第六話 「異変の元凶」
世界再生の起点となった島を代表する社、というわりにユヅルハの社はこれといった特徴もない普通の社だった。本殿は里の寄り合い所程度の広さで、奥にある簡素な祭壇のそばではコロンが体を丸めて眠っていた。祭壇の前で祈りを捧げていたシトリは、センたちが入ってくるとそちらへ体を向け、深々と頭を下げた。
「天士様。このたびはユヅルハを守っていただき、本当にありがとうございました」
「おいおい、いきなりどうした」
シトリは顔を上げ、その紅い瞳をセンに向ける。
「私が目を覚ました時、霊災の気配は消えていました。つまり、天士様が浄化して下さったのでしょう? もしそのまま放置していれば霊災は広がり続け、ユヅルハは多くの被害を受けていたはずです。ですので、天士様には感謝しかありません」
「ああ、まあ、気にするな。人として当然のことをしただけだからな」
感謝されるにこしたことはないので、センは自分の手柄にした。
「霊災封じたんはウチやろが。さも自分の手柄みたいな顔しよって」
「あら。それではそちらの精霊様が、霊災を封印してくださったんですか?」
「まあ一時的なもんやけどな。明日あらためて浄化しに行くわ」
「いえ、これ以上お手をわずらわせるわけにはいきません。浄化なら私が今すぐやります」
「急がんでもええで。ニ、三日はもつやろうから。今日はもう日も落ちとるし、夜中に女の子が出歩くんはようないやろ。それよりお願いしたいことがあるんやけど、ええかな?」
ハチはセンに目を向ける。同時に、センの腹は大きく鳴った。
「ああ、お食事ですね。すぐ支度いたします」
土間へ向かうシトリを見ながら、センは言う。
「あいつ、お前のことを精霊様って呼んでたな」
「伊達に神官を自称しとらんってことか」
「まったくだ。さて……」
センは老婆と向きあい、腰を下ろす。
「メシができるまで、さっきの話の続きをしようか」
老婆はうなずき、センの前に座る。
「ここで起こっている異変に創世の神器が関わってるって言ったな。それは本当か?」
「まずは話を整理しましょう。そもそも異変とは、何のことでしょうか」
「俺が感じた異変は二つある。一つは例の異形の精霊だ。俺が今まで見てきた精霊と明らかにちがう。あんなものが現れるのは間違いなく異変だ。だがそれ以上に異常なことがある。それが二つ目の」
「おっしゃらずともわかっております」
センの言葉を制するように老婆が言う。
「それは私のことでございますね」
「とうとう狂ったかババア」
「老婆を超越した超老婆とは何者なのか、その正体を知りたいのでしょう」
「知ってどうしろってんだ。いいからさっさと本題にもどれ」
「おやおや残念ですな。今なら私の秘密をあますことなくお話しいたしますのに。こんな機会はこの先ありませんぞ。それでもよろしいのですかな?」
老婆はちょっぴり口をとがらせる。その様を見てハチは苦笑いを浮かべた。
「これはこれで異変やな」
「ただのクソババアの奇行だ。俺が知りたいのは、あのシトリって娘のことだ」
「おやおや。つまりそれはシトリを嫁にとりたいということですね」
「ふざけるのもいい加減にしろ。いいか、俺は見たんだ。あいつが神霊を宿した姿を。あれは間違いなく神おろしだ。神おろしがどれほどの術か、あんただって知ってるだろ」
「どれほどのものでございましょうか?」
「最上級の神官が三日三晩不眠不休で儀式を続け、肉体と精神を極限まで追い込み、ようやく発現できる奥義だ」
「それほどのものでしたか。シトリが神おろしをした姿などユヅルハの民にとっては日常風景ですので、気にする者などおりませんからな」
「だったら本当に異常だ。それに、あいつの力は本物だった。皇都の御神兵でも歯が立たなかったっていう例の異形の精霊をたやすく浄化したんだからな」
「不思議なことではありません。そもそもあの精霊はシトリが生み出しているのですから」
センの昂ぶりは、その一言で一気に凍りついた。
それはあまりにも唐突で、彼の理解と想像の範疇を越えていたからだ。
言葉を失くしたセンは、ただ老婆の顔を見つめていた。
「その眼差し。愛の証と受け取ってかまいませんね」
老婆は頬を赤く染める。
「ぶっ殺すぞクソババア!」
怒声を上げて立ち上がるセンを、ハチは懸命に取り押さえる。
「あかん、あかんて! 気持ちはわかるけど落ち着かな。長老さんも茶化さんと真面目に話してえな。それがホンマやったら、異変の原因はシトリちゃんってことになるで」
「まったくもってその通りでございます」
老婆は平然と答える。そこに嘘偽りがないことを示すように。
「あの小娘が原因だっていうなら話は早い。最悪、あいつを始末すればいいわけだからな。おいババア。あんたが知ってることを全部話してもらうぞ。さもないと今すぐにでもあいつを殺しに行く」
「話せることは全てお話しいたします。私も異変の解決を願っておりますし、何よりこの異変を解決するためには、貴方の協力が必要なのですから」
先ほどと同じ、平然とした口調だった。
ただ、センには老婆が本当のことを言っているという確証が持てない。
しかし相手の言葉を信じなければ、先には進めないだろう。
センはため息をつき、その場に座る。ハチも彼の隣に座った。
老婆は彼らを見つめ、ゆっくりと語り始めた。




