していたのは、此処に居る桜だった。
「あーぁ。喉が渇いたな。水が欲しいぜ」
「う、うん」
そこを、通りたくないだけだという口実に、空はすぐ気が付いた。でも、後ろから近づいてくる足音には、気が付かなかった。
「空……桜?」
どうして今、ここにまた集まってしまったのか。誰にも分からない。ただの偶然なのか、神様のいたずらなのか。
雛が都会へ旅立つよりも先に、親の離婚によって母方の祖父母の家がある隣県へ引っ越すことになった、幼馴染の大地が、桜と空の真後ろに居た。声が若干低くなっていて、背丈は三人の中で一番高くなっていた。でも、あの頃の風貌がすべて消えてしまったワケではない。
「なんの真似だよ」
唐突に突っかかって来た大地は、桜の胸倉をわしづかみにしてきた。怒りをあらわにした大地の目を見て、桜はまた、傷ついた表情を見せた。
◇
「久しぶり、急にどうしたのさ」
態と呑気に声を掛けると、大地はハッとし恥じる様に手を離した。
「お前こそ何だよ」
堅い殻の中の声。冷たい怒りの表情は、棘で自分を守るかのようだ。
「ごめん、また僕は…」
改めて謝った大地は、僕にも礼を言った。桜は拍子抜けの様な、違和感にもどかしい様な顔。
「あいつはまだか!」
人混みの先からのダミ声にピクリと大地が反応した。見れば白い袋が手にある。
「それ取材の?」
「は! ストーカーかよ!」
傷付けようと息巻く桜の前で、大地は眼鏡の奥の目を細めた。
「う…ん。職場体験中。雛ちゃんも理由だけど、将来働きたくて」
「すごい」
「違う…」
カサ…と音をたてる白袋。
「あの…さ、あの時桜に言った時さ、その何倍も自分に対して言ってたんだ」
「で? お涙頂戴で許すとでも?」
「桜!」
「いや、それが切欠とだけ言いたくて。…僕は君を羨んでばかりで、勝手に負けた気分からずっと隣にいた君達を傷つけて…、だからそんな弱い自分を変えたくて頼み込んで体験させて貰ってる状態」
握り込まれた袋がなく。
「でもさ、思ってたよりずっと現実は厳しくて、思う様に少しも出来なくて、今もこうして使い走りばかりでさ。現実に負けそうな自分が嫌で、その時現れた君達に、自分を笑いにきたのかって思う自分にまだ弱いままなんだって…」
くしゃと大地が髪を握りしめた。情けないよね、聞いてくれてありがとと笑う大地を、立ち尽くす桜を、何か出来た筈なのにと嘆いてた僕を、あれから雨は煙る様に包んでいた。
でも今日の奇跡が、深く傷つく程大事な絆がある幸運が、一人の努力が、雲間からの光に見えたのだ。
全てに感謝し、僕はキャンディーを4本出す。
さて、僕から傘を閉じようかな
「大地、特技は大丈夫?」
「え? あ、ああ」
「じゃ今のアドレスが僕のね! 桜のは」
「空!」
「桃味あげるから」
「いらん!」
ほいほいと袋に2本入れ、大地を押す。
「ね、大地、僕達今もまだ子どもじゃん? 子どもは馬鹿やってこそでしょ?」
「…、そう言って何だかんだ空が一番やらかしてたなぁ。桜も大変だったろ」
「ああこの前なんか…、って知らねぇ!」
「雛先輩によろしく! 遂に芸能人と知り合いかぁ」
変な顔の2人だったが、いい加減煩い声に慌てて大地は走って行く。桜はまだ腑に落ちなさ気だが、人間嫌いも変わるかもしれない。
だって未来は分からないし?ま、まずは――
「取材見てく?」
「…ああ、パシり姿を笑うか」
この1歩から




