風邪
ミキちゃんに相談すると、
「それって二股じゃない!」
と怒られた。まだ別に何をしたわけでもないのに、怒られている。
「ちゃんと坂井くん見てなきゃだめじゃない! あんなに大切にしてもらってて、そんな気持ちになるなんてあり得ない!」
「でも、まだ何をしたわけでもないんだよ? 昨日一緒に帰っただけ……」
「わざわざ待ってて、しかもバイクを押させて帰ったんでしょ? そんなの気がありますって言ってるのと同じじゃない!」
「そ……そう言われてみると……確かに……」
「でしょ?! あんまり軽い態度取るんだったら、私も絶交だよ!」
絶交……それは嫌だ。絶対に絶交なんてあり得ない。
俺は道を1つに絞らねばならない。今まで大切にしてくれた坂井か、新たな恋を求めて宮崎さんを狙うか……
坂井とは最近うまくいっていないが、こちらが本気でそれを変えようと思えば変えられる可能性は充分すぎるほどにある。
だが、進み始めた気持ちを覆すこともできない。
あぁ、どうしたらいいんだ!
今日もバイトだ。確か宮崎さんもシフトに入ってたと思う。顔を合わせるのが気まずい。けど、ここを乗り越えなければどっちにも道はない。
とりあえず普通に挨拶しておこう。
「おはようございます……」
「あ、おはよう!」
「おはようございまーす」
「ぅいっす!」
……宮崎さんがいない……
「あの、今日、宮崎さんは?」
「風邪引いたとかで休みだよ」
え……今まで休んだこともないって言ってたのに……
その日一日、俺は宮崎さんの心配をして過ごした。
宮崎さんがいない職場はなんだかみんな元気がない。いつも中心で笑っている宮崎さんがいないことがこんなに寂しいことだとは思わなかった。
シフトに入っていない日ならまだしも、シフトに入っているのにいないとなると、皆影響されるのか、元気がない。
「宮崎さんって、おうちはどこなんですか?」
副店長に聞いてみる。
「ん? 宮崎の家? そこの国道をまっすぐ行った先だよ。あいつ、独り暮らしだから、風邪引きとか、困ってるだろうな……」
「そうなんですか……」
「そうだ!ユウちゃん今日は早あがりだろ? 宮崎んちに薬とか届けてくれないか?」
「え?! 私? いいですけど……」
「あがるとき言ってよ。あいつの家の地図、書いとくからさ」
「は、はい……」
勢いに乗って承諾しちゃったけど……ま、いっか。
「お疲れ様でーす」
「あ、ユウちゃんあがりか。これ、地図ね。あとこれは皆からの差し入れ」
「はい……」
「宮崎に、お前が来ないと仕事が進まん、と伝えてくれ。」
「はい……」
俺は薬やら何やらを抱えた。
休憩室で着替えて、地図を見やる。なるほど、わかりやすい……国道をまっすぐ行って、ちょっと左に入り込んだところか。これならすぐにわかりそうだ。
俺はペダルを踏んで進み始めた。
ペダルを踏みながら、これってうちと逆方向じゃない?と気づいた。
昨日は同じ方向だと言っていたのに、逆方向……
気を使ってわざわざ逆方向に来てくれたんだ。
ちょっと感動……
って、同じことを毎朝してくれている坂井をそっちのけで思ってしまった。
坂井のことを忘れている自分に気づかず感動に浸る俺。
宮崎さんの家には割りとすぐに着いた。たったこの距離、と原付に乗ってくる宮崎さんのことをちょっと残念だと思ったが、よく考えれば大学に行って、その足で来ているのだから当然か、と思い直した。
チャイムを鳴らす。
「……はーい」
宮崎さんの声がする。若干鼻がつまったように聞こえるのは風邪のせいだろう。
宮崎さんがドアを細く開けた。
「宮崎さん、ユウです」
その言葉でドアは大きく開かれた。