第三話 「旧世紀考察」
住民たちの声援を背に、一行は広場を出発した。
「で、これから俺達はどこへ向かうんだ?」
「最初に行くのは海辺にある神殿です。ここからだと、日没の少し前には着くと思います」
「そういや、あそこに行くのも久しぶりだな」
「だね。何年ぶりかなあ」
「なんや、前はよう行っとったん?」
「はい。両親がいた頃は毎年夏になると、海辺の神殿でお祭りをやっていましたから。精霊舞を舞うための特別な舞台が海の中から現れるんですよ」
「シトリの母親は皇国屈指の舞の名手だったからな。祭りの時は皇国中から見物客がやって来て、ユヅルハも大賑わいだったらしい」
「そうか。そいつはぜひとも一度見てみたかったな」
「でも両親が亡くなってからはお祭りもやってませんし、神殿の近くにあった旅館もすっかりなくなっちゃいました」
「でも、あそこは残ってるんだろ? でないと今日泊まる場所がない」
「社を出る前に連絡したから、たぶん大丈夫だと思う」
「なんだ。まだやってる旅館があるのか?」
「はい。皇都のお役人も御用達の、ユヅルハが誇る最高級の旅館です」
「おいおい。そんなたいそうなところに泊まる金なんてあるのか?」
「ご安心ください。そこは海辺の神殿の守護者が管理と運営をしている旅館ですので、私たちはお金を出さなくて大丈夫です」
「守護者がいるのか。どんなやつなんだ」
「伝承によると、神官一族の血筋にあたる人のようです。三百年以上も前のことなのでよくわかりませんが」
今のシトリの発言を、センは慎重に考える。
どうやら神殿の守護者は、人間ではない存在らしい。
「……てことは、神殿の守護者は少なくとも三人はいるってことか」
「そうですね。あ、あとユヅルハには八つの社がありますが、そこも同じく神官一族の血筋のものが守護者となっていますよ」
ということは、脅威となりえる精霊使いがあと十一人はいるということか。
「セン様? どうかなさいましたか?」
「なんでもない。それにしても、平和だな」
センは誤魔化すように周囲を見る。正午を少し過ぎた時間帯は、昼寝をするのに最適といえるだろう。
地上を照らす太陽の光は暖かく、緑豊かな野山と風にそよぐ田園は穏やかに時を刻んでいた。
ただ、精霊の気配はどこにもなかった。
一見すれば平和な世界である。
ただしそれは本当に「一見すれば」の平和だった。
「しかし、世界再生の原点になったってわりには、それっぽいものは何もないんだな」
「それっぽいものでしたら、もう少し進んだ先にありますよ。ユヅルハが誇る観光名所、旧世紀の遺跡です」
その言葉通り、しばらく進んだところでそれらしきものが見えた。
しかし、センはそれを見ても、目的につくられたものなのかさっぱりわからなかった。
「なんだ、あれ」
センが目にしたのは、はるか遠くの平原に等間隔で並び立つ巨大な柱の列だった。
平原を北から南へ柱の列は続いており、彼らがいる場所からはその始まりと終わりは見えなかった。柱は周囲の木々の何倍も高く、何十倍も太くて、どれも同じような形をしていた。なのでセンには、柱の列が人間の手でつくられたものとは思えなかった。
「おー、なんやまたえらいごっつい柱がようさんあるなあ。あれは何の遺跡なん?」
ハチにたずねられ、シトリは待ってましたとばかりに笑みを浮かべる。
「さて、何の遺跡でしょう。当ててみてください」
「せやなあ、なんかの柱っぽいから、細長い神殿の跡地かなあ」
「残念、ちがいます。セン様はどう思います?」
「さっぱり見当がつかないな。旧世紀の連中が何を考えてるかなんて、まるでわからん」
「ちゃんと考えてくださいよ。せっかくの遺跡なんですから」
「ええと、じゃあ、あれだ。旧世紀の連中はあまりにも暇だったから、あのバカでかい柱をどこまで建てられるか挑戦したんだ。つまりあれは、暇つぶしの遺跡だ」
「いやいや、さすがにそれはないですよ。どれだけ暇な人たちなんですか」
「で、正解は何だ?」
「あれはですね、巨大な橋の橋脚なんです」
正解を聞き、センは首をかしげる。
「伝承によりますと旧世紀ではユヅルハと神都、そして西国の島は一本の橋で結ばれていたそうなんです。橋は海だけではなく陸地にもかかっていたんですね。残念なことに橋そのものは旧世紀の世界戦争でなくなってしまったようですけど」
「わからないな。海だけじゃなくて、なんで陸地にも橋を架けるんだ」
「そこなんですよ。なんでもその橋は、旧世紀の人たちが使役していた鋼鉄の人造生命体が通るための道の一部だったようですね。旧世紀では一人につき一体それを所有することが当たり前だったとか。すごい話だと思いませんか?」
「なんていうか、いろいろぶっ飛んでた連中だったんだな……」
橋脚のそばに近づいた時、センは他に変わったところはないかと目を向ける。粘土のような素材でつくられているのだろうか。表面は不自然なほどきれいで、時の流れによる劣化をほとんど感じさせない。もっとも、それ以外の特徴はわからなかった。
そのまま橋脚のそばを通り過ぎようとした時、センは妙な風が吹いたのを感じた。
ふと、センは立ち止まり、改めて橋脚を見る。
「セン様、どうかしましたか?」
「たしか、伝説だと、皇国は皇神と神器の力で再生したんだよな」
「はい、おっしゃる通りです」
「ということは、この遺跡も本物じゃなくて、本物そっくりに再生されたものってことか」
「言われてみれば、そういうことになりますね」
「どうせなら破壊される前の状態に再生すればよかったのに、なんでこんな状態で再生したんだ? たんに面倒くさかっただけなのか?」
「なるほど。それもあるかもしれませんね」
真剣にうなずくシトリに、ツナは呆れた目を向ける。
「いや、さすがにそれはないだろ」
「じゃあツナはどんな理由だと思うの?」
「たしか、旧世紀の世界が滅びたのは、高度に発達しすぎた人間の文明がこの星の精霊の怒りに触れたからだろ。だから皇神は同じ過ちを繰り返さないように、旧世紀の文明が滅びた時の姿のままで再生したんじゃないのか」
「おお、さすがツナだね。小難しくてなに言ってるかさっぱりだけど、なんかそれっぽい感じがするよ」
「ほめてるのかバカにしてるのか、どっちなんだ。そういうお前はどう考えるんだよ」
「えっとねえ、たぶん皇神様は、壊れる前の世界がどんなものだったのか知らなかったんじゃないかな。だから壊れたままの姿でしか再生できなかったんだよ」
「それはないだろ」
「いや、案外そうかもしれないぞ。皇神なんて、けっこういいかげんなやつだからな」
そう言って、センはため息をつく。
創世の神器なんて危険なものをちゃんと管理せず、こんなややこしい状況になるまで放置していたんだ。ろくなやつじゃないに決まってるさ。
「それよりそろそろ昼飯にしたいんだが、この辺でメシが食える場所はあるのか?」
「すみません。ここから神殿まで、お店はないんです。昔はそこそこあったんですけど」
「じゃあ神殿に着くまで何も食えないのか」
「あの、よかったらこれをどうぞ」
シトリはかついでいた布袋を下ろし、小さな包みを取り出す。
「さっきの里でいただいた、携帯用の保存食です」
「それはありがたい……いや、待て。その、中身はなんだ?」
「ミタマグサの干物です」
「……やっぱり、遠慮しておくよ。そもそもこれはお前がもらったものなんだから、お前がありがたくいただくのが筋ってもんだ」
「そんな遠慮しないでください。ひとつ食べるだけで一日は食事をとらなくても大丈夫になるんですよ」
「本当に大丈夫だ。もう、食欲は失せたから」
センは足早に先へ進む。
包み紙の内側から、すでに声が聞こえはじめていた。
――食えよおぉ……
前へ進みながら、センは考える。
どうして皇神は創世の神器を自分の手元に置いておかなかったのか。
なぜ皇都は今になって神器を確保しようとしているのか。
皇都の思惑は何だ。俺はどこまでそれに巻き込まれているんだ。
どうしてミタマグサのようなバケモノが当然のように生息しているのか。
そしてなぜ、この島の連中はあんなものを食っているのか。
まあ、総じて言えることは一つ。
ここは危険地帯だということだ。




