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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第一章 「始祖の民」
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第一話 「異形の精霊」

 心地よい風が通り過ぎる。日の光はかすかに暑さを感じさせるが、そよぐ風はセンとハチに涼しさと新緑の香りをもたらしてくれた。


「いい天気だな」


「ほんまになあ」


 社へ続くのどかな野道を歩きながら、空々しさのお手本みたいな言葉を交わす。


「こんな天気の下でなら、どんなメシだってうまくなるんだろうな」


「ほんまになあ」


「依頼なんかさっさと終わらせて、うまいメシを腹いっぱい食いたいなあ」


「ほんまになあ。ところで、セン。そろそろアレ、どないかせんとあかんのとちゃうか?」


 センはめんどくさそうにため息をつく。彼だって、アレの存在には気づいていた。

 自分たちの後をつけてくる、今までに感じたことのない異様な気配を放つ存在に。


「……十中八九、例の精霊だな」


「このままやと社にまでアレを連れていくことになるで。その前にどないかせんと」


 だな、とセンは歩みを止める。ハチも立ち止まった。合わせるように、異様な気配も動きを止める。

 だるまさんがころんだをしているような、奇妙な間が生まれた。

 覚悟を決め、センは素早く振り返る。だが、そこには何者もいなかった。海岸からたどってきた道と草原が広がっているだけで、今まで感じていた気配もいつの間にか消えていた。


「何か感じるか?」


「いや、なんも。おかしいなあ。さっきまではっきりと気配はあったのに」


「ふっ、どうやら俺たちに恐れをなして逃げたようだな。よし、このまま無視して進むぞ」


 センは社への道を歩みだす。


「戦うんがめんどくさいからって、理屈が雑すぎひんか?」


「俺は争いを好まない平和主義者だからな」


「古今東西、平和主義者を自称するやつにはロクなやつがおらんもんや。だいたい、この島で起こっとる異変の調査も仕事なわけやから、まじめにせなあかんやろ」


「適当でいいんだよ。皇都の目的はユヅルハを直轄地にすることで、その大義の一つがここで起こっている異変なんだ。連中だって異変の原因なんか興味――」


 その時、センは背後から刃のような敵意と憎悪、そして殺意を感じた。

 うなり声のような音を響かせながら、猛烈な勢いで風が吹き抜ける。

 センはすぐに振り返り、そこに現れたものの姿を見た。


「……これはまたずいぶんと、メシがまずくなる見た目をしてやがるな」


 そこに現れたのは、人の形をした黒い霧のようなものだった。大きさは人間の大人ほどで軟体動物のように手足をぐにゃぐにゃと揺らしている。上位精霊の一種である『カゲオニ』とよく似ていた。だが、決定的にちがうものがあった。頭と顔だ。そこにあるべき目、口、鼻はすべて紙に描かれた絵のような見た目をしていた。人物画を適当にちぎって、顔をつくる部位をぺたぺたと貼りつけたような感じだ。しかもその数はでたらめに多く、くわえてそれらの部位は独自の意識を持っているかのように顔や頭の隅々まで動き続けていた。

 まさに、異形の精霊と呼ぶに相応しい姿だった。


「なんや、えらいヤバそうなもんが出てきよったで」


 ハチがそう言った時、異形の精霊の目は一斉に彼らへ向き、開かれた口から声が発せられた。声というよりは音色に近い。それは白銀の横笛が奏でる音色のように高く、繊細で、透き通っていた。


「これはまた、見た目のわりにずいぶんと上品な声だな」


 センは異形の精霊を見すえ、身構える。

 しかし彼のそばにいたハチは地面に膝をつき、倒れてしまった。


「どうした、ハチ!」


 ハチはうずくまり、苦し気にうめいている。


「野郎!」


 センは異形の精霊に向かって走り、相手の間合いに入る手前で懐から霊符を取り出し宙に投げると、それを打ち砕くように拳をぶつけた。直後、霊符は閃光を発し、巨大な光の拳に変化して、異形の精霊めがけて飛び、直撃する。異形の精霊は砲弾をくらった荷車のようにバラバラに砕け散った。センはすぐにハチのほうへ引きかえし、抱きかかえる。


「大丈夫か」


 ハチは目を開けて、大丈夫とうなずいた。しかしすぐにセンから目をそらし、彼の背後のほうへ注意を向ける。同じくセンも振り返り、苦笑いを浮かべた。


「まったく。冗談は見た目だけにしてほしいもんだな」


 センが見たのは、宙に浮かんでいる異形の精霊の頭部と、そこから植物の根が伸びていくように再生している体だった。まわりに散らばっている異形の精霊の残骸からは、黒い霧が発生している。霧に接触した草木は、生命を奪われるように枯れ、朽ち果てていった。


「あかん……霊災が、発生しとるわ」


「通常攻撃は効果がなく、逆に霊災を引き起こす要因を生む、か。たしかにこれは、皇都の御神兵が太刀打ちできる相手じゃないな」


 そう言っている間に異形の精霊は元通りに再生し、黒い霧は広がり続けて周りの生命を食い荒らしている。


「仕方ない。聖火を使うぞ」


「無茶や。結界の構築もできとらんのに、どえらい霊災が起きてまう」


「生きるか死ぬかの非常事態だ。見ろ。あの野郎、いよいよ本気で来るらしいぞ」


 異形の精霊は全ての口を限界まで開き、そこから異様に長い腕をずるりと吐き出していた。現れた腕はセンとハチに狙いを定めるように、手のひらを彼らに向けている。


「ほんまに、冗談は見た目だけで間におうとるわ」


 吐き出された無数の腕が、センとハチに向かって襲いかかる。動きは単調だったためセンはハチを抱きかかえたまま攻撃を避けることはできたが、異形の精霊との距離を大きくとって後退せざるをえなかった。異形の精霊は口から生えた腕を巧みに操り、センをもと来た道へと追い払う。その動きを見て、センは疑問を感じた。


 こいつは本気で俺たちを攻撃しているのか?

 まさか、こいつの目的は――




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