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忘れたふりの隣で ~マリーがいた季節~   作者: サファイロス


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12/12

アフターエピソード 2

それから、季節はいくつか巡った。


大阪の夏は容赦なくて、

マリーは最初の頃、湿った空気に少し戸惑いながらも、

ベランダに出ては洗濯物を干し、

「今日は雲が低いわね」なんて、ささやくようになっていた。


朝は、約束通り。


「マリー、おはよう」


その声に、

「……おはよう、優」

と答えるのが、毎日の始まりになった。


それだけで、

彼女は今日も“ここにいていい”と確信できた。


 


ある日の午後。

小さなキッチンで、マリーはマグカップを握ったまま立ち尽くしていた。


「……優」


声が少し、震えている。


「どうした?」


「……病院、行ってきたの」


優は一瞬、言葉を探したが、

マリーの表情を見て、すべてを察した。


「……結果、出た?」


マリーは、ゆっくりとうなずいた。


「……ええ」


胸元の青いペンダントが、わずかに揺れる。


「……わたし、お腹に……命があるって」


部屋の空気が、静かに変わった。


優は、何も言わずに近づき、

マリーの手を両手で包み込んだ。


「……怖い?」


マリーは、少しだけ首を振る。


「不思議なの。

 怖いはずなのに……

 それ以上に、“帰ってきた”って思えたの」


彼女は、優の胸に額を預けた。


「わたし……もう、ひとりじゃないのね」


優の喉が、かすかに鳴る。


「……ああ。

 俺たち、もう三人だ」


マリーの目から、静かに涙が落ちた。


「……ねぇ優。

 この子も、きっと……あなたを覚えているわ。

 最初から」


優は、そっと彼女の背中を抱いた。


「大丈夫だ。

 忘れない。

 俺が全部、守る」


 


夜。

ベッドの上で、マリーは優の手を自分のお腹に導いた。


「……まだ、何も感じないでしょう?」


「ああ。でも……」


優は、確かにそこに“未来”を感じていた。


「ここに、ちゃんといる」


マリーは、安心したように微笑む。


「……ねぇ。

 もし、この子が大きくなったら……

 大阪の街を、三人で歩きたいわ」


「たこ焼き屋、全部制覇だな」


「ふふ……きっと、幸せね」


 


消灯後。

マリーは優の腕の中で、静かに目を閉じる。


「……優」


「ん?」


「ありがとう。

 わたしを、日常に連れてきてくれて」


優は、彼女の髪に顔を埋めた。


「俺のほうこそ。

 帰る場所を、くれた」


窓の外で、遠く電車の音がした。


それはもう、別れの音ではなく――

未来へ向かう、いつもの生活音だった。


 


マリーは、そっと囁く。


「おやすみなさい……

 あなたと、あなたの未来へ」


「おやすみ。

 俺たちの家族」


その夜、

青いペンダントは、

新しい命の鼓動と同じリズムで、静かに揺れていた。


――END

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