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雪の降る日に



ねぇ、初めて会った日の事……覚えてる?


まだ少し寒さの残る3月の、珍しく大雪が降ったあの日


急に吹雪いて来たからって避難した場所で、ぼんやりと空を眺めている僕に声を掛けて来たのが君だった


あの時、隣に立った君が風に巻き上げられ吹き荒れる雪を見て 綺麗だね と言ったから


迷惑だな、としか思っていなかった雪が急に舞い落ちる桜の花びらみたいに見えたんだと思う


小さな子供みたいに純粋な、大切な宝物を愛でるような瞳で君は雪を見ていたね


僕よりもほんの少し低い所にある君の瞳には僕が見ているのと同じ世界が映っているはずなのに


感じている事が全く違ったからかな


僕には見えない、どこか別の世界を君は見ているんじゃないかと


そんな事を思った僕の暗い目は無意識のうちに君の明るい瞳を追っていたんだ



次に会ったのは春だった


高2の始業式の日に転校生だと紹介されたのは確かに君で


でも、その時の君の瞳は暗く、深く沈んでいた


あの雪の日みたいな輝きは少しも無かった


空いている席が教室の角の、僕の左しか無くて、君はそこに座るように言われていた


こっちに向かって歩いてきた君は僕の横を通り過ぎる時、ほんの一瞬だけ口角を上げたよね


そして僕にしか聞こえない大きさで君は久しぶり、って囁いた


中性的な君の感情に乏しい声は僕の耳をくすぐって


今僕の横にいる君と、雪の日に会った君と


姿も声も瞳の色も全て同じなのに、何かが少しずつ違うから


どっちが本当の君なのか知りたくなったんだ



君と再開した時には満開だった桜も散り、緑が鮮やかになっても君の瞳に光が宿る事はなかった


ずっと暗いままだった


だからなのかな


君の周りにはいつも人がいなかった


僕と一緒でずっと一人だった


まるで一人でいることが当たり前だと思っているみたいだった


君とは全く話をしたり一緒に行動したりしてこなかった


けど、なんとなく話しかけてみようと思ったのは本当に気まぐれで


放課後に屋上へと続く階段を登っていく君を見かけたから、追いかけてみたんだ


柵に体重を預けて校庭を眺めていた君の背中に声をかけたら君は楽しそうに唇を歪ませたね


怖さと妖しさと艶やかさと


様々な色が入り混じった君のその顔はいつになく感情的で、とても魅力に満ち溢れていた


その表情に目を奪われていた僕に君は用件を聞いた


特に用事はないと言った僕に君は目を覗き込んできた


初めて至近距離で君の目を見て、初めて知ったよ


光が、明るさがないと思っていたけれど本当は違った


目の前で覗きこまないとわからないほど奥に、確かにあった


あの雪の日に見た明るさが


君の目には光があったんだね、と言ったのは僕だったのか君だったのか


どっちだったかはっきりと覚えていないけれど、耳に触れた君の手は思いのほか冷たくて


すっと髪を梳かれてそのまま唇を塞がれる


僕は思わず身をよじったけど、君が腰に手を回したから僕は避けられなかったんだ、と思いたかった


だけどあの時、本気で抵抗しなかったのはもしかしたらほんの少し君に好意を寄せていたから、だったのかもしれないね


重ねられた唇と差し込まれた舌はとても熱く、そして甘かった


ずっと、ずっと味わっていたいと思えるほどに



次の日どんな顔して会えばいいのか悩みながら登校した僕の横の席は、その日誰が座る事もなかった


顔を合わせづらいと思っていたから胸を撫で下ろした自分と、会えない事を少し寂しく思う自分とがいて、その日はどうにも落ちつかなかったんだ



確実に僕の君に対する感情が変化していたんだと思ったのは木々が紅や黄色に染まった頃


席が隣だった事もあって少しずつ会話したり、一緒に行動したりするようになった


一緒にいる時間が増えれば増えるほど僕の中では君の存在が大きくなっていって


君の事を考えるとどうにも胸騒ぎがしたり、気がつくと君の事を目で追ってしまうようになったり


もっと君の事を知りたいって思うようになったりしたんだ


そして僕は気がついた


自分のなかに今までなかった感情が渦巻き始めた事に


日を追うごとに大きくなっていくその感情は苦しくて、切なくて


そして、大切で…


僕と目が合うと君は必ず唇を歪めて笑みを浮かべたね


そのたびに僕は目を逸らしていたんだ


君の瞳と、僕の胸に生まれたまだ名前のないこの感情から


でも不思議だね


目を逸らせば逸らすほどにその感情に捕らわれていってる気がして


君の瞳から逃げられなくなっている気がして


なんだか怖かった



綺麗に色付いた葉が落ち始めて、少し肌寒くなってきた頃だったかな


初めて一緒に下校したのは


離れすぎず近づきすぎず、微妙な距離を保ちながら特に何を話す訳でもなく並んで歩いた


やがて辿り着いたのは小さな交差点


君は左に、僕は右に


軽く手を振って君に背を向けようとした僕は少し冷たい手で視界を奪われた


ぐっと腰を引き寄せられて


ちゅっと落とされたリップ音と柔らかな唇の感触


すっと手を外されると目に入った初めて見る君の満面の笑み


そして君は僕に聞こえないくらいの声で何か呟いたよね


何を言ったの?


僕が聞き返すより君が身体を翻した方が早かった


「また明日ね」


僕の耳に届いた君の最期の言葉はとても優しく心に落ちた


君の背中が遠ざかって行くのを見て、僕も角を曲がって


少し経ってからものすごくスピードを出した車が君を追うように僕の横を通り過ぎて、近くにあった木から葉が落ちた


嫌な予感が胸の中に膨れ上がって、後ろを振り向いた瞬間


大きな音が響き渡った


さっきの車が電柱に衝突していた


どれだけ目を凝らしても君の姿は見えなくて


僕は思わず走り出したんだ


車がぶつかって少し曲がった電柱のふもとで君は血に濡れて倒れていた


薄く開いた人見に僕が映ると、君は僕へ手を伸ばし、僕はその手を両手で包んだ


そしたら君はいつもみたいに唇を歪めてすっと目を閉じたね



それから先は少し記憶が曖昧なんだ


気がつけば僕は座っていた


君の身体から伸びたコードの先にある機械が不規則に音をたて、白衣が慌ただしく動いている病室に


誰かに言われて握った君の手はとても弱々しくて


もう何年も流れていなかった涙が頬を伝った


噛み締めた唇からは血の味が広がって


そばにいた医師が僕に時間を告げた


君が目を開ける事はなかった


病室から人がいなくなった後、僕はそっと君の唇を奪った


柔らかかったけど冷たくて


僕の中で何かが静かに崩れ落ちた気がした



気がついたら冬になっていた


日を重ねるごとに息の白さは増していって


暖冬になるってマスコミは騒いでいたけど、特にいつもと変わらない寒い冬だった


12月も終わりに近づいて、この町に初雪が降った


闇の広がる無人の海辺


静かな砂浜に立って僕は柔らかい雪に包まれているんだ


もちろん君の事を想いながら


もし隣に君がいたら、光に満ちた明るい瞳でこの舞い落ちる雪に手を伸ばしていたのかな


僕の隣であの時みたいに君にしか見えない景色をその瞳に映していたのかなって


君が僕の視界に入る事なんて二度とないのに


君のその瞳に光が宿る事はもうないのに


それでも頭から君の事が離れなかった


会いたい


一度だけでいいから、君に会いたい


伝えたい言葉があるから


ずっとずっと大切に僕の胸にしまい込んでいた、この感情をその言葉に乗せて



人間の記憶って本当に曖昧だなって、君の事を思い出すたびに思うんだ


そんなに時間が経っているわけでもないのに少しづつ忘れてる


先生に指名されて面倒そうに答える声


午後の暖かい空気に包まれて居眠りしてる姿


本当にささいな事だけと、僕にとってはすごく大切な君の記憶が失われていく


このままだといつか君の事を完全に忘れてしまう


そんな恐ろしい日が来るのかな


忘れるなら何かに書いて残せばいい


でも文字にした瞬間、その出来事がどこか遠くの世界の事になってしまう気がして


君との出来事は色鮮やかなまま残しておきたい


だから僕は決めたんだ


記録に残す事ができないなら、僕自身が忘れないようにすればいい


そう、忘れられないようにすればいい


僕が君の所に行けばいいんだって……



闇に包まれていた空が白んできた


もうすぐ日の出なんだね


そろそろ潮時、かな


どこまでも続く冷たい冬の海の海岸で、雪に包まれながら


君の事だけを考えて、朝焼けに染められて


僕は君の元へと旅に出る


君との大切な記憶をずっと守るために


君ともう一度会って僕のこの感情を伝えるために


だから、もう少しだけ待っててくれるかな?


そっちで僕をみたら君はどんな顔をするんだろう


驚く? 呆れる? 馬鹿だって言う? それとも……


僕はね、信じてるから


僕が君に対して抱いているのと同じ感情を君が僕に対して抱いてくれてるって


だから君は笑って僕を迎えてくれるよね?


明るい光を宿したその瞳で


ねぇ、君は……僕と出逢えてよかったって思ってくれる?









一晩中降っていた雪は止んでいた


柔らかな陽の光に包まれて雪は儚く消えていく


寄せては返す波は僕の靴には届かない


裸足になるとまとわりつく細かな砂


そっと靴の中に置いた携帯の画面に表示されているのは送信中の文字


本当は送るつもりなんてなかった


だけど何となく君のパソコンに僕の想いを残しておきたくて


気がつけば送信ボタンを押していた


穏やかな波が僕の足を洗っていく


ふと横を見るとあの日のように光に満ちた瞳をした君がいた


君は僕の手を握って前に進む


朝焼けに染まる水をゆっくりと


もっと深い所へと誘うように


冷たい波は僕の膝を腰を濡らしていき、暖かい陽は君の髪を瞳を優しく照らす


胸元で水が揺れるようなった頃、君は急に立ち止まって僕の腕を引いた


腰に手を回されて唇を塞がれる


すっと離された唇の間に垂れた糸が光に照らされて輝く


君は僕の耳元に口を寄せて


「 」


一番聞きたかった言葉を紡ぐ


頬を伝った一粒の涙が水面に波紋を描く


強く、強く抱きしめる


もう離れたくない


君のいない時間なんて、もう送りたくない


今度は僕から唇を重ねる


目を閉じて君の頭に手を添えると、君との距離はさらに近づいて


だんだんと全身の力が抜けていき、深く深く沈んでいく


君の甘さに酔いしれながら


まだ見た事のない、2人だけの世界へ旅に出る


君のことが好き、だから


君との思い出をずっと綺麗なまま残しておきたいから


そして、これからの時間を君と一緒に過ごしたいから…


だから、もう離れない


この手を離さない




ねぇ…君は………






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