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瀬山はそれを聞いて高笑いした。

「ははは。どうやら主導権はこっちに移ったようだな」

「フザケんな。お前の立場は何も変わってない」

とそのとき、鼻息の荒い瀬山の顔が急に強張った。

「…あ、ちょっとまて。なにか足をかじってる」

せんがなにかおぞましいものを想像してしまったように眉をひそめた。

「いややわ。そう言うたら、ここ、鼠がぎょうさん出るんどす」

「鼠だと?!」

「大きいから、あんまりあもう見ん方がよろしおすえ。指を食いちぎられんよう用心しよし」

床下から、「キチ、キチ……」という鳴き声と、何かが這い回る音が聞こえてくる。

瀬山は必死で腰を浮かせようとしたが、根太に挟まった肩はどうにもならない。

「うわあ!出せ!ここから出してくれ!」


「うるせえ!静かにしねえか!まだ新選組が近くにいるかもしれねえんだぞ」

石川は、半狂乱はんきょうらんで騒ぎ立てる瀬山を渋々穴から引っこ抜くと、そのまま手近なひもで後ろ手に縛り上げた。


「さあ、あとは金だ。おせん、どこにある?」

「その、多喜たきさんが踏み抜いた穴の、もっと奥どす」

石川は、床に空いた穴に腕を突っ込み、奥を探った。

「あった、これか……」  

が、彼が闇の中から引きずり出したのは、金貨の詰まった袋ではなかった。

カラン、と乾いた音がして、畳の上に転がったのは、

人間の頭蓋骨しゃれこうべである。


石川は顔色を失って、千の顔を見た。

「こ…こ・こ・これは?」

縛られた瀬山が芋虫いもむしのようにいずって床下に目を凝らすと、穴の底には、重なり合うようにして大量の骸骨がいこつが転がっていた。

「ひいいいいい!!」


「あんさんらの先代、先々代の間男どす。攘夷派じょういは公武合体派こうぶがったいはネズミエサになってしもたら見分けつかしまへんなあ」


「きさま!」

石川は刀を拾い上げようとしたが、指先に力が入らず取りこぼし、

そのときようやく身体の異変に気がついた。

「あれ…、力が……」

「おや。あのお茶、お口に合いませんどしたやろか?」

せんは冷ややかに微笑み、箪笥たんすから取り出した太い縄で、石川を瀬山の隣に転がして手際よく縛り上げた。

「毒を盛ったのか…くそ、猩々丸(しょうじょうまる)…」

石川が溺愛できあいしていた刀は、今や彼女の手中しゅちゅうにあった。

猩々丸(しょうじょうまる)は物騒どすさかい、うちがあずかっときますえ」

「やめろ!猩々丸(しょうじょうまる)―!猩々丸(しょうじょうまる)―!おねがいだ、猩々丸(しょうじょうまる)にひどいことをしないでくれ」

石川は泣きそうな声で訴えた。

「それは、あんさんの態度次第どすなあ」


瀬山が、がたがたと震えながら声を絞り出した。

「こんな街中まちなかで二人も殺して、死体をどう始末する気だ?」

せんはいっこうに動じる気配もなく、にっこりとほほ笑んだ。

「なんでお腹を空かした土佐犬がおるか、考えてみよし」

床下の骨を思い出して二人はゾッとした。


瀬山は、なにやら覚悟を決めた様子で、口元を引き結んだ。

「俺はともかく、石川は逃がしてやれ。こいつには志がある。何かをやり遂げるかもしれん」

「瀬山。おまえ!」


死を前にして二人の間には奇妙な友情が芽生えつつあった。

「そんなん、うちには関係あれへん」

せんが冷笑して切り捨てた直後、玄関の戸が勢いよく開いた。

「おう、帰ったで!」  

入ってきたのは、薄汚れた着流しをだらしなく着崩きくずした、目つきの鋭い大男だった。

この家のあるじ、せんの亭主である。

男は縛り上げられた二人を見ると、早速身ぐるみをはがして、カネメの物を物色しはじめた。

「なんや。会津おあずかりとか言うさかい、もうちっと小金こがねを持っとるかとおもたら、シケたもんやな」

亭主は吐き捨てた。



「おせん!てめえ、これじゃ美人局つつもたせのやり口じゃねえか!」

瀬山が抗議すると、せんはそれまでの京女のしとやかさを脱ぎ捨て、啖呵たんかを切った。

「はあ?そこいらのヤクザの三下さんしたと一緒にされとおへんえ!」

彼女は着物の合わせを左右に開き、諸肌もろはだを脱いだ。  

「見とおみ」

白い肌を割って現れたのは、背中から肩、そして胸元にまで広がる、九尾きゅうびの狐の刺青いれずみだった。

薄暗い部屋の中で墨の色も鮮やかに、狐火が禍々(まがまが)しく踊っている。

ふたりは後ろ手を縛られたまま後ずさった。

「う、うわああ!」


そこで石川がはたと気づいて瀬山をにらむ。

「お前、今さら何を驚いてるんだ?この女の裸を見るのは初めてじゃねえだろ?」

瀬山が押し黙る。

「あれ?ちがうの?」

「クソオ!やっぱりさっきのはナシだ!コイツを先に殺せ!」

せん妖艶ようえんに微笑みながら、瀬山の口を人差し指で封じた。

「シー。一度はこころざしを同じうした者同士、生きるも死ぬも一緒どすやろ?」

「ふざけんな!誰がこんな奴と!」

「生き別れの兄じゃなかったのかよ!」

「うるせえ!あんなのうそに決まってんだろ!」

和解のきざしは完全に霧散むさんしてしまった。


せんは、二人に向けて優雅に手を合わせた。

堪忍かんにんえ?うち、そないにやすうないのよ」

亭主はこの話に旨味うまみがなさそうだと悟ると、途端とたんに投げやりになった。

「ほな、土方とかいうのに女房を寝取られたと訴え出て、見舞金をふんだくったろかい」



さて、祇園祭が終わって四日ほどのち

せんの元へ、西本願寺の新選組屯所からつかいがやってきて、

「些少ながら」と桐箱きりばこを差し出した。


ダメもとで強請ゆすってはみたものの、新選組福長・土方歳三はさすがにれっ枯らしていた。


ふたにはご丁寧に「心許こころばかり」という熨斗のしが付いている。

開けてみると、そこには浪士の首がふたつ、入っていた。


きもの座ったせんは、特に動じる風もなく、二人のまげを掴んで桐箱きりばこから取り出すと、少しだけ優しげな声で嘆じた。

「あらあら、可哀想かいそうに。結局、首だけになってしもて」


それから、急に興味を失ったように、押し入れの床に空いた穴に放り込んだ。



挿絵(By みてみん)



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