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たたみが汚れるのはいややし、毒殺がよろしおす」

せんがキセルをくゆらしながら恐ろしい提案すると、石川は少し考え、腰の刀に問い掛けた。

「んー、どう思う?猩々丸(しょうじょうまる)

せんも、この妙な茶番にはウンザリしているようで、顔をしかめて天を仰いだ。

猩々丸(しょうじょうまる)はなんて言うたはんの?」

「まどろっこしい。帰ってきたトコを斬り殺して、押し入れに隠してる金を持ってさっさと逃げよう、とさ」

石川には名刀・猩々丸(しょうじょうまる)の声が聴こえているらしい。


「おいおい…」

「押し入れに隠してる金」という言葉を聞いて、瀬山は思わず後退あとずさった。

しかし、そこで運悪くひざをついた場所が腐っていたのか、乾いた音がして、

床の羽目板はめいたを踏み抜き、胸から下まで、すっぽりと床下へ落ち込んでしまった。

肩が根太ねだにつかえて、身動きもできない。


女は押し入れの物音を気取(けど)られまいと、わざとらしく大きなせきばらいを入れてごまかした。

「バレたらどないしはるつもりどす。きっと追手おってがかかりますえ?」

「おいおい、ナメんなよ。俺ぁ新選組だぜ?奉行所の捕吏ほりなんかモノの数に入らん…」

石川はそううそぶいたが、さすがに今の物音に勘づかぬわけがなかった。

彼はゆっくりと立ち上がると、抜き足差し足で押し入れへと歩み寄る。

その手はすでに、愛刀のつかにかけられている。

口の前に人差し指を立て、せんにニヤリと微笑ほほえみかけて合図を送ると、押し入れの手を掛かりに指を添わせる。

「…そんなもん、皆殺しにすりゃあいい!」

「あ」

せんが止める間もなく、石川はそのまま勢いよくふすまを開け放った。


夏の午後の陽光が、暗い押し入れの中に容赦なく差し込む。

奥の暗闇に、男の顔だけがボンヤリ浮き上がっていた。


「ぎゃあああああああああああああ!!!!いやあああああああああ!!!」


石川は悲鳴をあげて飛び退き、それから腰を抜かした。


対する瀬山は開き直って、顔だけで威嚇いかくした。

「ぶ、無礼者ブレイモノお!!」


せんは石川に冷ややかな視線をくれた。

「…あんたも気が小そうおすなあ」


石川は、ようやくそれが同期の隊士であることに気づくと、恐々(こわごわ)押し入れにい寄った。

「お、お、おまえ、瀬山か?」

「石川あ!きさま、どういう了見りょうけんだ!人の女に手を出しやがって」

「どの口が言ってるんだ。てか、おまえこそ、なんでそんなとこから顔出してる」

「なんで?なんでって、これはつまり、おせんの趣味だ」


「嘘つけ!おせん、これはどういうことだ?!」

石川は、せんに詰め寄った。

「どういうて、おふたりはご同輩どうはいどすやろ?」

せんはさらりと答える。


「なんで俺の同輩どうはい此処ここにいるのかといてるんだ!」

「いややわ。おぼこいこと言いないな。そんなん、石川さまと同じ、おともだちに決まってますがな」

彼女のいう「おともだち」の意味は、して知るべしである。

「お、おまえには貞操観念ていそうかんねんというものがないのか」

せん眉間みけんに小さなしわを寄せた。

「あー…石川さまは、そういうアレどすか?」

「ど、どういうアレだというんだ!もういい!…てめえ、瀬山!おせんと寝たのか?」

せんがあまりに堂々としているので、鼻白はなじらんだ石川は、矛先ほこさきを瀬山に向けた。

瀬山はなぜか妙な余裕を見せて、

「さあな」

とはぐらかした。

「くそお!てめえひとりいい思いしやがって!俺だってまだ…!」

石川が瀬山の総髪をグイグイと引っ張ってわめくなか、

せんはひとり落ち着き払って、火鉢ひばちに掛けた鉄瓶てつびんを持ち上げた。

「もうバレてしもたんやさかい、多喜たきさんもいつまでもそないなとこに居らんと、石川さまとお茶でもどないえ?」

瀬山はひと仕切りもがいてみて、首から下がビクともしないことを確かめた。

「見ての通り…抜けない」


「じゃあ俺がお茶をご馳走ちそうしてやる」

石川は茶碗をつかむと、瀬山の口に無理やり流し込んだ。

「あぶ、あぢ、あっぶ…!」

「あはははは!!」

「てめえ!なにしやがんだ、この野郎!」


石川は一しきり笑うと、愛刀のつかでながら、せんに向き直った。

「浮気のことはひとまず置いといて、こいつに聴かれたんだぞ?さっさとバラしちまおう」

「そうどすなあ」

せんあごに中指の先を添えて、考え込む。


「こらー!勝手に決めるな。こうなったら、正々堂々、剣で決着を付けようじゃないか」

瀬山の必死の抗議にも、石川は取り合う気はなかった。

「バカかおまえ。なんで俺が、わざわざそんな賭けに乗る必要があるんだ」

「き、汚いぞ」

「は?今さらその言い草には無理があるな。おまえだってどうせ京に一山ひとやま当てにきたクチだろ?あんな禁欲生活にウンザリして人妻に手を出したんじゃねえのか?」

「おれには、尽忠報国じんちゅうほうこくの志がある!これはあれだ。英雄色を好むというじゃないか」

苦しい言い訳。

「なにこいつ、暑さで変なこと口走り出したぞ。ヤバいよ猩々丸(しょうじょうまる)

「ヤバいのはオマエだ!!」

「…重症だな。おせん、そこの御膳おぜんを持ってきなさい」

「はあ?」

せん怪訝けげんな顔をしながらも、朝食の残り物が載ったぜんを石川の方へ押しやった。

石川は皿の上のメザシをまみあげると、瀬山の両鼻にメザシの頭を突っ込み、下唇で突っ張った。

「その顔でもう一回おんなじこと言ってみろ」

貴様キハマー!」


と、その時である。

「ごめん!」

玄関口に第三の訪問者が現れた。


「誰か来はったわ」

せんが腰を浮かした瞬間、その来客は間男まおとこたちにとって最も聞きたくない名を告げた。

会津中将(あいづちゅうじょう)あずかり、新選組だ」

沖田総司の一番隊に違いない。

さらに別の声が続く。

「お留守っすかー?」

新選組の中でも特に冷酷な暗殺者として知られる大石鍬次郎おおいしくわじろうだ。


「ヤバい。裏からズラかろう」

石川が真っ青になって出口を探す。

多喜たきさんは、どないしはるん?」

「そんなもん、置いていけ!ありゃ人斬り鍬次郎って物騒ぶっそうな男の声だ」

待へ(まて)待へ(まて)待へ(まて)待へ(まて)!」

「はあ?なんて?」

石川は苛立いらだちまぎれに瀬山の下唇からメザシを引っこ抜いた。

「お、俺を置いていく気か?」

焦る瀬山を後目しりめに石川は冷たく言い放った。

「なんでお前を助ける義理がある」

「お前はそうかもしれんが、おせん!お前は違うよな?な?な?」

救いを求める瀬山に、せんは困ったように小首を傾げてみせた。

「うち、どっちゃでもよろしわ。堪忍かんにんえ?」


万事休ばんじきゅうして瀬山はとうとう開き直った。

「この際ハッキリしよう。おせん、どっちか選べ!」

石川は心底あきれたように鼻で笑った。

「いまそれを聞くのか?そんなもん、猩々丸(しょうじょうまる)に聞くまでもない。押し入れの穴にはまってない方に決まってるだろ」

「そやなあ。ゆっくり構えてる時間もおへんし、ほな、そないしよかしら」

せんはあっさり同意した。

「じゃそういうことで」


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