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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第三章 「巡礼の路」
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第一話 「まるで神の手のひらの上」

 センが使った治癒の霊符の効果もあり、ミハラの容態は落ち着いていた。

 シトリはミハラの頭に手を当てて目を閉じ、その無事を確かめた。


「よかった……ツナ、ミハラ様はもう大丈夫だよ」


 ツナは表情を崩さず、小さくうなずいた。


「セン様、本当にありがとうございます」


「俺の力じゃない。知り合いがくれた治癒の霊符のおかげだ。効果はたいしたもんだろう。なにしろ、手足が千切れても腹に穴が開いてもたちどころに回復するって代物だからな」


 センは治癒の霊符を取り出し、シトリにわたす。


「たしかに、すごく強い力を感じます。いったいどんな方がこれをつくったんですか?」


「本物の天才ってやつさ。皇都の学府を飛び級で卒業して、最年少で皇神神官団に入った神童だ……その霊符はお前が持ってろ。これから島中を歩かなくちゃいけないんだろ」


「儀式のことをご存知なんですか?」


「さっき封官長から聞いた。俺もそれに同行する。お前が奉星の大祭へ出場するまで面倒を見てほしいと、頼まれたからな」


「そうでしたか。それはありがとうございます」


 センが同行することをシトリは歓迎したが、ツナはセンに警戒の目を向けた。


「お前の狙いは何だ」


「そもそも俺の目的は、ユヅルハで起こっている異変の調査だ。どのみちユヅルハの要所は見ておかなくちゃいけない。神官と行動を共にすれば、何か見えてくるものもあるだろう。ただそれ以上に」


 センはシトリに目を向ける。


「お前にはメシを食わせてもらった恩がある。その恩に報いるのは当然のことだ」


「信じられないな。そんな理由で皇都の天士が動くなんて、考えられない」


「誤解するな。俺は皇都に所属している天士じゃない。それと、人間にしろ他の生き物にしろメシを食わなきゃ死んじまう。メシを食わせてもらった恩は命の恩と同じだ。それよりお前はどうするんだ。奉星の大祭に出場するとなれば、当然奏者も必要になるだろ」


「行くに決まってるさ。ユヅルハの運命がかかってるんだ。シトリに何もかも背負わせるなんてことは絶対にしない」


「なら早く支度をしてこい。奉星の大祭まであと一週間しかないんだ。出場できなかったら元も子もないからな」


「言われなくてもわかってる。シトリ、お前は先に準備しててくれ。おれはこいつと話をしてから里にもどる。準備がすんだらいつもの広場で待ってるから」


「うん、わかった。それじゃまた後でね」


 シトリが客間から出たのを確かめると、ツナはセンと向きあい、頭を下げた。


「ありがとう。親父を助けてくれて」


「……俺は礼を言われるようなことなんて、何もしてないぞ」


「親を助けてもらったんだ。礼を言うのは人として当然だ。それより、あんたも支度を始めてくれ。親父のことは里の人たちに頼んでおくから」


 ツナが出て行った後、センは小さくため息をついた。


「人として当然、か」


 だとしたら、とセンは考える。

 自分と、あの里にいた連中は、人でなしだ。




 旅支度といっても、センには特にすることはない。そもそも彼にとっては今がまさに旅の途中である。大体のことは身一つあれば事足りるのだ。

 というわけで、すっかり時間を持て余してしまった。

 聖紋の感覚からすると、ハチはまだ目覚めそうにない。

 一人で手持無沙汰のままいるのも変な気がするので、センは慰霊碑が立つ祭壇の広場へ向かった。


 ユヅルハの危機を憂えて祈りを捧げる者がいても不思議ではないのだが、センが到着した時、広場に人の姿はなかった。しかし、祭壇の両隣に立つ御風柱は目まぐるしく明滅を繰り返している。


「祈ってどうこうなるなんて、甘い考えの連中じゃないってことか」


 彼らは次の襲撃に備えているらしい。自分の身は自分で守らなければならないということをよく理解しているのだろう。

 センは祭壇の前に立ち、慰霊碑を見上げる。遥かなる天空へ挑むようにそびえ立つ慰霊碑の姿は、彼に何かしらの啓示を授けているようにも見えた。祭壇の中心にある器の中でゆらめく法灯も、ユヅルハをめぐる風の流れも、何かを語りかけているように感じられた。

 もちろんただそう感じるだけで、実際には何も語ってはいない。


 センは求めていた。

 これから先、自分が進むべき道を示してくれる標を、言葉を。


 目の前の慰霊碑に祀られているのは、かつてこの世界を守るために戦い、散っていった者たちの魂であるとされている。彼らには命を賭してでも守るべきものがあり、進むべき道があったのだ。センもまた、彼らと同じようにこの世界を守るための道を進もうとしている。

 しかしそこには、彼が命をかけるほどの理想はなく、正義も信念もない。

 この世界が崩壊すれば自分も巻き添えを食らうため、そうせざるをえないという、消極的で消去法的な理由だけだった。

 そしてそのために、一人の人間の純粋な理想と希望を最悪な形で踏みにじろうとしている。


 センは頭を振った。

 妙なことは考えるな。他人がどうなろうと、俺の知ったことじゃないだろ。


 ふと、法灯の姿が目に映る。

 ゆらめく炎は、センに一つの疑問を芽生えさせた。


 なぜ皇都はここまで早く動くことができたんだ。


 今回ユヅルハを襲撃した飛竜騎士のトベラは芝居の敵役として最適の人物である。実力もさることながら人格も素晴らしく、襲撃に乗じて乱暴狼藉を働くことは絶対にない。

 だが、彼の任地は遥か西方にある。昨夜連絡をとったとすれば、今朝までにここへ来ることは不可能だろう。

 事前に連絡をとっていない限りは。

 おそらく、皇都はとっくに知っていたのだろう。神官と神器が結びついていることに。

 だからシトリを奉星の大祭に出ざるをえない状況に追い込んだのだ。ユヅルハから遠ざけ、孤立無援の状況の中、万全の準備を整えたうえで、確実に神器を奪い取るために。


 センがユヅルハに来る前から、皇都の計画は始まっていた。

 ではなぜ、自分がここにいるのか。センにはそれがわからなかった。

 万が一の事態に備えて『聖火』が必要だというのなら、最初から神都に待機させておけばいい。そもそもこんな回りくどいことをする必要もないはずだ。皇都の諜報機関を使えばシトリを神都まで拉致することは可能だろう。いや、そうでもないか。ユヅルハの民をあなどってはいけない。


 皇都の本当の狙いは、なんだ。


 不意に、老婆の言葉がよみがえる。

 バカバカしい、とセンはため息をついて、空を見上げた。

 俺に何ができる。何を救えるっていうんだ。

 ……でも、それじゃあどうして、俺はここにいるんだ。


 どうして自分は、まだ、生きているんだ。


 神様、とセンはつぶやく。

 それは無意識のうちにこぼれ落ちた言葉で、彼自身もその言葉を口にしたことに気づくまで時間がかかった。

 そして、気づいた途端に小さく笑った。

 どうしようもなく途方に暮れた時、人はいつだって神様に救いを求めるものなのだ。

 自らを救い、守り、導いてくれる。

 そんなものはもういないと、わかっていても。


「なんや。せっかくええ天気やのに、辛気臭い顔しとるなあ」


 すぐそばから声が聞こえた。


「……もう、大丈夫なのか?」


「もうちょい休んどってもよかった?」


「まったく……俺も休みたいよ。代わりに働いてくれるか?」


「そら無理な相談やな。なんせこれは、センが進むって決めた道なんやから」


「ああ、そうだな」




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