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フランク坂井

 ミキちゃんとは朝も今は別々に行っている。

 休み時間も松永といることが多く、あまりしゃべれていない。

それでもミキちゃん欠乏症にならないのは、やはりミユキがいるからだろう。


 塾へ行くと、玄関先で坂井に出会った。

珍しく

「おぅ」

と挨拶をされる。

雷でも落ちるんじゃないかと心配になるくらい、さらっと挨拶をされた。

「お、おぅ」

俺も挨拶を返す。女の子らしい挨拶なんて考えもつかなかった。やっぱり不意討ちには弱い。


 玄関先で驚いたまま固まっていると、

「おいっ!!」

と声をかけられてビクッとする。

「なんだ、ミユキか……驚かすなよ」

俺は一気に出た汗を拭いながら言う。

「何固まってたのよ?」

「いや、ちょっとね……」

「何よ?」

「ちょっとビックリすることがあっただけ」

「そうなの?何か聞いてもいい?」

「いや、なんでもないから」

俺は言葉を濁した。


 あいつ、俺に向かって挨拶をしてきた……どういうつもりなんだろう?それとも今まで玄関先で会ったことなんかないから、たまたまか……?

 答えはまだまだ謎なままだった。


 今日はミユキちゃんと横の席へ座った。

深い意味はなかったのだけど……


 休み時間になると、坂井がミユキちゃんの元へ来た。

「よぅ……」

また挨拶をされた。今までされたことなんかなかったのに、どういう風の吹き回しだろう?


 俺だったら――

 もしも奴が俺だったら、どういうタイミングで挨拶をするようになるだろう?

 俺はぼっちだったから、誰にも挨拶をするわけでもなく、ただただ自分の足元を眺めながら歩くだけだった。

そんな俺が挨拶をする――

想像もつかないけど、俺の存在を知って欲しい人とか、家族とかには挨拶をしていたような。大学進学と同時に独り暮らしをしはじめた俺には挨拶をする人なんていやしなかった。

 高校の頃は少しは挨拶をしていたような?もうはるかに昔のことだからおぼえてもいないけれど――


とにかく、そんなことまで考えるほどに坂井の挨拶は影響力があった。



 この日以来、学校でも坂井に挨拶をされるようになった。

「おぅ」とか「よぉ」位の事だったが、それが俺には眩しく感じた。


 その日は日直で、化学のレポートにノートを回収してくるようにと先生から言われていた。ノートを集めると結構な重さだった。

よっこらしょ、と俺はノートの山を抱え、教室を出た。出るときに坂井とすれ違った……気がした。

それというのも、ノートが重たくて、下を向いて抱えていたから。


 よたよたと教室を出て、数歩歩いたところで後ろから声をかけられた。

「加藤!」

あれ?今呼ばれたかな?

それからまた数歩歩く。

「加藤、それ半分俺が持つよ」

振り返るとそこには坂井の姿があった――


「なんか悪ぃね、手伝わせて」

「いや、お前重そうだったし。今日の日直、あと一人は誰だったんだよ?加藤にこんな重いもの持たせて……」

「日直は藤井くんだよ。でも、私一人でも充分かと思ってたから」

「藤井のやつ、あとで締めといてやる」

「あはは、そこまでしてもらわなくていいよ」

今、俺はとてつもなく不思議な空間にいる。

坂井と普通に話ができているのだ。これは俺にとっては非常に不思議なことだった。

 いつも睨み付けてくる坂井。その坂井と二人でしゃべりながら歩いている……

 ノートも、その大半を坂井が持ってくれて、坂井のお供を俺がしているように見えそうだ。

 それにしても、坂井がこんなにフランクな奴だとは知らなんだ。俺なんて高校の時は女子と話したことなんか一度もないくらいだったのに、こいつ、なかなかやるな。


 ノートを軽々と持っているその大きな手にドキッとしたのは、誰にも秘密なことであった。

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