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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第一章 「始祖の民」
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第五話 「超越した存在」

 祭壇への道を歩きながら、センは老婆にたずねる。


「あんたは先代の封官長なのか?」


「いいえ。ユヅルハの封官長は代々ミハラの家が継いでおります。私のことが気になるのでしたら、今晩二人きりで……」


「今すぐ息の根を止めてやろうか」


「強引な殿方も悪くはありませんね」


 だめだ、とセンは首を振る。


「少し気になっただけさ。封官長はその地域の実質的な支配者だ。そんな立場の人間に様づけで呼ばれる理由はなんだろうってな」


「理由など単純です。それは、私が様づけで呼ばれるに値するほど、ユヅルハの民から敬われているからでございます」


「だから長老様、か。長生きはするもんだな。それだけでえらくなれるんだから」


「何か誤解をされておりますな。私は長老ではありません」


「じゃあどうして長老様って呼ばれてるんだ」


「私は、超老婆なのでございます」


「……は?」


「老婆を超越した老婆。老婆の中の老婆。原点にして頂点たる老婆。つまり超老婆。正しくは超老婆様と呼んでほしいところですが、いつしかチョウロウサマと略す形で呼ばれるようになりました。もっとも、この事実を知る者はもはや数えるほどしかおりませんが」


「わけわかんねえこと言ってんじゃねえよクソババア」


「今、この時を生きる者たちが私を長老として求めるなら、私はそうあり続けましょう」


 老婆の奇怪な発言にセンが微かな恐怖を感じ始めたところで、彼らは祭壇に到着した。

 間近で慰霊碑を見上げたセンは、その巨大さに改めて圧倒された。

 慰霊碑は無数の小さな石板で構築されており、幾何学的な配列で積み重ねられ天に向かってそびえたっている。石板には古代の神官が用いたとされる『神聖文字』によく似た文字らしきものが刻まれていた。慰霊碑の正面には大理石で造られた祭壇があり、中心には円錐形の法石が安置されている。

 法石の内側では炎が揺らめいている。その姿は、原初の魂の姿を感じさせた。

 老婆は祭壇の前でひざまずき、祈りを捧げる。

 心地よい風が通り抜けた。老婆は立ち上がり、センに言う。


「あなたも祈りを捧げてください」


「断る。顔も名前も知らない連中のために祈ることなんか何もないからな」


「ここに祀られているのがどのような方々なのか、ご存知ではないのですか?」


「旧世紀の世界戦争で古の大精霊と戦った連中だろ。学府でさんざん教え込まれたことさ。今この世界があるのは、その時に戦った英霊たちと世界を再生した皇神のおかげだっていう神話だ。もっともこんなことは皇国の民なら誰だって知ってる。だがな、俺は感謝なんかしないぞ。そいつらは自分たちが望んだことをしただけだからな」


「つまり、彼らに対して感謝の気持ちをもって祈ることはできない、と」


「その通りだ」


 すると老婆は面白そうに笑った。


「何がおかしい」


「私も同じ意見でございますよ。この場所で、私はいつも自分たちのことしか祈っておりません。英霊たちよ、ユヅルハに生きる者たちを守りたまえ、と。英霊たちへの感謝や労いなど、ただの一度も祈ったことはありませんから」


 ただの一度くらいは祈ってやってもいいと思うが。なんとも罰当たりな発言である。


「それにしても、あなたは私が英霊たちに感謝の祈りを捧げていると思ったのですね」


「何が言いたい」


「センはそういうところは律儀やからなあ。人前でするんが苦手なだけで」


「余計なことを言うな」


「おやおや、そうでしたか。では私はこれで失礼します。あとはお二方でごゆっくりと」


 老婆は意味ありげな笑みを浮かべ、風のように去っていった。


「……よし、帰るか」


「せっかくやし、ちゃんとお参りはしていかな」


 ハチは祭壇の前で両手を合わせる。仕方なく、センも両手を合わせた。

 祈りを終え、センはたずねる。


「お前は何を祈ったんだ?」


「センと一緒においしいもんがたくさん食べられますようにって」


「考えることは、同じだな」


 センはそう言って、ハチの頭をなでた。




 老婆は祭壇と神殿を結ぶ通路の中央に立ち、センとハチが来るのを待っていた。


「礼拝は済んだようですな。では、社へご案内いたしましょう」


「案内も何も一本道だろ」


「我々があなた方を招くことに意味があるのです。ところで、お気づきになりましたか?」


「なんだよ」


「ユヅルハをめぐる、風のことでございます」


「風?」


「ユヅルハをめぐる風は特殊な風でございます。この風は、皇国をめぐる霊気の流れの中心点がここであることを示しているのです」


「伝説だと、ここが世界再生の起点になったって話だからな。皇国の始祖を自称するあんたたちなら、なおのこと強調したいことなんだろうよ」


「ユヅルハの民が皇国の始祖である根拠は他にもございます。それは、世界再生に際して皇神が用いた創世の神器が、今もなおこの島にあるからです」


 センは普段通りの口調を意識して話す。


「信じられない話だ。それが本当なら、でかい神殿をつくって皇都の神官団が厳重に管理しているはずだ」


「創世の神器は封印する必要などありません。極端な話、誰の目に触れても特に問題はありませんし、持ち去られたところで意味のないものでございます」


「どういうことだ?」


「創世の神器を使える者は、ユヅルハの神官一族の血を継ぐ者だけだからです。使えないものを手にしたところで、何の意味もございませんでしょう。そもそも創世の神器とはどのような力のあるものなのか、ご存知でしょうか」


「言われてみると、あまり詳しくは知らないな。たしか、心に思い描いた望みを現実のものにする、だったような……」


「当たらずとも遠からず、といったところですな。一般的には、神器の力の対象となる存在を、その本来の姿へ再生させるとされております」


「だから皇神は、世界を再生したのか」


 迷惑な奴だ、とセンは小さく舌打ちをする。

 やがて彼らは神殿が建つ境内に入った。日はほとんど沈みかけており、空は暗闇と炎が混在するようにも見える夕焼けに染まっていた。


「旧世紀の末期のことでございます。戦争の末、世界はあるべき姿を失い、混沌の渦にのみこまれていました。そう、ちょうど今の空のように。万象は暗闇の底へ沈みかけていました」


 老婆は立ち止まり、空を見上げる。


「皇神は世界をあるべき姿へよみがえらせるため、創世の神器を使いました。その時にあるべき姿を最初に取り戻したのがユヅルハであり、世界再生の起点となったのです。ゆえに皇神は創世の神器をユヅルハに託したのです」


「その話が真実だとして、肝心の神器はどこにあるんだ」


「知る必要がある者しか、その場所は知りません。シトリも神器がどこにあるかは知りませんよ」


「知っている奴なんかほとんどいないってのに、創世の神器はあるって言うのか。一体どこの誰がそんな話を信じるんだ」


「皇都の神官たちでございます」


 老婆はセンの顔を見てニヤリと笑みを浮かべる。


「彼らはユヅルハに創世の神器があることを確信しています。だからこそ、この島を直隷地にしたいのです。今までは皇都の承認を得た者たちがユヅルハの神官を務めておりましたから、直接手を下す必要はありませんでした。しかし今はちがいます。皇都の承認を得ないままシトリはユヅルハの神官として役割を果たそうとがんばっております。しかし、皇国内の神職はすべて皇都の承認を得なければなりません。つまり皇都は、大義をもってユヅルハを直隷地にすることできるわけです」


「たとえ使うことができなくても、ユヅルハそのものを手に入れれば、ユヅルハのどこかにあるっていう創世の神器を確保したってことになるわけだ」


「その通りでございます」


「で、あんたはそのありかを知ってるんだな?」


「もちろんでございます」


「どこにある」


「残念ですが、お答えできません。それを口にすれば、永遠に失われる恐れがあるからです。ところで私からも一つおたずねしましょう。今の今までお話ししたことが真実であるという証拠は、どこにあると思いますかな?」


「そんなもん、どこにもないだろ。あんたはうさんくさいバアさんだ。でも、あんたの言葉を全て否定したからって、それで物事が進むわけでもない。そもそも、今のところ創世の神器がどこにあろうと俺には関係ないことだ。俺がユヅルハに来たのは、ここで起こっている異変の原因を調査するためだからな」


「なるほど。ではユヅルハの異変に創世の神器が関わっているとすれば、いかがでしょう?」


 センは立ち止まり、老婆の顔を見る。

 見ていても面白いものではないし、見れば見るほど異様な圧迫感に襲われる顔だ。

 それは、底知れない何かを老婆が秘めているからだろう。

 太陽を飲み込んだ西の空から風が吹く。


「少し風がこたえますな。お話しの続きは、社にもどってからいたしましょう」




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