第十三話 「悪い冗談の積み重ね」
慰霊碑の祭壇へ向かう途中、センはふと立ち止まって空を見上げた。
満天の星空が見える。空気は澄み渡り、雲の姿はなく、遥か天空の世界に輝く星々を遮るものは何もない。すぐにでも天から星の光がこぼれ落ちてきそうな感じさえする。
センが星空から感じたのはそれくらいのことだった。
星空の美しさと、星に手が届くかもしれないという錯覚だけだ。
彼には星読みのように星空から啓示を受けることはできない。
それでも、センはしばらくの間、じっと星空を見上げていた。
星空は自分に何も示してはくれないということを、確かめるように。
センは頭を振り、歩みを進め、祭壇の前に立つ。
静かに燃える法灯を見つめるうちに、彼の心は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
不思議なものだ、とセンは思う。
炎を見ていると、どうして落ち着くのだろう。
少しでも使い方を間違えれば、大変な災いをもたらすものなのに。
燃え続ける法灯の姿は、センの心に次々と疑問を芽生えさせる。
ただし、答えは示さない。
それはセンが見つけなければならないものだからだ。
結局、自分がやるべきことはかわらないんだ。
センは法灯に背を向け、社へもどっていった。
センがもどって来た時、シトリは居間で眠っていた。本当に眠っているかどうか、そっと近づいて確かめる。これからすることを見られるわけにはいかないからだ。
シトリが眠っていることを確かめると、センは再び外に出て、社の裏手にある物置小屋のそばへ行った。
「まさかとは思うが……」
あの老婆がどこかに潜んでいないかと、周囲を入念に調べる。どうやらいないようだ。あの老婆も四六時中センにつきまとうほど暇ではないのだろう。
月と星の光を頼りに法陣を地面に描き、懐から霊符を取り出して中心に置く。すると霊符は宙に浮かび、緑色に輝く光の玉に変化した。
「リク。聞こえるか」
センは光の玉に話しかける。しばらくして、光の玉からリクの声が聞こえてきた。
『やあセン。めずらしいね、君が術式を使って交信するなんて。ハチはどうしたんだい?』
「聖紋の状態にして休ませている」
『何かあったってことだね』
「そりゃもう、いろいろとな……」
センはユヅルハでの出来事を話した。
『なるほど……やっぱり面倒なことになってたんだね』
「やっぱりってことは、お前は全部知ったうえで俺にこの仕事を依頼したんだな」
『ごめんごめん。今回の件には、どうしてもセンの力が必要だったんだよ』
「それで、皇都はどうするんだ。触らぬ神に祟りなしってわけでもないだろうが、もうユヅルハには関わらないほうがいいと思うぞ」
『そうだね。でも、神器の確保は皇都にとって急務だから、あきらめないと思うよ。ただ、計画は大幅に変更することになるだろうね。当初の計画では、神官と守り神を排除したうえで直隷地化を進めるつもりだったから』
「それで俺が必要だったってわけか」
『君の『聖火』はそれだけ強力なんだよ』
「便利、の間違いだろ。でもまあ、今回は使わないほうが良い。何が起こるかわからないし、何かが起こってからじゃ遅いからな。最悪、世界が終わることになるぞ」
『でもさ、今までの話を聞いてると、道がないわけじゃないよね。神官と神器の結びつきを絶てば神器が暴走することもないし、古の大精霊の封印が解かれるおそれもない』
「それができれば苦労しないっての」
できるよ、とリクは言う。
『彼女が神官である理由は、両親の遺志を継いでユヅルハを守るということだ。もっともこれは、彼女の個人的な理由でしかない。けれど実際に神官としての働きは不十分ではあるけれどできていないとは言えないし、ユヅルハの民も彼女を神官として支持している。だから彼女も彼らの期待に答えるために神官であり続けるのさ。だったら、ユヅルハの民が彼女を神官であると認めなくなればいい』
「理屈はあってるな。だが、どうやってあの狂人共を動かすんだ」
『彼女が神官として不適格であることを大々的に知らしめればいいのさ。そのための絶好の機会がもうすぐあるじゃないか』
「絶好の機会?」
『奉星の大祭だよ』
「まさか、あいつを出場させるのか?」
『奉星の大祭には皇国を代表する神官団と、皇国中からの見物客が集まるからね。出場して、散々な結果を出してしまえば、その無力感と失望は相当なものだろう。神官としてやっていく自信が失われることは確実だね。皇国中の笑い者になれば、ユヅルハの民だって考え方を改めるはずだよ』
「お前、それは本気で言ってるのか」
『残酷な方法だってわかってるさ。でも、他に方法はないでしょ。奉星の大祭まであと一週間なんだ。迷っている時間はない』
「皇都の都合で、あいつの理想と希望を踏みつぶすのかよ」
『そうでもしないと皇国は守れない。僕たちは大人だ。個人のことより、みんなのことを考えて動かなくちゃいけないんだよ』
大人、とセンはつぶやく。
『彼女が奉星の大祭に出場できるよう手筈は整えておく。もちろん、彼女が神官であることをあきらめざるをえない状況に追い込むための筋書きもね』
「そこまでして守るほどの価値が、この国にあるのかよ」
『こんな腐った国なんてさっさと終わっちまえばいいって、そう思ってるでしょ』
「わかってるじゃねえか」
『長い付き合いだからね。でもさ、まだこの国を、いや、この世界を終わらせるわけにはいかないんだ』
「……わかった。ここまで来たんだ。俺も最後まで付き合うさ」
『ありがとう。それじゃあ彼女が奉星の大祭に出場するまで護衛にあたってくれないかな。万が一途中で死なれたりしたら、何が起こるかわからないから』
「言われなくてもそうするさ。しかし、あいつを守ることが世界を守るってことになるなんてな。悪い冗談だ」
『人の歴史なんて悪い冗談の積み重ねばっかりだよ』
「まったくだ。でも、積み重ねないといけないんだろ。生きて、うまいメシを食うためには」
『その通り。とりあえず今日はもう休みなよ。きっと明日から忙しくなるだろうから』
「ああ。そっちもよろしく頼む」
それじゃ、とリクが言ったところで交信は終わった。
地面に描いた法陣を踏み消していると、ひやりとした風がセンの頬をなでた。
「なるようになるさ」
誰に言うでもなく、センはぽつりとつぶやく。
えてして世の中の諸々はなるようになるし、なるようにしかならぬものだ。
そして、この世の一切合切、森羅万象は、なるべくしてなるのだ。




