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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第三章 「巡礼の路」
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第二話 「故郷」

 センとハチは社へもどり、鳥居のそばでシトリが来るのを待った。しかし、彼女はなかなか姿を見せない。


「旅支度に手間取ってるみたいだな」


「かもしれへんなあ。シトリちゃん、さっきから全然動いてへんから」


「あいつがどこにいるか、わかるのか?」


「そらな。あんだけ特異な力持っとったらわかるで。センは鈍いからわからんだけやろ」


「この島の風のせいで、うまく気配が探れないだけだ」


「まあ、それもあるかもしれへんな。御風柱やっけ。ここの人ら、もうずっとそれ使って交信しとるから、雑念いうかなんちゅうか、そういうのがあふれとるからな」


「それだって、皇都に自分たちの動きを察知させないための作戦ってこともありえるぞ」


「無きにしも非ずやろな……え?」


「どうした?」


「いや、シトリちゃんの気配が、消えてもうた……」


「どういうことだ?」


「さっきまで本殿のほうにおったはずなんやけど、何かあったんやろか」


 センは急いで本殿へ向かう。そこに、シトリの姿はあった。神官装束をまとい、祭器の槍を傍らに置いて、祭壇の前で正座をしている。祭壇の上では、コロンが体を丸めていた。


「セン様? どうしたんですか、そんなに慌てて」


「なんだ、ちゃんといるじゃないか」


「え?」


「お前の気配が消えたってハチが言うもんだから、何かあったのかと思ったんだ」


「ああ、そういうことでしたか。って、ハチ様が?」


 ハチはセンの後ろから姿を見せ、やあやあと手を振った。


「よかった。ご無事だったんですね」


「おかげさんでなあ。それより、さっきはほんまにシトリちゃんの気配が消えたように感じたんやけど、ほんまに何もなかった?」


「ええ。私は少し前からここにいましたから。旅支度もさっき終わりましたし」


 センは祭壇の上のコロンを見る。やはり、変わった様子はない。


「どうかなさいましたか?」


「いや……」


 そう言った時、センは祭壇に祀られている二枚の石板を目にした。先日まではなかったものだ。

 御札のような形の白亜の石板で、それぞれ異なる紋様が赤と黒の色砂で描かれている。


「あの石板は……」


「私の両親です」


 一般的に神官が『彼の国』へ去った場合、その神官の聖紋を白亜の石板に残すための儀式が行われる。

 石板に描かれているのは、シトリの両親の聖紋なのだろう。


「ユヅルハを離れる前にあいさつをしておきたくて。お時間をとってしまい、すみません」


「かまわないさ。大切なことだろう。お前の気が済むまでやればいいさ」


「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です。あまり時間をかけていると、御二方に迷惑だって両親に叱られてしまいますから」


「シトリちゃんのご両親って、けっこう厳しい人やったんやね」


「そうですね。でも、それ以上に優しくて、誰よりもユヅルハを守るためにがんばっていた、立派な人たちでした。だから私も、両親に恥じないようがんばらなければいけません。何があろうとも、私は神官として、ユヅルハを守ってみせます」


 そうか、とセンはうなずくことしかできなかった。


 目的地である三つの神殿への道すじはコロンが全て把握しているらしく、一行はコロンを先頭にして社を出て、山道を降りた。


「あいつがもっとでかかったら車をつないで楽に移動できるんだけどな」


「神霊相手になに罰当たりなこと言うとんねん」


「そうでもないですよ。両親が神官だった時のコロン様は馬くらいに大きくて、よく背中に乗せてもらってましたから」


「仕える神官によって姿が変わるってのも、妙な神霊だな」


「コロン様は特別な神霊なのです。なにしろ始祖の民である私たちの守り神なのですから」


「まあ、今さら驚くようなことでもないか。ここは妙なものが多すぎる」


 肉体変化をともなう神おろしができる少女。

 神出鬼没の謎に満ちた老婆。

 すきあらば容赦なく命を狙ってくる住民。


「……ここにいると、頭がどうにかなりそうだ」


「え?」


「なんでもない。生きることは素晴らしいって思っただけだ」


「そうですね。仰る通りです。生きることは素晴らしいですね」


 ほんとにな、とセンはため息をついた。


 山道を下り、里へ続く道を進む。皇都からの襲撃に備えているためか、周囲には住民たちの姿が見えない。もっとも、センにとってはありがたいことではあるが。


「なんや、人っ子一人おらんっちゅうんはさびしいなあ」


「俺は不安を感じるぞ。なにしろ敵が姿を見せないんだからな。しかし妙だ。精霊の気配がほとんどしない。これだけ野山が広がっていれば、下級精霊の気配くらいはするはずだが」


「たしかに。シトリちゃん、この辺には精霊ってあんまりおらんもんなんかな」


「前はけっこういたはずなんですけど、私が神官になった頃からほとんど姿を見なくなりましたね。何かあったんでしょうか?」


 そういうことか、とセンはうなずく。


「そのかわりに例のおかしな精霊が出るようになったんですよ。困ったものですね」


 何も知らないということは実に幸せなことだとセンはため息をついた。

 里の広場に到着した時、そこにツナはいた。舶来の軍服を思わせる、奏者の礼服を身にまとっている。黒を基調とした布地には金糸と銀糸で聖紋の装飾が施されていた。ただ、成人用のものであるためか、身の丈には合ってない。明らかに動きにくそうではあるが、これを着ることでツナは自分の覚悟を示しているのだろう。もっとも、それを知ってか知らずかシトリは「おー!」と声を上げ、小走りで彼に近寄る。


「奏者の礼服はかっこいいよね。あとで私にも着させてよ」


「あのなぁ、おれ達は遊びに行くんじゃないんだぞ」


 えー、と不満の声をもらすシトリを無視して、ツナはハチに目を向ける。


「もう動いても平気なのか?」


「うん、大丈夫やで。心配してくれてありがとうなあ」


「べつに、そういうのじゃねえよ」


「それにしてもツナ君、奏者の礼服よう似合っとるで。男前が着たら様になるなあ」


 ツナは照れを隠すようにうつむき、シトリは得意げに「うんうん」とうなずく。


「おいお前ら。さっさと先に進むぞ。のんびりしてる時間はないんだ」


 急かすようにセンは言う。彼は一刻も早くここから離れたかった。遮蔽物のない見通しのいい場所に立っているのだから、どこから狙われるかわかったものではない。

 しかし間もなく、その不安は的中した。周囲の家屋の戸が次々と開き、住民たちが姿を現した。来たか、とセンは身構える。しかし住民たちはセンには目もくれず、シトリの前に並ぶと地面に両手をついて頭を下げた。


「え? ちょ、みなさん、どうしたんですか?」


 困惑するシトリに、住民たちは口々に言った。


「神官殿、いや、シトリちゃん。本当に申し訳ねえ。わしらがユヅルハを守れなかったせいでこんな大変な役目をさせることになっちまって」


「シトリちゃんはいつだって俺達のために頑張ってくれてるってのに。どうか俺達の不甲斐なさを許してくれ」


「皇都の連中に何を言われたって気にしちゃいけないよ。危ないと思ったら、すぐに帰っておいで。シトリちゃん、あんたが無事なら私らはそれで全然かまわないんだから」


「そうだぞ。シトリちゃんのことは我々が命に代えても守ってみせるからな」


 はじめは困惑していたシトリだったが、今は目に涙をにじませていた。

 そんな彼らの姿を見て、センは思う。

 彼らはただ、自分たちの故郷を守りたいだけなのだ。

 そして、今までそれを守り続けてきた彼女のことも。

 自分たちの故郷は、自分たちの手で守る。

 それが彼らの誇りなのだろう。

 シトリは涙をぬぐい、彼らの言葉に笑顔で答える。


「みなさんの思い、たしかに受け取りました。安心してください。私は必ずユヅルハを守ります。両親がそうであったように、私も神官としての使命を全うしてみせます」


 その言葉を聞いて、住民たちは惜しみない拍手と感謝の言葉をおくった。


「感動的な光景やなあ」


「……そうか」


 それ以上、センはハチに言葉をかけることができなかった。




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