バレンタイン
お正月が明けたらいよいよ受験だ。俺は都内のKO大学の推薦入試を受ける。
坂井は都内の公立学校を受ける。
さすがに今月はデートというわけにはいかなかった。
坂井はセンター試験もあったし、俺に会うどころの話じゃなかった。
ミキちゃんもミユキちゃんも試験にかかりきり。
俺は一人先に受験を終わらせた。
坂井とは電話で毎日話はしているが、1月に入ってからは一緒に通学していないので、微妙に照れ臭い。
話す話題も受験のことばかりで、嫌になりそうなほどだった。
そんなとき、救世主だったのが、ユウスケだ。
ユウスケは彼女がいながらも、毎日のように連絡をくれた。ある時なんて彼女とツーショットの写メを送ってきた。
俺が「うらやましいぃぃいい」と雄叫びのメールを送るほど、二人はラブラブな様子だった。
電話をしていても、「彼女が……」「彼女の……」と、少しヤキモチを焼くほどに二人はラブラブだった。
おかげで俺は楽しくヤキモチを焼きながらこのシーズンを乗り越えることができた。
俺は希望の大学に受かった。坂井も希望の大学に受かった。
ミキちゃんとミユキちゃんは第二希望の大学へ受かった。
誰も後期で受けなくてよかったことを幸いに思う。
俺は後れ馳せながらのバレンタインチョコを坂井に渡した。
坂井は大喜びでチョコの紐を解いて、目の前で一粒食べると
「超旨い!」
と言いながら俺に一粒渡してきた。
あーん。むしゃむしゃ。
自分で買っておいて何ですが、超旨かった。
去年はまだ付き合って日が浅かったこともあってこんな食べさせあいなど考えもつかなかったけど、これもまた、幸せの一つなんだな、と思った。
前世の俺はバレンタインとは無縁な存在だった。
母親ですらバレンタインをくれなかった。
いや、小学生くらいまではもらっていたと思うんだが……
そんな俺にも輝かしい過去はあった。
小学四年生くらいのときである。
その日一日、周囲はそわそわと落ち着かなかった。俺はただ冷静に、俺には関係のない行事だから、と気にもとめずにいた。
すると、同じクラスの斎藤がやって来て言った。
「図書室で神田さんが待ってるから、行ってやって」
神田さんは当時図書委員をしていて、俺は延滞図書があった。
ゆえにそのことだろうと思い込み、そのまま走って帰宅してしまった。
すると、帰宅して一時間半ほど経ったとき、チャイムが鳴った。
応対は母親がした。
「降りてきなさい、お友達よ!」
母親に言われて降りてきてみると、そこには泣きはらした目の神田さんがいた。
「なんで……」
「どうしたの?」
「なんで帰っちゃったの?! 私、図書室でずっと待ってたのに!」
「延滞の本のことだろ? 明日返すから……」
すると神田さんは頭をブンブンと横に振った。
「これ……」
手に持ったそれはプレゼント用のラッピングがしてあった。
「まさか……」
「これ! 私の気持ちだから!」
そう叫ぶと神田さんは走って帰って行った。
翌日、噂はもう広まっていた。
デリケートな年齢だ。俺は
「神田と夫婦仲良くね!!」
「ヒューヒュー、熱いね二人とも!」
そんな野次を飛ばされて思わず言ってしまった。
「誰がこんなブスと!」
二人の関係を壊すには最適、かつ最悪な言葉をはいてしまった。
しまったと思ったときには遅く、神田さんは大きな目からぼろぼろっと涙を流して教室から飛び出していった。
そんなこともあったなぁと思い出してしみじみする。
坂井から
「今何を考えてた?」
と聞かれたが、
「秘密!」
とだけ答えた。