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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第一章 「始祖の民」
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第四話 「老婆」

 ミハラに案内され、センとハチはのどかな野道を黙々と歩く。

 歩いている間、センは殺意のこもった視線を時折感じた。やはり連中は本気らしい。つまらない争いは時間と労力の無駄でしかないので、センは彼らが襲ってこないようわずかな隙も見せないことを心がけて歩き続けた。そのかいもあって、襲撃を受けることなく社がある山のふもとに到着した。山道の入り口には石造りの古びた鳥居が建っていて、その奥には道幅の狭い登り坂が続いている。

 コロンがまず鳥居をくぐり、続いてミハラが一礼して先へ進む。センとハチも一礼してミハラの後に続いた。センはそういうことは極力しない性格だったのだが、そうせざるをえない理由があった。彼のすぐ後ろにいるツナが、剥き出しの草刈り鎌を構えていたからだ。

 そんなツナであったが、鳥居をくぐる時は鎌を下げ、一礼した。


「ツナ。わかっているな。ここはもう社の中、神域だ。狼藉をはたらいてはならんぞ」


 ミハラの声には、確かな理性と冷静さが感じられた。


「天士殿、先ほどは大変失礼いたしました。ですが、殺気立った里の者たちを下がらせるにはああするしかなかったのです。どうかご容赦を」


「一応の確認だが、連中が社に先回りして待ち伏せしているなんてことはないよな?」


「ご安心ください。神域での狼藉は掟で固く禁じられています。里の者にとって掟は絶対。破れば極刑もありえます」


「そうかい。でも、神域の外でならあの調子なんだろ? まだまだ安心はできないな」


「ご冗談を。里の者たちなど、天士殿にとっては赤子同然でしょうに。それに彼らもじきに冷静になるでしょう。コロン様があなた方を警戒していないことは事実であり、それはつまりあなた方が我々の生存を脅かすものではないことの証明でもあるわけですから」


「そいつが守り神なのはわかった。で、問題はその小娘だ。そいつは神官だと自称していたが、それは本当なのか?」


「シトリはユヅルハの神官一族本家の血を継ぐ唯一の人間です。ですが、皇都による神官としての承認は受けておりません。そもそも彼女は学府に入学していませんから」


「なるほどな。つまりここには皇都が認める神官がいないってわけだ。だったら皇都がここを直隷地として支配する大義は十分にあるし、あんたらはそれを覆せない」


「そんなことない!」


 ツナが叫ぶ。


「ここはおれたちユヅルハの民の故郷だ。お前ら皇都の人間に好き勝手させてたまるか!」


「言っとくが、俺は皇都の人間じゃないぞ」


「皇都の命令でここに来たんだろ。だったら同じじゃねえか。やっぱり、今ここでお前を」


「ツナ!」


 ミハラに一喝され、ツナはびくっと体を震わせる。


「何度も言っているだろう。我々にできることは、少しでも多くの権利を認めさせたうえで直隷地化を受けいれることだと」


「ちがう! おれたちがやるべきことは、ユヅルハを守るために戦うことだ。シトリは神官として今まで必死に戦ってきたじゃねえか。そんなあいつの思いを踏みにじるのかよ!」


「バカなことを言うな。皇都と戦争をして、勝てると思うのか。負ければ我々は皇国への反逆者とされ、奴隷の身に落とされるのだぞ。仮に直隷地化を阻止できたとしても、ユヅルハは皇国の統治と保護から切り離されてしまう。例の精霊が現れるようになってから、外部との交易は衰退し、ユヅルハの財政は悪化し続けている。このままでは遠からず破綻するだろう。なによりも、お前もわかっているはずだ」


 ミハラはツナの目をまっすぐに見る。


「今のシトリでは、ユヅルハは守れない」




 山頂が近づいてきたところで、石造りの古い鳥居が見えた。そこから先は苔のむした石段が延々と続いている。ミハラはシトリを背負ったまま苦も無く石段を上っていった。今までそれとなくミハラの様子をうかがっていたセンは、感心したように言う。


「大したもんだな。子どもを背負いながら少しも息を切らさずここまで上れるなんて」


「天士殿もさすがです。社への道はユヅルハの民でも一苦労ですのに。お連れの鬼人様もあまり疲れてはいないご様子で。やはり人間とは根本的に力がちがうのでしょうな」


「いやいや、ウチはそろそろ限界やで。それより封官長さん、ツナくんがだいぶ置いてけぼりになっとるけど、大丈夫なん?」


「御心配にはおよびません。まったく、我が子ながら情けない。一人前なのは口だけですな」


 やがて彼らは石段を上り終え、山頂の開けた場所に到着する。


「なんていうか、山城のあとみたいな場所だな」


 センは周囲を見渡す。所々は平地になっていて、石垣が組まれているところも見えた。やはり相当昔のものらしく、山道に入る時に見た鳥居と同じくらい古びている。苔が生した石垣は悠久の時の流れを無言のまま語りかけているかのようだった。

 彼らが立っている場所からはゆるやかな上り坂が続き、その先に社らしき神殿が見えた。さらにその奥には山の稜線をなぞるように道が整備されている。道は祭壇らしき場所へつながっていて、そこには巨大な円錐形を模した記念碑のようなものが建っていた。


「あのでかい碑はなんだ?」


「慰霊塔です。伝説によりますと、旧世紀末期に起こった世界戦争で犠牲となった者たちのためにつくられたようです」


 なるほど、とセンがうなずいた時、慰霊塔のほうから彼らへ向かって風が吹いた。

 風に吹かれた瞬間、センは言い表すことのできない奇妙な気配を感じた。

 それを振り払うように、センは社への道を急ぐ。

 社に到着した時、彼らを待ち構えていたかのように、老婆が神殿の前に立っていた。


 それは、誰がどう見ても老婆という感じの姿をしていた。

 その存在を表現できる言葉は、おばあさんではないし、ババアでもない。

 老婆だった。それこそが唯一にして絶対となる真の答えだった。

 もし老婆という概念が顕現し、人の形になれば、まさにこれだと誰もが納得するだろう。

 そんな老婆の前でミハラは立ち止まり、恭しく膝をつき、頭を下げる。


「長老様、皇都より依頼を受け参られた天士殿をお連れいたしました」


 老婆はミハラを労うように静かに微笑むと、足音をたてず歩き、センの正面に立つ。


「すでにわかっておりました。貴方がここへ来ることは……」


 老婆の声には、星の啓示を伝える大神官のような厳かな響きがあった。

 老婆の目は、過去と現在、そして未来さえも見渡しているような神秘の光を宿していた。

 見る者によっては、この老婆は人智を超えた存在に見えるかもしれない。


「知ってて当然だ。皇都から連絡があったはずだからな。わかりきったことをそれっぽく言ってんじゃねえよ」


 センの目には、めんどくさいクソババアに見えたらしい。

 老婆はつまらなそうに口をとがらせ、ご立腹といったかんじで腰に手を当てる。


「やれやれ、面白みのないお方ですな。この程度の茶目っ気にも乗って下さらないとは。そんなことでは女子に好かれませんぞ」


「余計なお世話だ。それより、あんたがユヅルハの代表者でいいのか? だったら話が」


「お断りいたします」


「どういうことだ」


「私にはすでに心に決めた方がおりますので」


「まてまて、何の話をしてるんだあんたは」


「どうかこれに懲りず、新しい恋を見つけてくださいませ」


「なあ、封官長さんよ。このバアさん、ボケてんじゃないのか?」


「長老様は普段からこのような調子です」


「マジかよ」


「先ほどまでの発言も、すべて本気で大真面目にしております」


「マジかよ……」


 戦慄するセンに、老婆は「さてさて」と語りかける。


「お客人方、まずは祭壇まで私と一緒に来ていただきます。それが客人をもてなすしきたりですので」


「勘弁してくれよ。こっちはまだ昼飯も食ってないのに、まだ歩けっていうのか?」


「食事ならシトリに用意させましょう。もうじき目を覚ます頃ですから」


「あのガキにちゃんとしたメシがつくれるのか?」


「御安心を。腕は確かです。以前、皇都の使者がユヅルハへ来られた時も、シトリが食事の用意をしておりましたが、とても満足されていたご様子でした」


「ま、期待はしておくさ」


 センとハチは老婆の後を追って走り出した。




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