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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第一章 「始祖の民」
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第三話 「ユヅルハの民」

 日が緩やかに傾き、風にひやりとした夕暮れの空気が感じられるようになった頃、センとハチは田畑が広がる人里に到着した。遠くには野良仕事をしている人々の姿が見える。彼らもセンたちに気づいたのか、次々と大きく手を振り始めた。


「なんやろ。ウチらを歓迎しとるんかな?」


 ハチがそう言った時、その言葉を粉砕するように猛烈な足音がこちらに近づいてきた。


「おいおい、今度はなんだ」


「うーん。あれは、子どもやな。シトリちゃんと同じくらいの年の男の子や」


「こいつを引き取りに来た……ってわけじゃなさそうだな」


 迫り来る少年の顔を見て、センはため息をつく。それから間もなく、少年の怒りに満ちた叫び声が聞こえた。


「このクソッタレがっ! ぶっ殺してやる!」


「ハチ。あれは本当に人間なんだな?」


「せやで。せやから暴力はあかんで」


「むこうは完全にその気だぞ。ぶっ殺してやるってさ」


「いうて子どもやないの」


「子どもでも大人を殺すことはできるさ」


 そう話している間にも、少年は心臓が爆発せんばかりに息を荒げ、怒声を轟かせながら突進していた。血走った目は怨念と殺意が混濁した狂気に歪んでいる、ようにセンには見えた。まさに鬼気迫る、である。むしろ平均的な鬼人種よりよっぽど鬼らしいといえるだろう。


「シトリを離せ!」


 少年は叫びながら体当たりを食らわせようとセンめがけて突っ込む。しかしセンは難なくかわし、少年は地面をえぐるように転倒した。が、すぐに体を起こしてセンをにらみつける。そんな少年を気遣うように、ハチは声をかけた。


「君、大丈夫なん? えらい派手に転んでしもたけど」


「こんなもん、どうってこと……え?」


 ハチの姿を見て、少年は声をつまらせる。やはりその姿は異様に映るのだろう。

 しかし少年はすぐに目線をセンへ向け、大声で叫んだ。


「このド畜生のくされ外道が! 年端もいかねえ鬼人の娘に枷だの首輪だのはめやがって。さてはてめえ、奴隷商人だな!」


「失礼なガキだな。俺がそんな外道に見えるってのか?」


 よう言うわ、とハチはため息をつく。


「ちがうってんなら、あの格好はどう説明するんだ」


「そいつの趣味だ」


「いやいやちゃうって! ちゃんと説明してえな!」


「それはさておき、ハチの姿を見て怖気づかないとはな。ガキのくせに根性あるじゃないか」


「当たり前だ。おれは皇国の始祖たるユヅルハの民だ。鬼人も他の亜人種も、皇国の民ならみんな同じだ。敬意をもって接するのが当然の礼儀ってもんだ」


「だったら俺にも敬意をもって接してくれよ」


「悪人にはらう敬意なんかねえよ」


「まあとりあえず、まずは話を聞けって」


「もちろん聞いてやるさ。お前を牢にぶち込んでからな」


 少年は大きく息を吸い込み「皆の衆ーっ!」とあらん限りの大声を出した。すると、周囲の茂みや小屋の影から住民が続々と現れた。格好こそ小汚い野良着姿だが、鍬やら鍬やらを武器のように構え、殺意にぎらついた目をセンに向けながらじわじわと迫ってくる。

 センはそれとなく彼らの様子を見て、驚いた。彼らは持っている得物や地形を計算したうえで、たやすく突破できない包囲陣を維持しながら距離をせばめていたからだ。


「なるほど。お前と話している間にすっかり取り囲まれていたってわけか」


 少し前に手を大きく振っていたのは合図だったのだろう。まあ、出てきたものは仕方ない。とりあえず対話を、とセンは考えた。同時に農夫たちも口を開く。


「おのれ外道! 我らがユヅルハの地を汚した罪、死をもって償うがいい!」


「神官殿にまで手をかけるとは許し難し! 生きてユヅルハから出られると思うな!」


「八つ裂きにしてひき肉にして家畜のエサにしてやる!」


 なんてことだ、とセンは天を仰ぐ。

 辺境の蛮族どものほうがまだ意思疎通できるんじゃないか?


「皆の衆、落ち着くのだ。まずは奴から神官殿と鬼人の娘を解放するのだ」


「おお、そうだ。鬼人の嬢ちゃん、もう大丈夫だ。すぐに助けてやるからな」


 そう言っている間にも、住民たちとセンの距離は接近し、少年は再び叫ぶ。


「皆の衆! 陣だ。陣を作れ! 『両翼併殺の陣』だ! 日頃の訓練の成果、あの腐れ外道に刻み込んでやれ!」


 おうっ! と皆の衆は歴戦の戦士のごとく雄叫びを上げる。

 どうしたものかな、とセンはため息をついた。

 とりあえず全員ぶちのめそう。その後でゆっくりじっくり話し合えばいい。

 しかし、こいつら本当に素人か?

 センは改めて皆の衆を注意深く観察する。

 小汚い身なりとガラクタ同然の農具という装備品はともかくとして、構えや包囲の仕方には目を見張るものがあった。練度は一般的な自警団とは比較にならないほど高い。さっきの少年の言葉通り、日常的に実践を想定した訓練を積んできたのだろう。


「面倒な連中にからまれたな……」


 センがため息をついた時、激しく打ち鳴らされる鐘の音が聞こえてきた。見ると、里の方向から一人の男が鐘を打ち鳴らしながらこちらに近づいている。他の住民とちがって仕立ての良い服を着ていることから、身分の高い人物のようだ。


「いいかげんにしないか! このバカ者どもが!」


 男はセンの手前まで来ると、皆の衆に厳しい目を向ける。


「この方は皇都より遣わされた天士だ。我々が危害を知られたら、皇都による征伐の対象となってしまうのだぞ。お前たちは皇都と戦争をするつもりか!」


 男の剣幕におされ住民たちはたじろいだが、少年は怯むことなく男にむかって言う。


「でも親父、こいつはシトリを」


「よく見るんだ、ツナ。天士殿のそばには我らがユヅルハの守り神であるコロン様がおられるではないか。それもまったく警戒する様子もなく。これがどういうことかわかるか」


 やはりこいつが守り神の神霊だったのか、とセンは改めて金色の獣を見る。


「相手は守り神ですら支配下におけるほどの強力な邪法を使えるということだ」


「おい、おっさん。なんのことを言ってんだ?」


「敵は相当な手練れだ。真正面からぶつかっても勝ち目はない」


「今、敵って言ったか? 敵ってなんだ、おい。俺か? 俺のことか?」


「だがいかに強力な邪法使いであろうと、我々と同じ人間であることにかわりはない。必ず隙は生まれる。息の根を止める絶好の機会は必ず訪れるはずだ」


 センは言葉を失った。

 標的の目の前で堂々と暗殺宣言をするなど、正気の沙汰ではない。


「いやはや、天士殿。遠路はるばるお越しいただいたというのに、お騒がせしたことお詫びいたします。申し遅れました。私はユヅルハの封官長を務めております、ミハラと申します」


「そうか。あんたがこいつらの首魁か」


「ここまでシトリを連れてきてくださったこと、まことに感謝申し上げます。あとは私が引き受けますので……」


 センは周囲を警戒しながらシトリを背中から降ろし、ミハラに預ける。


「さあ、皆の衆、それぞれの持ち場へもどるのだ」


 ミハラに言われ、皆の衆は憎悪と殺意を剥き出しにした目をセンに向けながら散っていった。


「では天士殿。社へご案内いたします。そこに長老様もおられますので、詳しいお話は長老様から」


 意味ありげな目くばせをして、ミハラはコロンと共に歩き出した。


「ま、行くしかないよな……ん? どうした、ハチ。顔が赤いぞ」


「セン。この島の人ら、ええ人らやなあ」


「は?」


「ウチのこと怖がらんと気遣ってくれて、それがすごい、うれしくてな……」


 ハチは鼻をすすり、目をこする。


「……お前、さっきまでの俺と連中のやりとり、ちゃんと聞いてたか?」


 え? とハチは不思議そうに首をかしげた。




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