四
瀬山はそれを聞いて高笑いした。
「ははは。どうやら主導権はこっちに移ったようだな」
「フザケんな。お前の立場は何も変わってない」
とそのとき、鼻息の荒い瀬山の顔が急に強張った。
「…あ、ちょっとまて。なにか足をかじってる」
千がなにかおぞましいものを想像してしまったように眉をひそめた。
「いややわ。そう言うたら、ここ、鼠がぎょうさん出るんどす」
「鼠だと?!」
「大きいから、あんまり甘う見ん方がよろしおすえ。指を食いちぎられんよう用心しよし」
床下から、「キチ、キチ……」という鳴き声と、何かが這い回る音が聞こえてくる。
瀬山は必死で腰を浮かせようとしたが、根太に挟まった肩はどうにもならない。
「うわあ!出せ!ここから出してくれ!」
「うるせえ!静かにしねえか!まだ新選組が近くにいるかもしれねえんだぞ」
石川は、半狂乱で騒ぎ立てる瀬山を渋々穴から引っこ抜くと、そのまま手近な紐で後ろ手に縛り上げた。
「さあ、あとは金だ。おせん、どこにある?」
「その、多喜さんが踏み抜いた穴の、もっと奥どす」
石川は、床に空いた穴に腕を突っ込み、奥を探った。
「あった、これか……」
が、彼が闇の中から引きずり出したのは、金貨の詰まった袋ではなかった。
カラン、と乾いた音がして、畳の上に転がったのは、
人間の頭蓋骨である。
石川は顔色を失って、千の顔を見た。
「こ…こ・こ・これは?」
縛られた瀬山が芋虫のように這いずって床下に目を凝らすと、穴の底には、重なり合うようにして大量の骸骨が転がっていた。
「ひいいいいい!!」
「あんさんらの先代、先々代の間男どす。攘夷派も公武合体派も鼠の餌になってしもたら見分けつかしまへんなあ」
「きさま!」
石川は刀を拾い上げようとしたが、指先に力が入らず取りこぼし、
そのときようやく身体の異変に気がついた。
「あれ…、力が……」
「おや。あのお茶、お口に合いませんどしたやろか?」
千は冷ややかに微笑み、箪笥から取り出した太い縄で、石川を瀬山の隣に転がして手際よく縛り上げた。
「毒を盛ったのか…くそ、猩々丸…」
石川が溺愛していた刀は、今や彼女の手中にあった。
「猩々丸は物騒どすさかい、うちが預かっときますえ」
「やめろ!猩々丸―!猩々丸―!おねがいだ、猩々丸にひどいことをしないでくれ」
石川は泣きそうな声で訴えた。
「それは、あんさんの態度次第どすなあ」
瀬山が、がたがたと震えながら声を絞り出した。
「こんな街中で二人も殺して、死体をどう始末する気だ?」
千はいっこうに動じる気配もなく、にっこりとほほ笑んだ。
「なんでお腹を空かした土佐犬がおるか、考えてみよし」
床下の骨を思い出して二人はゾッとした。
瀬山は、なにやら覚悟を決めた様子で、口元を引き結んだ。
「俺はともかく、石川は逃がしてやれ。こいつには志がある。何かをやり遂げるかもしれん」
「瀬山。おまえ!」
死を前にして二人の間には奇妙な友情が芽生えつつあった。
「そんなん、うちには関係あれへん」
千が冷笑して切り捨てた直後、玄関の戸が勢いよく開いた。
「おう、帰ったで!」
入ってきたのは、薄汚れた着流しをだらしなく着崩した、目つきの鋭い大男だった。
この家のあるじ、千の亭主である。
男は縛り上げられた二人を見ると、早速身ぐるみをはがして、カネメの物を物色しはじめた。
「なんや。会津お預かりとか言うさかい、もうちっと小金を持っとるかと思たら、シケたもんやな」
亭主は吐き捨てた。
「おせん!てめえ、これじゃ美人局のやり口じゃねえか!」
瀬山が抗議すると、千はそれまでの京女のしとやかさを脱ぎ捨て、啖呵を切った。
「はあ?そこいらのヤクザの三下と一緒にされとおへんえ!」
彼女は着物の合わせを左右に開き、諸肌を脱いだ。
「見とおみ」
白い肌を割って現れたのは、背中から肩、そして胸元にまで広がる、九尾の狐の刺青だった。
薄暗い部屋の中で墨の色も鮮やかに、狐火が禍々しく踊っている。
ふたりは後ろ手を縛られたまま後ずさった。
「う、うわああ!」
そこで石川がはたと気づいて瀬山を睨む。
「お前、今さら何を驚いてるんだ?この女の裸を見るのは初めてじゃねえだろ?」
瀬山が押し黙る。
「あれ?ちがうの?」
「クソオ!やっぱりさっきのはナシだ!コイツを先に殺せ!」
千は妖艶に微笑みながら、瀬山の口を人差し指で封じた。
「シー。一度は志を同じうした者同士、生きるも死ぬも一緒どすやろ?」
「ふざけんな!誰がこんな奴と!」
「生き別れの兄じゃなかったのかよ!」
「うるせえ!あんなの嘘に決まってんだろ!」
和解の兆しは完全に霧散してしまった。
千は、二人に向けて優雅に手を合わせた。
「堪忍え?うち、そないに安うないのよ」
亭主はこの話に旨味がなさそうだと悟ると、途端に投げやりになった。
「ほな、土方とかいうのに女房を寝取られたと訴え出て、見舞金をふんだくったろかい」
さて、祇園祭が終わって四日ほど後。
千の元へ、西本願寺の新選組屯所から遣いがやってきて、
「些少ながら」と桐箱を差し出した。
ダメもとで強請ってはみたものの、新選組福長・土方歳三はさすがに擦れっ枯らしていた。
蓋にはご丁寧に「心許り」という熨斗が付いている。
開けてみると、そこには浪士の首がふたつ、入っていた。
肝の座った千は、特に動じる風もなく、二人の髷を掴んで桐箱から取り出すと、少しだけ優しげな声で嘆じた。
「あらあら、可哀想に。結局、首だけになってしもて」
それから、急に興味を失ったように、押し入れの床に空いた穴に放り込んだ。




