主役の話
自分で言うのもなんですけど、私はどうがんばっても主役にはなれない人間なんです。
ちょ、なんで笑うんですか。ええやないですか、自分のことなんですから、もう。
まあほんまに、私は平凡な人間ですよ。人より勉強ができるわけでもなく、スポーツが得意ってわけでもなく、芸術的に光るセンスを持ってるわけでもない。リーダーシップを発揮して周りを引っ張っていけるわけでもないし、場をわかせるお調子キャラってわけでもない。付け加えますと、べつに主役になりたいってわけでもないんです。
そらまあ、さっきもお話しした通り名前をからかわれて暴れたりはしましたけど、それもせいぜい小学校高学年になるかどうかってくらいまでのことです。みんな成長するにつれて人の名前をからかうことからも卒業していったんですね。
なので私の戦いも、いつの間にか終わってました。
そして私はどこにでもおる平凡な人間になっていました。
自分の代わりなんていくらでもおる、そんな人間ですね。
でもひとつだけ、得意なことがあるんですよ。得意ですし特異なことが。
あ、すんません。しょうもないこと言いましたね。でも、特異っちゃ特異だと思いますよ。
私ね、一度見た夢のことは忘れないんですよ。絶対に。
普通の人やったらその日のうちに忘れてしまうそうですけど、私の場合は現実で起こった出来事みたいに頭に残るんです。まあ、だからなんやねんって話ですけど。
一番印象に残ってる夢ですか?
そうですねえ……水平線の上を、ひたすら歩いてる夢ですかね。
波の音や風の音がえらいリアルで、海も空もきれいに澄み切ってて、で、私はまっすぐに引かれた水平線の上をひたすら歩いてるんです。自分の足元にあるのが海なのか空なのか全然わかりませんでしたけど、歩いているときは本当に楽しくて、気持ちよくて、どこまでもどこまでも歩いていけるって気がしました。
たしか、高校生になったばかりの頃に見た夢ですね。夢の中での私は、まだ真新しい制服を着てましたから。はいていたローファーも傷一つなくぴかぴかでしたね。
いやまあ、ほんまに、だからなんやねんって話なんですけど。
え? 将来の夢、ですか? うーん、これまた残酷なこと聞きますねぇ。
あはは、冗談ですよ冗談。そんな気にせんといてください。
なんやと思います? けっこう意外に思われるかもしれませんよ。
んー、ちょっとおしいですね。業界でいうたら近いかもしれませんけど。
あ、遠くなっちゃいましたね。そっち方面ではないんです。
正解はですね、役者です。私、将来は役者になりたかったんですよ。
きっかけですか? もちろん覚えています。高一の時の文化祭ですね。
私のクラスは演劇をやることになったんですけど、私、くじ引きで主役を引いてしまったんですよ。いやもう勘弁してくれって思いましたね。だって主役ですよ。セリフもようさん覚えないけませんし、演技の練習もせなあかん。なんでこんな面倒なことせなあかんのやって、うんざりでした。
こう見えて私ね、結構繊細なんですよ。プレッシャーで夜も眠れん日々が続きましたから。でも友達にそれを言うたら、そんなわけないやろって笑われました。で、先生にも言うたら授業中によう寝とるやないかって呆れられました。うーん。日頃の行いですかねぇ。
なにはともあれ、文化祭当日を迎えました。で、どうにかこうにか本番をやり切りました。
で、全部が終わった、その時なんですよ。
もう、ものすごい達成感があったんですね。そんなもんを感じるなんて、その時になるまで夢にも思いませんでした。私ね、それまで演劇なんかやったことなかったんですよ。でも、自分みたいなやつでも必死こいて真剣にやったら、ちゃんと最後までやり切れるんやってわかったんです。それがもう本当にうれしくて、誇らしかったんです。
それに、友達やクラスメイトがえらいほめてくれたんです。自分にはこういうことって縁がないやろって思ってたんですけど、たくさんの人に認めてもらうってことは、すごくうれしいことでしたね。
文化祭が終わってから、私の目に映る世界はがらっと変わりました。たぶんですけど、今まで私が気づかなかった私自身の可能性に気づけたからやと思うんですよ。
自分のあり方が変われば、世界のあり方もそれに合わせて変化するんですね。
それ以降、私は自分の可能性をもっともっと試してみたいって考えるようになりました。だから私は演劇部を立ち上げたんです。自分で部活をつくったんですよ。ちょっとすごいことやって思いませんか?
部員も五人そろえて、先生らに頭下げまくって、頼み込んで形だけでも顧問になってくれる先生を見つけて。ものすごい大変でしたけど、ものすごく充実してましたね。
なんて言いますか、きっとそれまでの私は、ただ世界に存在していただけなんだと思うんです。
でも、自分が求める世界を自分の力でつくっていこうって思ってから、一歩進んだ存在に進化できたんじゃないかって気がするんですよね。
たぶん私はあの時から、本当の意味で、生きることができていたんだと思います。




