雑炊
「ユウちゃん……どうしたの?」
季節に合わないスエットを着た宮崎さんが言う。
「副店長から、差し入れを頼まれまして……」
「そうなんだ、ありがとう。助かるよ、恩にきるよ」
「食事とか、きちんととれてますか?」
「いや、正直言って今こうしているのが精一杯」
俺は思わず
「食事、作りますよ?」
と言ってしまった。
宮崎さんは、
「いやいや、悪いから、そんなこと気にしないで」
と言ったが、俺はなぜか積極的になり、結局食事を作ることになった。
宮崎さんを布団に戻し、さっき副店長にもらった雑炊の素を取り出した。
玉子が残っていたので、それも使って玉子雑炊にした。
宮崎さんが俺の雑炊を食べている。
それだけで感動モノだ。
今まで料理の手伝いをしてきてよかったなぁ、と思う瞬間だ。
はふはふしながら食べる宮崎さんを見て、いとおしいと思ってしまう。
まだ知り合って間もないのにこんな気持ちにさせるなんて、宮崎さんはズルい。いや、ただ風邪で休んだだけで宮崎さんは何も悪くはないんだけど、なんとなく。
「ありがとう」
と言われて、ハッと我に返る俺。
「い、いえ、こんなことしかしてあげれませんから……」
「いや、美味しかったし、助かった。腹が減っても起き上がってるときついから……」
「副店長から、ウィターインゼリーももらってますからね、乗り切ってください!」
「さすが副店長、ありがたいね」
鼻水を拭きながら宮崎さんは言った。
「それと、これは私からです」
メッセージカードを渡す。
小さい猿に吹き出しがついたそれには、俺からの一言が書いてあった。
「それ、中は後でみてくださいねっ」
ご飯も済んだし、茶碗を洗って、そろそろおいとましなきゃ、と思っているときに、ふと、宮崎さんが尋ねた。
「その制服の学校って……」
「はい、東第一高校ですよ」
「そうなんだ……」
何がそうなんだ、なんだ?
「え……っと、学校が何か?」
「ユウちゃんって今何年生?」
「三年生ですよ?」
そっか……と言って宮崎さんが遠い目になる。
「どうしたんですか?」
「いや、同級生に、佐藤って女の子がいるの、知ってる?」
「はい、友人ですけど……」
そっか……と言ってまた遠い目になる。
「俺のこと、話さないでね」
「え?」
「俺と一緒の職場ってこと、というか、俺と知り合いっていうことを、秘密にして欲しいんだ」
俺は何なんだ?と思いつつ
「はい」
と返事をした。
◇
翌日、佐藤に会う。いつも通り、何も変わったことはなかった……俺が口を開くまでは。
「小百合さぁ、宮崎さんって人知り合いにいる?」
「な……何で……?」
「いや、なんとなく。気にしないで」
佐藤が動揺するのにはこれだけで充分だったようだ。
「ユウ、何でその名前……」
「…………」
「何でその名前を知ってるの?」
「何でって、なんとなくだよ」
「なんとなくって何よ?」
佐藤が段々取り乱してくる。
「私は……っ! 忘れたいの!! 忘れたいのに……っ」
それを聞いてハッとした。
佐藤の相手って……もしかして……
「宮崎哲也さん、知り合いなんだね……」
俺がフルネームを出すと、佐藤は泣き崩れた。
◇
宮崎さんは3日休んで、やっと出てきた。
俺の中にあった恋心は綺麗さっぱりとなくなっていた。親友を辛い目に遭わせた人を好きにはなれない。
宮崎さんが悪い訳じゃない。
だけど、そんな人に恋を出来るほど俺は大人じゃなかった。
宮崎さんには佐藤にバラしたことを話した。
宮崎さんも苦痛の表情でそれを聞いていた。
雨の6月が始まっていた。