第十二話 「その痛みが問うものは」
いつの間にか眠っていたらしく、センは暖かな食事の匂いで目を覚ました。土間のほうからは食事の支度をする音が心地よく聞こえてくる。体を起こした時、シトリが姿を見せた。
「お目覚めですか。ちょうど今、お食事の用意ができたところですよ」
シトリは土間へもどり、食事をのせた膳を持ってくる。
「私も少し前に起きたばかりなので、簡単なもので申し訳ありませんが」
「いや、ありがたい。昼からずっと腹が減ってたからな」
「そんな。お礼なんて……」
「食事を用意してくれる相手に感謝するのは当然のことさ。それより、お前の分も早く持って来い。一人だけメシを食ってるってのは、どうも気分が悪くてな」
はい、とシトリは微笑んだ。
夜は深まり、時おり吹く風が障子戸を小さく揺らす。
灯りの法石が穏やかな光で部屋を照らし、センとシトリは黙々と遅めの夕食を食べた。
食事が済み、センはひと息つく。
「料理の腕はたいしたもんだな。いい嫁さんになれる」
「えへへ。いやいや、そんなそんな。えへへ」
照れたり謙遜したりと忙しい。
「ところでセン様、お仕事のほうは大丈夫なんですか? 今日はずっと一緒にいましたけど」
「大丈夫だ。ユヅルハの異変について調査はちゃんと進めている」
「そうですか。それはよかったです。それで、何かわかりましたか?」
「おかしなことは山ほどあるが、中でも特におかしなことがある」
そう言って、センはシトリに目を向ける。
「えっと、それってもしかして……私、ですか?」
「お前はあの異形の精霊をあっさりと浄化した。異霊化が進んだ霊災もシキひとつ歌う間に浄化したし、豊作の儀式をすれば作物を収穫できる状態まで一気に成長させられる。しかもすべて神おろしをした状態でやってのけた。普通はありえない。まさに異変だ」
「そんなにおかしなことなんですか? たしか、母も同じようにコロン様を宿していたと思いますけど」
「それが事実ならユヅルハはいよいよ異常だ。皇都もそう簡単に手出しできないわけだ」
「やっぱり、本当だったんですね。皇都がユヅルハを直隷地にしようとしているのは」
「ああ。その通りだ」
シトリはセンの目を見る。
彼がユヅルハに来た本当の理由に気づいていることを、主張するように。
「どうして皇都はユヅルハを直隷地にしたいのですか?」
「創世の神器を確保するためだ。皇都に対抗する手段として、そして皇国での主導権を握る手段として神器を狙っている封国は多い。だから皇都は自分の手元に置いておきたいのさ」
「神器の守り手は私たちユヅルハの民です。命に代えても神器を守ることが私たちの役目であり、誇りです。そう簡単に神器を奪われはしません。それは皇都もわかってるはずです」
「たしかにお前たちは強い。覚悟もある。それでも皇都や封国、皇国の七大神都の軍勢には敵わないだろう。お前たちに海を進む海龍船団を沈めることができるか。空を覆う飛竜騎士団を撃ち落とすことができるか」
「私がいます。ユヅルハの神官である私が、海であれ空であれ、迫り来る脅威からユヅルハを守ります!」
「不可能だ。戦は一騎打ちの決闘とはちがう。俺が言いたいことがわかるか?」
「一度力を使ったら、倒れて動けなくなるから、だから戦では勝機がない。そうおっしゃりたいんですね」
やはりシトリ自身も気づいていたのだ。自分では軍勢を相手にした戦はできないと。
「戦時に限らず平時でもお前はユヅルハを守れていない。ここの連中の暮らしぶりを見てればわかる。あの有様だ。遠からず生活が行き詰まるのは目に見えている」
「それは、あのおかしな精霊が現れるようになって、ユヅルハの外と交易ができなくなったからです。だから私ががんばって浄化をして、それで」
「力を使うたびに倒れるんだ。そんな様でいつになったら例の精霊を全部浄化できるんだ」
「でも、でも、私だって昔はちゃんと力を使えたんです。だからいつか、昔みたいに」
「そのいつかはいつ来るんだ。それまでに異形の精霊が大量に現れて住民を襲った場合どうする。大規模な霊災が多発したらどうする。お前がユヅルハの神官だっていうんなら、守れなかった時の責任をどうやってとるんだ」
センの言葉に、シトリは何も反論できなかった。
頬を紅潮させ、目に涙をにじませ、心を食いちぎられるような痛みに体を震わせていた。
むごいことを言っているとセンにもわかっている。
それでも、言わなければならないと彼は信じていた。
「お前がやっていることは」
その時、センは体の内側から刃のように鋭い痛みを感じた。その場にうずくまり、大粒の汗を落としながら、声を殺して痛みに耐える。
「セン様? どうしました。セン様」
シトリはセンのそばへ行き、背中をさする。
「一人に、してくれ。しばらくすれば、おさまる……」
「でも」
「いいから、早く」
センの声に圧され、シトリは「わかりました」と部屋から出て行った。センは仰向けに倒れて、天井に向けて手を伸ばし、右手の甲に浮かぶ聖紋を見る。
聖紋は赤く輝き、燃えるような熱を発していた。
「なんで、あんなこと言ったかなんて、お前も、わかってるだろう……」
センは目を閉じて聖紋を額に当てる。聖紋の熱がおさまると痛みも和らぎ、センは体を起こして部屋の外に出た。すると、戸のすぐそばで膝を抱えているシトリの姿が見えた。彼女はセンに気づくと顔を上げ、気づかわし気な目を向けた。
「具合はもう、大丈夫ですか?」
シトリの紅い瞳は、涙に濡れていた。
「少し外を歩いてくる。お前はもう眠ってろ」
そう言って、センは足早に去っていった。




