泥棒ホイホイ
月明かりもない深夜。
男は音もなく窓をこじ開け、豪邸のリビングへと滑り込んだ。
あまりにも呆気なかった。
警備システムのシールは貼ってあったが、
窓の鍵は旧式で、センサーが作動する気配もない。
(金持ちってのは、どうしてこう平和ボケしてるんだか)
男がほくそ笑みながら、金庫がありそうな書斎へ向かおうとした、その時だ。
「……動くな」
低い声と共に、強烈なライトの光が男の顔を射抜いた。
男は息を呑んで立ち尽くす。
目が慣れてくると、光の向こうに二つの人影が浮かび上がった。
制服。警官だ。しかも二人。
(馬鹿な! 通報された気配はなかったはずだ!)
男が逃げ道を探して目を泳がせると、
年長らしき警官が呆れたようにため息をついた。
「無駄だ。抵抗するな」
警官はライトを下ろし、憐れむような目で男を見た。
「お前で三人目だぞ、今月」
「え……?」
「この家の主はな、相当性格が歪んでるんだよ。
金も宝石も腐るほどあるが、それを守るだけじゃ退屈らしい」
警官はコツコツと壁を叩いた。
「この家はな、わざとセキュリティを甘く見せてあるんだ。
窓の鍵も、庭の死角も、全部計算ずくだ。
言ってみれば特注の『泥棒ホイホイ』ってわけさ」
「泥棒……ホイホイ?」
「そうだ。間抜けな泥棒をおびき寄せて、我々警察に逮捕させる。
それを防犯カメラ越しに眺めて楽しんでる悪趣味な金持ちなんだよ」
男は戦慄した。
平和ボケどころではない。最初から狩られる側として招かれていたのか。
「くそっ!」
男は短く吐き捨てると、脱兎のごとく窓から飛び出した。
警官たちが追いかけてくる気配はない。
男は裸足のまま夜の闇へと消えていった。
*
静寂が戻ったリビングで、二人の「警官」は顔を見合わせて噴き出した。
「ぶははは! 見たかよ兄貴、あいつの顔!」
若い方の男が帽子を取り、制服のボタンを緩める。
「傑作だったな。『泥棒ホイホイ』だなんて適当なホラ信じ込みやがって」
「さすが兄貴。とっさに警官のフリして追い返すなんて、肝が据わってますよ」
そう、彼らもまた、この家に侵入した泥棒だった。
たまたま先客として物色中に、
間抜けな後輩が入ってきたため、機転を利かせたのだ。
「わざわざ変装してきて正解だったな。
これなら近所に見られても巡回と言やぁ怪しまれねぇし、
まさか同業者まで追い払えるとは」
「さて、邪魔者は消えた。ゆっくり頂こうじゃねぇか」
「へい!」
二人は余裕綽々で、壁に掛けられた絵画の裏にある金庫へと手を伸ばした。
その瞬間。
ガシャン! ガシャン!
重厚な金属音が響き渡り、
すべての窓とドアが一瞬にして鉄のシャッターで閉ざされた。
「!?」
「な、なんだ!?」
パニックになる二人の頭上で、赤いランプが回転し始める。
そして、スピーカーから無機質な合成音声が響いた。
『――害虫駆除モード、起動』
『獲物を2匹検知しました。これより、捕獲プロセスを開始します』
二人は顔面蒼白で立ち尽くす。
「おい、嘘だろ……?」
『当モデルハウス『泥棒ホイホイ』へようこそ。
お客様は、記念すべき10組目の獲物です。
警察が到着するまで、ごゆっくりお寛ぎください』
逃げ場のない密室で、サイレンの音が近づいてくる。
間抜けは、一体誰だったのか。
二人は崩れ落ちるようにその場へ座り込んだ。




