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精霊ノ世紀 『奉星の大祭』  作者: 青山 樹
第二章 「その命を懸けて」
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第十四話 「愚かな愚民」

 夜明け前の空の下で、ユヅルハの各地に立っている御風柱は狂ったように明滅を繰り返していた。それは、ユヅルハの民に重大な危機が迫っていることを知らせる警告だった。彼らは御風柱の情報網を通じて連絡を取り合い、各地の自警団は速やかに行動を開始した。

 やがて彼らは迫り来る脅威の正体と、それがシトリがいる社へ接近していることを知った。御風柱を介して交信は繰り返され、ユヅルハの民は次の行動に移った。


 客間で眠っていたセンも異変に気づき目を覚ます。御風柱と結びついていない彼でも霊気の乱れを感じるほど、この時のユヅルハでは多くの交信が行われていた。


「あいかわらず、あいつは仕事が早いな」

 外へ出ると、白い寝間着姿のままのシトリが参道に立っているのが見えた。彼女は祭器の槍を顕現させ、じっと空を見上げている。


「もうじき夜明けだっていうのに、ずいぶんな騒ぎだな。何かあったのか」


「強い霊力を持つ何かが、たくさんこちらへ向かってきています。セン様は社の中へおもどりください。何が起こるかわかりませんから」


「だったらなおのこと見届けるさ」


 そう言ってセンはシトリの隣に立つ。その時、ミハラとツナが息を切らしながら現れた。


「おお、シトリ。無事だったか。よかった」


「ミハラ様。いったいこれは、どういうことなのでしょうか」


「まずはこれを見なさい。昨夜遅くに皇都から転送されたものだ」


 ミハラは懐から書状を取り出し、シトリに渡す。その文言を読み、シトリは声を震わせた。


「そんな……」


 センも書状の内容を確認する。書状には長々と文章が焼きつけられていた。遠方との文書のやりとりに用いられる術式による文字だ。皇都による正式な文書であることを示すため、文章の終わりには皇都の御印がある。

 記されている内容は、先月起こった皇都の役人に対する異形の精霊の件について、ユヅルハの対応は不十分かつ不誠実で、責任を厳しく追及するというものだった。同じく、ユヅルハの現状が創世の神器をめぐる封国同士の対立を生む要因になっていることも記されていた。そのため、ユヅルハと周辺の封国の安定を維持するため、皇都の軍をユヅルハに駐留させるという。

 つまり、ユヅルハを皇都の事実上の占領下に置くという内容だった。


「皇都のやつらが、攻めてきたんだ」


 ツナは怒りを露わにする。そうしている間にも、社には続々と住民たちが集まって来た。老人や女子供の姿がほとんどで、誰もが不安と恐怖に顔をくもらせていた。みすぼらしい身なりは相変わらずで、誰もが薄汚い布袋を持っている。皇都の軍勢による略奪を恐れて、わずかな財産を持ってきたというところか。

 彼らはセンの存在に気づくもかまうことなく、ミハラやシトリに次々と救いを求める言葉を発した。


「おお、神官様。北の空より皇都の軍勢が迫ってきております。どうか、どうかお助けを」


「封官長殿。今一度皇都と交渉してくださらんか。どうか矛をおさめてほしいのですじゃ」


「せめて子どもたちだけでもお助け下さい。どうか、どうか、あ、ああ……」


 悲痛な声を上げる母親と、その周りで大声で泣き叫ぶ子どもたち。

 そんな彼らの姿を、センは冷ややかな目で見ていた。


 結局はこうなるんだ。

 どんなに強がっていても、いざ本当の脅威を目の当たりにすれば、誇りも尊厳も殴り捨てて生きることにすがりつく。

 こいつらも、あの里の連中と同じなんだ。


 変に巻き込まれないよう、センは彼らと距離をとる。

 しかしシトリは、社へ集まって来た住民たちを励ますように声を上げた。


「安心してください。ユヅルハの神官である私が、必ずみなさんをお守りしますから」


 住民たちの顔にかすかな希望が浮かぶ。

 しかし、それを打ち消すように空から威勢のいい高笑いが響き渡った。


「はっはっは! 薄汚い田舎者の小娘が、ずいぶんと大口をたたくものだな!」


 その声を聞いた時、センは「まさか」と思わず声をもらした。


「お、おい! 上だ! 二時の方角だ!」


 若い男が大声で叫び、あそこだ! と指をさす。

 その先には、空を優雅に旋回する飛竜の群れが見えた。いずれも武具で身をかため、背には皇都の御旗をかがけた兵士が騎乗している。数えると飛竜の騎兵は十二騎あり、そのうちの一騎は他よりも明らかに大きく、豪華壮麗な武装をまとっていた。騎乗しているのは将軍職の礼服をまとい、鍵爪のように髭を整えた白髪の老兵である。

 センはその男を知っていた。

 一年前、西域の封国でおこなわれた太陽の使徒掃討作戦の際に共闘した、皇国を代表する飛竜騎士。

 その名はトベラ。晴天の守護者と謳われた英雄の一人だ。


「何者ですか、あなたたちは! 目的は何ですか!」


「ふふん。しれたことよ。用件は書状に示した通りだ。皇都がユヅルハに駐留するにあたり、まずは社をおさえねばならんのでな。これよりこの社と近隣の里は、我が飛竜騎士団の占領下に置かれる。これは皇都の正式な命令だ。逆らう者は容赦せぬぞ」


「いくらなんでも急すぎます。私たちの意見も聞かず、一方的にこんなことをするなんて」


「黙れいっ!」


 トベラに一喝されシトリは体を震わせる。


「シトリ。もうよすんだ」


 ミハラはシトリのそばへ駆け寄る。それでもシトリはトベラから目をそらさない。


「ふむ。どうやら少々痛い目にあわなければ話ができないらしいな」


 トベラは片手を天に掲げ「かあっ!」と気合を発し、光の槍を顕現させる。


「我が力、とくと味わうがよい!」


 威勢のいい声を上げながら、トベラはシトリに狙いを定めて槍を投げつけた。

 シトリは迎え撃つように祭器の槍を構えたが、明らかに無意味で無謀な行為だった。


「くそっ!」

 とっさにセンはシトリのもとへ走る。だがそれよりも早くミハラが動き、シトリを突き飛ばして、覆いかぶさるように倒れた。ほぼ同時に、トベラが放った槍がミハラの近くに突き刺さり、炸裂する。地面の敷石が吹き飛ばされ、多くの破片がミハラに直撃し、多くの傷を負わせた。


「ミハラ様!」


「親父!」


 ツナはすぐにミハラのもとへ駆けつけ、倒れているミハラを抱きかかえた。


「おい、しっかりしろよ、おい!」


 ミハラは苦し気に声をもらしながら目を開け、ツナとシトリの顔を見る。


「お前たち、ケガは、ないか。よかった……」


 二人の無事を見届けると、ミハラは意識を失うように倒れた。


「はっはっは! 愚かな愚民どもが! 我輩にたてつくからこうなるのだ!」


 明朝の空の下に、勝ち誇るトベラの笑い声が響き渡る。




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