そんなことあるわけないよね
もうすぐ高校も卒業だ。推薦合格が決まってる友達は、イキイキと乙女ゲームをやり始めた。羨ましいとぼやく私に、ちょっとだけ、先っちょだけ…と様々なタイトルや内容を聞かせてくる。まぁ、邪魔しようってわけじゃなく、息抜きにいいからって話してくれてるんだけど。というか、もう先に二人で帰る?
キーンコーンカーンコーンと待ち望んでいたお昼のチャイムが鳴った。改めて周囲を見回すと、世界史の授業は完全に自習時間扱いだったらしい。まぁ、のんびりボソボソと話すおじいちゃん先生の声は、しっかり聞けば聞くほど眠気を誘うという謎の現象を引き起こすしねぇ。世界史を使わない人なんかは数学とかやってるし…。
ざわざわし始める教室をよそに、のんびり机の上を片付けていく。机の上にあるのは世界史関連の教材だ。
ごそごそと教科書をしまっていると、消しゴムに手が当たってしまった。角が取れているせいか、机の上をころころと転がっていって姿が見えなくなる。私は慌てて椅子から立ち上がり、消しゴムを探そうとした。瞬間、「ほいっ」という声と共に目の前に消しゴムが差し出される。
「あ、ありがと」
「ふふ~、どういたしまして~。それにしても、れーちゃんは真面目だねぇ」
「ん? 世界史のこと? これは真面目というより、先生に申し訳ないからっていうだけなんだけどね。あ、というか道、あんた一番前の席なのにガッツリ寝てたでしょ」
「うえっ!? れーちゃん見てたの!?」
「はぁ、先生見てたら視界に入ってきたの! 怒られないかヒヤヒヤしたよ」
「あの先生は怒んないって~。それより早く食べようよ~」
「はいはい」
既に前の席の持ち主は移動してたので、道は遠慮なく椅子を私の席へと向ける。私はまたごそごそとお弁当箱を取り出して、空いたスペースに筆箱を突っ込もうとしていた。
「あ、思い出した! れーちゃん聞いて!! やっとクリアの直前まで行ったんだよ!! もうシン様が素敵過ぎてヤバイんだから!!」
「んー? 6個目のだっけ? 最近始めた乙女ゲームの方のだよね、たしか。…あれ? 上手く入んない…」
「もう、違うってば! それはシシ様! シン様は前からオススメしていた方のキャラだよ! 長かった…。ここまでどんだけ頑張ったか!」
「おおー、おめでと~。頑張ったねぇ。…ここをこうして…、あれ? なんで入んないの?」
「もう!! れーちゃん!! …借して! …それでね、最後のシン様のセリフがすっごく素敵なんだから! …うわっ中ぐちゃぐちゃ過ぎ! こう、主人公を抱きしめながら耳元で囁くの……こんな気持ちを抱く日がくるなんて思いませんでしたよ。私以外を映すあなたの瞳などくり抜いてしまいたい。私以外の声を――」
「ちょっとまった!! 食事時にする会話じゃないよね、それ。というかどこに素敵要素があるのよ」
「どこって、全部じゃん。全力で求めてくれるんだよ? あ、やっと入った」
「おー、ありがと。あと、道のポイントずれてるからね。というか今までなんちゅうもんを勧めてきてたのよ。ホラー入ってるとか初耳なんですけど」
「ほいパス。ホラーじゃなくて、れっきとしたヤンデレっていうキャラなの! どうせれーちゃんやんないし、ちょっとくらいいいじゃんかー」
「ごめんごめん、ほら拗ねてないで。受験終わったら卒業旅行とかいろいろするんだから。エヘン。道隊員! 旅行の計画と乙女ゲームの厳選が、先に合格した者の務めだぞよ」
「むー、了解です隊長! とびっきりのを用意するであります! …だから目指せ合格だよ?」
「もち! あ、ただしグロゲームは無理だから」
「ヤンデレはグロもあるけどグロだけじゃないのーー!!」
「あんたたち、なんちゅう会話してんのよ」
「「あ、すいません」」
横を通ったクラスメイトに半眼で見られ、二人して慌ててお弁当を食べていくのだった。
◇
また明日~とか、じゃあね~という言葉で、ホームルームが終わった後はみんなすぐ帰っていく。うちのクラスは纏まりがあるほうで、二つ隣のクラスとかはヤバい不良のせいでホームルームすら覚束無いらしい。このクラスで良かった、と呑気に単語帳を捲る間に考え事をしていると、道が近付いてきた。
「れーちゃーん、きょうちゃん遅くない?」
「んん? 確かに。…あ、遅くなるって連絡きてたわ」
「もう! で、すぐ来るかんじ?」
「あー、あと三十分くらいかな。どうする?」
「実は気になるお店があってさ~」
ちらっちらっとこちらを見てくる道に、仕方ないなぁと返しつつ先に帰るとメールを送っておく。
「ん、これでよしっと。それで、その店ってどんなん?」
「ありがと、れーちゃん! あのね、帰り道の途中にあんの! ふふ~、見てのお楽しみ~。早くいこいこ!」
「腕とれるー」
急かす道に引っ張られ、カバンを持ってドアまで歩く。ふと、ドアの横に席がある委員長と目が会った。普段はあまり会話しない。ただこちらを見やる視線に、騒がしくし過ぎたかとバツが悪く思い会釈して横を通り過ぎた。
◇
「あった! ここだよここー」
「ここ…って、あんたゲームショップじゃん」
「えへへ~」
よいではないか、よいではないかと引っ張るので、渋々中へと入る。イメージと違った綺麗な店内に驚き、思わず入口で足踏みしてしまった。道も中へ入るのは初めてなのか、ふお~と言いつつキョロキョロしてる。
「何見るの?」
「乙女ゲームに決まってるじゃーん。れーちゃんはどうする?」
「んー、どうせだしCMでやってたあの育成ゲーム見てこようかな」
「あー、あれかぁ。昔よくやってたけど、最近種類増えすぎて分かんないんだよね~」
「それそれ」
言いつつ、入口を離れてそれぞれのコーナーへ。目当てのゲームの周りには赤いおじさんが車に乗っていたりと、随分面白そうなゲームがたくさん出ていて、ついつい手にとっては眺めまくってしまった。受験が終わったら絶対買おう、と名残惜しくなりながらも棚へ戻していると、五百円と札の付いたワゴンが目にとまる。気になり近づいて見てみると、結構な数のゲームがあった。
ふーんと適当に抜き取って、タイトルを見やる。
「リゼルシアおうこ…――ッ! いつっ」
何故か急に走った頭痛に思わず頭を押さえた。だが、少しすればすぐに痛みも収まる。即頭部を撫ぜつつ、なんだったのだと片目でパッケージを見た瞬間
頬を撫ぜる焦がすかの様な澱んで湿った風
首には粗末な木が、それでいて鋼の様に私の首を絞め抑えていて動けない
眼下には目を爛々と光らせ、何かを叫んでいる悪魔共
渦巻く熱気・溢れる怒号・高まりゆく期待
木を叩く音がして、靴が目の前に映った
ないかさいごにいいたいことは?
おまえらみんなしねあくまども
糸が切れる音。溢れるあふれるこぼれる歓声。
ふわっととんで、ああ、あのそらがだんだんとおちてきて…
跳ね飛ばされた首
な ん ど め の こ う け い だ ?
「れーーちゃん!!!」
「ひっ! …なんだ、道か」
「…なんだ、道か…じゃないよ! どうしたのさ。呼んでも返事しないし」
「あ、えっと…、ちょっとぼんやりしてただけ」
「寝不足? 勉強も大事だけど、ちゃんと休まなきゃダメだよ? んで、何か面白いのあった~?」
「ああ、うん…ごめんごめん。それでさ、これなんだけ」
「あーーー!!!」
「うるさい!」
「なっつかしい!! 一昔前に流行った乙女ゲームだって!! ママが持ってたやつ一回だけプレイした覚えある! うわぁー、なんか得した気分」
「へぇー、…どんな内容か覚えてる?」
「小っさすぎて流石に覚えてないよぉ。まぁ一昔前だから、定番の感じだったと思う。王道のプリンセスに伸し上がる的な? あ、れーちゃん買わないんなら、私が買ってもいい?」
「…。いいよ。あとで感想教えて」
「ほーい。れーちゃんがそういうなんて珍しいね。じゃ、さっそく買ってくる! 時間大丈夫?」
「今何時だっけ…あ、ヤバい、また連絡きてた」
「きょうちゃんから? れーちゃんいい加減バイブの強さマックスにしときなよ~」
「いいからさっさと買ってきなさい」
「はぁーい」
メールを開くと、ただ了解という返事が来ていただけだった。なんだ、と思いつつ道がいるレジまで行く。けれど、ふと途中で足を止めて先程まで居た場所を振り返ってしまった。
―――― そんなことあるわけないよね?
「れーちゃん待たせてごめんね~」
ハッとして道を見る。じゃ帰ろっかと、道に反射で笑顔を返しつつ二人して店を出た。
「きょうちゃんからは何だって~?」
「了解ってだけ」
「なんだそれだけか~」
「零香! 道!」
いきなり呼ばれて思わず振り向くと、先程まで話していた恭二の姿があった。
「おお~。きょうちゃん奇遇だね~」
「おお、まさか会うとは思わなかったわ。寄り道してたのか?」
「そうそう。ほら、さっきコレ買ってきたの! いいでしょー」
「うげ、羨ましくねぇーよ。零香はなんか買わなかったのか?」
「…まぁ、今はねぇ」
三人で並んで歩く。
「それもそうだな。ほら、道もゲームやり過ぎんなよ」
「むー。これは別格予定なの! ほら、イケメンって言われたらイケメンな気がするでしょ!」
「だーっ! 近づけんな! あほ」
「あほとは何だ、あほとは! 同じ緑髪でも、シン様とは大違いなんだからぁ。ね! れーちゃんもそう思うよね! …あれ? れーちゃんどこ?」
ピタリと足が止まって動かなかった。
夕焼け。真っ赤に染まる街。伸びた二つの影法師。二人はこのあと振り返る。まるで一枚の綺麗な…
あれ?なんどもみたことがあったっけ・ ・ ・ ?
「れーちゃん?」
「零香?」
「ううん、今行くー」
はは、そんなことあるわけない。あるわけないんだよ。
だってここは現実なんだから。