神の寵児エマリウス!!
目が覚めると、視界一杯に青空が映った。陽光に炙られてしっとりと汗の張り付いた肌が、風に晒されて心地良さに震えた。耳がぴくん、と無意識に、表通りの話し声に反応して揺れた。とても気持ちいい目覚め。爽快で、まるで生まれ変わったみたいだ。
「う、う~ん。いい天気だにゃー」
おかしい。近くには誰もいないはずだ。近づけば耳が音を拾う。しかし実際に、何だかとても可愛いらしい声がすぐ側で響いた。弾かれたように振り返るが誰もいない。
俺が寝ていた場所はどこかの店の屋上のようで、下からは呼び込みの声が聞こえる。耳の感度は良好だ。この屋上も周りの屋根も、遮蔽物など何もない。エミリオきゅんのボディラインの如くフルフラットで、隠れる場所など・・・まて、なぜ俺は自分の耳をこんなに頼りにしている?頭と共に、腐っていると評判だった自分の耳を、まるで自慢の耳のように誇らしく。
ぴくん、ぴくん、と俺の警戒心に影響されて耳が小刻みに揺れる。
「にゃ、そんにゃまさか」
可愛い声に反応して耳がぴんっ、と張り詰める。何故か当然のように感じて存在に疑問を抱かなかった2本の、これまた自慢のしっぽ達もびんびんにおっ起っている。
恐る恐る手を耳の位置に・・・ない。耳が存在しなかった。人間なら本来あるはずの位置には。自分の顔を挟み込んでいた両手を側頭部の上の方にやると、あった。さらさらの髪にふかふかの耳。再び手を顔に持っていくとむにん、と音が鳴りそうなほどぷるぷるのほっぺたが。さらに下に手をやるとむにゅう、と音が鳴りそうなほどぷにぷにのぺったんこが。慌ててさらに下、服をずらすと、そこにはゲームでは存在しなかった男の象徴が。よかった。ゲーム上は女PCだったが、実際の性別は脳内設定の男の娘のようだ。TSとかはさすがに困る。
「ってえ!何でボクがエミリオきゅんににゃっとるんにゃああああ!」
体中をまさぐっていた指は少女のように繊細で、爪は透明なマニキュアでも塗ってあるかのようにつやつやしている。いや、実際に塗ってあるはずだ。だって俺がフヒフヒ言いながらそのように設定したんだもん。
「ふざあけるにゃあ!ボクは愛でたかっただけで、成りたかったわけじゃにゃいにゃあ!自分の尻を撫でても、楽しくにゃあああい!ふぁあーくっ!」
くそう。くそっ何てことだ。誰の仕業だ。神の与えた罰か。俺がキモかったから?ふざけるな!帰せ!返せ!エミリオきゅんは俺のっ。俺のっ!
「嫁ぇええええ!」
男泣きに泣きじゃくった。隣の宿屋の窓に映るその顔は、大粒をぽろぽろと溢す美少女にしか見えず、とても庇護欲とあとついでに嗜虐心もそそる。
(ああ、かわいいなあ俺の嫁)
自分の姿を客観的に見て、落ち着きを取り戻す。泣いてばかりはいられない。まずは現状をきちんと把握しなければ。おそらくこれはゲームの世界に転生しちゃった系だ。神よ。なぜエミリオきゅんに。ゆるさない。
(=’ × ’=) (=’ × ’=) (=’ × ’=) (=’ × ’=) (=’ × ’=)
まずは持ち物の確認だ。ゲーム時代、俺がエミリオきゅんの後ろ姿を眺めていた時と設定が同じなら、このぱつん、と締まった尻に、違う。腰に下げているポーチに所持品やレアドロップ素材がつまっているはずである。
「にゅう。無事だったのはコイツらだけにゃ」
ごそごそと四次元空間をまさぐっているが、素材どころか所持金もない。ショートカット登録しておいた回復アイテムなどの消耗品だけがステータス画面から取り出せた。ギルド対抗戦直前で大量に補充していたことが救いか。しかし金も換金できるアイテムもなく、装備は普段着にしているデザイン重視のもの。よそ行きの服はアイテムポーチに入っていない。レベルが存在せず、装備に付いているスキルで戦うこのゲームを元にした世界で、これは厳しい。なによりコレクションたちを失ったことが悔しい。
「まつにゃ。ショートカット登録にゃ」
そうだ。失念していた。ショートカット登録してあったアイテムが残っているなら。
俺は屋上を飛び降り、服屋へと駆け出す。屋上から俯瞰して気づいたが、ここはゲーム時代の始まりの街「目覚めし熱き大望」のようだ。今の一人称視点では土地勘が狂っているが、服屋の場所なら迷わず行ける。男PCが余りにもにもゴツいために、「目覚めし厚き体毛」と揶揄された街を、俺は走り抜けた。男PCでプレイしてなくて良かったと、心から思いながら。
( ФωФ ) ( ФωФ ) ( ФωФ ) ( ФωФ ) ( ФωФ )
「にゅふふふふ。思ったとーり。いにゃ、それ以上にゃ」
街の名物(という公式設定の)噴水広場に程近い服屋のドレスルームで俺は喜悦の声を上げた。ダンジョン内でMP(デフォルトでは「神通力」と表記されるが、何のポイントか分かりにくいし文字も達筆で読みづらいのでゲーム時代の初期から設定を弄って変えた。現在空中に浮かんでいる半透明なステータス画面は、水彩画のようなほんわかしたレイアウトだ。誰があんな無骨なウィンドウを使うものか)を消費して装備変更をする以外では、装備のショートカット画面の表示や設定は、ドレスルームでしか出来ない。宿代もない俺は服屋の試着室以外でこの画面を呼び出せなかった。
今の俺の視界には、半透明の衣装がところ狭しと並んでいる。ゲームではショートカット登録できる装備は2着まで、物理重視と魔法重視、索敵特化と対人特化など、その組み合わせは多岐に渡り、楽しかった。変身ヒロインっぽい掛け声とあわせて、MPが切れるまで何度も堪能した。本当に楽しかった。しかし、今この状態は、良いのだろうか?目の前に半透明で浮かんでいる、歴代の装備たち。2着どころか20着以上ある服を、ホログラムのように浮かばせてはスクロールしていく。確かに設定ではそうだ。エミリオきゅんは何着でも、ダンジョンだろうが街だろうが何処ででも、掛け声と共に装備変更可能である。俺の脳内設定では。
まさかと思い。目に意識を集中させる。試着室の鏡の前で、我が愛しのエミリオきゅんの瞳が縦に鋭く尖る。
《鑑定》
エマリウス・ベース ♂ Age:14
スキル
特殊魅了
イベント外状態異常無効
にゃんでも鑑定眼
天下猫吉
天使
寝子悪魔
俺嫁補正
「きたっチートきたにゃ!きたにゃいにゃ!ずるっこすぎるにゃ!」
ゲームでは、スキルは装備にのみ存在した。しかし今、俺は商人系装備でしか使えないはずの鑑定スキルを使い、鏡を利用してエミリオきゅんの能力を確認した。俺の脳内設定、妄想の中のロールプレイで存在したスキルが表示される。ここはゲームでの公式設定と俺の脳内設定が共存する素晴らしき異世界だったのだ。ならば、俺がやるべきことは何か。突然呼ばれた理由は。意味は。大丈夫だ。俺はわかっている。ここは俺の脳内設定に毒されてしまった世界だから。
鏡に映る美しい少年を見る。水色の瞳は、俺の邪念を受け止めてなお濁ることなく澄んでいた。やや紫がかったピンクの毛並みは、ビッチにならないよう配色に苦心したゲーム時代より遥かに美しい。褐色の肌はまさに煮詰めた蜂蜜のようで触れる者を蕩けさせるだろう。2色の尾はくねくねと少年自身の太ももに巻きついて上機嫌である。俺はもう一度少年の顔を見た。不安なようで、どこか期待した表情。大丈夫。わかっている。
「まかせるにゃエミリオきゅん!オマエの、女の子いっぱいおっぱいハーレムマスターの夢は、ボクがかなえるにゃ!ニャアハハハハハハハハ!!」
鏡の中の美少年が今にも泣き出しそうな顔をしている様に見えた。おそらく、これから出会うであろう数多の女の子たちと違い、俺自身は全くエミリオきゅんを愛でられないせいだ。その複雑な気持ちが顔に出てしまったのだろう。しかし安心して欲しい。俺の欲望は叶わなくとも、エミリオきゅんの夢だけは、絶対に叶えてやるからな!
様子を伺う店員を無視して、俺は服屋を後にした。装備が揃っているなら、後は金策だ。暴力の次は財力を手に入れて、後は女子力を手に入れてハーレムまっしぐらである。ん、女子力?いや要らない。必要なのは女子だ。
ふとショーウィンドウに目をやると、日光に反射して、先ほどよりいっそう悲しげな美少年がこちらを見ていた。俺はそんなエミリオきゅんの表情に不可解な罪悪感と、不思議な達成感を抱きつつ、噴水広場をあとにした。
目指すは領主の館。皆さんご存知「エーデルヴォルフさん家の地下迷宮」と呼ばれる灼熱ダンジョン。その最奥。ボス「太陽の化身」こと巨大黄金フンコロガシの討伐。
「ニャシャアアア!金相場崩壊させたらぁー!!」
この新しい世界を、小さな胸に期待を膨らませ、俺は駆け抜ける!!