いじめ
やがて夏休みは終わり、新学期を迎えた。
いつものごとく坂井が迎えにやって来る。
最近は坂井といるときは安定している。
森永さんのことはやっぱり許せなかったけど、相手が勝手に呼び捨てにしてくるなら、どうしようもないことだった。一言、彼女としてなにか言うべきかなと迷いはしたが、しばらく様子を見ることにした。
坂井は夏休みに入ってからずっと森永と塾を出て帰っていたらしい。
森永と坂井は中学の同級生でもあった。だから、別に一緒に帰るくらいいいだろうと思ったらしい。それについては俺もユウスケの事があるので特に何も言えなかったし、言わなかった。ただ、今後一切そういうことはしないで、とだけ言った。
俺はズルい。坂井にそうやって言っておきながら、自分はユウスケと帰っている。親友だと断言したが、ユウスケには何も言っていなかった。
学校が始まるとバイトに入る日が少なくなる。塾に行くためだ。
必然的にユウスケに会う日も減っていく。
だが、これでいいんだな、と、そう思った。
だが、ユウスケは俺にバイトのスケジュールを聞くようになり、俺がバイトの日だけ職場に足を運んでくれた。
だから、夜と土日はバイト先まで迎えに来てくれて送ってもらえた。
最近は自転車に乗ってくるので二人連なって走ることが多かった。
坂井とのことで助けてもらったその背中を見つめる。意外に大きいその背中。それを見ていると胸がきゅーっとなった。
並んで走りながらおしゃべりをする。そんな区間はあまりないから、その区間は楽しかった。
相変わらず一日のニュースを教えてくれる。それをうんうん、と聞く俺。それだけでも充分幸せだ。
「今日僕ねぇ……」
よくもまあ毎日ネタが尽きないこと、と思う。
たまぁに、「ユウさんは?」と話を振ってくるが、「私は別に特別なことはなかった」と言って逃げた。
そんなユウスケがある日黙ったまま送ってくれた。顔色も悪く、熱があるのでは?と聞いたが、
「ちょっと学校で嫌なことがあっただけだから」
と言って相変わらずだんまりだ。
俺は気になって気になって仕方がなくなった。
「ねぇ、学校で何があったか聞いてもいい?」
すると、少しずつユウスケは喋り出した。
「僕ってそんなに女っぽい?」
「ううん、そんなことないよ」
ユウスケは息を飲むと、続けた。
「学校でいつも女みたいって言われてからかわれるんだけど」
また一息ついて続ける。
「今日は身体測定ごっことか言われて制服を脱がされたんだ」
「なっ……なにそれ、いじめじゃない」
「やっぱり?おばあちゃんには心配かけたくないし、このまま黙っていようかなって……」
「黙ってるの、よくないよ!ちゃんと話して解決していかなきゃ」
「いじめてくるやつらは、自分がいじめてる自覚なんてないんだ」
「それで?」
「僕がそれを黙ってうけていれば、いつかは気づいてくれるはずだから」
「甘んじて受けようってことね。でも、それで本当にいいのかしら。」
「僕にできる精一杯だよ」
ユウスケの気持ちはわかる。だが、エスカレートしていく可能性だってあるのだ。黙っておくことはできないだろう。俺はそう言ったが、ユウスケはそれでもいいと言った。
「そうなったらそうなった時に考える」
ユウスケがいじめられるのは、容姿が端麗であることの他に、この極端に素直で子どもっぽいせいもあるだろう。今どき小学生でも考えないような考えをしたり、それを平気で口にしたりするからだ。からかうほうにとってはからかいやすい、扱いやすい人物だろう。
しかし、ユウスケはいじめをスルーするつもりだ。うまくいくといいが。