第十一話 「日が落ちた部屋に明かりを」
日が暮れ始めた頃、センたちは社への帰り道を歩いていた。
彼らの足元には長い影が落ちていたが、先頭を行くコロンには影がなかった。
社がある山のふもとに到着した時、センはツナに言った。
「そいつが倒れるたびに、お前はそうやって運んでやってるのか?」
「このくらいは当然だ。おれはシトリの奏者に選ばれたんだから」
「選ばれた?」
「おれだってバカじゃないさ。奏者が務まるほどの霊力が発揮できないことくらいわかってる。力が使えるようになったのは、シトリが神官になったからなんだ」
「どうして、そう思うんだ」
「親父が教えてくれたのさ。シトリも気づいていないけど、あいつが持つ神官としての力がおれに奏者としての力を芽生えさせたんだってな」
シトリと創世の神器の結びつきについては、ミハラも知っているらしい。
「でも、おれはそれでもいいと思ってる。シトリはユヅルハを守るためにがんばってるんだ。だったらおれも、シトリを守るためにできるだけのことはしたい。奏者だろうとなかろうと関係ない。これはおれが決めた道だ。誰に何を言われようと、おれはこの道を進むだけだ」
そう語るツナの瞳には、確かな決意と信念の輝きが見えた。それは間違いなく、彼の心から生み出された輝きなのだろう。
風が通り過ぎる。
夜の気配を感じさせる、ひやりとした風だ。
ツナは社を目指して歩き出す。
コロンの姿はどこにもなかった。二人が話をしている間に先へ先へと進んだのだろう。
センも歩き出した。結局は先に進むしかないのだ。
生きとし生けるものすべて、先へ進まざるをえないのだから。
社に到着した時、東の空は暗くなり、一番星が輝いていた。
ツナはシトリを居間へ運び、畳の上に寝かせる。
「おれはもう帰るよ。ここにいてもシトリに気をつかわせるだけだから」
「いいのか。俺とこいつを二人きりにして」
「お前が本気でシトリを殺すつもりだったら、霊災の浄化が終わった後に殺しているはずだ。おれがお前の立場だったら、その機会は逃さない」
「俺を殺しにきたお前が言うと、妙に説得力があるな」
「おれはただ、守りたいだけだ」
「そうだろうな。だから世の中、争いがなくならない」
「だから強くならなくちゃいけないんだ。守るために。生きるために」
ツナが社から去った後、センは眠っているシトリのそばに腰を下ろした。コロンの姿はどこにも見えない。本殿に戻っているのだろうか。
センは右手の聖紋を見る。聖紋はまだ青く輝いていた。ハチが目覚めるまでまだ時間がかかるらしい。センは部屋の端に置いてある灯りの法石に霊力を込めて明かりをつけた。うす暗い部屋にシトリと二人でいるところをあの老婆に見られると、何を言われるかわからない。
センはシトリからなるべく離れたところで横になり、彼女に背を向けた。
厄介な状況だな、とセンはため息をつく。
創世の神器の暴走、そして古の大精霊の復活を防ぐにはシトリと神器の結びつきを絶たなければならない。そのためには、シトリに神官であることをあきらめさせなければならない。
しかしシトリは両親の遺志を継ぎ、ユヅルハを守るため神官であることを望んでいる。ユヅルハの民も彼女を神官であると認め、信頼し、支えている。
もし、彼らがシトリを神官であると認めなくなれば、状況は変わるだろう。だがその可能性は低い。シトリとユヅルハの民には神器の守り手であるという誇りと、皇都という共通の脅威がある。そして皇都は神器を手に入れるためにユヅルハの直隷地化を進めているのだ。皇都に対抗するためにも、シトリはなくてはならない存在だ。どれほど追い詰められようと彼らの関係は変わらないだろう。
シトリが自分から神官であることをあきらめればいいのだが、それは考えられない。
センは改めて、皇都からの依頼を思い出す。
ユヅルハを皇都の直隷地とするため、その障害となるものを排除すること。
それが依頼の内容だ。ユヅルハで起こっている異変の調査は、その準備段階でしかない。
しかし事態がここまで面倒だとは予想できなかった。
もちろん、この依頼を放棄することもできる。旧友であるリクから直接来た依頼だから受けただけであって、彼自身は皇都を敵視しているのだ。自分の手には負えない、と断ることは簡単だ。リクにしてもこの事情は知っているだろう。彼がそこまで愚かではないことをセンはよく知っている。だからこそリクは史上最年少で皇神神官団に合格できたのだから。
依頼を放棄しても責められるいわれはない。
しかしセンは、依頼を放棄する気にはなれなかった。
どうすれば現状を打開できるのかを考える。
なぜ、自分はそんなことをしているのか、センにはよくわからなかった。
それでも、はっきりしていることはある。
なんとしてでも、シトリに現実を突きつけなければならないということだ。




