表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

SFシリーズ

悠久の大地の時忘れ屋

作者: 独楽


 ラルラウアはまぶたを開きます。

 木の天井が見え、光が少し眩しく感じます。

 台の上に寝ていました。

 ラルラウアは身体を起こし、辺りを見ると、そこは広くて、どこか物悲しい部屋でした。


「やあ、おはよう」


 声に目を動かします。

 窓のそばで、椅子に腰を掛けている男の人がいました。


「あなたはだれですか?」


 ラルラウアがそう訊ねると、彼は立ち上がって服を持ってきてくれました。

 どうやら、ラルラウアは裸だったようです。

 恥ずかしい。


「僕は君をなおした人間だよ」


 彼の服装は、白衣でした。

 お医者さん。

 ラルラウアはそう認識しました。

 部屋の中には、ラルラウアが寝ていた台と、なおすときに使ったのでしょう、道具と厚い本が数冊、テーブルの上に置かれていました。


「初めまして。僕は時忘れ屋だ。君の名前はラルラウア。君が世界に出るのはまだ早いから、しばらくは僕と一緒に生活をして貰うよ」


 そのとき、ラルラウアは自分の名前を知りました。


「着替えたら、外に出てきて」


 彼はそう言って部屋を出ていきました。

 ラルラウアは彼が持ってきてくれた綺麗な服を着て、部屋の外に出ました。

 木の廊下。他にも部屋がありました。

 見えてきた木の階段を上がって、空きっぱなしになった扉をくぐります。


「まぶしい」


 初めて見る太陽の光に、ラルラウアは目を細めます。

 吹き抜ける風。

 見ると、この家は丘の上にあるようで、辺りには緑の草がありました。なだらかな緑色の斜面には沿うように川が流れていて、その奥には、背の高い木々。森が見えます。

 扉を出てすぐのところの石の階段に、時忘れ屋さんは座っていました。

 彼はラルラウアを見ずに言います。


「しばらくは森には行っちゃいけないよ。川にも気をつけてね。濡れてしまうと体調を壊してしまうかもしれないからね」


 ラルラウアはうなずきます。



 ......_



 時忘れ屋さんのお家は、古くて大きいものでした。

 壁には植物がいっぱい生えていて、お家の裏には井戸と畑があり、サビついた大きな機械が地面から突き出ていました。

 お家は一階と二階、そしてラルラウアが目覚めた地下室があります。


「地下室には行っちゃいけないよ。危ないからね」


 ラルラウアは彼の言いつけを守りました。

 森にも近づきません。川も危ないので近づきません。

 しばらくラルラウアは時忘れ屋さんの畑仕事と、家事を手伝いました。

 食器を片付けているとき、ラルラウアは食器棚のとなりに掛けてあった鏡を見つけました。

 初めて自分の顔を見ました。

 女性でした。

 短いブラウンの髪の毛。ほっそりとした輪郭に、青白い目。


「はじめまして。私がラルラウアですか?」


 ラルラウアがそう言うと、鏡の中の自分がにっこりと笑いました。



 ......_



 それからまた数日経って。

 夕食のときに、ラルラウアは彼に訊きます。


「私たち以外の人間は、どこにいるのですか?」


 食卓の上には、畑で採れた野菜を使ったサラダ。

 ジャガイモを蒸して、塩をかけたもの。カップに入ったミルクなどが並んでいます。

 彼はサラダをつつくのをやめて、フォークを置いてから応えます。


「ねえラルラウア、君が思っている以上に、この世界は広い。いつか君も行くだろう。森を抜けると街が見える。そこには君が想像できないくらいの人たちが、毎日こうやって生活をしているんだ」

「なぜ時忘れ屋さんは、ここで暮らしているのですか?」

「それはね。僕の存在する理由がここにあるからだ」


 彼は、ラルラウアのわからないことを言いました。

 こういうとき、ラルラウアは首を傾げることが正しい反応だと知っています。

 だから、首を傾げてみました。

 それを見て、彼は優しく笑いました。



 ......_



 天気の良い晴れた日のことでした。

 ラルラウアが畑で仕事をしていると、小さな動物が地面に寝ているの見つけました。

 そっと手を触れて、抱き抱えてみます。


「温かい」


 生きている、とラルラウアは認識しました。

 それは小鳥でした。

 ラルラウアは、畑の隅に優しく小鳥を置きます。

 時忘れ屋さんの言うことを守って、畑仕事の続きをはじめます。

 やがて太陽が傾き、夕暮れに丘は染まりました。

 ラルラウアはお家に戻ろうと、小鳥のところへと行きます。

 そっと手を触れて、さっきと同じように抱いてみます。


「冷たい」


 それがどういう意味なのか、ラルラウアには理解できませんでした。

 お家に入って、玄関の棚に小鳥を置きます。

 次はご飯を作らなければいけない。

 夕食のときに、ラルラウアはテーブルの上に小鳥を置いて、彼に訊ねました。


「温かかったのに、冷たくなってしまいました。この子はどうしたのでしょうか? 身体の調子が悪いのでしょうか?」


 彼は言います。


「この子はね、動くことを忘れたんだよ」

「忘れた? 時忘れ屋さんはお医者さんでしょう。わたしのように治せないのですか?」


 彼はゆるゆると首を横に振ります。


「僕には死んだものを直すことはできない」


 彼はラルラウアのわからないことを言いました。

 だからまた、ラルラウアは首を傾げてみます。

 けれど、彼は笑ってはくれませんでした。

 目から何かがこぼれました。

 それは頬を伝い、テーブルの上に落ちます。


「ねえ、ラルラウア。君の心はいま、どんな風になっている?」


 傾げた首を戻し、ラルラウアは応えます。


「わかりません」

「重くて、冷たくて、わからないがいっぱい積み重なって。胸がきゅっと痛んで、苦しくて……そんな感じじゃないかな?」

「かも、しれません」

「それは悲しいっていうんだよ」


 悲しい。

 これが、悲しい。

 ラルラウアは、この感情の名前を初めて知りました。

 そして、死というものを彼から教わりました。


「死。死ぬ。動かなくなる。動くことを忘れる。悲しい。これが、悲しい」


 彼は、テーブルの上にある死んだ小鳥へと視線を送ります。


「なんで死ぬと悲しいんだろうね?」

「わかりません」

「でも、ラルラウアはいま悲しいんだろう?」

「はい。私は、いま、悲しい」


 彼はふっと笑います。

 立ち上がって、ラルラウアの前へと足を移しました。

 そして手を差し出して、


「ねえ、ラルラウア。僕と踊ろうか」


 と、言います。

 その手を取って、踊りました。

 ラルラウアは、彼から楽しいを教わりました。



 ......_



「そろそろ時期だから、僕は街に行かなくちゃいけない。寂しいかもしれないけれど、ラルラウアは独り、いつものように生活をするんだよ」


 言葉を残して、彼は森をぬけて街へと向かいました。

 彼が帰って来たのは数日後。

 台車を引いて戻ってきました。その上に乗っているのは人間でした。

 初めて見る彼以外の人間に、ラルラウアは少し戸惑います。


「その人は?」

「名前はルルーっていう。僕の患者さんだよ」


 けれど、その人は動きません。

 ルルーという名前の少女は、すでに動くことを忘れています。


「死んでいるのですか?」

「そう。でも、なおすことが出来る。君にも手伝ってほしい」


 彼が言っていた、危ないから入ってはいけない、という地下室へルルーを運び込みます。

 ラルラウアが目覚めた台の上へと置きました。

 彼は、ルルーを直しました。

 そして、ラルラウアは知ることになります。


「私も、ルル―と同じように機械なのですか?」


 台の横で、ラルラウアは彼に訊きました。

 彼は応えます。


「そうだよ」


 自分の意味。

 自分が生まれた意味。

 そして、自分が作られた理由。


「この世界に人間はいない。人間は衰退して、滅びた。機械と動物だけになった世界で、僕たちはこの穏やかな時を悠久に過ごすんだ」

「なぜですか?」

「それは僕にもわからない。けれど、僕は人間に守ることを命じられた。でも、なにを守れと命じられたのか、僕はもう覚えていない」


 彼は椅子に腰を下ろします。 


「僕の中には、人間の記録が入っている。人間はこの世界を愛していたそうだ。だから僕は、かつての人間が愛したこの世界を守ろうと決めた」

「では、なぜ私は作られたのですか?」

「機械も永遠じゃない。活動の限界を迎えた機械たちを迎え、新たな機械へと作り変えるのが時忘れ屋の仕事。僕たちの仕事だ」


 ラルラウアは彼の言っていることが理解できなくて、首を傾げてみます。

 彼は優しく笑って、こう言いました。


「僕はもうじき死ぬ。君には僕の代わりを務めて欲しいんだ」



 ......_



 ラルラウアは、庭に作った長いベンチに腰をかけていました。

 温かい太陽の光に目を細めます。庭の隅に立っている、木で作られた十字架。

 それを見て、ぽつりと、呟きます。


「ありがとう。あなたが作ったこの世界は、悠久の時を経ても緑に包まれ、美しい」


 気持ちのいい風に揺られていると、声が聞こえました。


「ねえ、ラルラウア」


 少女が駆け寄ってきます。


「ルルー、どうしたのですか? そんなに慌てていては、怪我をしていまいますよ」

「見て、これ。わたし初めて見ます。ラルラウア、これはなんていうの?」


 ルルーの手には卵がありました。


「これは小さい命の息吹きです。大切に、優しく温めてあげてください」

「いのち?」


 ルルーは首を傾げます。

 ラルラウアは微笑んで応えます。


「そう。この子はこれから色んなことを覚えるために生まれてきます。苦しいも、悲しいも覚えることでしょう。でも、楽しい、嬉しいだって覚えます。一粒の木の実がいくつもの森を生むように、この子が世界をかたどっていくのです」


 ラルラウアは、ルル―の頭をなでます。


「あなたも、喜んで悲しんで笑って涙を流しなさい。そうすればきっと、あなたの目にこの世界は美しく映ることでしょう」


 風に森の木々が揺れました。

 ラルラウアの心には、安らぎだけが満ちていました。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うう、ごめんなさい。オマージュ作品は未読であります。 冒頭『どこかもの』:誤字かと思われます。 『気持ちのいい風に揺られている』: 身近なヒトの死が穏やかに自然に優しく描かれていたのが印…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ