日常
俺はファーストキスを坂井に捧げた。
男同士気持ち悪い、と思っていたのだが、シてみると、案外いいものである。気持ちいいし、なんだか胸がきゅん……となって、不思議な気分になる。
何秒くらいそうしていたかわからないが、ハッと気がついて坂井から離れる。
「ごめん、つい……」
坂井は頭を掻きながら言う。
「つい、じゃない!気持ちの準備とか、あるだろ!!」
ずいぶん女言葉には慣れてきていたが、こういうときはやっぱり乱雑な言葉が出やすい。
坂井はシュンとして大人しくなった。反省しているようだった。
心の準備を整えると、俺はもう一度、キスを要求した。
二度目のキスもやっぱり歯みがき粉の味がした。
坂井が帰ってからしばらくしてユキノが帰って来た。俺は話すことも出来ずにただただリビングのソファーに座っていた。
ユキノが、
「どうかしたの?」
と聞いてくるが、頭をブンブンと横に振った。
「彼氏とでもなんかあった?」
鋭いユキノ。
「ユウは純情さんだからなー」
と言いながら、ジュースをコップにいれた。
「そ、そんなことないよ! 私だって、私だって……!」
その先は言えずにいた。
「まあ、なんにせよ、経験したことはイイコトだよ、おねーちゃん」
さすが、ススんでいる妹。達観しているというか、なんというか……
ともかくユキノが帰って来たことでワンクッション置けた俺は、部屋でボーッとしつつ、母の帰りを待った。
テスト期間も、うちの手伝いを免除されるわけじゃない。それがうちの方針。母が帰ってきてから、いつも通り食事の支度を手伝う。それが逆に俺の気持ちを落ち着かせる。
さっきのことは、何度思い出しても赤くなる。母にはまだバレていないようだ。
バレたらどうなることか……想像するだけで恐ろしい。
その辺、ユキノは二番目の子どもだからか、うまいことやってのけてしまう。小心者の俺とは大違いだ。
夕飯も済ませて、お風呂の時間。
いつもより熱心に身体を洗った。いつ、何が来てもいいように、下着も上下お揃いのみにした。
ブラが足りないから、今度母にねだろう……
女の子はいつでも下着に気を使う。一日中家にいるとわかっているときは、ゆるゆるボロパンにボロブラで過ごすが、そうでないときは、いつも気を使う。これはミキちゃんやミユキちゃんから教わったことだ。
特に、勝負をかけるときは上下お揃いの、新品を身につける。身につけることで意識も高まり、女子力をアップできるらしい。
確かに。
俺は言われた通りに勝負下着を着ると、布団に入り込んだ。
寝るまでの間、メールをし続ける。でも、よく考えると、このメールをしている間も、坂井は勉強しているのだ。そう思うと、メールをするのも迷惑になるかな……と思い、メールを控えてみた。
翌朝、起きて一番にメールを確認すると、十件ほどメールが入っており、全て坂井からのメールだった。
『返事がないけど、どうしたの?』『なにかあった?』『もう寝ちゃったのかな?』
俺は朝一番に定例のおはようメールをした。
すると、
『昨日は早く寝たんだね』
と返信が。
坂井にメールをせず、ただベッドにいたら、メールに気づかないほど俺はぐっすり熟睡していた。
『いや、勉強の邪魔しちゃ悪いかと思ってメール控えてみた』
と言うと、
『全然迷惑じゃないよ! 寧ろ励みになるくらいだよ!』
とメールが来た。嬉しくなった俺は、また今夜も調子こいたメールを送るのだろう。
そんなこんなで、もう坂井が迎えに来る。最近では当たり前の姿になってしまった。
自転車をゆっくりと進めながら、坂井が言った。
「また、キス、しようね」