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「おもしれー女……」と呟く王太子に「そのセリフ、今月で5人目ですよ」と突っ込んだら、ショックで寝込んでしまいました

作者: 住処
掲載日:2026/07/15

「おもしれー女……」


 王太子オスカー殿下が感心したように呟いた瞬間、私は手元の書類から顔を上げた。


 長い会議机の向こうでは殿下が頬杖をつき、金色の前髪の隙間から私を眺めている。口元には余裕のある笑みまで浮かんでいた。


 ああ。またこれか。


「その台詞、今月で五人目ですよ」


「……何?」


「騎士団長のご子息、商務卿の甥御様、ローウェル公爵家のご嫡男、王宮楽団の後援者をしている伯爵様。それから殿下で五人目です。皆様、それさえ言えば私を口説けると思っていませんか?」


 冬支度会議に集まった二十人ほどの貴族と官吏が揃って黙った。


 父王から東部の川港と穀物交易を任され、隣国から交渉に来ていた二十五歳のエリアス第二王子殿下だけは、卓上の地図へ視線を落としたまま肩を震わせている。笑うなら堂々と笑ってほしい。耐えられると余計に恥ずかしい。


「待て。私は君を口説いた覚えは」


「過去の四名も最初はそうおっしゃいました。その日のうちに花が届き、翌日には求婚状が届きました」


「私は彼らと同じなのか?」


「台詞は一言一句同じです」


 オスカー殿下の顔から色が消えた。


 私が指摘したのは、殿下が立案した穀物輸送計画の不備である。西の峠は初雪から二週間で大型の荷馬車が通れなくなる。冬の食料を西方商会だけに任せれば、王都へ届く前に道が閉ざされる。東の川港からも運び入れるべきだと説明したところ、なぜか面白がられた。


 前の四名も似たようなものだった。軍馬の飼料が足りない、買い取り価格が安すぎる、倉庫の床が湿っている。職務上の誤りを伝えるたび、相手は決まって目を細め、同じ台詞を口にする。


 この国の男性向け恋愛指南書にでも載っているのだろうか。一冊残らず回収して焚きつけにしたい。


 殿下は自分の胸元を押さえた。


「少し、気分が悪い。今日はここまでにする」


 近侍に支えられて退出する背中には、王太子の威厳より哀愁が漂っていた。


 翌朝、オスカー殿下が寝込んだとの知らせが届いた。


 王宮医によると食欲も脈も正常で、起き上がれない理由は心の衝撃らしい。


 メンタルが弱すぎませんか、殿下。


     ◆


「リディア・レーヴェン伯爵令嬢。こちらへ署名を」


 王太子付きの侍従長は私の前へ一枚の紙を置いた。


 殿下が寝込んで三日目。冬支度会議への出席を禁じられた私は、王宮の小さな応接室へ呼び出されていた。


 紙には、私が思わせぶりな態度で複数の男性を惑わせ、王太子殿下へ非礼を働いたと書かれている。署名して謝罪すれば、伯爵家への処分は軽くするそうだ。


「事実と違いますので署名できません」


「殿下は次期国王であらせられる。あなたの軽率な発言で床を離れられなくなったのだぞ」


「その程度で国務も離れる方を、次期国王として心配しております」


 侍従長の頬が引きつった。


 口を慎めと言われ続けて十八年。慎んだところで湿った倉庫の床は乾かず、不足した食料も増えない。黙ってよい場面と、黙れば誰かが困る場面くらいは選んでいる。


「あなたはひと月で五人もの男性へ気を持たせた。王宮では随分な評判になっている」


「五人へ求婚を頼んだ記憶はございません」


「女性が男性の誤りを人前で指摘し、挑発するような真似をすれば、関心を引きたいと思われても仕方あるまい」


 なるほど。


 私が何を言ったか、なぜ言ったかには興味がないらしい。男性が私へ関心を持った。その責任も私が引き受けろという話である。


 四人から届いた求婚状はすべて机の引き出しに保管してある。返事とともに返す予定だった贈り物も、目録を作って屋敷の一室へ積んでいた。


 役に立つ日が来てしまった。まったく嬉しくない。


「この書面は持ち帰ります。父と確認したうえで、国王陛下へ正式にお返事いたします」


「署名するまで退室は認められない」


「では、こちらで夕食をいただけますか? 朝までかかるようでしたら寝台もお願いいたします。私は署名いたしませんので、長期戦になると思います」


 侍従長は私を睨みつけたあと、書面を奪って扉を開けた。


 どうやら夕食を出すほどの覚悟はなかったらしい。


 屋敷へ戻ると、父は求婚状を一通ずつ読み、最後の一枚を机へ伏せた。


「全員、結婚後は王宮の仕事を辞めろと書いているな」


「私を面白いと思ったそうです」


「仕事をするお前が面白いと言いながら、その仕事を取り上げるのか。器用な求婚だ」


「私にも理解できません」


 父は侍従長から渡された謝罪文へ目を通すと、暖炉へ放り込んだ。赤い火が紙の端を舐め、思わせぶりな女という文字を黒く縮めていく。


「国王陛下へ審理を願い出よう。お前が王太子を傷つけたというなら、大勢の前で何を言ったか確かめていただけばよい」


「伯爵家にも迷惑がかかります」


「娘へ嘘の謝罪をさせて守る家名なら、薪より役に立たん」


 父の言葉に胸の奥が温かくなった。


 私は四通の求婚状、贈答品の目録、冬支度会議の議事録を揃え、国王陛下へ審理を申し立てた。


     ◆


 十日後、冬支度会議が再開された。


 前回と同じ広間に、国王陛下、回復したオスカー殿下、四人の求婚者、侍従長が並んでいる。会議への参加者も全員呼び戻され、隣国のエリアス殿下は国王陛下の右隣に席を与えられていた。


 私を傷つけた噂は王宮中へ広がった。ならば同じだけの人に事実を聞いてもらう必要がある。


 国王陛下が審理の開始を告げると、侍従長は私が五人の男性を弄んだと主張した。


「証拠はこちらでございます」


 私は従僕に運ばせた木箱を開けた。四通の求婚状と返却前の贈答品が、受け取った日付順に入っている。


 騎士団長の子息からは短剣、商務卿の甥からは首飾り、公爵家の嫡男からは詩集、伯爵からは香水。私の好みに合う品は一つもない。短剣だけは少し心が動いたが、柄へ相手の横顔が彫られていたので諦めた。


「四名から求婚を受けたことは認めます。すべてお断りする予定で、贈答品にも手をつけておりません」


 国王陛下は求婚状を順番に確認した。


「どの手紙にも婚姻後は王宮を辞めるよう書かれているな」


「妻が外で働く必要はありません。私の屋敷でその快活さを家族へ向ければよいのです」


 騎士団長の子息が胸を張った。


「では、お尋ねします。私が冬支度会議へ参加した理由をご存じですか?」


「若い令嬢には珍しい仕事へ興味を持ったのだろう」


「母の故郷で十一年前に飢饉がありました。食料が届くまで、村人は翌年に蒔く麦まで食べました。同じことを繰り返したくないと考え、領地の倉庫と街道を調べてきました」


 相手は口を閉じた。


 残る三人へも視線を向ける。誰も私の理由を知らなかった。聞かれた経験さえない。


「皆様は、私のどこを面白いと思ったのでしょう」


「私に堂々と反論した」


「他の女性なら黙る場面で、君は食い下がった」


「身分を恐れないところだ」


 答えは見事に揃っていた。


「そして結婚後はその反論をやめてほしいと?」


 今度は誰も答えなかった。


 彼らが望んだのは、自分へ噛みついて楽しませ、結婚した途端に従順になる妻らしい。ずいぶん都合のよい生き物である。残念ながら私は該当しない。


「オスカー。お前はどうなのだ」


 国王陛下に問われ、王太子は青白い顔で立ち上がった。十日も寝台で反省した成果か、前回の余裕ある笑みは消えている。


「私は彼女の意見を聞く前から自分の案が正しいと決めていました。誤りを示されても内容より彼女へ興味を持ち、彼女を理解した気になったのです。四人と同じだと言われて腹を立て、部屋へ閉じこもりました。その間に侍従長が彼女を責めていると知りながら、止めるのも遅れました」


 殿下は私へ向き直り、深く頭を下げた。


「リディア嬢。あなたに非礼を働き、名誉を傷つけたことを謝罪する。あなたが私を誘惑した事実は一切ない」


 広間にざわめきが起こった。


 王太子が大勢の前で非を認めた点は評価したい。寝込みさえしなければ、もう少し早く言えただろうとも思う。


 そこで広間の扉が開き、雪に濡れた伝令が入ってきた。


「西の峠で大規模な崩落が発生しました! 復旧には春までかかる見込みです。西方商会の荷馬車はすべて足止めされています!」


 会議机の周囲が騒然となった。


 当初の計画を使っていれば、王都と北部の町は二か月以内に食料不足へ陥っていた。


「東の川港にはすでに三か月分の穀物を集めてある」


 静かな声で告げたのはエリアス殿下だった。


 隣国の第二王子は濃紺の上着を整えて立ち上がると、私が前回提出した地図を卓上へ広げた。


「リディア嬢から東の川を使う輸送案を受け取った。帰国後すぐに港と船を押さえ、彼女が示した六つの町へ運ぶ準備を進めた。代金と通行税の合意が得られれば、明日から船を出せる」


 国王陛下が地図を覗き込み、安堵の息をついた。


「つまり、リディア嬢の案が我が国の冬を救ったのか」


「彼女は私が気づかなかった浅瀬まで調べていた。私がしたのは彼女の案へ署名し、必要な船を用意したことだけだ」


 エリアス殿下は皆の前で功績を私へ返した。


 彼は私が何を調べ、何を実現したかを正確に話してくれた。


 審理の結果、私へ向けられた非難は国王陛下の名で取り消された。


 四人の求婚者は公用の使者と馬車で贈答品を送っていた。費用の返還を命じられ、冬支度会議の役目から外された。侍従長も虚偽の謝罪を強要した責任を問われ、王太子妃の選定に関わる役職を解かれた。


 オスカー殿下は冬支度会議の責任者を退き、半年間、各地の穀物倉庫を巡って実務を学ぶことになった。王太子妃を選ぶ話も、それを終えるまで凍結される。


「リディア嬢。会議へ戻り、この国の冬支度を支えてくれないだろうか」


 国王陛下から直々に求められ、私は一礼した。


「身に余るお言葉をありがとうございます。名誉を回復していただいたご恩も忘れません。ただ、今回のことで、今後の働く場所は自分で選びたいと考えるようになりました。数日だけ、お返事の猶予をいただけますでしょうか」


「よい。急がせるつもりはない。よく考えて返事を聞かせてくれ」


 国王陛下は穏やかに頷いた。


 戻る席を用意していただいたことには感謝している。だからこそ、次に座る場所はよく考えて決めたかった。


     ◆


「我が国に王立穀物院を作りたい」


 審理を終えた日の午後、隣国の第二王子であるエリアス殿下は王宮の客間で一枚の任命書を差し出した。


 豊作の年に穀物を買い、各地の倉庫で保管し、凶作や災害が起きたときに放出する。商人や領主と価格を決め、街道と川の状況に合わせて運ぶ組織を、隣国にはまだ設けていないという。


「父王の許可も得ている。初代院長をあなたに任せたい。職員を選ぶ権限と年間予算、王都に住居を用意する。給与はこちらに記した。足りなければ交渉してほしい」


 提示された額は臨時官吏だった私の給金の三倍である。


「随分と思い切りましたね」


「間違いを見つける役目だけでは、あなたの力を狭い場所へ押し込める。民が冬を越せる仕組みをあなた自身の手で作ってほしい」


 胸の奥で、これまで縮めていた何かがゆっくり伸びた。


 意見を述べれば面白がられ、求婚され、結婚後は黙れと言われる。そんな繰り返しから離れ、私は自分の考えを仕事として残せる。


「お引き受けしたいと存じます。まず国王陛下と父へ正式に願い出る時間をください。それから、殿下が求婚なさっても職務とは分けて判断いたします」


「まだ何も言っていない」


「ひと月で五人から同じ目に遭いましたので、先に確認しております」


 エリアス殿下はしばらく黙り、それから声を上げて笑った。


「分かった。あなたが私を選ばなくても、任命も待遇も変えない。将来誰と結婚しても、院長を辞める必要はない。父王の署名も添えて契約書へ加えよう」


「それなら安心です」


 私は任命書を預かった。


 翌朝、父とともに国王陛下へ謁見し、冬支度会議を辞して隣国へ渡る許しを願った。


「長くお仕えした国を離れる身勝手をお許しください。エリアス殿下から王立穀物院の設立を任せていただきました。母の故郷で起きたような飢えを防ぐ仕組みを、私自身の手で作りたいと考えております」


 国王陛下は私が持参した任命書を読み、父へも意思を確かめた。


「許そう。今回の件では王宮にも責任がある。君の名誉を傷つけたあとで、忠誠だけを求めるのは筋が通らぬ。新しい仕事を成し遂げてきなさい」


「寛大なお取り計らいに感謝いたします」


 二週間後、私は父と屋敷の使用人たちに見送られ、エリアス殿下の帰国一行とともに東の国境を越えた。


「仕事が嫌になったら帰ってこい。王子が嫌になった場合も同じだ」


 馬車の扉を閉める前に、父は念を押した。


「仕事の方は心配しておりません。王子については、よく見ておきます」


 国境から三日かけて隣国の王都へ着くと、川沿いにある旧税関の建物が穀物院の仕事場として用意されていた。中には十二人の職員候補、各地の収穫記録、建設予定の倉庫を示した地図が揃っている。


 隣国の国王陛下から正式な就任許可をいただき、私は父王の署名が添えられた任命書へ署名した。


     ◆


 半年後、王立穀物院の最初の倉庫が完成した。


 私は職員とともに村を回り、収穫量を調べ、農家が翌年に必要とする種麦を残した価格で買い入れた。商人との交渉が夜まで続く日もあったが、意見を言うたびに仕事が進む生活は心地よかった。


 エリアス殿下は月に一度、穀物院の会議へ出席した。


 私の案へ疑問があれば尋ね、納得すれば署名する。人前で功績を自分のものにせず、私が反対しても寝込まない。当たり前のことばかりだが、その当たり前が何よりありがたい。


 最初の倉庫が満杯になった日、殿下は執務室へ小さな花束を持ってきた。


「職務の話を抜きにして、あなたを夕食へ誘いたい」


「私のどこがお気に召したのですか?」


 殿下はすぐに答えず、椅子へ腰を下ろして考えた。


「村ごとの数字だけで決めず、必ず現地へ行って人の話を聞くところ。私の案にも容赦なく修正を入れる一方で、相手が間違えた理由まで確かめるところ。自分の功績より、冬に食べるパンの量を気にしているところだ」


「合格です」


「今月、あなたを口説いた男は何人目だろう」


「殿下お一人です。ただし、審査は始まったばかりですよ」


「では、来月も一人目を目指そう」


 私は花束を受け取り、夕食へ行く日を手帳に書き込んだ。


 仕事も、意見も、将来も手放さない。そのままの私を見てくれる人かどうか、時間をかけて確かめればよい。


 少なくとも今度の相手は私に反論されても寝込まない。


 その一点だけでも、前途は明るそうだった。


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侍従長は王太子妃の選定に関わる役職を解かれただけで、未だにその職位は保った状態で傍にいそうなのが何とも… 虚偽の強要した際に監禁未遂した人物がこのままだとすると王子とくっ付くのは危険すぎる なんなら現…
一番カッコいいのは男手1つで育て最初に娘を守る決断をしたパパ。
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