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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第二章 「その命を懸けて」
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第十六話 「確定した未来」

 煙幕が消え、矢が飛び交う音も止まった。社のいたる所には撃墜された飛竜騎士の残骸が見えたが、そこにトベラの姿はなかった。どうやら脱出はできたらしい。身を隠していたユヅルハの遊撃隊、もとい男衆は農具を武器のように構えながら注意深く接近し、倒れている飛竜騎士の首を狙って鍬や鎌、斧を振り下ろし、勝どきの声を上げた。

 しかし彼らはすぐに不可解な点に気づく。


「なんだ、こいつら。中身がないぞ」


 飛竜騎士の兜を放り投げ、鎧を蹴り上げる。中には誰も入っておらず、術式を発動するための霊符が貼りつけてあるだけだった。


「傀儡の術式か……クソっ! 奴らにいっぱいくわされたんだ!」


 いっぱい矢弾を食らわせておいて何を言っているのか。


「おのれ! ようやく奴らに一矢報いたと思ったのに!」


 周囲の惨状を見るに、一矢どころではない。


「あの髭面のクソ野郎。次は絶対に逃がさねえ。ひき肉にして家畜のエサにしてやる」


「皆の衆! 次の襲撃に備え、軍議を始めるぞ。次こそ我らの力、奴らに刻み込むのだ!」


 おう! と殺気が満ち溢れる気合の声が響き渡った。

 そんな彼らに、ミハラは空気が震えるほどの怒声をぶつける。


「いいかげんにせんか! この馬鹿者どもが!」


 かなりの深手を負っているにも関わらず、ミハラの声は住民たちを圧倒した。


「あの程度の手勢を追い返したくらいで調子に乗ってどうする。皇都が本気になれば何百何千の軍勢を送り込んでくるぞ。あの腰抜けの小悪党とは比べものにならない冷酷無比で凶悪な敵が押し寄せてくるのだ。そうなればどれほどの犠牲が出ると思っている!」


「だとしても、我らは戦わねばなりません。最後の一人が死に絶えるまで。それが神器の守り手であるユヅルハの民の使命であり、誇りなのですから」


「その戦いに子どもたちまで巻き込むというのか。それを我らの祖先は望んでいるのか。ユヅルハの神官であるシトリが望んでいるのか」


 その言葉を聞いて、殺気立っていた住民たちもようやく気づいた。

 ミハラの傍らに立っているシトリが、涙を流していることに。


「しかし、ならば、どうしろというのです」


「あの男が言っていた通り、奉星の大祭でシトリがユヅルハの神官に相応しい力を持っていることを示すしかないだろう」


「それでは神官殿一人にすべてを背負わせることになります。それはあまりに酷で、我々はあまりにも無責任ではありませんか」


「そう思うのなら万が一の結末をシトリと共に受けいれればいい。案ずるな。お前たちはシトリを信じているし、私もそれは同じだ。シトリなら必ずユヅルハを守ってくれる」


 ミハラの言葉に背を押されるように、シトリは住民たちと向きあう。


「約束します。ユヅルハの神官として、私たちの故郷を、必ず守ってみせます」


 その言葉に異論を唱えるものは一人もいなかった。


「さあ、お前たちも家へもどり、家族に無事を知らせるんだ。シトリ、ツナ。お前たちは御風柱を通じてこの危機を知らせなさい。もちろん、必ずこれを乗り越えるという決意もだ」


 ツナはシトリの手を握り「行くぞ」と言って御風柱へ向かった。住民たちが去り、シトリとツナの姿も遠ざかったところで、ミハラは力尽きたように倒れた。


「大丈夫か」


 センに声をかけられ、ミハラは薄く目を開ける。


「なんのこれしき、と言いたいところですが、やはり年には勝てませんな。ですがシトリの今後を思えば、この程度たいしたものではありません」


「なに言ってんだ。まだ意識があるのが不思議なくらいの傷だぞ」


 センは霊符を取り出し、ミハラの胸に押し当てる。霊符は淡い光を放ちながらミハラの体を薄い光の膜で覆い、彼の傷を癒していった。


「かたじけない」


「共犯者のよしみだ」


 センはミハラを担ぎ、社の隣にある家屋の客間へ入って、布団の上にミハラを寝かせた。


「少しは楽になったか」


「ええ。天士殿のおかげです」


「確認だが、あんたも皇都の計画は知っているんだな」


「はい。昨夜遅くに皇都から指令が届きました。今のところは計画通りです。ただ、シトリの意思を踏みにじることになるでしょう。私は一生をかけて、償うつもりです」


「他に方法がないんだ。自分を責めるな」


「お気遣い感謝します。それで天士殿は、これからどうなさるおつもりですか」


「奉星の大祭に参加するまでは面倒を見る。あいつの身に何かあったら、最悪の事態になりかねないからな」


「そうですか。ありがとうございます」


「礼を言われるようなことじゃないさ。知り合いの神官に頼めば、すぐにでも神都へ連れていけるしな」


「それが、そういうわけにはいかないのです」


「どういうことだ?」


「神官がコロンと共にユヅルハを離れる場合、ユヅルハをめぐる風の流れ、つまり霊気の流れを安定させるために、島の要となる三つの神殿に、コロンの分霊を祀らなければいけません。南にある海辺の神殿、中央にある山の神殿、そして海峡にある遺跡の神殿の三つです。神官は自らの足で歩いてこれらの神殿へ訪れ、分霊を生み出さなければいけません」


「つまり、島を南から北まで歩くってことか。どれくらい時間がかかるんだ」


「三日か四日、というところでしょうな」


「まあいい。ここまで来たんだ。最後までつきあうさ」


「感謝いたします、天士殿」


 やっと安心できたのか、ミハラは目を閉じて眠りについた。

 センは客間の外に出て、戸を閉じる。

 そして、廊下の外側に立っている老婆の姿を見た。


 まあ、いるよな。


 センはもはや驚かなかった。逆にいないほうが驚きだ。


「おいババア。このクソ面倒な時に、どこで何をしてたんだ」


「真打とは遅れて登場するものでございます」


「もうとっくに幕は下がってんだよ」


「いいえ。幕開けはこれからでございます。皇国の、いいえ、この世界の命運をかけた大舞台はこれから始まるのでございます」


「もちろん事情は全部わかってるんだよな」


「もちろん。超老婆ですので」


「ならまずは、今になって現れた理由と目的を教えてもらおうか」


「天士殿にお伺いしたいことがございます。あの子が奉星の大祭に出場したとして、皇都が示している相当の結果とやらを出すことができるとお考えですか」


 センは周囲に誰もいないことを確かめると、老婆に言った。


「絶対に無理だ」


「そう断言される理由はなんでございましょう」


「そもそも奉星の大祭は、古の大精霊の封印を維持するための国家儀式だ。皇国中から名だたる神官団が集められ、結界を維持するための霊力を生み出すために精霊舞を捧げる。それがいつからか精霊舞の完成度も競うようになった。見物客も皇国中から集まって、今じゃすっかりお祭り騒ぎのバカ騒ぎだ。まあそのぶん利益も出るし、精霊舞で優勝すれば皇国全土にその実力を知らしめることができる」


「だからこそ皇都はあのような条件を出したのでしょう。あの子の力が知れ渡れば、ユヅルハの神官として認めざるをえないという状況が成立します」


「そうだな。はっきり言って、あいつの力は相当なものだ。あの年で、しかも一人で神おろしができるなんて普通じゃありえない。でも、あいつは奉星の大祭では優勝できない。絶対に不可能だ」


「なぜでございましょうか」


「奉星の大祭に出場できるのは神官として認められた者、あるいはそれに準ずると認められた者だけだ。あいつは学府にすら通っていない。神官どころかそれに準ずると認められる要素は皆無だ。出場できたとして、神官ではないからと審査の対象外にされるのがオチだ」


「私もそう思います」


「あんたも全部わかった上で、あいつを奉星の大祭に送り出すのか」


「私も全て承知した上で、この判断を下しました。あの子も気づかなければなりません。夢や希望や理想が、現実という理不尽な力によって踏みにじられることがある。生きるとはそういうことの繰り返しであるということに」


「考えれば考えるほど、最悪の結末しか思い浮かばないな。あいつが神官であることを自分からあきらめるように仕向けるのが今回の計画の狙いだろ。だけど、その結果としてあいつが自暴自棄になって神器を暴走させたら、それで何もかも終わりだ。本当にうまくいくのか?」


「当たり前のことですが、未来のことなど誰にもわかりません。こうあるべきだと目標を立てて、それを実現するために最大限の努力をすることしかできないのでございます」


「当たり前すぎて何の参考にもならないな……」


「私は信じておりますよ。天士殿がシトリを救うという星の啓示を」


「俺は今まで生きてきて、何かを救ったことなんか、一度もない」


「先ほども申し上げましたが、未来のことなど誰にもわかりません」


 老婆は意味ありげな笑みを浮かべ、立ち去ろうとする。


「待て」


「なんでございましょう」


「今朝の騒ぎの時、どうして例の精霊は現れなかった」


「さあ。なぜでございましょう」


「本当は知っているんだろう」


「もちろんでございます」


「だったら話してもらおうか」


「その必要はありません。天士殿も、もう気づいているでしょうから」


 老婆が去った後、センは右手の聖紋を見た。


 ハチは沈黙し続けている。


 センはため息をつき、頭を軽く振った。

 足音が近づいてくる。二人分の足音だ。

 結局は、進むしかないんだと、センは自分に言い聞かせた。




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