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魔女と勇者と河原の全裸

作者: かすがまる

衝動的に短編を一つ。

 魔女ゴルゴムーンの名を聞けば泣く子も恐れて逃走一目散。


 勇者サンバルサンの名を聞けば泣く子も笑って天下太平楽。


 結果はどうあれ子供を泣かすところから伝説が始まる点で共通する両名であるが、真実とは時に滑稽を極めるもの、二人の出会いは悲劇的なまでに間が抜けていて虚無的なまでに絵にならなかった。


 昼下がり、森の小川でのことである。


 河原にしゃがみ込んでいたサンバルサンは、陰鬱なその足音を察知してすぐさま警告を発した。


「おいコラ、てめえ、それ以上近づくんじゃねえ」


 体勢もあってかチンピラの凄みに似る。迫力もそこらのチンピラ並みである。


 おかしな話だ。


 魔物を相手取っては三國無双と呼ばれる彼である。女神より授かった聖剣テラフラッシュを振るうその姿は神々しくも圧倒的で、地上に降りた太陽とすら謳われるというのに……今そこで不審者を睨み付ける姿は「あ、やべ、関わり合いにならないどこっと」と目を背けられる程度のものでしかない。


 聖剣は……ある。傍らに置いてある。そうとなれば服装が原因か。


 半裸である。


 より正確には、全裸状態でマントを腰巻にしている。布一枚の向こう側にはのっぴきならない男の一物がぶら下がっているのだ。姿勢的に汚らしいポロリもやらかしかねない危うさがある。


 パンツは、今、彼の両手に握られている。


 さもありなん、彼はパンツを洗濯すべく小川にしゃがみ込んでいたのだ。単独で冒険する身であれば代えのパンツがないことを非難するべきではないだろう。パンツとは履き続ければ臭くなる代物である。むしろパンツに清潔さを求めた彼の行為はパンツに関わる人間にとってパンツの正義といって差し支えあるまい。パンツは洗うべきなのだ。ああパンツパンツ。


「ったく、こんなところにも暗殺者が来やがるとはな。ご苦労なこった。だがなめんじゃねぇ。そんなナイフ一本で…………あ? 何だ? そりゃダイコンか??」


 正確には白ニンジンだった。薬効に優れた野菜である。


 そしてそれを握り締めているのは怪しげな黒衣の女性だ。フードを深くかぶってはいても身体の輪郭線が露わなものだから一目でかなりの戦力を有すると知れる。ボン、キュ、ボン……それである。


「へ、へっへへへ……」

「ちっ……何がおかし「変態さんだぁ」やかましいわ」


 ニンジンを突き付けられ、パンツを楯のように構える半裸男……なるほど変態の構図かもしれない。


「そういうてめえこそ、何だ。こんな森をびしょ濡れで徘徊するなんざ普通の人間じゃねえぜ」

「わ、わわわ、わたし、私は……私は……!」

「む!?」


 にわかに森がざわめいた。


 無形の何かが嵐のように巻き起こったからだ。動物はおろか植物をすら恐怖させ、仰け反らせ、戦慄かせるそれは……おお……魔力である。禍々しくも圧倒的な、魔力の放出である。


「……そうか。わかったぜ。てめえって奴が」

「えひぇ!?」

「魔女ゴルゴムーン……噂には聞いていたが、凄まじいもんだ。魔獣数百匹を一撃で葬ったって話もあながち間違っちゃいねえのかもな……だが」


 吹き付ける魔力の風も涼しげに髪をかき上げて、サンバルサンはすっくと立ち上がった。


「この俺様には、少しも効かね……って、うわ、馬鹿やめろ、あ、ああああ!?」


 マントが、飛んでいった。


 事件である。紛うことなき全裸となった上にまたぐらの何がしかを風に揺らせた男が、自らのパンツを片手に、森の中にさやけき小川を駆けていく。マントを追いかけていく。


 男女の立場が逆であったなら、まだしもこの場面は絵になったのかもしれない。


 森の中で自らの下着を洗う半裸の美しき魔女と、そこへダイコン的な何かを構えてやってくる黒衣の男……いや、いけない。これはこれで犯罪的な光景でしかなかった。


 さても現実には細身ながら筋骨たくましい男が全裸で走っている。聖剣も置き去りにして。


 見苦しい。


 あるいはそんな森の意志だったのかもしれないが。


 森が爆ぜた。木々をなぎ倒して化物が出現したのだ。白毛の大猿だ。人間などひと呑みにできそうな巨躯である。腕は四本、目は三つ。明らかに通常の動物ではない。瘴気に歪んだ魔獣である。


 彼こそは大白猿王。かつては森の主であった存在だった。人間にも尊崇される存在だった。


 それが今や近隣の村々を脅かす存在と化して。


 そして……一撃のもとに討伐された。


 サンバルサンである。彼の手にはいつの間にやら聖剣が握られていて、斬撃の閃くこと雷光のごとく、大猿を左右真っ二つに断ってのけたのだ。


 それだけではない。


 なべて魔獣とは呪わしき黒血を身体に巡らせており、討ったとてその血が新たな瘴気と化して周囲を毒するものである。時には魔獣殺しの戦士が黒血を浴びて魔人と成り果てることすらあるというのに。


 神々しき光が大猿の死体を照らしていた。


 聖剣テラフラッシュがまさにその奇跡の力を発揮しているのだ。


 黒血がぶちまけられたとて瘴気は生じず、それどころか神殿のごとき清浄な空気が川辺を包みこんでいる。太陽がそうするように徐々に光量を減じていくも、新しき日が常に新鮮であるのと同様、全ての禍々しさ、剣呑さ、呪わしさをかき消していって後には薫風すら残した。


 これが勇者か。この力こそが。


「ふん……あの世で憩え、猿公」


 聖剣を手に、サンバルサンは言う。祈りを捧げるかのように。


「てめえが森の平和を護り続けたその善行はどでけえ。瘴気にとち狂ったってのは間抜けな話だが、それにしたって犯した悪行は微々たるもんだ。どう計算したって、てめえには穏やかに憩う資格があるだろうよ」


 ああ……勇者サンバルサンよ。やはりお前は神聖なる者であったか。


 どんなにかチンピラの風を装ったとて、言葉に宿る真心はお前を聖なる者として光り輝かせ……られていない。駄目だ。神聖さが阻害あるいは中和されている。現状、真っ裸で何一つ包み隠していないからだ。


 惜しい! もう片方の手に握るパンツが絶妙に馬鹿馬鹿しい!


「ああああ……お猿さんがああああ……あ、でも、これでお野菜食べられちゃわないで済むかも」


 魔女ゴルゴムーンの発言である。


「何回お願いしても私の畑でやりたい放題だったし……お水の罠にもかからなかったし……魔法も避けちゃうし……助かったかも。やっとお腹一杯食べられるかも。えへへ」


 生存競争の告白は酷薄だ。


 うさぎさんとか罠にかかってないかな、などと鼻歌まじりに白ニンジンを洗い始めたゴルゴムーンである。慈悲もない。


「……おい、てめえ」

「うひゃっ!? へ、へへっへ、へへへ!」

「変態じゃねえ。サンバルサンだ。聞いたことくらいあるだろうが」

「サ、サンバルさん……? 堂々と全部見せてくる系の変態のことかな……」

「あ? 何だ? もっと大きな声でしゃべりやがれコノヤロウ」

「……系統分けは美学だよ。うん。やってみようかな……人間族変態種露出科サンバル系……ふむふむ……あ、マント拾った……マントで隠した……サンバル系に分類したんだからそういうのやめてほしいな……」


 小川を挟んで対峙する両者は、互いに何を見出したものか。


「……もうおしまいなの?」


 片や露出的行為の終わりを確認して。


「まあ、そうだな。とりあえず依頼はこなしたが……」


 片や森に魔女が潜んでいたことへの対処を検討する。


 互いに相手を観察する時間がさやさやと流れて……どちらともなく距離を取り始めていた。


(見なかったことにしよう。なんか面倒くさそうだし)


 そう、奇しくも同じ結論に達したからである。


 サンバルサンとしては大猿を探して二十日以上も森の中で過ごし、見つからず、いい加減酒を飲みたくて仕方がなくなっていた。この上更に強力な魔女と対決するのは御免こうむりたかったのだ。


 ゴルゴムーンとしても大猿に畑を荒らされ、その薬味から放置されていた白ニンジンをトボトボと洗いにきていただけであった。飢えているのだ。そして猿も食べられるかもと気づくのはもうしばらく後である。


 微妙な表情のままにジリジリと離れ、そして遂には背を向けて歩み去る二人。


 後の世に「月光の魔女と陽光の勇者による白き大猿退治」として語り継がれる物語……これがその物語の真実であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 正直 何回読み返しても大好きwww
[良い点] 何だろうこの大真面目にコントやってる感じ。 地の文の表現が戦記とかそういうのに向いてる重厚さがあるのに時々入るコントに吹く。
[一言] 遊び心の伺える非常に楽しい作品でしたw
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